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医薬品情報管理学[9]

水曜日, 8月 15th, 2007

我が国の薬害と行政対応の歴史的経過

[1]はじめに

仕事で『薬』を扱う人間は、『薬害』について学ばなければならない。薬学を学ぶ薬学生は、その教育の一環で、『薬害』につい学ぶべきだとする意見がある。『薬害』の被害者からすれば、至極当然の意見である。

『薬害』について調査してみると、重要な問題として『情報管理』の問題を指摘することができる。そこで『医薬品情報管理学』のための資料として、本稿を纏めることにした。

[2]『薬害』の実際的経験

多くの薬害事件の中で、業務の関係で、実際に遭遇する可能性があったのは『ソリブジン』事件である。国立国際医療センターにおける『薬剤委員会』の事務局は、副薬剤部長が窓口を担当している。

『ソリブジン』が発売されたとき、製薬企業のMRは、御多分に漏れず、購入してくれという窓口攻勢をかけてきた。医薬品としては、確かに重要な役割を担う薬で有り、当然、皮膚科の医師は、絶対に必要であるから購入申請をしたいということになる。

通常であれば、いわゆるゾロ新といわれる薬ではなく、一定評価に堪え得る薬であるため、院内ルールからすれば、申請書類を医師に渡すべきであるが、資料として製薬企業が提出した添付文書を読んでいるとき、使用上の注意の中の1行に、この薬の取扱を困難にする一文があることに気付いたのである。それは相互作用の中の『フルオロウラシル系の薬剤との併用投与を避けること』とする記載である。

一見すると優しげな表記ではあるが、これは明らかに『併用禁忌』であり、この部分の解決策が見つからない限り、簡単に申請書類を渡すわけには行かないと判断した。

フルオロウラシル系に属する薬剤は、抗がん剤であり、100%の癌告知がされていない我が国の現状において、この併用禁忌を完全に遵守することは困難である。そこで「この併用禁忌を完全に実行することが可能な方策を提出しいてただきたい」という依頼を企業側に提案した。また医師との論議の中で、この問題を間違いなく実行するためにはどうすればいいのかの検討をお願いしたい旨申しあげた。

製薬企業側からは、何等回答は得られなかったが、医師からは

  1. 当面、皮膚科の専門医のみが処方する。
  2. 当面、他科・他院受診患者には処方しない。
  3. 他科受診患者で処方の必要がある場合には、主治医に服用薬剤の確認をした上で処方する。

等の考えを提案された。

それでは薬剤委員会での承認事項として、以上の3点を確認するということで、申請書類を医師に手渡したが、医師が書類を記載している間に『ソルブジン』による患者の死亡例が報道され、医師から「残念ながら死亡例がでた以上、最早使用は難しい」ということで書類の提出はされないことになった。

この間、既に発売から数カ月が経過し、幸いにも当院では『薬害』に荷担することなきを得たが、根気のいる医師との調整を嫌がって、無抵抗に書類の作成に取りかかっていれば、あるいは『薬害』の加担者として、寝覚めの悪いことになっていたのかもしれない。

[3]薬害発生の要因

情報を評価する眼があれば、広告からも必要な情報を手に入れることは可能である。しかし、情報は広告にはならない。何故なら情報は薬を売るために役立つものだけではなく、薬の使用量を減少させるあるいは使用が止まるという負の要因に働く場合があり、時には市場価値が0になることも有り得るわけである。

薬害の多くは、既に警告に値する情報がありながら、企業側はその情報の公開を避けていたとしか考えられない対応がされている。

製薬企業は、生命関連物質を取り扱うということから、常に『社会的責任』を認識していなければならないはずであるが、収益性にのみ眼を向け、投下した資本を直ちに回収したいという企業理念を最優先させることが、薬害という社会的現象を生み出したということである。

