トップページ»

フルニトラゼパムの毒性

金曜日, 8月 17th, 2007
対象物 [商] ロヒプノール
成分 フルニトラゼパム(flunitrazepam:INN、BP、EP)。
一般的性状 本品を乾燥したものは定量するとき、フルニトラゼパム(C16H12FN3O3=99.0%以上含む。
本品は白色-微黄色の結晶性の粉末である。本品は酢酸(100)に溶け易く、無水酢酸又はアセトンにやや溶け易く、エタノール(99.5)又はジエチル
エーテルに溶け難く、水に殆ど溶けない。融点:168-172℃。
貯法:遮光保存。気密容器。
[本質]催眠薬 [benzodiazepine系]。中間型のbenzodiazepine系に分類。
[来歴]米国Hoffmann-La Roche社では、同社が1960年代に合成した一連のbenzodiazepine系化合物について構造活性相関の研究を行い、強力な催眠・鎮静作用を
有する本品を開発した。[動態・代謝] 経口投与後速やかに吸収され、bioavailability(生物学的利用率)は85%に達することもある。未変化体血漿中濃度は投与後1-2時間で最
高値となり、投与後12時間目までの消失半減期は約7時間である。血漿中蛋白結合率は約80%である。静脈内投与の場合、血漿中濃度は3相性に低下する
が、各相の消失半減期は約8分・2時間及び24時間で、投与後4時間以降は緩徐に体内から消失する。経口投与後、未変化体は投与量の1%以下しか尿中に排
泄されず、大部分は7-amino体などの代謝物の形で排泄される。代謝物のdesmethyl体は活性を有する。
[薬効薬理]benzodiazepine系薬物に共通の薬効を示す。徐波睡眠及び速波睡眠(REM睡眠)の軽度な減少が見られる。アルコールにより本薬
の作用は増強される。
[副作用]benzodiazepine系薬物共通の副作用を生ずる。大量連用により薬物依存を生じることがあるので注意を要する。精神分裂病などの精神
障害者に経口投与すると、逆に刺激興奮、錯乱などが現れることがある。注射では覚醒困難、興奮、多弁、また稀に麻酔後睡眠、錯乱が現れることがある。内服
及び注射による投薬では、GOT・GPTの上昇、呼吸抑制、血液障害、循環器症状、消化器障害、過敏症状や他に倦怠感、脱力感、尿失禁、発汗、排尿困難、
頻尿などが現れることがある。
[適用]不眠症の治療に用いるほか、麻酔前投薬に用いられる。1回0.5-2mgを就寝前又は手術前に服用する。なお高齢者には1回1mgまでとする。全
身麻酔の導入に用いる場合は、注射用水で2倍以上に稀釈調製した本薬を0.02-0.03mg/kg、局所麻酔時の鎮静に0.01-0.03mg/kgを
出来るだけ緩徐(1mgを1分以上掛けて)に静注する。必要に応じて初回量の半量-同量を追加する。
[投与禁忌]急性狭隅角緑内障、重症筋無力症、本薬過敏症の患者。また肺性心、肺気腫、気管支喘息及び脳血管障害の急性期などで、呼吸機能が高度に低下し
ている場合には、原則として服用しない。
毒 性 LD50 マウス(雄)経口 1550mg/kg。LD50(mg/kg)
動物 経口 腹腔内 皮下 筋肉内
マ ウス(ICR系) 1550 1050 >4000 >2000
1200 1080 >4000 >2000
ラッ ト(SD系) 415 1300 >4000 >2000
450 1060 >4000 >2000
症状 * 昏睡等の中枢神経抑制作用に基づく症状。
*嘔気、嘔吐、傾眠、昏睡、反射消失、痙攣、錯乱、筋力低下、呼吸抑制、低血圧、頻脈、口渇、排尿困難、軽度白血球増多、好酸球増多、肝障害。
処置 * 胃洗浄、活性炭による吸着。フルマゼニルの投与。
本剤の過量投与が明白又は疑われた場合の処置として、フルマゼニル(benzodiazepine受容体拮抗剤)を投与する場合には、使用前にフルマゼニ
ルの使用上の注意(禁忌、慎重投与、相互作用等)を必読すること。
*無症状でも6-8時間観察。
催吐、胃洗浄、吸着剤と下剤の投与。
呼吸管理、循環管理。
強制利尿、血液透析は無効。a.催吐:中毒量以上の毒物を摂取して1時間以内の意識正常患者に実施する。家 庭内で発生する低毒性物質の少量誤飲例に催吐の対応はない。
b.胃洗浄:毒物を経口的に摂取して1時間以内で、大量服毒の疑いがあるか、毒 性の高い物質を摂取した症例に実施する。
処方例
微温湯:1回200-300mL(小児では生理食塩水10mL/kg)を注入し、排液が透明になるまで繰り返す。
c.活性炭・下剤投与:活性炭投与も薬毒物の摂取後1時間以内が有効である。た だし、次の特徴を有する薬毒物では、24-48時間にわたり、2-6時間毎に繰返し投与する方法が推奨されている。
[1]分布容量(Vd)が小さい。
[2]蛋白結合率の低い物質。

