トップページ»

イチイ(水松)の毒性

木曜日, 8月 16th, 2007
対象物 イチイ(一位・ 櫟)。別名:アララギ・オンコ・マオウノキ。
成分 アルカロイドのタキシン(taxine)、タキソール(taxol)
一般的性状 イチイ科イチイ属。学名:Taxus baccata。英名:Yew。和名:一位、櫟、水松。イチイの学名であるタクスス(Taxus)は、ギリシャ語の弓を意味するタキソン(taxon)に由来し、英語の毒(toxin)の語源であるといわれる。赤く熟した生の実の部分(果肉)は毒を持っていない。
国内では北海道から九州の深山に生息する。高さ20mにもなる高木で、幹は直 立し、樹皮は赤褐色で、縦に浅く避ける。葉は1.5-3cmの線形、雌雄異株である。赤い果実はへそのある特殊な形をしている。
毒性 イ チイの毒成分は葉(落葉)、枝、種に含まれている。致死量は家畜の種類によって異なるが、牛の場合、生の葉は1-10g/kg体重、馬では約0.5-2g/kg体重、他の動物の感受性は更に低いとされている。
taxineのマウスに対するLD50は硫酸塩として19.7mg/kg(経口)とする報告がされ ている。
taxineは心臓毒、イチイの揮発性油は強烈な刺激性がある。
症状 taxineは急速に胃腸管より吸収される。特に絶食中に経口摂取した場合、吸収が速い。イチイの揮 発性油は、それと認められるほど吸収されないが、消化器壁に局所刺激を及ぼす。消化器から吸収された毒成分は、心臓に作用するが、中毒症状は家畜種だけではなく、個体差が大きい。嘔吐、下痢、酷い腹痛、筋肉衰弱。末梢神経性循環障害、低体温・湿潤した青ざ めた皮膚を伴う。譫妄と痙攣、昏睡と呼吸又は循環障害により死に至る。ただし、死んだように見えた牛が5分後に起きあがり、その後何事もなく過ごした例があるとされる。
処置 * 基本的措置 [催吐は行わない。活性炭/胃洗浄]。
*対症療法 [特に呼吸循環管理]、保存的療法。強い嘔吐の後に輸液、呼吸困難には酸素と補助呼吸。
活性炭・緩下剤の投与(参照):活性炭の投与は薬毒物の摂取後1時間以内が有 効であるが、以下の特徴を持つ薬物では、24-48時間にわたり2-6時間毎に繰り返し投与する方法が推奨されている。
活性炭を繰り返し投与の適応は、分布容量(Vd)が小さく、蛋白結合率の低い物質で、脂溶性、血中でイオン化していない、腸肝循環する、若しくは腸溶剤(徐放剤)である物質(例:テオフィリン、三環系抗うつ薬、フェノバール、オピオイドなど)。
処方例活性炭  50gを微温湯300-500mL(小児では1g/kgの活性炭を生理食塩水10-20mL)に溶解し、服用させる。
その後、半量を3時間毎に24時間まで繰り返し投与。
下剤としてD-ソルビトール液(75%)2mL/kgを投与し、6時間後に排便がなければ半量を繰り替えし使用(保険適用外)。
事例 「ただしこれは、あくまで私の私的な意見だから、そのつもりで聞いてくれたまえ」
「ええ、ええ。心得てますよ。で、やはり毒殺ですか?」
「むろん毒殺にきまっとる。それに、これもやはり私の私的意見だから、きみとわたしのあいだだけのことにしておいてもらわにゃならんが………わしには、その毒の性質もわかっておる」
「え? それはほんとうですか」「タキシンという毒だよ。いいかね、タキシンだ」
「タキシン?聞いたことのない毒ですね」
「そうだろう。めずらしい毒だ!。わたしだって、偶然、三、四週間前に同じような患者を扱ったばかりだから、すぐに気がつきはしたが、ほんとうにめずらしい毒なんだ。そのときは、子供達がままごとをやっていて、水松(イチイ)の木の実を採ってお茶の代用にしたのだ。それが恐ろしい中毒作用を起こしおってね」
「水松の実が?」
「実も葉も、両方ともに有毒なんだ。しかも非常な劇毒でね。もちろん、タキシンというのは植物毒(アルカロイド)だが、まだわたしは、それを毒殺に使用した例を聞いたことがない。したがって、この事件は異常であるとともに、興味深いというものだ………なにからどうやって採ったのかわからんが、使用された毒がタキシンであるのは断言できる。むろん、だれにだって間違いはあるものだから、わたしの言葉をそのまま鵜呑みにしてもらっては困るが、まずわたしの眼に狂いはないと信じるね。きみとしてもおもしろい事件だろう。すぐにその手配に移りたまえ!」 [アガサ・クリスティー(宇野利泰・訳):ポケットにライ麦を;早川書房,2003]
備考 我 が国では生薬としても使用され、神社や庭の植木あるいは生垣にも使用されているということからすると、毒草であるという意識はあまり強くないのではないかと思われるが、英国では毒草としての認識は高いようである。ただし、学名はTaxus baccataと同じであるが、Yew:ヨーロッパイチイされており、英国産のイチイはその生活環境から我が国で生育するイチイと比較して、あるいは毒性が強いのかもしれない。
更に、植物を用いたのではなく、イチイから抽出したtaxineそのものが使用されたのであれば、極く少量でも毒性を発揮するということになるのだろうが、今度は誰がtaxineの純品を抽出したのかということが問題になる。しかし、小説としては、その辺の細事はどうでもいいということかもしれない。
文献 1) 植松 黎:毒草を食べてみた;文藝春秋,2000
2)海老原昭夫:知っておきたい身近な薬草と毒草;薬事日報社,2003
3)小川賢一・他監修:危険・有毒生物;(株)学習研究社,2003
4)鵜飼  卓・監修:第三版急性中毒処置の手引き;薬業時報社,1999
5)白川  充・他共訳:薬物中毒必携 第2版;医歯薬出版株式会社,1989
6) 写真で見る家畜の有毒植物と中毒;http://ss.niah.affrc.go.jp/2005.7.2.
7)奥本裕昭・訳:イギリス植物民俗事典;八坂書房,2001
調査者 古泉秀夫 記入日 2005.7.2.