医薬品は本来単なる化学物質である。疾病に対する治療薬としての効果という人にとっての正の作用と同時に、人の生命に損傷を与えるという負の作用を持っている。この負の作用を制御し、『正の作用』を有利に働かせるために情報が存在する。つまり適正に使用する情報の範囲内で使用している限り、医薬品としての安全性は確保できるということである。

従って、医薬品に関連する情報は、例え『負の作用』に関する情報であれ、公表しなければならないという社会的責任を、製薬企業は持っているということを常に考えておかなければならない。生命関連物質である医薬品の場合、『疑わしきは使用せず』が基本原則である。

[4]Product Liability(製造物責任)法制定以降

1995年7月にPL法が施行され、それ以後、製薬企業は、添付文書の改訂に狂奔している。

PL法施行以前、『光線過敏症』に関する副作用が、添付文書に記載されていなかった事例で、文献による報告例を入手したため、他の文献等を含めて臨床現場からの生情報の収集状況を企業側に確認したところ、『現在までに9例報告されている』とする回答が得られた。

そこで何故添付文書に反映しないのかの確認をしたところ『少数例を公開すると医療現場に混乱を招くため、当社としては10例を超えた段階で添付文書に反映することになっている』の見解を示された。

しかし、この見解はPL法施行後脆くも崩れ去り、とりあえず何でも添付文書に記載しておけば、責任は逃れられるという対応に変わってしまった。些細な情報あるいは因果関係が明確ではない副作用であれ、兎に角、添付文書に収載しておけば責任が逃れられるという考え方は、ある意味で全ての責任は医療機関側にありとする対応であり、真の意味での情報公開にはなり得ていないといわなければならない。

従来、医師は添付文書記載情報を信頼しない傾向が見られるが、これは添付文書情報の曖昧性に起因する不信感によるものである。それにも係わらずPL法施行以降の添付文書改訂が、更に『とりあえず掲載しておけば責任だけは逃れられるという内容の改訂』であれば、添付文書全体の情報としての評価は明らかに低下する。添付文書に記載された内容は、その薬を使用する医師が確実に遵守すべき内容でなければならないはずであり、予備的情報の伝達方法は、他の手段を考えるべきである。

