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ピロカルピン(pilocarpine)の毒性

金曜日, 8月 17th, 2007
対象物 パ イロカルピン
成分 塩酸ピロカルピン又はピロカルピン(pilocarpine)。[英]pilocarpine hydrochloride 、[独]Pilocarpinhydrochloride、[仏]chlorhydrate
de pilocarpine、[ラ]pilocarpini hydrochloridum。
一般的性状 ピロカルピン(pilocarpine):南アメリカ産ミカン科の植物ヤボランジ(主として Pilocarpus microphyllus)の葉に含まれる主アルカロイド。イミダゾール骨格を持つ数少ない物質の一つ。発汗剤として1日数回0.005-0.015gを
内服する。毒薬
塩酸ピロカルピン(pilocarpine hydrochloride):無色の結晶又は白色の結晶性粉末、無臭、味は僅かに苦い。水、エタノールに溶け易く、クロロホルムに溶け難く、エーテルに
殆ど溶けない。吸湿性、pH:3.5-4.5(10%水溶液)。光によって変化する。貯法:遮光・気密容器。副 交感神経興奮薬。[局]収載。毒薬。常用量:1回3mg、1日3mg。極量: 1回20mg、1日40mg。薬効:本品は副交感神経支配を受ける平滑筋、分泌腺、心筋などに作用して副交感神経興奮と同様の効果を発現するとともに、自律神経節興奮作用、副腎髄質か
らのエピネフリン分泌作用なども併有する。従って縮瞳、唾液分泌亢進、発汗、消化液分泌増大、気管支分泌増大、消化管運動亢進、子宮、膀胱、胆管、気管支
筋収縮などの効果を現すとともに、自律神経節興奮に基づく血圧上昇、速脈等も現れる。中枢興奮作用をも示す。
pilocarpineの作用はアトロピンによって拮抗される。心機能不全患者を悪化させ、甲状腺機能亢進症では心房細動、心室細動を、気管支喘息患者で
は発作を起こすことがある。
本品は副交感神経支配下にある毛様体筋又は瞳孔括約筋の細胞に直接作用し、各々を収縮せしめる。その結果、房水の流出を増加して眼圧を下降させる。眼内圧
を低下させるので、緑内障の治療に、また、縮瞳やアトロピンによる散瞳を抑えるのに点眼液と して用いる。
副作用:大量摂取すると顔面、頸部の潮紅、大量の発汗とよだれ、縮瞳、下痢、脈拍急速、悪心、嘔吐が起こり、循環障害のある患者では、肺浮腫を起こして急
死することがある。本品の中毒に対しては、アトロピンが完全に拮抗する。
ピロカルピン(pilocarpine):無色-淡黄色の粘性のある油状物質又は結晶で、臭いはなく、吸湿性がある。水、メタノール、エ タノール及びジクロルメタンにやや溶け易く、エーテル及びベンゼンにやや溶け難く、石油エーテルに殆ど溶けない。劇薬。[局]収載。
毒性 pilocarpine hydrochloride
急性毒性LD50皮下:180-230mg/kg。点 眼剤の誤用時の急性発作には硫酸アトロピンが拮抗する。
pilocarpine
急性毒性LD50 (マウス) 静注:61.9mg/kg、腹腔内:83.8mg/kg、皮下:90.9mg/kg、経口:119mg/kg。急性毒性LD50 (mg/kg) マウス(♂)静注:149.5、腹腔内:182、皮下:200、経口:200。ラット(♂)腹腔内203、皮下230。
経口致死量:約60mg。
症状 振 戦、蠕動亢進、括約筋の調節喪失、極めて縮小した瞳孔、嘔吐、失神、四肢の冷え、筋肉攣縮、徐脈と呼吸困難。仮死又は心臓停止による死亡。
処置 physostigmine と同様。
[1]0.2%-過マンガン酸カリウムで直ちに胃洗浄(胃内アルカロイドの酸化)
[2]人工呼吸
[3]攣縮抑制:グルコン酸カルシウム投与
[4]痙攣抑制:ジアゼパム5-10mgを緩徐に静注又は筋肉内深く注射。
[5]心臓不整脈にはプロプラノロール静注、アトロピン(2mgを2-4時間おきに)静脈注射し、その後皮下注射すると筋活動と呼吸困難の反作用。しかし激し
い頻脈や心臓不整脈を惹起することがある。
事例 ミス・マープルは晴れがましい瞬間をひきのばすように、一座をひとわたりゆっくり見まわした。
「パイロカルピンですよ。舌が思うようにまわらないので、思うようにものが言えなかったんでしょうねえ。おわかりでしょう? パイロカルピンなんて、ただ
の一度も聞いたことのないコックの耳にそれがどんなふうに聞こえたか。コイを一山(パイル・オブ・カープ)というように聞こえはしなかったでしょうか?」
「いや、まったくこれはおどろきましたな」とサー・ヘンリーが言った。
「これはこれは、わたしなどにはとても考えもおよびませんよ」とペンダー牧師が言った。
「おもしろい」とペサリック氏が言った。「じつにおもしろい目のつけどころですね」
「わたしはいそいでそのページをくってみました。パイロカルピンとそれが目に及ぼす影響その他、関係もないようなことがいろいろ書いてありましたが、最後
に非常に意味深長な一節にぶつかったのでした。そこには、“アトロピン中毒の解毒剤として効能あり”と書いてあったのです。そのときはじめて、わたしは本当に夢から覚めたように、わかったのでした。………………」。 [アガサ・クリスティー(中村妙子・訳):火曜クラブ-聖ペテロの指のあと;早川書房,2003]。
備考 最初、パイロカルピンという薬の名前を見た時、全くなんの薬のことを言っているのか解らなかった。この作者が架空の薬を作品に登場させることはないと思って
いたので、実在の薬であるとは考えたが、薬品名と現物の薬が全く一致しなかった。早い話、国内でパイロカルピンなどという薬品名は見当たらないのである。
ましてアトロピン中毒の解毒剤としての効能有りなどと書かれると、よけい見当がつかなくなった。
そのうちひょいと気付いたのは『ピロカルピン(pilocarpine)』のことではないかということである。しかし、なぜ「pilo………」が「パイ
ロ………」になるのか。そのうちに「pilot」が「パイロット」であるなら「pilo」が「パイロ」であってもいいかということで、勝手にピロカルピン
に決定。物語上重要な鍵語ではあるが、殺人に使用した毒薬ではないので、まあ、勘弁して貰うかということである。
ただし、現在では点眼薬しか市販されていないので、アトロピン点眼薬による散瞳を緩解させるために本品点眼薬を使用することは可能であるが、経口や注射で
の使用は出来ない。
文献 1) 薬科学大辞典 第2版;広川書店,1990
2)志田正二・代表編:化学辞典;森北出版株式会社,1999
3)大阪府病院薬剤師会・編:全訂医薬品要覧;薬業時報社,1984
4)白川 充・他:薬物中毒必携 第2版;医歯薬出版株式会社,1989
5)http://www.nval.go.jp/vet-cop/sub1/pillocarpine.htm,2005.2.20.
6)第八改正日本薬局方解説書;廣川書店,1971
調査者 古泉秀夫 記入日 2005.2.24.