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治葛(ヤカツ)の毒性

金曜日, 8月 17th, 2007
対象物 胡 蔓藤(Gelsemium elegans Benth.)・鉤吻(コウフン)
成分 主なalkaloidは、gelsemine(ゲルセミン)、gelseverine(ゲルセベリ ン)、koumine(コウミン)、gelsemicine(ゲルセミシン)、gelsedine(ゲルセジン)、humantenirine(フマンテ
ニリン)など。
成分:鉤吻の根、茎、葉には、alkaloidとしてkoumine、コウミ ニシン(kouminicine)、コウミニジン(kouminidine)、ゲルセミン(gelsemine)、センペルビン、コウニジン
(kounidine)が含まれ、このうちkoumineの含有量が最も多い。kouminicineは劇毒で最も重要な有効成分である。別の報告による
と福建産の鉤吻の根にはgelsemine、koumine、kouminidine、コウミシン(koumicine)、コウミジン (koumidine)が、広東産鉤吻の根にはkoumine、コウミニジン(kouminidine)、コウミシン(koumicine)、コウミジン
(koumidine)が含まれると報告されている。
一般的性状 胡蔓藤はマチン科ゲルセミウム属の植物で、中国南部の広東、広西、福建省に分布している。学名: Gelsemium elegans Benth.。根と根皮を鉤吻(コウフン)と称し、薬用に用いる。根は周年取ることができ、根を洗浄して乾燥する。根は円柱状でやや湾曲し、ひげ根は少な
く、質は硬く折れ難い。リウマチの痛み、湿疹、でき物、打ち身などに外用される。Gelsemium属には3種類の植物が属し、 G.sempervirens(センピルヴィレンス)、G.rankinii(ランキニ)は北アメリカに分布し、elegansのみが中国から東南アジア
にかけて隔離分布する。sempervirens、rankiniiについて成分的には近似であるが、エレガンスほどに猛毒ではないとされている。根を含
む全草にGelsemium alkaloidを含む。
基原:フジウツギ科の植物。胡蔓藤の全草。原植物:Gelsemium elegans Benth.常緑の蔓草。枝は光沢を帯びなめらか。日当たりのよい山の斜面、道端の草むら、低木の茂みに生える。分布は浙江、福建、広東、広西、貴州、雲
南。
同意語:胡蔓草、シュア・ノーツア(タイ少数民族:食べれば死ぬからの呼 称)、野葛、秦鉤吻、毒根、冶葛、黄野葛、除辛(ジョシン)、吻莽(フンモウ)、断腸草、黄藤、爛腸草、朝陽草、大茶薬、虎狼草、黄花苦晩藤、黄猛菜、大
茶藤、大炮葉、苦晩公、荷班薬、発冷藤、大茶葉、藤黄、大鶏苦蔓(ダイケイクマン)、羊帯帰、(ヨウタイキ)。「神農本草経」に冶葛、鉤吻等の名称で記載されている。アルカロイドを含み、 elegans(優美な)という名前に反して猛毒で、毒殺に用いられたという。現在では神経痛、リウマチや打ち身などに外用されるだけである。日本には奈
良時代に唐から胡蔓藤の根が冶葛の名で渡来し、奈良の正倉院には冶葛の現物とその専用容器の冶葛壺が残っている。
胡蔓藤の民間での使用は煎汁を解熱に、妊娠時の腰痛に温めた葉を1日2回、3-4日間継続して貼付する。
毒性 Gelsemium alkaloidは毒性が強いことで知られているが、gelsemine、gelsemicineが毒性の本体と考えられているが、いずれもN-メトキシ
オキシインドールであって、この部分構造が毒性発現に必須のように思われる。gelsemicineの致死量は0.05mgである。
南米で発見されたクラーレ、インド・東南アジアに分布するマチンから産するス トリキニーネと類似の神経毒。