年次推移      薬        害 行政対応・関連対応等
昭和26年
(1951年)
グアノフラシン(消毒剤)点眼薬による睫毛・眼瞼皮膚の軽微な白変報告。第二次世界大戦後本邦初の薬害。 製品の製造中止・回収指示*7月:抗生物質使用基準設定
昭和30年
(1955年)
SMON:日本各地で多発、特定地域に集中する新たな症状報告-ウイルス感染の疑いと報道。
*1955年(レゾヒン;吉富製薬-武田薬品)クロロキンの発売開始。適応症として『マラリア、慢性関節リウマチ様関節炎、亜急性・慢性エリテマトーデス、腎炎』。大量販売の道筋。
*3月:第2改正国民医薬品集公布
昭和31年
(1956年)
1956年5月15日東大法学部教授が、歯科治療における抜歯後の化膿止の目的でペニシリンを注射。その直後に胸苦しさを訴え、そのまま意識不明。救急手当を受けたが、死亡する事故が発生した。ペニシリンショック死事件。被害者の社会的地位によるマスコミの大々的報道。薬害の社会的認知。1953年?1957年に1,276名がショック発現、124名が死亡。 医務・薬務局長通知『皮内反応の実施』通達。
(1)過去の副作用・アレルギー疾患の既往歴の有無の問診。
(2)当該薬剤の使用回避・他の治療法の選択。
昭和32年
(1957年)
クロロキンによる眼障害は1948年から報告されはじめ、1957年に角膜症の報告。  
昭和33年(1958年)   *12月:国民健康保険法公布
昭和34年
(1959年)
1959年Hobbsらクロロキンによる網膜症の発現例報告。 5月:抗生物質などの予防内服禁止を指示。
昭和36年
(1961年)
サリドマイド剤は1957年10月1日ヨーロッパ諸国で『Contergan8』として発売。1961年11月27日発売停止。日本では1958年1月『イソミン8』として発売。
更に最初睡眠薬として市販。後に神経性胃炎の薬『プロバンM8』として発売。特に『妊婦にも安全』との宣伝がされたため妊娠悪阻(つわり)に使われ胎児障害が増加。西独・幼児用睡眠薬『シネマ・ジュース』として発売、妊婦の服用が増え、被害の増大が見られた。
サリドマイド剤による奇形児発現の事実を最初に公表・警告(1961年11月8日)したのは西独・小児科医のレンツ博士で、その警告後世界の大部分の国では販売が中止された。但し、日本では警告発表後9カ月間販売継続。
米国では未発売(臨床治験段階で10人発生の報告)。
*クロロキン製剤であるキドラ(小野薬品)が『腎炎』を有効として販売開始。
*米国FDAはキノホルムの適応症の範囲について大幅に規制
*4月:国民皆保険制度発足
*医薬品適正広告基準制定*睡眠薬販売規制措置通達
*4月:医薬品適正広告基準制定
昭和37年
(1962年)
日本ではサリドマイドにハンセン病患者の『神経癩』に鎮痛効果があるため、販売禁止措置がとられなかったとされる。
サリドマイドの服用による直接作用として『多発性神経炎、中枢神経刺激症状等神経系障害及び重症の四肢欠損症(無肢症、海豹肢症、奇肢症、母指三指節症)や耳障害(難聴、無耳症、小耳症)等を生じ『サリドマイド胎芽病』と呼ばれた。患者数は西独3049名・日本309名・英国201名・カナダ115名・スウェーデン107名・ブラジル99名・伊太利亜86名。全世界で3,900例と報告。30%の死産があったとされるため総数5,800名と推定されている。サリドマイドは新生の毛細血管の形成を抑制するので、発育中の胎児の四肢の血管造成を抑制、手足が形成されない。
*中野彊らクロロキンによる網膜症発現報告。視力障害に関する外国論文の数27編。
*2月:制限診療の撤廃。
*5月:サリドマイド剤製造・販売中止の勧告
9月18日:『イソミン8』販売停止(全面回収)。
*12月:アンプルかぜ薬乱売規制。「WHO総会で国際モニター制度設置の決議」
昭和38年
(1963年)
*3月:鳥居薬品によりコラルジルの製
造・販売開始。
*1963年4月に『腎炎治療目的で市内の病院に入院。クロロキン製剤キドラ(小野薬品)1日3錠・分3を5年間にわたって服用』(K氏の実例)
*3月:中央薬事審議会下部機構として『医薬品安全特別対策部会』設置
