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麻沸散の毒性

金曜日, 8月 17th, 2007
対象物 麻沸散(マフツサン)・通仙散(ツウセンサン)
成分 tropane alkaloid(トロパンアルカロイド)=atropine(アトロピン)、 scopolamine(スコポラミン)、hyoscyamine(ヒヨスチアミン)等。
[l-hyoscyamine、dl-hyoscyamine。aconitine、mesaconitine、hypaconitine。byak-angelicin、byak-angelicol。bergapten、butylphthalide、butylidenephthalide、ligustilide。bergapten、butylphthalide、butylidene-phthalide、ligustilide。 homogentisic acid、3,4-dihydroxy benzaldehyde diglucoside、ephedrine。saponin、 benzoic acid、amino acid、d -mannito]。
一般的性状 華岡青洲が世界で最初の乳ガンの摘出手術(1804年)に際して用いた麻酔薬は通仙散で、主薬は曼荼 羅華と附子である。曼荼羅華8分・草烏頭2分・白止2分・当帰2分・川弓2分(天南星)を細かく砕き、熱湯に投じてかき混ぜ、滓を除き暖かいうちにのむ。2-4時間で効果あり。瞑暈昏睡し人事不省となる。
曼荼羅華(マンダラゲ):チョウセンアサガオの葉。ナス科植物。学名: Datura alba Nees、Datura metel L.(中国)。英名:datura leaf。和名:ダツラ。別名:曼荼羅葉。キチガイナスビともいう。熱帯アジア原産で江戸期に日本に伝えられたとされる。鎮痙、鎮痛薬とし、散瞳薬などに使用される硫酸アトロピンの原料にする。主成分はl-hyoscyamineなど。その他主成分としてアトロピン(dl-hyoscyamine)、スコポラミン。種名のmetelはアラビア語の「麻薬性」を現すmathelが語源とされている。向精神作用があることは、古くから知られている。
烏頭(トリカブト):トリカブトの根。キンポウゲ科の植物。英名: aconite root。中国産のカラトリカブト(Aconitum camiohaeli Debx.)及び日本産のオクトリカブト(Aconitum japonicum Thunb.)の根茎を用いる。成分はアルカロイド約0.5%。aconitine、mesaconitine、hypaconitine等がある。漢方では身体四肢関節の麻痺、疼痛、虚弱体質の腹痛、下痢などに用いる。ただし、全ての鳥兜が同じ質と量の毒性をもっているわけではない。産地や生育状況、季節によって同じ種類でも毒の割合は異なる。最も毒性が強いのはヨーロッパ産の洋種鳥兜とヒマラヤ・中国産の何種類かである。
白止(ビャクシ):[英]angelica dahurica root、[ラ]angelicae dahuricae radix。[局]収載。別名:白止(止は草冠)、カラビャクシ(Angelica
dahurica var.pai-chi Kimura,Hata et Yen)、ヨロイグサ(A.dahurica Benth.et Hook)などのセリ科の根。漢方で、鎮静、鎮痛、浄血薬などにされる。成分はクマリン類のbyak-angelicin、byak-angelicol等が知られる。
当帰(トウキ):[英]Japanese angelica root、 [ラ]angelicae radix。[局]収載。別名:当帰。トウキ(Angelicae acutiloba Kitagawa)、セリ科の根。漢方その他で補血強壮、鎮痛鎮静薬として貧血、冷え症、月経不順などの婦人病に使用される。成分はbergapten、butylphthalide、butylidenephthalide、ligustilide等。
