トップページ»

ニコチン(nicotine)の毒性

金曜日, 8月 17th, 2007
対象物 ニコチン(nicotine)、硫酸ニコチン(nicotine sulfate)

[英]nicotine、[独]Nicotin、[仏]nicotine。硫酸ニコチン:CAS65-30-5。
一般的性状 煙草の葉に存在するalkaloid。ピリジン臭を持つ、非常に吸湿性の無色ないし微黄色の液体。空気、光に触れると褐色に変色する。pb123-125℃(17mmHg)、常圧では247℃で水蒸気蒸留できる。殆どの酸との間に塩を作る。硫酸塩は農業用殺虫剤、殺菌剤などに使用される。
C10H14N2=162.24。
硫酸ニコチンは48年10月30日に農薬として登録されたが、80年2月23日に失効したとされる。[用途]殺虫剤。野菜や果樹のシンクイムシ、アブラムシ、バナナ、ミカンのハモグリガなどに適用された。残留農薬研究所は変異原性なしとしている。農水省は天然物の植物成分であるとの理由で、登録の際に必要な慢性毒性試験データの提出を免除している。
nicotineは皮膚、気道、消化管から速やかに吸収されるが、胃の場合にはpHに関連する。胃液のpHが1なら15分で3%吸収され、pH7.4で8.2%、pH9.8で18.6%とpHが高いほど吸収が早まる。このためにnicotine摂取時には、制酸薬は投与しないとされている。nicotineは80-90%が肝で代謝され、残りはそのまま尿中へ排泄される。t1/2は1時間程度で、24時間以内に体外に排泄される。

ラット経口(LD50)50mg/kg-53mg/kg、マウス経口(LD50)3.3mg/kg。
致死量は成人30-40-60mg、乳幼児10-20mgと推定され、2-5mgで嘔吐などの中毒症状が出現する。毒物及び劇物取締法において毒物に指定されている。青酸カリとの比較でもnicotineの方が毒性は高い。煙草1本中の葉に含まれるnicotine含有量は、乳幼児の致死量に相当する。しかし実際の煙草の誤食では
nicotineの吸収が胃内pHの関係で遅いこと
吸収されたnicotineの催吐作用により胃内
容物を嘔吐する等の理由により、致死的な中毒は稀であるとされる。煙草浸出液の誤飲による中毒死例の剖検では、推定70mg以上のnicotineを摂取し、血中濃度は6.3μg/mLであったとされる。
ニコチン作用:nicotineは交感及び副交感
神経節並びに運動神経端板を刺激し、後に麻痺する。また延髄の呼吸中枢、血管運動中枢及び嘔吐中枢を刺激する。
煙草の煙を吸引することによって、肺から血中に
nicotineが吸収され、自律神経節を一過性に興奮させて血圧を一過性に上昇させる。nicotineは脳にも作用するため、愛煙家は快感を味わう。
これらはいずれもnicotine性アセチルコリン受容体を介して作用する。精神的依存性及び発癌性がある。
硫酸ニコチン [毒性]劇毒区分=毒物。魚毒性=A類。

硫酸ニコチンの人体中毒症状軽症の場合:口腔・咽頭・食道・胃部の灼熱感、吐き気、嘔吐、眩暈、頭痛、頭重、食欲不振、動悸、胸部圧迫感、冷汗、唾液分泌過多。
中・重症の場合:激しい嘔吐、下痢、脱力感、全身
のふらつき、ふるえ、睡眠障害、精神錯乱、痙攣、呼吸困難、不整脈。
nicotineの薬理作用は中枢神経系、自律神経系、運動神経末端で、当初は刺激興奮作用を、後に抑制作用を示し、多彩な中毒症状が出現する。流涙、流涎、悪心、嘔吐、腹痛、下痢、血圧上昇、頻脈、徐脈、不整脈、ショック、過呼吸、呼吸麻痺、顔面蒼白、頭痛、眩暈、興奮、意識障害、手指振戦、痙攣等である。
非常に大量な摂取ではいきなり抑制作用が著名に出現し、短時間のうちに呼吸麻痺、虚脱で死亡する。通常見られる乳幼児の誤食の場合の主要症状は、悪心、嘔
吐、下痢、興奮が大部分で、嚥下後30分ないし数時間以内に出現する。

