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アンチモンの毒性

木曜日, 8月 16th, 2007
対象物 アンチモン(antimony)。
成分 アンチモン:antimony。別名:アンチモニー。[英]antimony、[独]antimon、[仏]antimoine、[ラ]stibium。原子番号:51。Sb=121.75。
一般的性状 輝安鉱(キアンコウ)(Sb2S3)から製造する。両性元素で、単体としては金属光沢を持った半 金属状態のもの、黄色の非金属状態のもの及び高圧で安定なものの3種類の同族体が存在する。天然では酸化物や硫化物として産出する。antimonyは単体、化合物とともに毒性が強く、胃の疝痛、下痢、皮膚炎、気管支炎などを起こす が、その毒性は砒素ほどではない。活字金や合金材料として利用され、エナメル、塗料、ゴム硬化剤として用いられる。
三硫化アンチモン(antimony trisulfide:Sb2S3):灰黒色粉末、水には僅かにしか溶けないが、塩酸、アルカ リ、硫化カリウム液に溶ける。水溶性塩は、消化管から徐々に吸収され、三価antimonyは胆汁中へ、五価antimonyは尿中に排泄される割合が高く、吸入では吸収が大きく、主として尿中に排泄される。
常温における安定型(灰色アンチモン)は、銀白色の金属光沢のある結晶で、硬 く脆い。粉末状では灰白色でやはり光沢がある。粉末を加熱又は炎に接触させると、中等度の火災危険性がある。乾燥空気中では、殆ど変化せず、湿った空気中では徐々に光沢を失う。空気中又は酸素中で熱すると青い炎を上げて燃え、酸化アンチモン(III)を生じる。フッ素中では激しく燃える。塩素中では粉末。antimonyは発火し、赤い炎を上げて燃え、塩化アンチモン(V)を生じる。黒色アンチモンは、特殊な条件で生成する粉末状の不安定型アンチモンで、常温の空気中で容易に酸化され、発火することもある。融点:630.5℃。本品は水に不溶、王水ないし少量の硝酸を含む塩酸には可溶。
地殻中のantimony濃度は0.2mg/kg程度で全元素中の62位であ る。海水中濃度は約0.5μg/L。生体内で何等かの生理的な役割を担っているという報告はない。

[代謝]

吸収は肺と腸管からが主な経路で、吸収の程度は化合物の水に対する溶解の難易 に左右されるところが大きい。定量的な資料は少ないが、可溶性化合物の吸収はかなり迅速である。antimonyの生体内分布は3価と5価では異なる。3価のantimonyは各種の実験動物で、肝にやや濃縮される傾向があると報告されている。また、人を含め、各種の実験動物で赤血球中の濃度が高く、イヌやラットでは、甲状腺、副甲状腺への蓄積傾向が認められている。5価のantimonyは3価ほど肝に濃縮せず、むしろ脾にたまる傾向があるといわれる。
antimonyの排泄は、囓歯類の実験で見る限り、3価は尿中に、5価は尿 中に大部分排泄されるが、人の場合、3価のantimonyも尿中への排泄は無視できない。しかし、これらの生体内分布と排泄の動態は、吸収速度と吸収後の時間により著しく影響を受けると考えられる。ハムスターに3価と5価の124-Sbを吸収させると、両方とも肝と骨への蓄積が見られる。血液では3価は常に赤血球中に多く、5価は曝露2時間後には血漿中に多かったが、24時間後に逆転し、赤血球中に多くなった。
antimonyの生物学的半減期は放射性antimonyをハムスターに吸入させた場合、約16日、マウスに酒石酸アンチモンカリ100μgを腹腔内注射した場合は約30時間であった。

