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砒素の毒性

金曜日, 8月 17th, 2007
対象物 砒素入り蝋燭
成分 砒 素(arsenic)。As。
一般的性状 典型元素V族に属する元素の一つ。半金属と呼ばれる。硫ヒ化鉱物として産出。揮発性。同族体のうち灰
色砒素は金属光沢及び金属的性質を有する。黄色砒素は非金属的性質を有する。毒性が強い。サルバルサンなど医薬として用いられたが、今は殆ど用いられな
い。
砒素は周期律表でみればリンの下位にあって非金属である。ただし、砒素のよう
に重い原子は全て金属としての性質を持っている。
三酸化砒素(arsenic trioxi):局方収載。歯髄失活用薬。白色の粉末、水に殆ど溶けない。両性酸化物で、酸にもアルカリにも溶ける。各種慢性疾患に対して変質剤として用
いられたが、現在では使用されない。原形質毒で局所に用いると組織の壊死を起こす。この性質を利用して歯髄を破壊するのに用いる。毒薬:極量1回5mg。
亜砒酸(arsenious acid):三酸化砒素の別名。無味無臭のうどん粉様の白色粉末で、冷水に溶けないが、温水に溶ける(石見銀山ネズミ取り)。
毒性 砒素は体内で蛋白質と結合しやすく、蛋白質である酵素を阻害する。この様な酵素は、細胞で呼吸作用を
行う酵素に多いため、砒素は全身的に細胞を冒す生命毒の一つとなる。
砒素(灰色砒素・黄色砒素・黒色砒素):ヒト(経口):推定致死量200- 300mg/kg。
三酸化砒素(無水亜砒酸):ヒト(経口)LD50= 143mg/kg。ヒト(吸入)TCL10=0.11mg/m3 。成人致死量:200mg。致死量:5-7mg、1回の極量は5mg。砒酸石灰:ネズミ(経口)LD50=20mg/kg・ ウサギ(経口)LD50=50mg/kg。ヒト(経口)推定致死量0.2-0.3g。
症状 亜砒酸をうどん粉と間違えて天ぷらに使用した例(天ぷら1個中2.48g検出)で、摂食後30分以内
に腹痛、嘔吐、下痢で、特に嘔吐が著しく、死亡例では死亡直前に全身痙攣を起こした。
◆砒素
薬理作用:原形質毒であり、SH基系酵素活性阻害作用。平滑筋麻痺、末梢神経への毒作用。皮膚・粘膜の刺激・腐食作用。症  状:口腔、鼻粘膜の灼熱乾燥感、嚥下困難、腹痛、突発的嘔吐、血尿、 ショック、麻痺、下痢。
◆三酸化砒素(無水亜砒酸)
薬理作用:消化液に溶け吸収されやすい。皮膚、粘膜からも吸収される。刺激作
用、腐食作用。急性中毒は、大量摂取後30分-数時間で症状出現。細胞代謝障害、消化管の血管透過性亢進。
症  状:
全身性:a)金属味、口腔、咽喉の乾燥感。b)嚥下困難、嘔気、嘔吐、腹部仙痛、下痢、腹鳴、数時間-1日後にコレラ様便、脱水、黄疸、乏尿。c)咳
嗽、呼吸困難、胸痛。d)眩暈、頭痛、四肢脱力感、四肢疼痛、痙攣、昏睡、精神異常。e)循環器不全。
局所性:接触性、アレルギー性皮膚炎。鼻炎、候咽頭炎、気管炎、気管支炎。結膜炎。
◆砒酸石灰

薬理作用:吸収されて三価及び五価の砒素として作用。呼気がニンニク臭。誤飲後30-60分で症状が現れる。
症  状:
全身性:三酸化砒素に準ずる。
局所性:湿疹様皮膚症状。粘膜の炎症、上気道炎。角膜潰瘍。

処置 毒 物の除去
a.胃洗浄(温水、重曹水で)b.塩類下剤
c.血液透析の有効性は不明
対症療法
a.輸液
b.止瀉のためモルヒネ
c.細尿管へのメトヘモグロビン沈着を防ぐため、クエン酸ナトリウムを1日5g投与。
d.10%-チオ硫酸ナトリウム液を4-6時間毎に静注。
e.その他:組織沈着、血中へ再分布されるので血液透析、血液吸着の有効性は少ないと考えられる。

治療方針

通常の初期治療を行うが、下痢がある場合にはショックを惹起することがあるの
で、下剤の投与はむしろ有害である。血圧低下、ショックには、水や電解質の補給が必須である。
砒素とBAL(British Anti Lewisite;ジメルカプロール)の結合は、蛋白中のSH基との結合より安定性が高い。砒素の排泄促進のため、キレート療法として
dimercaprol(ジメルカプロール)[バル(R)]3-4mg/kgを4-12時間おきに筋注し、消化器症状が消退したら ペニシラミンの経口投与に切り替え、4日間続ける。ペニシラミンは1日2g迄を4回に分割して投与する。

事例 「そうじゃない。店の裏手の庭を掘り返した様子があるんだ。ここんとこ、柏屋には庭師も植木屋も入ってねえのにな。湿っぽい、独特の土の臭いがしたから間違
いっこないよ」。ろうそくが燃え続けている。一度、じじっと音がした。お初と直次は沈黙を守った。「こいつを、榊原先生に調べてもらおう」。ろうそくに目
をあてて、ようやく六蔵がいった。「そんな必要はないようですよ」。それまで静かになりゆきをみまもっていたおよしが、初めて口を開いた。「そら、ろうそ
くの周りをごらんなさいな」。燭台がわりの小皿の周りに、光につられて寄ってきた羽虫がいくつも落ちていた。一つ。それからまた一つ。落ち続ける。一同の
見守る前で、ろうそくから立ち上がる薄黒い煙に触れては落ちるのだ。「あたしは、あの人を手にかけるつもりなんて、これっぽっちもありませんでした。誠太郎だって、ろうそくに仕込んだ砒素じゃ死ぬことはない、具合が悪くな
るだけだって言ったんです。それを真に受けた私も馬鹿でしたけれど………」。[宮部みゆき:かまいたち;新潮文庫,1992]。
備考 砒素(arsenic)は亜砒酸(arsenious acid)の形で、無色、無臭且つ無味に近いため、従来から最も普遍的な毒として、特にヨーロッパにおいて16世紀以降19世紀に至るまで、しばしば殺人
に使用されてきた。しかし、砒素は肝臓、筋肉、毛髪、爪、皮膚に長期間証拠として残る。三塩化砒素の誘導体(ルイサイト類)は化学兵器(びらん剤-ガス)
に使われる。
現実に“トッファナ水”という亜ヒ酸を主体とする毒殺用の液体が市販されてい
た。しかし、砒素は容易に検出されるため、ヨーロッパでは“愚者の毒薬”といわれていた。
文献 1) 大木幸介:毒物雑学事典;株式会社講談社,19992)薬科学大辞典 第2版;広川書店,1993
3)内藤裕史:中毒百科 改訂第2版;南江堂,2001
4)西 勝英・監修:薬・毒物中毒救急マニュアル 改訂6版;医薬ジャーナル社,2001
調査者 古泉秀夫 記入日 2003.3.9.