1)催 吐:催吐は中毒患者の基本治療の一つであるが、煙草の場合は自然に催吐することが多いとされている。

2)胃洗浄:大量摂取時、昏睡、痙攣、その他重篤な症状が出現している場合には直ちに胃洗浄を行うが、洗浄に伴う誤嚥には十分注意する。更に洗浄目的で投
与した液により煙草を腸に押し出さないように注意する。一方、なめた程度、あるいは2-3cm以下の少量摂取と思われる場合には、経過観察(数時間程度)
のみでもよい。胃内pHの上昇により吸収が促進するので、その際には水、牛乳は飲ませない方がよい。
3)下剤・活性炭:重症例では硫酸マグネシウム、クエン酸マグネシウム等の塩類下剤と活性炭を投与する。
500mLの薬用ポリ容器に1g/kgの活性炭を秤取し、300mL程度の微温湯又は加温された下剤の溶液をポリ容器に注ぎ込む。キャップをして十分に懸濁する(通常、胃洗浄は服用後1時間以内の場合考慮する)。
nicotineに対する特異的拮抗薬はないが、自律神経症状に対して硫酸アトロピンの静注を行い、痙攣、過度の興奮に対しては抗けいれん薬、鎮静薬を使用する。重症例に対しては、気道、静脈路の確保など、救命救急処置が最優先される。
痙攣に対してはジアゼパムを成人で10mgまで、小児では0.1-0.3mg/kgを緩徐に静注。
副交感神経刺激症状の強いときにはアトロピンを
0.5mgずつ症状を見ながら5分おきに静注する。
交感神経刺激症状の強いときには、フェントラミン
1-5mg(適応外使用)、血圧に注意しながら静注する。


「それがね」とシリング医師は楽しそうにいった。「うまい手口だよ。じつにうまい。呼吸器麻痺による死亡だが、それは些細なことだ」医師は手を上げ、丸っこい右手で、左手の指を折り始めた。
「第一、毒物」そういってベンチのほうへあごをしゃくってみせた。凶器がむき出しになって、ロングストリートのこわばった足もとに、こともなげにおいてあった。「コルク玉のまわりの針先は53ある。コルクから突き出た針先とめどにはニコチンが塗ってある………ニコチンの濃縮液らしい」
「かびくさいたばこのにおいがすると思ったよ」とサム警部がつぶやいた。
「そうだろうさ、新しい純粋液は無色無臭の油状だ。が、水につけたり、ほつておいたりしたやつは、すぐに暗褐色になって、たばこ特有のにおいがする。間違いなく、この猛毒が直接の死因だな。といっても、解剖をして、ほかに死因がないことを確かめるがね。毒物は直接?針が掌と指に21カ所ささって?体内に入った。すぐ血管に入ったわけだ。判明したかぎりでは、二、三分は死なずにいた。ということは、この男が煙草をたくさん吸うからなんだ。普通人以上、ニコチンに対する抵抗力がある。
「第2は凶器そのものだ」二本目の指が曲がった。「警察資料室の宝だね、警部。じつにありふれていて、簡単で、独創的で、恐ろしい。天才の作品だ。[鮎川信夫・訳(エラリー・クイーン):Xの悲劇;創元推理文庫,2005.7.15. 100版]。

nicotineは猛毒といわれる青酸カリよりも毒性が強いと
されている。従って極く少量のnicotineで毒性を発揮すると考えられるが、さて、天才的凶器といわれる本作品のハリネズミを使用して、人が死ぬほどに血液中にnicotineを注入することが出来るかどうかということになるといささか疑問である。最も理屈はさておき、殺人の方法としては違和感なく読むことが出来ており、推理小説としてはそれでいいということである。それ以上に、方法としては面白い殺人の手段ということで、その独創性は高く評価することが出来る。しかし、それにしてもよく考えつくことと感心するが、やはり古くからの毒殺の系譜は生きているということかもしれない。
文献 1)広川薬科学大辞典[第2版];株式会社廣川書店,1990
2)植村振作・他:農薬毒性の事典[改訂版];三省堂,2002
3)Anthony T.Tu・編著:毒物・中毒用語辞典;化学同人,2005
4)日本中毒情報センター・編:改訂版 症例で学ぶ中毒事故とその対策;じほう,2000
5)内藤裕史:中毒百科-事例・病態・治療-改訂第2版;南江堂,2001
6)相馬一亥・監修:急性中毒診療ハンドブック;医学書院,2005
調
査者
古泉秀夫 分類 015.11.NIC
入日
2007.4.20.