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細菌の消毒剤耐性

金曜日, 8月 17th, 2007

黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)の消毒剤耐性菌に対する報告はMRSA(methicillin-resistant Staphylococcus aureus)の出現以前には認められず、1984年黄色ブドウ球菌の消毒剤耐性株の存在が初めて報告された。その後、1985年に消毒剤耐性遺伝子がクローニング(cloning:遺伝的に均一な集団を得る技術)された。細菌の消毒剤耐性機構はいずれも膜蛋白質による細菌細胞からの薬剤の排出であり、化学構造の異なる各種消毒剤に対して多剤耐性を示すことが特徴であると報告されている。

黄色ブドウ球菌に消毒剤高度耐性を与えるqacA/qacB遺伝子群は、ともに幅広い薬剤に対して耐性を示し、大きな伝達性プラスミド(細胞から細胞に移っていくことの出来る遺伝子の集合体)から検出されている。

薬剤名 消毒剤高度耐性株 消毒剤低度耐性株 感受性株
消毒
acriflavine 0.02% 0.0025% 0.000625%
acrinol 0.01% 0.005% 0.0025%
benzalkonium chloride 0.000625% 0.000313% 0.000156%
benzethonium chloride 0.00125% 0.000313% 0.000078%
chlorhexidine gluconate 0.000313% 0.000313% 0.000078%
glutraldehyde(glutaral) 0.16% 0.08% 0.04%
色素
acridine orange 0.01% 0.005% 0.0025%
crystal violet 0.000313% 0.00002% 0.00001%
safranin O 0.02% 0.0025% 0.000625%


butyl p-hydroxybenzoate
(butylparaben)
0.02% 0.02% 0.01%
methyl p-hydroxybenzoate     (methylparaben) ≧0.32% 0.16 % 0.08%

*最少発育阻止濃度(μg/mL)を%表記に改変。

消毒剤高度耐性株に対するbenzethonium chlorideの最少発育阻止濃度は0.00125%であり、常用濃度との比較では、低値であるとすることが出来るが、臨床現場での消毒剤の使用実態- 短時間接触→洗滌・清拭・乾燥+消毒物の汚染-力価の長時間保持困難等を考慮した場合、最少発育阻止濃度と実使用濃度の間に開きがあったとしても、細菌からみた場合、低濃度下で長時間生存可能であるということは、自然環境下では十分生存可能であるとする報告もみられる。

セラチアは、グラム陰性通性嫌気性桿菌のSerratia属に属する菌で、代表種はSerratia marcescens(霊菌)である。Serratia liquefaciens、Serratia rubidaea等も知られているが、多剤耐性菌が多く、日和見感染の原因菌となり得る。

周毛性のグラム陰性桿菌で、莢膜のある菌種もある。DNase活性が強い点で他の腸内細菌と区別される。 Serratia marcescensとSerratia rubidaeaは赤?桃色の色素(prodigiosin)を産生するが、色素非産生株もある。

Serratia属の棲息部位は、空気中、塵埃中、水中等にしばしば存在し、食物に附着して増殖し、これを赤変することがある。腸内常在菌である。

本菌の感染部位について、従来、非病原菌として扱われてきたが、近年創傷感染、肺炎、肺化膿症膿胸、髄膜炎、尿路感染症、敗血症、骨髄炎、腹膜炎等種々の感染症の原因となり得る。院内感染も見られ基礎疾患を有する患者に菌交代症として発現する可能性が考えられるとする報告がされている。

本菌の感染経路として、尿路カテーテル、静脈カテーテル、腹腔カテーテル、輸液。

なお、補液を経由しての感染経路として、次の実験報告がされている。

[1]点滴静注用のボトルの注入口(ゴムキャップ)にSerratia marcescensを附着させ、注射針で注入口を通過させると、菌は瓶中に侵入することが確認されている。