*4月:「医薬品の胎児に及ぼす影響に関する動物試験法」制定→1975年改定。
*5月:サリドマイド研究班発足。
*国際モニター制度実施。
昭和39年
(1964年)
新潟大学教授・椿忠雄氏が病名を「スモン」と命名[subacute myelo-optico-neuropathy;SMON;亜急性脊髄・視神経障害]。
米国の売血等で集められた血液を原料とする血液製剤『フィブリノゲン(ミドリ十字)』を製造承認取得(出産時の異常出血-止血剤)
*4月:WHOより医薬品副作用報告について通知。
*6月:催眠剤劇薬指定
*6月ヘルシンキにおける第18回世界医師会総会で『ヘルシンキ宣言』採択。
*8月:医薬品等の適正広告基準全面改正。
昭和40年
(1965年)
1959年以降1965年までの間に合計38人が死亡。[アンプル入りかぜ薬によるショック死事件(大衆薬)]。
*2月16日千葉県下でアンプル入り風邪薬服用の老人と15歳の少女が死亡報道(朝日新聞)。
2月17日静岡県の伊東で39歳の女性死亡。*2月18日静岡県の伊東で28歳の女性死亡。
*2月20日千葉県八千代市で22歳の女性死亡。新聞報道されただけでも、3月4日迄に11名の死亡報道。
*3月1日杏林製薬の同種製剤服用による死亡。
*3月2日田辺製薬の同種製剤服用による死亡。
*3月4日大正製薬の製品服用者が死亡。製品回収の不備による死亡事故。
*アンプル剤という剤形の問題?他の剤形に比較して吸収が速く、毒性の発現が著しく強いことが国立衛生試験所での動物試験の結果から判明したとする事故原因を中央薬事審議会答申に記載。主成分であるアミノピリン・スルピリンの含有量が、1回の常用量を超える製品が市販されていた。
1965年3月興和株式会社の社員が同社で実施した抗ウイルス剤キセナラミンの臨床試験は人権侵害であるとして東京法務局人権擁護部に申し立て。1963年10月社員を対象に104名に実薬、103名にプラセボを服用させた。その結果2週間の服用期間の前半から頭重感・頭痛・食欲不振・全身倦怠感・肩こり等を訴え、後半には3名が発熱のため欠勤、2名が胃痛等のため入院。キセナラミン服用患者のうち76名(73%)が服用終了直後までに、前記の他便秘・腹痛・下痢・嘔気・眩暈・発疹・黄疸・咽頭痛・生理異常の症状を訴え、服用終了後の約2週間後までに17名が入院、うち1名が死亡。本薬は既に先行開発会社で「毒性が強い」等の理由で開発断念した薬。
1965年3月リウマチ治療のためクロロキンを服用していた厚生省薬務局製薬課長は「重篤な眼障害の副作用がある」ことを伝えられ、個人的に服用中止。*血液学者の間で「泡沫細胞症候群」とする珍しい病気が話題→コラルジル。
*『新医薬品についての催奇形性試験実施』
*2月19日厚生省はアンプル風邪薬製造元の大正製薬に「広告の自粛、製品の再試験指示」
*2月20日:厚生省は大正・エスエス製薬に自主的措置要請。両社販売停止を決定
*3月1日:厚生省は製品回収等について業界に要請。
*3月9日:日本製薬団体連合会「回収等に伴う経済的損失の救済や税制上の配慮等を求める要望書提出」。
*4月20日:中央薬事審議会医薬品安全対策特別部会アンプル入りかぜ薬調査会『アンプル入りかぜ薬の製造使用については否定的結論に達している』旨の予告。*5月11日:中央薬事審議会の答申に基づき、アンプルかぜ薬については廃止届(6月末まで)若しくは製造取り消しの告示。
*5月:かぜ薬の製造承認等について通知。
*アンプル剤以外のかぜ薬に対する『新配伍基準』の提示。
*11月8日:『アンプル入り解熱鎮痛剤』について廃止通知(1966年3月末まで注意書きを附して販売継続)。
*11月:医薬品の使用上の注意記載要領具体化
*[配合薬調査会設立]
昭和41年
(1966年)
甲状腺ホルモン剤含有やせ薬で精神異常(OTC薬)
→*クロロキン服用患者K氏『夜盲症・視野狭窄・暗点(視野が暗くなって見えなくなる)』発現
*甲状腺ホルモン剤以後配合禁止。
*8月:国民生活審議会答申に基づき医薬品の毒性・副作用に対する行政措置。*『安全対策特別部会』下部機構として『副作用調査会発足』
昭和42年
(1967年)
