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エゼリン(eserin)の毒性

木曜日, 8月 16th, 2007
対象物 エゼリン(eserin)=フィゾスチグミン(physostigmine)
成分 サ リチル酸フィゾスチグミン(physostigmine salicylate)は、(毒)サリチル酸エゼリン(eserin salicylate;局6)の別名である。physostigmine
salicylateの他に『硫酸フィゾスチグミン(physostigmine sulfate)』が報告されている。別名:硫酸エゼリン。
physostigmine sulfateはphysostigmine salicylateより水に溶け易い。
一般的性状 基 原:physostigmineは、1864年Jobst及びHesseが西部アフリカ産マメ科 Physostigma venenosum Balf.fil.の種子カラバル豆(Semen
Physostigmatis)中に発見した。翌年結晶として抽出され、eserineと命名した。カラバル豆の主なalkaloidである eserineの含量は0.08-0.1%で、その他にgeneserine、eseridine、eseramine、isophsostigmine、physovenine等を含む。
Physostigma venenosumの種子カラバル豆中に含まれるインドールアルカロイド。アセチルコリンエステラーゼを可逆的に阻害する(抗コリンエステラーゼ薬)。この酵素阻害の結果、臓器中のアセチルコリンが増加し、副交感神経を興奮させるので、アトロピンに拮抗する。種々のカルバメート系のアセチルコリンエステラーゼ阻害薬の創製の基礎となった薬物である。医薬としては瞳孔 収縮に用いられる。
サリチル酸エゼリンは、無色-微黄色の光沢ある結晶で、臭いはない。空気中に長く放置すると赤色を帯びる。本品1gは水75cc、アルコール16cc、クロロホルム6cc 又はエーテル約250ccに溶ける。本品の冷飽和水溶液は中性又は微酸性で、これを放置すると暗所において も1-2時間で赤色を帯びる。本品はエゼリン塩類中で最も結晶しやすく、殆ど引瀑せず、安定な化合物で、乾燥状態では永く放置して初めて着 色する程度であるが、その水溶液あるいはアルコール溶液は、暗所に置いても容易に変化し、ことに加熱するかあるいは容器からアルカリ分が溶出するときは、著しく迅速に赤変する。純粋な遊離塩基は無色であるが、淡赤色を帯びやすい。水に難溶、アルコール、エーテル、クロロホルム、ベンゼン、CS2に易溶、石油ベンジンに溶けない。塩基の水溶液は強アルカリ性 で、空気並びに日光によって赤色を経て、暗褐色を帯びるに至るが、それは赤色結晶性の色素rubreserineを生ずるようになる。本色素の生成は空気中のNH3を吸収し、またガラスから溶出されるアルカ リでも促進され、酸性で3PO2、H2SO3、H2S、Na2S2O3あるいは発生期の水素によって脱色される。C15H21N3O2=275.35。融点:105-106℃(ベンゼンより再結 晶)。
本品は主として眼科で使用し0.2-0.5%溶液を緑内障、調節麻痺、角膜 炎、角膜潰瘍等に点眼し、虹彩後癒着にアトロピンと交互に使用する。
その他本品は回復術後に起こる急性腸麻痺(手術後腸閉塞症)に0.25-0.5mgを皮下注射すれば腸の緊張を増加させられ、また予防の意味で手術前1-2日にわたって使用する。
本品の水溶液は赤変し易いので、3%のホウ酸を加えて多少安定にする方法もあ るが、使用に際して新製する。微紅色程度のものは使用して差し支えないが、暗赤色の場合は廃棄する。
注射液はチンダル法又は濾過法で殺菌し、容器には溶出のアルカリ分のないガラスを使用する。毒薬。
常用量:1回0.3mg、1日1mg;1回0.5mg(皮下注射)。極量:1回 1mg、1日3mg。
貯 法:遮光した気密容器に貯えなければならない。
毒性 eserinは副交感神経末端の興奮性を亢進し、中枢神経系の諸中枢、例えば脳皮質の運動中枢、呼吸 中枢等を興奮の後麻痺し、末梢運動神経の末端を刺激する。また瞳孔を縮小させ、調節機の痙攣を起こし、眼内血管を収縮させ、眼圧を沈降させることがある。
従って緑内障、ことにその急性のものには眼圧沈降の作用が顕著に現れる。その収瞳作用は、虹彩後癒着の場合に、虹彩に多動性運動を与えて剥離させるために、アトロピンと交互に用いる。その他、一般収瞳の目的に使用するが、本品はアトロピンで散瞳させた瞳孔にも作用して収瞳させ得ること(ピロカルピン及びムスカリンはその場合に用いられない)また薬効が久しく持続する特徴がある。
physostigmineとして、注射又は経口での成人致死量は6mgとす る報告が見られる。
症状 使用に際しての結膜から吸収される量は少ないが、涙管から鼻、咽頭腔に流下して嚥下し、嘔吐、下痢、 発汗、頭痛、流涎、呼吸困難を起こすことがある。
病理所見は脳、肺、胃腸管の充血である。肺水腫も起こることがある。本品によ る中毒の主症状は、呼吸困難である。急性中毒:(内服、注射、粘膜塗布による)振戦、著明な蠕動亢進と便、尿の失禁、縮瞳、嘔吐、四肢の冷汗、気管支収縮による呼吸困難と喘鳴、筋肉の単収縮、失神、徐脈、痙攣、窒息あるいは徐脈による死亡。本品使用後に生命に危険のある心室性不整脈が発生した例がある。
慢性中毒:少量の反復により、急性中毒と同様な症状を呈する。
処置 急性あるいは慢性中毒の治療
1.緊急措置:拮抗剤投与までは、人工呼吸を行う。
2.拮抗剤:アトロピン2mgを緩徐に静注する。必要ならば同量を2-4時間毎に筋注し、呼吸困難をやわらげる。
予  後:アトロピンの投与が可能であれば、直ちに回復する。
予防:physostigmineを投与するときは、直ちに使用できるように アトロピンを手許に用意しておく。
経口摂取の場合:過マンガン酸カリウム(0.2%まで)で直ちに胃洗浄。人工 呼吸、痙攣抑制にグルコン酸カルシウム、痙攣にはジアゼパム5-10mgを緩徐に静注又は筋肉深く投与する。心臓不整脈にはプロプラノロールの静注。アトロピン(2mgを2-4時間おきに)静脈注射し、その後皮下注射すると筋活動と呼吸困難の反作用。しかし激しい頻脈や心臓不整脈を惹起することがあるの報告。
事例 「薬 はなんですか?」と私はたずねた。「砒素?」
「いや。まだ解剖結果の報告は受けていませんが………医師の見解ではエゼリンだそうです」
「ちょっと変わっているな。それじゃ、買い手を捜すんだってわけないでしょう?」
「ところが、そうじゃないんです。老人の常用薬なんですよ。目薬なんです」
「レオニデスは糖尿病でね」と父が言った。「定期的にインシュリンの注射をしていた。インシュリンはゴムの蓋をした小瓶に入れてある。皮下注射器の針を、このゴムの蓋に通して注射液を吸い上げるわけだ」
そのつぎは私にも想像がついた。
「瓶の中にインシュリンじゃなくて、エゼリンが入っていたというわけですね?」
「そのとおりだ」「だれが注射したんです?」と私はたずねた。
「婦人さ」[アガサ・クリスティー(田村隆一・訳):ねじれた家;早川書房,2004]。
備考 そ の他、physostigmine salicylate注の製品として、米国では『Antilirium(Forest Pharma-ceuticals,Inc.)』が市販されているの報告が見られる。用法・用量等は以下の通りである。
[適応]三環系抗うつ薬、アトロピン、スコポラミン過剰投与に対する解毒。緑内障。
[用]成人:1回2mgを20分毎に静注又は筋注。小児:1回0.01-0.03mg/kgを15-30分毎に静注。総投与量2mgまで。その他、国内では院内製剤として、次の製剤処方が報告されている。0.1%-サリチル酸フィゾスチグミン注射剤(院内製剤)