[2]病院で使用する輸液-ブドウ糖注射液、総合電解質液、静注用脂肪乳剤、血漿増量・体外循環灌流液、糖・電解質・アミノ酸液20mL中に菌液10μLを添加、室温放置、6時間・24時間後の菌量を測定した。この結果、静注用脂肪乳剤中では24時間後で10万倍以上増加し、血漿増量・体外循環灌流液中では1万?10万倍、総合電解質液、糖・電解質・アミノ酸液 、ブドウ糖注射液中では100?10万倍に増加した。

この結果、輸液ボトル調製中に菌が混入し、室温に10時間以上おかれた場合、輸液中では菌は相当数まで増殖し、大量の菌の曝露源となり得ることが示唆された。

*病棟における輸液準備は、概ね準夜帯(16時?18時)の看護婦が処置室において混合準備し、室温に静置し(調製から点滴開始まで10時間以上)、翌日投与する方法が一般的である。調製時汚染された場合、感染原因となりうる等の注意がされている。

なお、酒精綿調製後のアルコールの残存力価を測定した資料として、次の報告がみられる。

[1]医療現場で実際に使用される酒精綿保管容器を用い、酒精綿を保存、一定時間毎に10分間ずつ保管容器の蓋を開放し、経時的に残存力価を測定した。

容器名称 材質 外径×高さ(mm) 容量(mL) 脱脂綿量 アルコール液量
六単瓶 ガラス 60×55 130 10g 34g
万能壺(中) ステンレス 75×75 250 25g 85g
万能壺(大) ステンレス 85×90 500 50g 170g
湿布缶 ステンレス 123×166 1900 150g 510g

上記の実験の結果、50%-isopropanol(規格濃度:47.3?53.3v/v%)では、六単瓶の場合1日後に47.12%の規格濃度以下となり、2日目後では湿布缶以外全て規格濃度以下となっている。湿布缶については、7日目後でも47.89%の残存力価を示している。70%- isopropanol(規格濃度:67.8?72.2v/v%)では、万能壺(中)保存-7日後の事例のみで67.20%の規格濃度以下の値を示した。

消毒用エタノール(ethanol for disinfection)(規格濃度:76.8?81.4v/v%)では7日後に六単瓶76.45%・万能壺(中)74.27%の規格濃度以下の測定値が得られたと報告されている。

以上の報告からisopropanol・ethanolともに、保存条件によっては、有効成分が蒸発し期待する殺菌効果が得られないという結果を招くが、70%-isopropanol・ethanol for disinfectionでは、

[1] 液量が十分であること。

[2] 酒精綿が汚染されない取扱いがされていること。

[3] 酒精綿保管容器の密閉性が確保されていること。

の3点が実施可能であれば、1週間を限度としての使用は可能であると判断される。

但し、50%-isopropanolについては、酒精綿調製目的での使用は不適である。

[615.28.RES:2000.11.13.古泉秀夫]


  1. 笹津備規:細菌の消毒剤耐性,医学微生物学の最先端,中野昌康・編,pp.173180,菜根出版,東京,1997
  2. 笹津備規:院内感染起因菌-MRSAを中心に-薬局,48(8):1246-1251(1997)
  3. 森良一・他:戸田新細菌学;南山堂,1985
  4. 川名林治・他編:標準微生物学;医学書院,1982
  5. 水口康雄・他:ナースのための微生物学;南山堂,1987
  6. 武田美文・監修:院内感染防御マニュアル;薬業時報社,1996
  7. 遠藤美代子・他:セラチアの輸液中での増殖実験<抄録>;IASR,21(8):166-167(2000)
  8. http://idsc.go.jp/iasr/246/inx246-j.hyml
  9. 福島雅典・総監修:メルクマニュアル 第17版 日本語版;日経BP社,1999
  10. 第十三改正日本薬局方解説書;広川書店,1996
  11. 日本病院薬剤師会・編:院内における消毒剤の使用指針;薬事日報社,1987
  12. 日本病院薬剤師会・編:院内における消毒剤の使用指針 改訂版;薬事日報社, 1994
  13. 藤原 泉・他:消毒用エタノール、70%、50%イソプロパノールのアルコール綿保管容器中における経日的な濃度変化について;環境管理技術,13(4):188-193(1995)