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辰砂(cinnabar)の毒性

金曜日, 8月 17th, 2007
対象物 辰 砂(cinnabar)
成分 水 銀(mercury)
一般的性状 辰砂、[英]cinnabar、 [ラ]cinnabaris→朱。
朱(vermillion、chinese red)。別名:赤色硫化水銀、辰砂、丹薬、丹砂、硫化第二水銀(HgS)。水、アルコール、硝酸には殆ど溶けない。王水や硫化ナトリウム溶液には溶ける。深紅色。水銀の最も重要な鉱石鉱物で、古代から使用されていた。水銀製造の原料となる。漢方では精神安定薬として、不眠、眩暈、癲癇などに用いる。防
腐剤として軟膏を調製し寄生性皮膚疾患に用いられたことがある。丸剤の剤皮や朱肉、朱墨等の顔料にも用いられる。
奈良県大宇陀町大和水銀鉱山、変質母岩中に塊状、鉱染状をして産した。辰砂を空気中で400-600℃に熱し、生じた水銀の蒸気を冷却すると凝縮する。
水銀:[英]mercury、[独]quecksilber、 [仏]mercure、 [ラ]hydragyrum。Hg。周期表、遷移元素II族に属する金属の一つ。主に辰砂(HgS)として産出。酸化物を強熱して製する。銀白色で、常温で唯一液状の金属元素である。化合物には医薬として用いられるものも多いが、毒性が強い。アマルガム合金の材料。水銀は二価の金属であり、重金属に属する。二価の重金属は体内で重い非金属原子である硫黄と結合し易いため、長期間にわたって悪質な毒性を発揮する原因の一つである。
毒性 金属水銀:毒性はほとんど無い(体温計1本中に金属水銀0.8-1.2g含有。経口摂取しても消化管 からの吸収は極めて僅か)。
水銀蒸気:ヒト吸入中毒量1.2-8.5mgHg/m3、ヒト吸入無作用濃度 0.1mg/m3。
水銀が体内に入った場合の急性中毒としては、水銀蒸気の吸入によって口内炎や 下痢、肺炎、重篤な腎障害を生じ、回復は遅い。慢性の水銀中毒では貧血、白血球減少、更には肝障害、腎障害を生ずる。更に中毒が進むと歯の弛み、手足の知覚喪失、食欲不振、精神機能の低下や精神異常などの神経症状が生じる。
水銀蒸気は体内に良く取り込まれ、長期間にわたって毒性を発揮する。水銀蒸気 の作業環境における許容濃度は、0.05mg/m3である。水銀は気化し易く、室温に水銀を曝した時の飽和濃度は20mg/m3と許容濃度の400倍に上る。温度が高いほど気化し易く、こぼれて細粒化した水銀は表面積が大きくなるため更に気化し易くなる。
症状 金属水銀:体温計の水銀など、金属水銀を嚥下しても殆ど吸収されないので、何ら障害を来すことはない。
水銀蒸気:肺で70-80%が吸収され、肺に高濃度に沈着する。
金属水銀吸入時には悪寒、発熱、頭痛、痙攣。気管支刺激症状、数時間で呼吸困難、やがて肺炎、間質性肺炎、肺水腫を来す。
処置 金 属水銀の経口摂取では、経過観察でよい。
水銀蒸気吸入では呼吸管理(酸素吸入、人工呼吸など)を中心とした対症療法。
水銀蒸気呼吸管理を中心とした対症療法。
キレート剤投与:D-ペニシラミン経口投与(250mg/回、1日4回又は1g/日を限度として3-4回に分けて投与。小児は100mg/kg/日。3-10日で一旦中止し、尿中水銀量の変動を見て必要なら再投与)。
BAL筋注(3-5mg/kg、4時間毎に最初の2日間筋注。更に2.5-3mg/kgを6時間毎に2日間筋注。その後、同量を12時間毎に7日間筋注)。
腎不全の対症療法
事例 重兵衛は眼鏡をかけて紙包みを開いた。黒・黄色・緑とくすんだ色の草根木皮を刻んだ細粒が赤い粉にまみれている。重兵衛は小指の先でそれを掻き分けながら吟味した。
「そいつを煮立てて、湯気を口から吸うと咳が止まるというんだが」
五二半は老人の指の動きを見詰めた。重兵衛は指先についた赤い粉を舌先に載せて口をもぐもぐさせていたが、傍らの茶碗のお茶を含んでぺっと庭に吐き捨てた。「薬研で潰した粒は風邪のときに用いるものだが、赤いのは辰砂だな」
「しんしゃ?」
「ああ。大和の、奈良の南のあれはなんという所だったか、あっちの山で採れる。これで水銀を作る。楊梅瘡の薬としてある。梅毒、ほれ、瘡(カサ)ですよ。
しかし、いまどきこれを使う医師がいるかな。私も詳しいことは分からんが、ひどいときには苦しみぬいて死んでしまうそうだ。先ごろ『延寿丸』という薬ができてうちでも売っているが、梅毒は治りがたい病気だ。『延寿丸』では効かぬというので辰砂や水銀を使う医師もいるらしい。ところで半さん、それと御用の筋と何かつながりがあるのかね」 [和巻耿介:御府内隠密廻り同心 五二半捕物帖(五);春陽文庫,1997]
備考 『金属水銀は室温で蒸発して水銀蒸気が発生するので、体温計を壊して水銀が室内にこぼれた場合、放置せず、ガラス瓶中に水を入れその中に水銀保存し、化学薬品
処理業者に廃棄を依頼する』というのが、病院勤務時代の内規である。
金属水銀は、室温程度で気化するが、水銀の原料である辰砂を煮立てた程度では、水銀蒸気が発生するとは考え難い。ただし、水銀を飲まされて声がつぶされたという話は、伝承的な話として聞いた記憶があるが、中毒時に気管支系の症状が出ることを意味しているのかも知れない。
幼児が体温計を噛み砕いて水銀を飲んだとする急患室の利用が見られるという。水銀体温計の利用者は、幼児の手の届かないところに保存すること厳守すべきで
ある。水銀の経口摂取に毒性はなくとも、体温計のガラスで口腔内を切ることもあれば、ガラス片を飲み込む様なことになれば、重篤な状態に陥る可能性もあるということである。
文献 1) 薬科学大辞典 第2版;広川書店,1990
2)松原 聡:フィールドベスト図鑑 日本の鉱物;学習研究社,2003
3)大木幸介:毒物雑学事典-ヘビ毒から発癌物質まで-;講談社ブルーバックス,1999
4)舟山信次:図解雑学 毒の科学;ナツメ社,2004
5)志田正二・代表編:化学辞典;森北出版株式会社,1999
6)山口 徹・総編集:今日の治療指針;医学書院,2004
7)鵜飼 卓・監修:第三版 急性中毒処置の手引き;薬業時報社,19998)内藤裕史:中毒百科-事例・病態・治療-;南江堂,2001
調査者 古泉秀夫 記入日 2004.11.20.