[3]脂溶性。
[4]血中でイオン化していない。
[5]腸肝循環する(若しくは腸溶錠=徐放剤)
処方例
活性炭 50gを微温湯300-500mL(小児では1g/kgの活性炭を生理食塩水10-20mL)に溶解し、服用させる。その後半量を3時間毎に24
時間まで繰り返して投与する。下剤としてD-ソルビトール液(75%) 2mL/kgを投与し、6時間後に排便がなければ、半量を繰返し使用。
d.強制利尿:全ての急性中毒症例で、その程度は様々であるが、何等かの強制利 尿が実施されている。しかし、適切な体液・循環管理がされている限り、強制利尿の適応となる物質は限られている。また最近では腎障害の増強が問題視され、
酸性利尿は原則として推奨されていない。

事例 「毛 髪サンプルを洗滌し、乾燥し、有機溶媒抽出をした。抽出物を分光計に注入し、その結果を判定対照用の資料をサンプルと比較した」
「何が解ったんだ?」
「カンナビス製剤だ」
「英語でいってくれ、先生」
「マリファナだよ。アパートにあったかい?」
「いや」
「髪の毛が教えてくれたのはそれだけじゃないんだ」
「他に何か?」「ロヒプノール」
「ロ、ヒ、ノール?」
「R-O-H-Y-P-N-O-Lだ」ブレイニーがいった。「フルニトラゼパムという薬のブランド名だ」
「聞いたことがないな」
「この市ではあまり見かけないんだ。救急病院の世話になることもないし、死ぬこともない。緩和安定剤の一種のベンゾジアゼピンといって、南部や南西部では
けっこう知られてる。若い奴らが、アルコールや他の薬と一緒に使ってるんだ」
「窒息死っていったんじゃなかったか」
「そうなんだ。まあ、我慢して聞いてくれ。毛髪の分析結果を見て、もう一度血液を調べたんだ。今度はフルニトラゼパムとその第七アミノ基の代謝産物にし
ぼった。結局、その原薬であるフルニトラゼパムが少量発見されただけだった………命に関わるほどの量ではない。しかし、少なくとも二ミリグラムは絶対に摂
取したといえるんだ」
「ということは?」
「ということは、自分で首をつれなかったということだ。彼には意識がなかっただろう。おまえさんは殺人事件を扱うことになったのさ」

というわけで、あたらな局面を迎えることになった。
[山本博・訳(エド・マクベイン):87分署シリーズ-ラスト・ダンス;早川書房,2000]

備考 毒殺目的で使用されたわけではなく、殺人を楽にする目的で使用されたものである。本来、毒殺に使用された薬物ではないため、毒性を調べるのは筋違いというこ
となのかもしれないが、永年愛読してきた87分署シリーズも、2005年作者のEd McBAINが死んだとされており、翻訳される新作も数少ないと考えられる。そこで弔意を表する意味で、『The
Last Dance』で話として出てきた二つの薬物について取り上げることにした。従って、毒性がさほど強いわけではないので、毒殺のための道具としては不向きで
ある。
あと一つフルニトラゼパムを取り上げたのは、Ed McBAINが作中に並べ立てている薬物の隠語の数々を見捨てるのが忍びなく、拾っておきたいと考えたからである。但し、作者も調べてはいるのだろうが、
学術論文ではないため、必ずしも正しいということではないかもしれない。
デート・レイプ・ドラッグ(date rape drug)、ラ・ロッシュ(La-Roche)、リブ(ribes)、ローチ(roach)、ロープ(rope)、フォーゲット・ピル(forget・
pill)、アール・ツー(earl・two)、ロフィーズ、ルーフィーズ、ルーファーズ、ラッフィーズ、ルーフノル
文献 1) 第十四改正日本薬局方解説書;廣川書店,2001
2)高久史麿・他監修:治療薬マニュアル;医学書院,2005
3)鵜飼 卓・監修:第三版 急性中毒処置の手引き;薬業時報社,1999
4)山口徹・他総編:今日の治療指針;医学書院,2005
5)西 勝英・監修:薬・毒物中毒救急マニュアル 改訂6版;医薬ジャーナル,2001
6)サイレース錠IF,2002.3.作成
調査者 古 泉秀夫 記入日 2005.11.14.