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漆(varnish-bearing sumach)の毒性

木曜日, 8月 16th, 2007
対象物 ウルシ(varnish-bearing sumach)
成分 フェノール性化合物のウルシオール(urushiol)、ハイドロウルシオールの他、マンニトール、ゴム質を含む。その他、urushiolはデヒドロウルシオールと共に存在する。構造式中のRはC15の飽和及 び不飽和アルキル基。無色粘稠な液対。ウルシの成分はこの他にもあり、安南ウルシやビルマウルシの主成分はlaccol及びthitsiolであるとする報告が見られる。
一般的性状 ウルシ(学名:Rhus verniciflua Stokes):ウルシ科ウルシ属の落葉高木。
分  布:中国、インド、ヒマラヤの原産で、日本には奈良時代に渡来し、各地で栽培される。
形  態:幹は太く、樹高は10m位。樹皮は灰色で、老生すると裂け目を生じる。雌雄異株。葉は奇数複葉で枝の先に互生し、秋に紅葉する。6月頃葉腋の円
錐花序に多数の黄緑色の小さな花が咲く。
別  名:漆樹、漆
薬用部分:樹脂(乾漆<カンシツ>)。生漆(キウルシ)は樹幹に切傷を付け浸出した液汁で、暗褐色濃稠の液体。乾漆(カンシツ)は生漆を乾燥したもの。漆は漆性皮膚炎で知られている。薬効・薬理:urushiolはラッカーゼによって酸素と結合し、黒色樹脂状に変わり、急性皮膚炎を起こさせる成分となる。urushiolは大量に投与すると脳中枢神経系の原繊維を強く傷つける。乾漆を駆虫、通経、鎮咳薬に応用する。
使用法:扁桃腺炎には、乾漆を火にくべて煙を吸入する。処方に配合するときは、胃腸壁を損なわないために乾漆を搗き砕いて炒り熱して用いるが、生漆を煎じ
て乾燥させたものの方が安全とされている。
その他:生漆は漆器に塗られるが、そのままでは薬用、服用に向かない。日本では薬用の乾漆は生産されていない。
塗料としての漆は主成分であるurushiolが空気中の酸素と接したとき、 漆中に含まれるラッカーゼと呼ばれる酵素の作用で酸化縮重合することにより、乾燥・硬化する。漆かぶれは、このurushiol原因となって生じるアレル
ギー性接触皮膚炎である。
漆が乾燥・硬化するためには酸素との接触が必須であるが、高湿度であるほど ラッカーゼ活性が高まり、乾燥・硬化が速くなる。漆器製造工程では、漆風呂(ムロ)と呼ばれる高湿度環境(15-25℃・65-85%RH)を保った乾燥室で乾燥が行われる。高温である方が乾燥が速くなるが、高温になりすぎると表面性状・色合い・透明性に不良が生じる。乾燥・硬化して完成した漆器製品表面には、微量の未反応urushiolが残存しているため、漆器製品によるかぶれが報告されている。ただし、高温で乾燥した物ほど、残存urushiolは減少しており、かぶれは生じ難い。また生漆中に蛋白質加水分解物を添加することにより、かぶれ難くした漆が開発されている。
毒性 漆中のurushiolが接触性皮膚炎の原因であり、生漆中に約60-70%が含まれる。パッチテス ト用のurushiolは0.002%であるが、漆かぶれのテストに使用した場合、強陽性を呈する者がある。ただし、仕事で生漆を常時使用する者では、当
初、漆かぶれを経験する事例があるが、その後継続使用することでかぶれに対する耐性あるいは慣れ(hyposensitization)が起こる。漆を経口摂取した場合、全身性の皮膚炎や消化管で吸収されなかった漆により肛 門周囲にかぶれを生じた例も報告されている。
症状 接 触性皮膚炎(漆性皮膚炎):顔面、両上肢、両手などの露出部皮膚に、痒みを伴う激しい紅斑・浮腫・水疱・糜爛を生じる。また、漆皮膚炎を惹起した者では、
マンゴー、ギンナン、カシューナッツによって同様の皮膚炎を惹起する。
処置 かぶれの程度にもよるが、副腎皮質ホルモン剤の使用により、局所の皮膚炎応を抑え、痒みの強い場合に は抗ヒスタミン剤や抗アレルギー剤の内服を行う。
漆が手に付いた場合[1]ラッカーシンナー、アセトン、エタノール等の溶剤で十分に拭き取る。
[2]その後漆付着部をサラダオイルあるいは天ぷら油を付けて揉むように油で洗い、石鹸と流水で洗い流す(溶剤で殆ど取れるが、一部の漆は皮膚に浸透し、かぶ
れの原因となるため油で漆をとる)。
[3]漆を洗浄した後、皮脂の脱落が見られ、乾燥肌になり易い。 白色ワセリン、アズノール軟膏等を塗布し、肌荒れを予防する。
事例 「東吾さんじゃありませんか」
店の奥から、畝源三郎の声がした。
その隣に長助と、蒼白になった若者の顔が見える。「さては、おるいさんが心配しておられるのですな」
源三郎が苦笑し、東吾は傘をつぼめて、上がりかまちに腰を下ろした。
「宮越屋に、なにがあったんだ」
訊かなくとも、青くなっている若者が新助だと想像がつく。
「それが………どうやら、漆でかぶれたらしいですよ」
いささか当惑げに、源三郎がいう。
「漆………」 [平岩弓枝:御宿かわせみ(11)-二十六夜待の殺人-錦繍中山道;文春文庫,2003.1.25.]
備考 殺人目的の毒物として使用されたわけではない。
物語は世話物の世界で、特に殺人の必要はない作品であるが、『漆』が重要な意味を持っているので、毒薬の一つとして参照させていただいた。更に接触性アレルギーの原因として重要な対象物であり、その治療法を調べておくことは、情報を必要とするときに直ちに役立つと思われるので、それなりに意味があるだろうということである。
文献 1) 薬科学大辞典 第2版;広川書店,1990
2)三橋 博・監修:原色牧野和漢薬草大図鑑;北隆館,1988
3)河合敬一:漆器製造従事者にみられる漆かぶれ;日本医事新報,No.4183:92-93(2004.6.26.)
4)河合敬一:漆かぶれの処置と予防;日本医事新報,No.3957(2000.2.26.)
調査者 古泉秀夫 記入日 2004.8.11.