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マムシの毒性

金曜日, 8月 17th, 2007
対象物 マムシ・蝮・蝮蛇(フクダ)
成 分 血液毒が主体で、神経毒性分は極く僅かである。ヘビ毒は数十種の異なった蛋白質で構成され、一つ一つの蛋白質が異なった作用を示す。
毒成分 作用機序 病理と症状
キニナーゼII阻害因 ブラジキニンの作用増強 血圧低下、疼痛、毛細血管透 過性亢進
プロテイナーゼ フィブリノーゲンの分解 出血、線溶亢進
出血因子 血 管内皮細胞の間隙の解放と赤血球の漏出及び形質膜の破壊 出血
ホスホリパーゼA2
(間接溶血因子)
リン脂質の加水分解とアラキドン酸の生成 溶血、血小板破壊、ヒスタミ ン・セロトニンの遊離
毛細血管透過性亢進因子 浮腫
一般的性状 マムシ(mamushi)。学名:Agkishodon halys blomhoffii。朝鮮半島、中国、イラン、カスピ海にもA.halysは棲息している。日本のマムシは神経毒の含量は少ないが、中国マムシは神経毒
を含んでおり、実際に単離された。マムシ科はアジア、北米、中米、南米に棲息している。その中のAgkistrodonという属の蛇は広く分布しており、
東南アジア、インドア大陸、北米大陸にも棲息しているが、南米にはいない。マムシ科(Crotalidae)とクサリヘビ科(Viperidae)は相似
点が多いので、この2科を纏めてクサリヘビ科に分類することもある。
左右の眼の前下方に赤外線に敏感なピット器官を持ち、毒牙は注射針と同じ構造の管牙で、毒腺は両頬部にあるため頭部は幅広くほぼ三角形をしている。頸部は
細くくびれている。体色は茶褐色から赤褐色まで変異が多く、暗褐色の銭形斑紋が並ぶが、赤みの強い個体は属にアカマムシといわれ八丈島産に多く、黒化型も
ある。夜行性で、昼間は薄暗い場所に潜む。動作は鈍いが、ヒトが接近しても逃げることはなく、その場で防御・攻撃姿勢を取る。更に接近すると体長の1/3
程を伸ばして攻撃する。
毒性 毒 の主成分は出血毒で、ハブ毒よりも強い。実験によりハツカネズミが死ぬ毒の量はハブ毒の1/5だとされている。ただ平均注入量が少ないため致命率は低い。
致死率:0.5%以下(論文報告されたマムシ咬傷患者1,339例中死亡は10 例で致死率0.75%とする報告)。
ニホンマムシ(平均体長60cm)
採毒量15mg・LD50 静注:31μg(20gマウス)・最小出血量0.5μg・最小腫脹量(?)マムシの毒作用は腫脹、出血、壊死など、局所作用が主であるから半致死量(LD50) だけではその毒性は比較できない。そのため最小出血量、最小腫脹量という指標が併用されている。
症状 受 傷直後に灼熱感があり、20-30経過後に腫脹が発現し、次第に中枢側に進展する。腫脹が高度になると、皮膚の色は暗赤色になり、水疱形成を見る。更に腫
脹が進行すると末梢動脈は触れなくなり、知覚障害もでる。放置すれば壊死に陥る。約一昼夜で浮腫はピークを迎える。毒の直接作用による筋肉の壊死は、牙痕
の周辺の小範囲に止まるのが普通である。また眼筋麻痺による複視が見られることがある。
発熱、眩暈、意識障害を来すこともある。重症例では循環血液量減少性ショック、血小板減少、DIC(播種性血管内凝固症候群)を来たし、更に進行すれば横
紋筋融解症、急性腎不全を発症する。
処置 A. 応急処置:毒の吸収阻止のため、安静を保ち咬傷部より中枢側を軽く緊縛する。創部を洗浄後、 切開して毒素(浸出液)を吸引又は絞り出す。
応急措置としての素人による切開・毒素の吸引は行わない(咬傷跡の確認困難・ 破傷風感染等)。
B.全身管理:疼痛・腫脹が局所に局限している軽症例以外は入院させ経過を観察する。静脈路を確保し十分な輸液を行う。
Rx.処方例
ラクテック注 100-200mL/時 点滴静注(尿量1mL/kg/時以上を目標)
適宜血液検査(血算、生化学、凝固系など)を施行し、血液濃縮(ヘマトクリット値の上昇)や横紋筋融解症(CPK上昇)、腎不全(BUN、クレアチニン)
の有無をチェックする。C.抗毒素療法
腫脹が手関節又は足関節までの軽症例やアレルギーで抗毒素を投与できない症例では、セファランチンを投与して経過を観察する。
但しセファランチンの使用の有効性を示すevidenceはないとする内藤 (2001)が見られる。
Rx.処方例
下記の薬剤を症状に応じて適宜用いる。
1)セファランチン注(10mg)  1日1-2回静注
中等症から重症例(腫脹が肘関節又は膝関節以上に及ぶ症例)に対しては、乾燥まむし抗毒素を6時間以内に投与する。
2)乾燥まむし抗毒素 1回6,000単位 添付の注射用水20mLに溶解し、更に生理食塩水で10-20倍に稀釈して点滴静注。

