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『鉄剤注射の副作用』

土曜日, 12月 29th, 2018

 

KW:鉄剤・静脈注射・含糖酸化鉄・saccharated ferric oxide・鉄欠乏性貧血

高校駅伝の選手に走力強化の目的で、鉄剤の静脈注射がされているという報道があった。

鉄剤の静注薬として、国内で市販されているのは" 含糖酸化鉄(saccharated ferric oxide)"フェジン(日医工):40mg/2mL/管のみである。

本品の承認された適応は、『鉄欠乏性貧血』のみで、添付文書に明記されており、その他の適応は存在しない。また鉄剤静注の使用に際し、「静注投与では過量投与による鉄過剰症となる危険がある。静注では鉄過剰症を避けるために、下記の計算式によって投与総量をまず算出してから投与を開始する。

投与前ヘモグロビン値をXg/dLとすると、鉄総投与量(mg)=(15-X)×体重(kg)×3とされている。
本剤の投与禁忌として添付文書中に(次の患者には投与しないこと)として
1. 鉄欠乏状態にない患者[鉄過剰症を来すおそれがある。]
2. 重篤な肝障害のある患者[肝障害を増悪させるおそれがある。]
3. 本剤に対し過敏症の既往歴のある患者
の記載がされている。
また、重要な基本的注意『1.本剤は経口鉄剤の投与が困難又は不適当な場合に限り使用すること。2.効果が得られない場合には投与を中止し、合併症などについて検索すること。』
の2項の注意事項が記載されている。
また本剤の副作用として『副作用等発現状況の概要』が報告されており、『総症例635例中44例(6.93%)、63件の副作用が報告されている。主な副作用は頭痛12件(1.89%)、悪心7件(1.10%)、発熱7件(1.10%)等であった(フェジンの再評価結果)とされている。
重大な副作用として『1.
ショック(頻度不明):ショック様症状(脈拍異常、血圧低下、呼吸困難等)が現れることがあるので、観察を十分に行い、これらの症状及び不快感、胸内苦悶感、悪心・嘔吐等があらわれた場合には投与を中止し、適切な処置を行うこと。』『2.骨軟化症(頻度不明):長期投与により、骨痛、関節痛等を伴う骨軟化症が現れることがあるので、観察を十分に行い、症状が現れた場合には投与を中止すること』とされている。
また、その他の副作用として過敏症:発疹(頻度不明)、肝臓: AST(GOT),ALT(GPT)の上昇(頻度不明)、消化器:悪心、嘔気(0.1-5%)、精神神経系:頭痛、頭重、目眩、倦怠感(0.1-5%)、その他:低リン血症、四肢のしびれ感、疼痛(四肢痛、関節痛、背部痛、胸痛等)、着色尿[尿中黒色顆粒] (頻度不明)・発熱、熱感、悪寒、心悸亢進、顔面潮紅 (0.1-5%)等が報告されている。尚、括弧内の数値は発生頻度を示す。
その他、注射時の注意として、『注射に際しては血管外に漏出しないよう十分に注意すること。血管外に漏出した場合には、漏出部位周辺に色素沈着を、また、疼痛、知覚異常、腫脹湯の局所刺激を起こすことがある。このような場合には温湿布を施し(疼痛、腫脹等の急性炎症症状が強い場合には、冷湿布により急性症状が治まった後)、マッサージ等をして吸収を促進させる等、適切な処置を行うこと』とする記載も見られる。

鉄過剰症について


鉄過剰症(Iron overload)は、体内に鉄が過剰に蓄積されることによって起こる症状。 急性の鉄中毒(Iron poisoning)とは区別される。 通常は骨髄異形成症候群・再生不良性貧血等の難治性貧血の治療で、輸血を受け、鉄が過剰に体に取り込まれることによって発症するとされている。赤血球輸血によりもたらされる過剰な鉄により、多臓器に広範な障害が認められる。主なものとして、肝臓は鉄を蓄積する主要臓器であるため、トランスアミナーゼの異常、線維化、肝硬変等が見られる。心臓には、心筋障害、心不全などをもたらす。膵臓のβ-細胞が破壊され、糖尿病を惹起する。下垂体、甲状腺、その他の内分泌臓器に機能不全をもたらす等の報告が見られる。

  体内から鉄を排出する生理学的機序が存在しないため、余剰の鉄はフェリチン*やヘモジデリン*に貯蔵隔離される。過剰の鉄はこれらのタンパク質に結合していない自由鉄を生じる。自由鉄がフェントン反応を介してヒドロキシラジカル(OH•)等の活性酸素を発生させる。発生した活性酸素は細胞のタンパク質やDNAを損傷させる。活性酸素が各臓器を攻撃し、肝臓には肝炎、肝硬変、肝臓がんを、膵臓には糖尿病、膵臓癌を、心臓には心不全を引き起こす。

*フェリチン(Ferritin)とは、鉄結合性蛋白質の一種である。生物の細胞内において、鉄と結合することにより鉄を保存し、必要なときに鉄を放出する。
*ヘモジデリン(英: hemosiderin)は、ヘモグロビン由来の黄褐色あるいは褐色の顆粒状あるいは結晶様の鉄を含む色素である。赤血球やヘモグロビンが網内系やその他の細胞により貪食され分解される過程で生じ、正常な状態でも脾臓や骨髄において認められる。ヘモジデリンが組織内に異常沈着すると血鉄症を起す。

医薬品を使用する場合、製品に添附されている"添付文書"を確認するのは、常識である。添付文書は製薬企業が印刷しているが、製薬企業が独自に作成しているわけでは無く、厚生労働大臣の承認を得た、公的文書である。国の統制を受ける健康保険による治療では、医師は添付文書の記載内容に即して医薬品を使用する責務を負っている。従って治療目的以外に使用することは認められていない。その意味で血中の鉄の濃度の検査もせず、直ちに本剤を注射するなどという危険を冒す医師はいないはずである。

1)高久史麿・他監修:治療薬マニュアル2018;医学書院,2018
2)フェジン静注40mg添付文書,2014.10.改訂
3)フェジン静注40mgインタビューホーム,2014.10.改訂

                                                            [2018.12.24.:古泉秀夫]