川弓(センキュウ):[英]cnidium rhizome、[独]cnidium、 [ラ]cnidii rhizoma。[局]収載。別名:川弓(弓は草冠)。センキュウ(Cnidium officinale Makino)、セリ科の根茎。漢方で補血、強壮、鎮静、鎮痛の目的で婦人病などに用いられる。成分はcnidilide、neocnidilide、butylidenphthalide等が知られている。
半夏(ハンゲ):[英]pinellia tuber、[独]pinellia、 [ラ]pinelliae tuber、[局]収載。別名:半夏、カラスビシャク(Pinellia ternata Breit.)、サトイモ科等の塊茎の外皮を除いて乾燥したもの。漢方で鎮嘔、鎮吐薬とし、吐気、悪阻、胃内停水、眩暈等に応用される。成分はhomogentisic acid、3,4-dihydroxy benzaldehyde diglucosideやephedrine(0.002%)等。
天南星(テンナンショウ):サトイモ科(Araceae)のマイズルテンナン ショウ(Arisaema heterophyllum Blume)やその他同属植物の塊茎を用いる。含有成分は不詳であるが、去痰、鎮痙の目的で用い、民間伝承としては肩こり、リウマチなどに外用するの報告が見られる。中国の河北、河南、広西、陜西、湖北、四川、貴州、雲南、山西各省に分布、山地の樹林下に生える多年草。
生薬名:天南星(てんなんしょう)。ラテン名:arisaematis rhizoma。漢名:蝮蛇草。和名:マムシグサ。中国名:鬼蒟蒻・日本天南星。
薬用部分:球茎(天南星)。秋-冬にかけ球茎を掘り取り、余分の根を除き日干しにしたものを硫黄で漂白する。乾燥した薬材は扁球状で表面は白色ないし褐色で光沢がある。
成分:天南星の球茎にはトリテルペノイド系のサポニン(saponin)、安息香酸( benzoic acid)、アミノ酸(amino acid)、d-mannitol、澱粉を含有する。またコニイン類似の毒成分を含むといわれている。従って球茎を摂食すると強烈な刺激作用があって口腔粘膜を糜爛させる。
薬効薬理:天南星には鎮静、止痛作用、去痰作用、抗腫瘍作用があり、催眠剤、鎮痛剤、鎮静剤、止痛剤、去痰剤、抗がん剤などに用いる。
分=匁の1/10(375mg)。1匁=3.75g
毒性 曼荼羅華(チョウセンアサガオ)の成分はtropane alkaloid(atropine、scopolamine、hyoscyamine等)で、神経に作用し、幻覚や錯乱を惹起する。意識は混濁し、痛みは鈍化する。大量に飲めば昏睡状態に陥る。
烏頭(トリカブト)の毒成分は猛毒のアルカロイドで、aconitineの致 死量は0.308mg/kgで、60kgの成人でも約18mgで死に至る。毒成分は全草に含まれているが、特に根に多く、全アルカロイド含有量は約0.5-1%である。
atropineは神経伝達物質の一つであるアセチルコリンと部分的に類似し た化学構造をもっており、体内にはいると副交感神経のシナプスでアセチルコリン受容体に結合してしまい、神経の「興奮」の伝達を阻害する。すなわちatropineは副交感神経抑制薬としての作用をもっている。なお、治療量(1mg)の範囲では殆ど中枢作用を示さないが、atropineは血液-脳関門を通過するため、大量投与すると大脳(特に運動領域)の興奮を来たし、精神発揚、幻覚、錯乱、狂躁状態に陥らせる作用もある。
*atropine sulfateの毒性としてマウス(経口)LD50 548mg/kg。致死量は成人で100mg以上、小児では10mg以上の報告。atropineに対する感受性は大きく変動する。1g摂取で回復したのに際し、成人で100mg以下、小児で10mg以下で死亡した例が報告されている。Tmax:1時間、T1/2:13-38時間、蛋白結合率:50%、排泄:85-90%/24時間(尿中)。
症状 精 神神経症状:興奮、錯乱、幻覚と発熱、昏睡。
消化器症状:悪心、嘔気。
皮膚症状:皮膚の乾燥、紅潮。首、顔、身体に紅斑。
循環器症状:頻脈、心悸亢進。
呼吸器症状:速い呼吸、呼吸抑制。その他:頻尿、尿閉、口渇、嚥下困難、瞳孔散大、光線忌避、視力障害。
