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ハブ毒(habu venom)の毒性

金曜日, 8月 17th, 2007
対象物 ハブ毒(habu venom)
成 分 ハブ毒原液は20-30%(w/w)の固形分、約0.2g/mLの蛋白質を含む。ハブ毒は多くの酵素・因子を含み、それらが協同的に作用することにより強い
毒性活性を引き起こす。
酵素 因子
L- アミノ酸オキシダーゼ、ホスファターゼ類、プロテイナーゼ類、エステラーゼ類等 壊 死因子、出血因子、溶血因子、血液凝固阻害因子、血液凝固促進因子、循環異常惹起因子等
体 内動態:リンパを介して吸収される。
中毒学的薬理作用:筋融解壊死作用、出血作用。
一般的性状 奄美大島と沖縄諸島の島々のうち、奄美大島、沖縄本島、徳之島など22島に棲息する。活動期は主に4 -11月であるが、冬でも暖かい日には活動する。体長100-220cm。頭部が大きく、縦長の三角形を呈し、頸部は細くなっている。背面は黄色-灰褐色
で、褐色の不規則な斑紋を持つ。地元では色彩により金ハブ、銀ハブ、黒ハブに区分されている。ハブは攻撃性が強く、屋内に侵入したり、樹上にいることもあ
るので注意が必要である。
毒蛇ハブはクサリヘビ科(Viperidae)ハブ属 (Trimeresurus)、マムシ亜科(Crotalinae)に分類される蛇で、ハブ毒は毒腺で作られ、毒牙先端近くの開口から分泌される。黄色、
透明、粘稠な毒液。世界に31種、我が国には3種、1亜種(ハブ:Trimeresurus flavoviridis flavoviridis、トカラハブ:T.f.tokaraensis、ヒメハブ:T.okinavensis、サキシマハブ:T.elegans)の
ハブがいるが、普通ハブ毒といえば、最も大型で危険なT.flavoviridisの毒液を真空下で乾燥、又は凍結乾燥したものを指す。
毒性 ハブ毒の半致死量マウスLD50 (静脈)4mg/kg、(皮下)27mg/kg。人体に対するヘビ毒の影響の度合いは、毒そのものの強さより、毒牙によって注入された毒の量の方が問題に
なる。従って体の大きな蛇(キングコブラ)に咬まれて死ぬ人は多いが、小さな毒蛇に咬まれても死ぬことは少ない。また、組織の壊死による被害が大きい。
マウスLD50(静注)65μg/20g、マウスLD50(筋注)4μg/g。死亡率:約1%、重症例:1-2%。毒液の経口・ 眼・皮膚に対する影響:傷がない限り吸収されて全身症状に至ることはない。眼に対しては局所刺激があり、結膜炎・角膜炎を起こす(流水で15分以上洗浄、
対症療法)。
症状 牙痕の存在、疼痛あるいは腫脹の有無の3点が重要な所見となる。牙痕は通常は2ヵ所だが、数回咬まれ ることもあり、その場合は3回以上の牙痕が見られる。毒が注入された牙痕からは出血がある。また、30分以上経過しても疼痛・腫脹が出現しない場合は、毒
が注入されなかったか、無毒蛇による咬傷と考えられる。
直後より激しい疼痛、出血、腫脹(20-30分で発現し、2-3日で最高とな る)、皮下出血、水疱形成、リンパ節の腫脹(1-2時間)。循環器系:頻脈、チアノーゼ、血圧低下、重症では体液減少性ショック
神経系:発熱、胸内苦悶、四肢冷感、発汗、虚脱、意識混濁
消化器系:悪心、嘔吐、腹痛、下痢。
その他:腫脹部に筋壊死を生ずることあり。
処置 咬 傷の治療には免疫血清、予防にトキソイドが有効である。全ての患者は少なくとも24時間は経過観察が必要。
現場で可能な措置[1]咬傷部より中枢側を緊縛。
[2]毒素の吸引(吸引器を使用する。血液経由のvirus感染を避けるため、口吸引は実施しない。可能であれば受咬傷者自身が行う)。
[3]流水の使用が可能な場所であれば、血を絞り出しながら洗浄)
医療機関での処置
[1]拡散阻止:咬傷部より中枢側を軽く緊縛、洗浄(消毒液使用)、切開・吸引(30-40分以内であれば特に効果的)
[2]輸液路の確保、輸液療法(乳酸加リンゲル使用)
[3]はぶ抗毒素血清の投与(6時間以内であれば有効):1回1瓶静注(小児も同量)。局所の腫脹の進行が停止するまで追加投与。
[註]ショック対策を講じた上で投与する。

[4]感染防止:抗生物質の投与。破傷風トキソイドあるいは免疫グロブリンの投与。
[5]減張切開(時に筋膜切開を要する):腫脹が著しく、知覚、運動障害や末梢循環障害があらわれた場合は、筋壊死防止のため6時間以内に行うと有効。
[6]呼吸管理、対症療法。

事例 死 因は首筋に突き刺さっていた吹き矢の先に毒が仕込まれてあったらしく、
「医者の話では、薩摩の方の島に棲む波布という名の毒蛇の毒ではないかということでございますが」
それが血液の中に入って、瞬時に藤左衛門の命を奪ったものだという。「そんな恐ろしい毒があるんですか」毒物といえば、ねずみとりに使う石見銀山ぐらいしか知らないお吉が眉をひそめ、一緒に話しをきいていたるいは思わず、東吾の顔を眺めた。 [平岩弓枝:御宿かわせみ(4)山茶花は見た-江戸の怪猫;文春文庫,1997.9.10.]
「好かねえ奴だぜ、………さんは。人もあろうに、この俺を殺そうとしやがったんだ」
「なんですって………」
「お前ものんきだなあ。俺がなんにも知らねえと思ってたのか。琉球屋から壺の届いた夜、………が酒に毒蛇の毒をまぜて、………俺もはじめてみたが、あの毒
の効きめは並大抵じゃなかった。………」[平岩弓枝:五人女捕物くらべ(下)-江戸の毒蛇-琉球屋おまん;講談社文庫,1997]
備考 ヘ ビ毒は数十種の蛋白質で構成され、一つ一つの蛋白質が異なった作用を示すとされている。通常、蛋白質であるハブ毒を経口摂取したとしても、急激な毒性を発
現する前に胃において消化され無毒化されてしまうはずである。従って「酒に毒蛇の毒を混ぜて」というのは、殺人の手段としては正当性に欠けるということに
なるが、物語の中では別に問題になる話しではない。更にハブ毒は、出血毒であり、神経毒・心臓毒等を発現するヘビ毒とは異なり、咬傷後直ちに即死状態に陥
るとは限らないはずである。
文献 1) 大木幸介:毒物雑学事典-ヘビ毒から発ガン物質まで-講談社ブルーブック,1999
2)今堀和友・他監修:生化学辞典 第3版;東京化学同人,1998
3)鵜飼 卓・監修:第三版 急性中毒処置の手引き;薬業時報社,1999
4)井上尚英・監修:中毒学概論-毒の科学-;薬業時報社,1999
調査者 古泉秀夫 記 入日 2004.8.15.