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クロロホルム(chloroform)の毒性

金曜日, 8月 17th, 2007
対象物 クロロホルム(chloroform)
成分 クロロホルム(chloroform)
一般的性状 [英] chloroform、[独]chloroform、 [仏]chloroforme、 [ラ]chlorofor-mium。別名:トリクロロメタン(Trichloromethane)。CHCl3=119.39。クロロホルムはCHCl3 99-99.5%を含む。本品は無水のアルコール0.5- 1%を含む。本品は麻酔用に供することが出来る。
本品は無色澄明な揮発性の液で、特異な臭いを有し、味は微かに甘く、灼くようであり、光によって変化する。引火性はないが、加熱した蒸気に点火すると緑色
の炎を上げて燃える。本品1gは水210mLに溶け、アルコール、エーテル、ベンゼン、石油ベンジン、脂肪油又は精油に混和する。沸点60-62℃。
貯法:遮光した気密容器に入れ、なるべく30℃以下で貯えなければならない。基原:1831年Liebig、Soubeiranが殆ど同時に発見し、1834年Dumasがその組成を明らかにした。また1847年英国人 Simpsonが初めて吸入麻酔薬として使用し、外科手術に新紀元を開いた。
吸収・排泄:肺上皮より殆ど直ちに吸収され、反対の経路で排泄される。あらゆる体液中に微量見いだされる。胎盤壁を容易に通過する。幾らかは組織中で軽い
分解を受ける。他の組織表面で吸収される。
応  用
内用に1日数回0.15-1.0-1.5g(2-10-20滴)を白糖に混和 し、頑固な嘔吐、胃痛、胃潰瘍等に鎮痙剤とし、また5-6滴を氷片に滴下し、10-15分毎に用い良い結果を得ることがある。日局では極量を定めていない
が、Ger.は1回0.5、1日1.5(Fr.は3.0)と定めている。
外用には歯痛、神経痛、胆石疝痛、鉛毒疝痛、関節炎、睾丸炎等に、局所的に適 用するほか、洗顔料(0.3-0.5:水25)、点耳料、潰瘍の繃帯料、塗擦料として各種鎮痛の目的で使用し、帯状疹、神経痛、陰部掻痒、直腸潰瘍等に軟膏(1:5-10)として用い、また潅腸料(鉛毒疝痛に5-10滴)とする。その他、製剤、製薬原料、溶剤、尿の防腐等用途が広い。
本品の空気中における含量1.0-1.5v/v%で麻酔を起こし、深麻酔の際 の血液内含量は0.035v/v%、0.06%に至と呼吸麻痺を起こす。深麻酔を起こすと運動、知覚は完全に麻痺し、大手術も痛覚を与えず行える。随意運動並びに反射運動の麻痺だけではなく、意識も消失、全身筋肉の弛緩と、瞳孔の収縮を起こす。呼吸運動は緩徐になるが乱れず、心臓搏動も多少減少するが、心力旺盛で整然としている。麻酔前にモルヒネ及びアトロピンを注射し、呼吸及び心臓の静止を防止し、あるいは催眠剤を投与する。
□麻酔には吸入マスク又はガーゼを鼻腔前に置き、滴瓶から1分間20滴、漸次60滴に増加滴下す る。標準は30滴(0.6mL)である。深麻酔を得れば、吸入を中止又は減少する。中止すれば5-30分で覚醒する。本品は心臓病、動脈硬化、衰弱、高度糖尿病等の患者には禁忌。現在本品は単独で用いられることは少なく、エーテル、アルコール等と混和して用いる。

中枢神経抑制作用。皮膚・粘膜の刺激、肝・腎尿細管・心臓に対して細胞毒とな る。循環器系に対する抑制作用が強く、血圧下降や突然の心停止を来すことがあり、安全域は狭い。また、肝障害や腎障害を起こすので、現在では臨床に用いない。

毒性 麻酔覚醒後、頭痛、眩暈、倦怠、悪心、嘔吐等の後症状を起こすことがあり、稀に死亡、黄疸、高度貧 血、肺炎、気管支肺炎、虚脱を起こすことがある。
本品による吸入麻酔死亡率1/2655、エーテルとの混合麻酔で1/8014 である。
ヒト(経口)致死量約10-15mL、ヒト(吸入)40mL、大気中許容量10ppm(50mg/m3)。ラット経口 LD50:695mg/kg、
ラット吸入 LC50: 47702mg/m3/4hr、
ラット腹腔 LD50:894mg/kg
マウス経口 LD50:36mg/kg
マウス腹腔 LD50:623mg/kg