サリチル酸フィゾスチグミン(6局-試薬)   0.1g
メタ重亜硫酸ナトリウム(試薬)         0.1g
クエン酸(試薬)                 0.01g

クロロクレゾール(試薬)            0.2g
塩化ナトリウム(局方)            0.9g
注射用水               全量  100mL
調製法:注射用水(局方)にサリチル酸フィゾスチグミン、メタ重亜硫酸ナトリウム、クエン酸、クロロクレゾール、塩化ナトリウムを溶解し、全量100mL
とする。次いでメンブランフィルター(0.45μm)を用いて濾過し、褐色アンプルに分注し、熔封する。100℃-30分間高圧蒸気滅菌を行う。
規格単位:1mg/mL/管

貯法:褐色アンプル(1-2mL)、冷暗所保存。
適応:健忘症候群に対する治療(記憶力増強作用)。術後の麻酔緩和。
用法・用量:皮下注射
使用期限:1年
特記事項:サリチル酸フィゾスチグミン1gは水90mLに溶ける。pHは4以下に保つ。赤く変色したものは、使用不可。副作用として悪心、嘔吐がある。

類似処方

[1]0.1%-フィゾスチグミン注射液

サリチル酸フィゾスチグミン    50mg
メタ重亜硫酸ナトリウム      50mg
塩化ナトリウム          450mg
クエン酸一水和物          6mg
注射用水              50mL
適応:麻酔の覚醒遅延、中枢性副作用の拮抗薬

[2]0.1%-サリチル酸フィゾスチグミン注射剤

サリチル酸フィゾスチグミン   0.1g
生理食塩水       全量  100mL

文献 1) 縮刷第六改正日本薬局方註解;南江堂,1954

2)飯野靖彦・監訳:スカット・モンキーハンドブック;MEDSi,2003
3)日本病院薬剤師会・編:病院薬局製剤 第5版;薬事日報社,2003
4)薬科学大辞典 第2版;広川書店,1990
5)今堀和友・他監修:生化学辞典 第3版;東京化学同人,1998
6)山村秀夫・監訳:中毒ハンドブック 第11版;廣川書店,1990
7)白川 充・他共訳:薬物中毒必携-医薬品・化学薬品・動植物による毒作用と治療指針 第2版;医歯薬出版株式会社,1989

調査者 古泉秀夫 記入日 2005.5.27.