毒性 ヒ トにおける推定経口致死量:200mgから2gの間。空気中の本剤化合物の最高許容濃度は0.5mg/m3である。stibineの限界値は 0.1ppm。
黒色アンチモン
ラット(経口)LD50:100mg/kg、 ラット(腹腔内)LDL0:100mg/kg、モル モット(腹腔内):LDL0:150mg/kg。
五酸化アンチモン(antimony pentoxide)
ラットLD50:20g/kg。RTECS=急性毒性 LD50:ラット(腹腔内)4g/kg。
三酸化アンチモン(antimony trioxide): [劇物]、一定の状況下で水素と反応、非常に有毒なガス(スチビン)を生成。接触すると皮膚や眼に薬傷を負うことがある。RTECS=急性毒性LD50:ラット(経口)>34,600mg/kg。
五塩化アンチモン(antimony pentachloride): [劇物]、蒸気及び煙霧は皮膚、眼、粘膜を刺激する。RTECS=急性毒性LD50: ラット(経口)1,115mg/kg。
三塩化アンチモン(antimony trichloride): [劇物]、接触すると皮膚や眼に薬傷を負うことがある。吸い込むと有毒、火災によって刺激性又は有毒なガスを発生することがある。RTECS=急性毒性
LD50:ラット(経口)525mg/kg。
症状 酒石酸アンチモンナトリウムの注射液は筋肉か皮下に注射するとき、局所の壊死を生じる。化合物の経口 摂取時には、口と喉の薬傷、喉の収縮と窒息、悪心と嘔吐を生じ、酷い出血性下痢を伴う。無尿、筋肉痙攣、譫妄、麻痺と昏睡。全身ショックと心臓血管虚脱。
中毒症が長引くと、肝と腎障害を起こす。
スチビン(stibine:水化antimony)の吸入時:頭痛、悪心、嘔 吐、筋肉衰弱、黄疸、貧血を生じる。
煙霧と塵埃に慢性的に曝露されると、皮膚に掻痒性の膿疱性発疹、出血性歯肉 炎、結膜炎及び咽頭炎を生じる。頭痛、体重減少、貧血が起こる。
自殺目的、過誤によりantimony化合物を摂取したり、antimony を溶出する食器を使用した場合、胃の灼熱感、疝痛、悪心、嘔吐、水様下痢等の急性胃腸炎症状で、重症例は循環不全により死亡することもある。治療用のantimony化合物を静注した時の副作用として、頭痛、眩暈、咽頭痛、金属味、咳、悪心、下痢、心悸亢進などが報告されている。
処置 経 口摂取
胃洗浄は効力不明。牛乳と水を混ぜた卵白を保護剤として与えても良い。ショックは静脈内輸液で治療。保温、大量の液体摂取。ジメルカプロール 200mg(3mg/kg)を6時間毎に筋肉内注射。48時間後は1日2回に減ずる。48時間持てばおそらく回復する。
stibine吸入時
上記の通りジメルカプロール投与。溶血に対しては輸血が必要。酸素吸入と人工 呼吸。
三酸化アンチモン
吸入した場合:新鮮な空気の場所に移し、安静に務める。
皮膚・眼に付着した場合:直ちに水で洗い流す。
五塩化アンチモン
皮膚に付着した場合:希アルカリで中和し、大量の水で洗い流す。
眼に入った場合:直ちに清水で15分間以上洗浄し、医師の手当てを受ける。
誤って飲み下した場合:胃洗浄。
三塩化アンチモン
皮膚や眼に付着した場合:直ちに水で十分洗い流す。
事例 この秘密結社の存在は懺悔の言葉からパリの大司教の耳にまで達した。バスティーユにほど近い兵器庫に有名な<火刑法廷>がつくられ、被告たちは車裂きの刑や火あぶりの刑に処せられた。1672年にルイ十四世の愛人モンテスパン婦人が謎の死をとげたことは、毒薬探求者たちに刺激を与えた。1672年から1680年までの間に、フランス上流階級の貴婦人が何人も火刑法廷に召還され………その中にはマザラン枢機卿の二人の姪、ブイヨン公爵夫人と、ユージーン王子の母にあたるソワンソン伯爵夫人もいた。しかし秘密結社の全貌が世界的に明らかにされたのは、1676年のブランヴィリエ公爵夫人の裁判であって、この裁判は三カ月も続いたのである。
ブランヴィリエ公爵夫人の行動は、愛人サント・クロワ大尉の急死によって暴かれた。サント・クロワ大尉の遺産の中に、“自分の死後は聖ポール街に住むブランヴィリエ公爵夫人に届けてもらいたい”と書きしるした手紙を添えたチーク材の木箱があった。この木箱には昇汞、アンチモニー、アヘンなどの毒薬が詰まっていた。ブランヴィリエ公爵夫人は逃亡したが、結局デプレという探偵の努力によって法廷に引き出され、大規模な毒殺事件の罪に問われたのである。メートル・ニヴェールが弁舌たくみに彼女を弁護したが、彼女を有罪に追い込んだのはデプレだった。彼は公爵夫人が密かに彼に託した自供書を法廷に提出したのである。この供述書は彼女が実際に成功した事件の他に、未遂に終わったいくつかの事件まで列挙したおそろしいものであった。彼女は断頭の刑に処せられたあと火刑にするという宣告を下される。
判決のあと、共犯者の名を白状させようとして彼女は<水責めの拷問>にかけられた。これは当時の裁判の方法一つで、被告を台の上に寝かせ、皮のじょうごを口に突っ込んで水を注ぎ込むのである [小倉多加志・訳(ジョン・ディクスン・カー;John Dickson Carr):火刑法廷;ハヤカワ文庫,1976]。
備考 毒殺に使用される毒物について、蘊蓄を述べる場面が何回も出てくるが、その中の一つがanti-monyである。直接物語の本筋とは関係しない毒物であるが、古い毒物であり、最近の物語では使用される可能性がないと思われるため、ここで取り上げることにした次第。ところで火刑法廷の殺人者は、どうやら一筋縄ではいかないようで、何とも厄介な性格をしていらっしゃる。
しかし、もし物語の通りであるとすると、単なる毒殺事件ではなく、おどろおどろしい話になるが、外国でもそういうことはありかというのが感想である。しかし、作者は毒薬の好きな人だなと感心する。
文献 1) 薬科学大辞典 第2版;広川書店,1990
2)Anthony T.Tu・編著:毒物・中毒用語辞典;化学同人,2005
3)14303の化学商品;化学工業日報社,2003
4)後藤 稠:産業中毒便覧(増補版);医歯薬出版株式会社,19925)梅津剛吉:家庭内化学薬品と安全性;南山堂,1992
6)白川 充・他:薬物中毒必携 第2版;医歯薬出版株式会社,1989
7)松原 聡:フィールドベスト図鑑 日本の鉱物;学習研修社,2003
調査者 古泉秀夫 記入日 2005.12.30.