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塩酸モルヒネ(morphine hydrochloride)の毒性

木曜日, 8月 16th, 2007
対象物 塩酸モルヒネ(morphine hydrochloride)
成分 morphine hydrochloride;モルヒネ塩酸塩。毒薬。麻薬。
一般的性状 アヘン中に含まれるalkaloidの一種。C17H19NO3・3H2O=375.84。本品は定量するとき、換算した脱水物に対 し、塩酸モルヒネ(C17H19NO3・HCl=321.80)98.0-102.0%を含む。本品 は白色の結晶又は結晶性の粉末である(本品は麻薬であるため味の試験はしていない)。水分含量の理論値は14.3%である。本品は蟻酸に溶け易く、水にやや溶け易く(1g→17.5mL)、メタノールにやや溶け難く、エタノール(95)に溶け難い。本品は稀水酸化ナトリウム試液に溶ける。本品は光によって変化する。保存条件:気密容器、遮光保存。モルヒナン系鎮痛薬。
名称:morphine hydrochloride[英]、morphinhydrochlorid、morphine(chlorhydrate
de)[仏]。
morphineについては、一般的には1805年独逸の薬剤師 Sertürnerによって初めてアヘン中から単離されたといわれているが、これより2年早くDerosneの報告があり、またSéguinの1804年に書いた報文は1814年まで出版されなかったという。しかし初期のモルヒネに関する研究はSertürnerに負うところが大きいとされている。局方第一版より収載。ケシ植物から直接morphineを抽出する試みが1932年ハンガリーのKabayによって行われた。
-体内動態-
morphineは経口投与によって消化管から容易に吸収され、腎、肺、肝、脾、筋に多く分布する。肝臓と消化管での初回通過効果により 経口でのbioavailability(生物学的利用率)は低く24%である。皮下注射、筋肉注射により速やかに血中に現れる。血漿蛋白結合率:35%、全身クリアランス:24mL/min/kg、分布容積:3.3L/kg、血中半減期:1.9時間で ある。morphineは成人では特に血液脳関門を通過しやすいことはない。
morphineの代謝の主なものはグルクロン酸抱合である。3位及び6位の OHが抱合体となって排泄される。このmorphineの6位のグルクロナイドは薬理活性があるという。3位のグルクロナイドの半減期は2.4-6.7時間で、6位のグルクロナイドは4時間である。尿毒症の患者では上昇する。また、この他にnormorphine(N-脱メチル体)、codeine、morphine ethereal sulphate等の代謝物にも活性が認められる。morphineの排泄は24時間までに約90%が尿中に見られる。しかし7-10%は糞便中にも認められる。それらの大部分は抱合体である。腸肝循環が起きている可能性がいわれている。

-作用機序-
意識や運動系及び痛み以外の知覚に影響を及ぼさない量で痛覚を選択的に抑制し、特に深部痛、内臓痛に著効を示す。大脳皮質知覚 領域の痛覚域値を上昇させるほか、痛覚伝導路のうち脊髄以上の部位に作用し、脳幹の下降性抑制系の賦活や視床及び脊髄後角を抑制するものと考えられている。オピオイド受容体を介して作用を示す。また、延髄を抑制するため、呼吸抑制、鎮咳作用が見られる。多幸感(陶酔)も生じるので、患者は不安から解放され、鎮痛効果も助長される。より大量では催眠作用が現れる。末梢では消化管に作用し、胃、腸管運動の抑制、胃液、胆汁、膵液分泌の減少、肛門括約筋の緊張を高めるため、強い止瀉作用を示す。

毒性 ヒ ト(経口)LD50:120-250mg、 500mg。非経口中毒量:30mg。ヒト経口致死量:70-500mg、マウス皮下注(LD50)456mg/kg、マウス静注(LD50)258mg/kg。耐性獲得者では1gでも耐える。乳児・ 小児では感受性が高い。
症状 中毒症状:縮瞳、意識障害、呼吸抑制が三大徴候である。この症状は橋出血などの脳幹障害と類似してい るが、過呼吸、不規則呼吸、四肢麻痺などにより鑑別される。
悪心、嘔吐、口渇、胃腸運動減少、便秘、眩暈、顔面紅潮、発汗。
神経症状:眠気、幻覚、感覚鈍麻、意識障害、針穴瞳孔、低酸素状態になると散大、昏睡。小児・女子では時にてんかん様痙攣。
呼吸症状:呼吸数減少、チアノーゼ、呼吸がいびき様となり不規則。肺水腫(肺毛細血管の透過性亢進による)。6-12時間で呼吸停止による窒息死。
循環器症状:徐脈・血圧下降、ショック。その他:体温下降。
副作用:治療に使用した際に発現する塩酸モルヒネの副作用として、次の症状が 報告されている。
呼吸抑制、不整脈、血圧変動などの呼吸循環器症状、眠気、眩暈、不安、錯乱、譫妄、興奮、視調節障害、発汗。また悪心・嘔吐、便秘などの消化器症状、発疹などの過敏症、排尿障害、頭蓋内圧亢進、顔面紅潮。連用による薬物依存が生じるので観察を十分に行う。
処置 治療は呼吸管理と拮抗薬の使用による。ナロキソンは麻薬受容体と競合結合するが、受容体に対する親和 力は麻薬より強く、25mgのへロインは1mgのナロキソンで遮断される。効果発現に約1分、臨床効果は45-70分間持続する。塩酸ナロキソン注(0.2mg)   1回0.2mg  静注