「葉3枚とコップ1杯の水で死ぬ」という民間伝承がある。本品は劇毒で、根と 葉(特に若葉)の毒性が最も大きい。Gelsemium alkaloidの動物実験の結果、注射・経口摂取により致死的結果を及ぼすことが確認されている。また、矢毒として使用した場合、動物体内で毒成分は長
期にわたって効力を持続するの報告がある。コウミニシンのウサギに対するMLDは0.8mg/kgである。
症状 Gelsemium alkaloidの毒性は、中枢神経に作用し、特に呼吸中枢に対する直接作用であって、迷走神経には作用しない。また、心臓の機能に影響を与えることもな
い。末梢血管への作用も認められない。
致死量を2回注射し、呼吸が停止しているにもかかわらず、心臓はしばらくの間 動くという。
中毒の主な症状は呼吸麻痺で、軽度のものは呼吸困難、重度のものは呼吸停止で 死に至る。致死量のgelsemicineで動物の呼吸が停止後も、心臓はなお鼓動し続けるため、呼吸抑制は中枢性のものではない。エフェドリン、ピクロ
トキシンも顕著な解毒作用はない。その他、動物が中毒すると全て眼瞼下垂・頭部下垂・軟脚・全身筋肉の弱化が現れることから、その作用は脊髄運動ニューロ
ンの麻痺にあるものと推測される。またgelsemineはマウスに対し鎮痛作用を持つが、その有効薬剤量は中毒量とほぼ同じである。gelsemine
は循環器系統には顕著な作用がない。gelsemineにはクラーレ様の作用はなく、神経節も麻痺せず、中枢の鎮静作用もない。
中毒の主な症状[1]神経筋肉症状:眩暈、言語含糊(舌のもつれ)、筋肉弛緩、無力、嚥下困難、呼吸筋周囲の神経麻痺、運動失調、昏迷(失神)など。
[2]眼部症状:複視、視力減退、眼瞼下垂、瞳孔散大など。
[3]消化器症状:口腔や咽喉の灼熱、悪心、嘔吐、腹痛、下痢、便秘、腹脹など。
[4]循環器及び呼吸器系症状:初期は心臓拍動が緩慢だが、次第に速くなり、呼吸困難、呼吸麻痺、虚脱など。
症状の出方の遅速は服用方法と関係がある。根の煎汁又は新鮮な幼芽を摂食すると症状は直ぐに出ることが多い。根本体を摂食した場合、症状の出方は遅く、2
時間経過後に初めて症状が発現するものがある。
処置 胡蔓藤の毒性成分に特効的拮抗薬は報告されていない。胃洗浄、催吐、瀉下。
輸液及び対症療法。
事例 「こ れは冶葛だな」
犯行現場の座敷で、但馬屋彦兵衛の死骸を改めた検屍の役人に、そう言われて、五郎八は眉を寄せた。
「何です、そりゃあ」
治葛………中国の広東省や福建省一帯に分布する、フジウツギ科コマンキョウの根のことだ。
コマンキョウは、アルカロイドを含有する猛毒植物である。断腸草ともいうが、これは、治葛の毒にあたった者の苦しみの凄まじさから来た命名であろう。「以前に、薬種問屋の子供が蔵で遊んでいて、間違って治葛を口にしたな。可哀想に死んでしまったのだが、同じだよ、銚子の中からも、わずかに溶け残った治
葛が見つかっている」
「日本の毒じゃないんですね」と、お藤。 [鳴海 丈:柳家お藤捕物暦-心の毒;光文社,2003]
備考 原 作では『フジウツギ科コマンキョウ』と書かれているが、最近の分類では『マチン科』に分類され、名称は『胡蔓藤』あるいは『鉤吻』とされている。名称につ
いては同意語中にも『コマンキョウ』とする呼称は見られない。
『胡蔓藤』の根が、『冶葛(ヤカツ)』として今も正倉院に保存されているというが、現在では入手困難とする報告が見られるため、江戸時代の薬種商が、日常
的に取り扱うことができた生薬原料なのかどうか、疑問であるが、根が医薬品として利用できるということから、あるいは乱獲された結果、最近は入手困難な植
物ということかもしれない。
文献 1) 三橋 博・監修:原色牧野和漢薬草大図鑑;北隆館,19882)http://www.nippon-shinyaku.co.jp/ns07/ns07_04/index.html,2004.6.25.
3)植松 黎:毒草の誘惑;講談社,1997
4)田中 治・他編:天然物化学 改訂第6版;南江堂,2002
5)上海科学技術出版社・編:中薬大辞典第二巻;小学館,1985
調査者 古泉秀夫 記入日 2004.7.1.