その他、主症状として口渇、皮膚紅潮、発熱、散瞳、頻脈、高血圧、大量では強い副交感神経遮断作用として中枢症状・循環不全・呼吸麻痺(気管支拡張作用)
の報告。
処置 毒物の排除:吸引と胃洗浄による胃内容物の排除。吸収防止のために活性炭の使用を胃洗浄の後に考慮す る。塩類下剤投与(硫酸ナトリウム30gを水250mLに溶解したものなど)。
[参考]活性炭の頻回投与:1g/kgの活性炭を4時間毎、又は20gの活性炭を20gの活性炭を2時間毎に緩下剤とともに経鼻胃管から24時間を限度として注入する。血中濃度が中毒域以下になるか、臨床症状が著明に改善するまで行う。
処方例:活性炭20gをマクロゴール250mLに懸濁し、2時間毎24時間まで。
atropineあるいはscopolamineの中枢効果と末梢効果の制御 に、かってはサリチル酸フィゾスチグミン(サリチル酸エゼリン)の使用がされていたが、現在は一般に進められない。
メチル硫酸ネオスチグミン(ワゴスチグミン)の使用は、末梢効果の制御のみで ある。
興奮はジアゼパムか短時間作用型バルビツール酸塩類により制御する。
支持療法は必要である。
呼吸抑制には酸素の適用、補助呼吸。
超高熱、特に小児ではアイスバッグあるいはアルコールスポンジを使用する。
膀胱カテーテルによる導尿。
補液の適用。
その他の治療法として、次の報告がある。
発熱に強力な低体温療法、水、電解質の補正。腸蠕動麻痺にはネオスチグミン*0.5-1.0mg皮下又は筋注。血漿交換や血液吸着は血中のアトロピン除去に有効である。
*ワゴスチグミン注(neostigmine methylsulfate)
事例 「風邪薬と称しておぬしに飲ませようとしたのは、麻沸散又は通仙散ともいい、飲めば人間は正気を失い、斬られようが刺されようが、その当人はまったく痛みを覚
えず、ただ昏々と眠っているそうな」兵助はさも不思議そうにいった。
「そんな薬物が………よくご存じですな」
「いや、こちらもある外療(外科)の医者から聞いたのだが」
だいぶ以前に、紀州の華岡青洲という医者が使い方を発見した薬だと兵助はいった。
「そういう恐ろしい薬を、よくお袖が持っていましたな。薬種屋へゆけばだれにでも売ってくれるのですか」[和巻秋介:御府内隠密廻り同心-新五二半捕物帖-泥の雛;春陽文庫,1989]
備考 麻沸散としての毒性については、配合剤としての動物実験がされている訳ではなく、不明である。また、この物語では、麻沸散を殺人目的で使用したわけではなく、一時的に意識を奪う目的で使用したものであるから、当初の目的は果たしたということである。
麻沸散の主薬を曼荼羅華にするか鳥兜にするか、あるいは両者の相乗効果にするかで、その毒性の評価は変わるが、曼荼羅華も鳥兜も個々の毒性については既に作成した資料を公開している。
その意味ではここで再度取扱う必要はないが、ここではatropineに限定して毒性を紹介する。
ところで本書の主人公である隠密廻り同心甲斐半次郎は、南町奉行筒井和泉守政憲直属の同心(五二半捕物帖;春陽文庫,1997)とされている。筒井和泉守政憲の奉行就任時期は文政4年1月29日(1821年)から天保12年4月28日(1841年)の間であるとされる。華岡青洲が通仙散を初めて使用したのは(1804年)であり、処方内容は門外不出とされていたという。その意味では江戸の眼科医に通仙散の処方が伝わっていたのかどうか、何ともいえないところである。
文献 1)山崎幹夫:毒の話;中公新書,1999
2)鍋谷 欣市:http://square.umin.ac.jp/jsco37/abstract/E50384.htm,2004.10.9.3)植松 黎:毒草を食べてみた;文春新書,2004
4)舟山信次:図解雑学 毒の科学;ナツメ社,2004
5)西 勝英・監修:薬・毒物中毒救急マニュアル;医薬ジャーナル社,2001
6)清藤英一・編著:過量投与時の症状と治療 第2版;東洋書店,1990
7)山口 徹・総編集:今日の治療指針;医学書院,2004
8)高久史麿・他監修:治療薬マニュアル;医学書院,2004
調査者 古泉秀夫 記入日 2004.11.16.