効果が出るまで3分毎 総量10mgまで
毒物の除去:催吐又は摂取後数時間経過していても胃洗浄。吸着剤と塩類下剤投与。
排泄促進:透析、血液灌流等は無効。
維持管理
呼吸管理:気管内挿管、酸素吸入
循環管理:血管確保、輸液
解毒剤

ナロキソン投与(静注)成人:0.4-2mg・小児:0.03mg/kh/hr.(静注出来ない場合は筋注)。呼吸数の増加と 知覚反応を見ながら2-3分おきに0.2mgを追加。
(点滴静注)成人:0.4-0.8mg/hr.・小児:0.03mg/kg/hr.。必要に応じて15mgかそれ以上を投与する。
[註]ナロキソンの半減期は短く、効果は2-3時間で消失する。従ってナロキソン投与により消失した中毒症状が再度出現することがあるため、本剤投与による中毒症状消失後、6-12時間の観察が必要である。またナロキソン投与直後に心停止、致死性不整脈、非心原性肺水腫、痙攣、錯乱などの副作用が生じることがあるため注意。

事例 ビュキャナン博士は妻をモルヒネで盛り殺した。ところが最近ではモルヒネという毒物は、被害者の瞳孔 の収縮によって、容易に判別できるようになった。医師である彼は、その点を十分承知しておった。そこで瞳孔の収縮を防ぐため、ベラドンナをモルヒネに混ぜて、担当医から自然死の証明を取るのに成功した。その狡知には、だれだって舌を巻くだろう。もし彼が、友人にこのトリックを打ち明けるような軽率な真似をしなかったら、おそらく彼の犯罪は、永久に暴かれることがなく終わったろう [宇野利泰・訳(ディクスン・カー):緑のカプセルの謎;創元推理文庫,2002]。
そこで、古井戸の死骸ですが、出家二人と虚無僧二人が、一度に身投げをするの はおかしい。おまけに、その死骸が水を飲んでいなかったと云いますから、身投げではないように思われます。しかし他人が殺して投げ込んだのならば、からだに何かの疵あとが残っていなければならない。たとい毒殺にしても、やっぱり何かの疵が残って、検屍の役人達にも知れるはずです。他人が殺して、なんにも痕跡が残らないのは、睡り薬の他は無いということを、私はかねて医師から聞いていました。睡り薬というのはモルヒネです。今日ではどうだか知りませんが、江戸時代の検視では睡り薬で死んだのを鑑定することは出来なかったようです[岡本綺堂(北原亜以子・編):半七捕物帖-十五夜御用心;大衆文学館講談社,1995]
備考 -緑のカプセルの謎-
Dickson Carrの作品に出てくる探偵役ギディオン・フェル博士の毒殺術の講義といおうか論議といおうか、その御高説の中に出てくる毒殺者と使用毒薬の一つが塩酸モルヒネである。ただし、塩酸モルヒネの毒性はさほど強いとは思われないので、殺人目的で使用するとすれば、相当大量を必要とすると思われるので、摂取させるのにある程度工夫が必要だと思われる。更に最近では、癌性疼痛緩和の目的で大量投与が行われており、この作品が書かれた時代に比べると、 morphineに対する印象としての禍々しさは軽減されているのかもしれない。
-十五夜心中-
小説の流れから行けば、モルヒネで殺したのではなく、深睡眠状態に陥った者を井戸に落とし、窒息死したということのようであ る。この当時といえどモルヒネがそう簡単に手に入れられるとは思えないが、その辺の疑問は深く追求しないということのようである。本来からいえば、当時簡
単に手に入れることのできる毒物を使用すればいいようなものであるが、あえてモルヒネを使用した作者には何か思いがあったのかも知れない。しかし、捕物帖の殺人に使用する薬物としては、甚だ珍しい薬物であり、あるいは岡本綺堂という著者のモダニズムの発露かも知れない。
なお、我が国におけるアヘンの産生は江戸幕府の八代将軍吉宗(1716-1745)の頃で、津軽藩が嚆矢であり、アヘンの異名として「津軽」が使用されていたとする報告が見られる。
文献 1) 第十四改正日本薬局方解説書;廣川書店,2001
2)薬科学大辞典 第2版;広川書店,1990
3)大木幸介:毒物雑学事典-ヘビ毒から発ガン物質まで;講談社ブルーバックス,1999
4)山口 徹・総編集:今日の治療指針;医学書院,2004
5)西 勝英・監修:薬・毒物中毒救急マニュアル 改訂6版;医薬ジャーナル,2001
6)吉村正一郎・他編:急性中毒情報ファイル第3版;廣川書店,19967)相馬一亥・監修:急性中毒診療ハンドブック;医学書院,2005
8)船山信次:図解雑学 毒の科学;ナツメ社,2004
調査者 古泉秀夫 記入日 2005.12.21.