マウス皮下 LD50:704mg/kg  (RTECS)

症状 麻酔作用、皮膚粘膜腐食、低血圧、呼吸抑制。
皮膚接触が長引けば、紅疹、痛み、化膿性水疱を起こす。経口摂取は口腔・食道、胃の灼熱感を起こす。嘔吐と循環虚脱:恐らく心室細動がある。吸入は興奮、次いで意識消失と呼吸停止。心不全。アドレナリンに対し心筋の過敏症。肝障害が遅く起こった場合は、昏睡を起こすことがあり、尿中にアセトンと胆汁色素が排泄される。高い血中尿素、習慣作用が起こることがあり、規則的吸入は不安、刺激興奮性、筋肉協同機能失調、不眠及び精神荒廃を起こす。本品投与中止で、幻覚と痙攣を生ずることがある。習慣作用は重症の性格欠陥をもつヒトに通常起こる。
処置 一般的処置、対症療法。
経口摂取:吐根催吐剤、胃洗浄、腎障害と肝障害の監視。
吸  入:呼吸、心臓及び循環の補助。*10%-グルコン酸カルシウム溶液(8.5%-カルチコール:大日本住友)10mL静注。塩酸メトキサミン(メキサン注:日本新薬)20mgの静脈注射で、低血圧抑制。アドレナリンは不可。心室細動はディクノカイン(調査不能)1g/kgで抑制。もし必要なら繰り返す。緩徐に皮下注射あるいは塩酸プラクトロール(β-遮断薬・プラクトロール症候群と呼ばれる失明・死亡等報告)5mgを2分以内に静注。必要なら2分毎にこれを繰り返し、全量25mg。肝保護にビタミンB複合体(酵母、肝臓、米糠などに含まれて共存する水溶性ビタミンの1群→ビタミンB群)の静注又は筋注。
事例 「ど うして口笛なんか吹くんだ?」彼は鋭くつめよった。
「わたしは吹いていませんよ」ディムチャーチはひどく驚いたようにいった。「あなたが吹いたんだと思った」
「ふーん、するとだれかが?」トミーがいいかけた。
それ以上はいえなかった。強靱な腕によって後ろから羽交い締めにされ、叫び声を上げる暇もなく、気分の悪くなるような甘ったるい脱脂綿が口と鼻に押し当て
られた。
勇猛に闘おうとしたが無駄だった。クロロホルムが効いてきたのだ。頭がくらくらし目の前の床が上下に大きく揺れた。呼吸が苦しくなり、次第に意識が薄れて
ゆく……… 。 [アガサ・クリスティー(坂口玲子・訳)おしどり探偵-怪しい来訪者;早川書房,2004]
備考 毒殺目的で使用されたわけではなく、麻酔薬として使用されている。ある意味定番で使用される薬物である。ただし探偵小説でクロロホルムが使用される場合、瞬きをする程度の時間で効果を発揮しているが、実際には若干時間が必要なようである。文献等では『麻酔の導入は速い』とする報告も見られるが、嘗て行われていた臨床での実施例からすると、1分以上の時間が必要なようである。
中毒発生時の対処法については、それぞれの文献で記載内容が異なり、併記せざるを得なかった。特に外国の文献を翻訳した図書に出てくる薬剤は、副作用の発現から製造が中止されているであろう薬剤と薬品名からは調査できなかったものが見られた。
クロロホルムは現在医療用としては使用されておらず、誤用による事故は発生しないと考えられるが、事故等で急患が出た場合、対応に困惑することがあるかも
知れない。
文献 1) 薬科学大辞典 第2版;広川書店,19902)縮刷第六改正日本薬局方註解;南山堂,1954
3)西 勝英・監修:薬・毒物中毒救急マニュアル 改訂6版;医薬ジャーナル,2001
4)山口 徹・総編集:今日の治療指針;医学書院,2004
5)中井健五・他編:薬理学 第2版;理工学社,1984
6)白川 充・他共訳:薬物中毒必携-医薬品・化学薬品・動植物による毒作用と治療指針 第2版;医歯薬出版株式会社,1989
7)高久史麿・他監修:治療薬マニュアル;医学書院,2004
8)http://www.chemlaw.co.jp/,2005.

9)福島雅典・総監修:メルクマニュアル 第17版 日本語版;日経BP社,1999

調査者 古泉秀夫 記入日 2005.1.14.