*アナフィラキシー・ショックに十分注意し、添付文書に従ってウマ血清過敏症試験を行ってから投与する。なお、抗毒素のヒトにおける有効性を示す臨床上の
evidenceはないとする内藤(2001)の報告が見られる。
D.感染予防
抗破傷風ヒト免疫グロブリン、抗生物質を投与する。
1)テタノブリン注  1回250U  筋注

事例 ほ どなく、笛の低い音がぴーひょろろと短く鳴って止まると、天井から短く茶色の太い紐が落ちてきた。
畳の上で紐は巻き上がって、更に短く縮んだ。まむしの頭と舌が見えている。まむしはまた紐のようになって、するすると勘三の枕元まで這った。
「へ………」
鋼次は、危うく叫びだしそうになった。
お房は操られるように、半身だけ床の上に起きあがった。その目はまむしに注がれてはいたが、恐怖の色はなかった。まむしに取り憑かれたかのようにまばたき
一つしない。まむしとお房が見合っている。
「いけない」
そういって、桂助がお房のもとに急ごうとした時、まむしがするりと動いた。甘えるかのように、勘三の首に巻き付いたのであった。それを泥酔している勘三
は、
「うーん」
といって振り払った。
そのとたん、まむしの口がくわっと開いて、毒針が飛び出した。まむしががっぷりと勘三の首に噛みついて、跳ねている。

ひーっという断末魔の悲鳴が上がった。
桂助と鋼次はすぐにかけつけたが、噛まれた場所が場所だけに、すでに勘三はこと切れていた。
[和田はつ子:口中医桂助事件長-南天うさぎ;株式会社小学館,2005.11.1.]

備考 主 人公で探偵役の桂助は商家の長男ではあるが、家は継がず、長崎で蘭方を納めた歯医者、仲間の一人は飾り職人、後の一人は医師の娘で、桂助が栽培している漢
方の面倒を見ている。更に著者が連作を考えていると思われる節も見られるが、今回までのところ主人公は腕力には無縁と思われるので、切った張ったの場面に
遭遇したらどうするのか。些か期待したい部分でもある。
ところでこの当時の歯科の治療がどうであったかは知らないが、一応、調べてはあるようである。漢方処方の中味も出てくるが、特に間違っているとは思えな
い。
しかし、蝮を飼い馴らすというのは果たしてできるのかどうか。最低でも毒牙を抜いておかなければ、野生を抑えて馴らすというのは危険ではないか。最も毒牙
を抜いて飼っていたとしても、殺人の道具としては使えない。本書の発行年月日は2005年11月1日となっているが、購入したのは10月の10日前後である。単なる誤植なのか、意図的な設定なのか、よく解らない
が、多分誤植なんだろうね。
文献 1)Anthony T.Tu・編著:毒物・中毒用語辞典;化学同人,2005
2)小川賢一・他監修:危険・有毒生物;学研,2003
3) Anthony T.Tu:中毒概論-毒の科学-;薬業時報社,1999
4)内藤裕史:中毒百科-事例・病態・治療;南江堂,2001
5) 山口徹・他総編:今日の治療指針;医学書院,2005
調査者 古 泉秀夫 記入日 2005.10.16.