*クロロキンによる視力障害。 *クロロキン劇薬・要指示薬指定*3月:『副作用モニター制度発足』
*10月『医薬品の製造承認等に関する基本指針について』通知(医療用医薬品・一般用医薬品に区分して規制する方針)
昭和43年
(1968年)
→*1968年1月九州大学眼科入院-K氏クロロキン網膜症の診断。*クロロキン網膜症は、メラニン色素に高い親和性を持つクロロキンが、メラニン色素を持つ網膜上皮細胞に蓄積した結果発現。視力低下、視野狭窄、暗点等。*ビー・ブラウン社がヒト乾燥硬膜「ライオデュラ」の販売開始。 *各薬効群毎に使用上の注意事項の整備
昭和44年
(1969年)
*キノホルム(適応:アメーバ赤痢)によるスモン(SMON)報告。昭和38年頃(1963年)から昭和45年頃までの間に多発。下痢、腹痛等の不定の腹部症状に対しキノホルムを大量長期使用により亜急性脊髄視神経障害が発現。疑いも含め11,127名の報告。
*経口投与されたキノホルムはかなりの量が腸管から吸収(動物実験:20-30%)され、末梢神経・中枢神経系に取り込まれる。界面活性剤CMCの配合で吸収は促進される。*1900年瑞西・バーゼル社により『創傷防腐剤』として発売。1935年アルゼンチンの医師バロスはキノホルムの投与後『重篤な神経障害』が生じたことを報告。1907年以降スイスで劇薬指定。我が国でも1936年(昭和11年)劇薬指定、1939年普通薬に指定変更。1939年チバ社が国内で実施した”ヴィオフォルム”の臨床治験で『知覚・運動障害等の神経障害』の発現例が服用患者のカルテに記載。
*肝臓病の分野で「リン脂質脂肪肝」とする新たな病名が報告→コラルジル。
*3月:中央薬事審議会-医薬品製造承認審査事務の改善についての諸処置実施。
9月スモン調査研究協議会(会長・甲野禮作国立予防衛生研究所ウイルス検査部長)発足。
*9月:中央薬事審議会-医薬特別部会設置-かぜ薬の承認基準を審議。
*12月:厚生省は『本剤の連用により角膜障害、網膜障害等の眼障害があらわれることがあるので、観察を十分に行い異常があらわれた場合には投与を中止すること』とするクロロキン添付文書の使用上の注意改
訂指示
昭和45年
(1970年)
3月:スモンの神経症状が再現又は再燃する際、しばしば見られる緑色毛状の舌苔、緑色便の原因物質の検討開始。
*6月30日:看護婦が患者尿として提出した緑色尿から整腸剤キノホルムの鉄キレートを証明、緑色の発色実験結果とともにスモン調査研究協議会に報告。
*8月6日:新潟大学椿忠雄教授が『キノホルムはスモンの発症あるいは病状の悪化に関係』の警告。*キノホルムの血中濃度は投与量の相違に係わらず同一レベルを示し、中毒発現には投与量より血中濃度レベルが重要であることを証明。1971年『販売停止』以降殆ど発生せず。
*11月:『リン脂質細胞肝』の原因はコラルジル中毒に疑いが強いという事実を日本消化器学会関東甲信越地方会に報告。動物実験の結果、コラルジルによる副作用に起因する同一疾患であると確認。導入時安全性試験未実施。臨床医肝障害の指摘→1965年動物実験を実施。副作用を確認。隠蔽しその後5年間販売継続。
*コラルジル(4,4′-diethylamino-ethoxyhexesterol)。合成女性ホルモンの一種スチルベステロールの誘導体。
*2月:厚生省医療用医薬品等適正化推進本部設置。
*4月:『薬効問題懇談会再評価特別部会発足』。
*4月:医療用医薬品の添付文書記載要領行政指導?記載上の留意事項[薬務局監視指導課長通知]
*6月医薬品広告の自粛要請。*7月30日:厚生省予防接種による副作用に対する臨時救済措置の大綱提出。予防接種により18年間に201名の死亡事故があったことを公表。
*8月:かぜ薬承認基準制定。
*9月7日中央薬事審議会(会長・石館守三)はキノホルム及び類似薬(186種類)の販売中止と使用中止を答申。9月8日厚生省による行政措置
*11月:コラルジル販売中止
*11月:予防接種事故審査委員会発足。
昭和46年(1971年) 冠拡張剤『コラルジル』による肝障害→長期にわたり服用することにより肝臓・血液等の全身細胞に異常なリン脂質やコラルジルそのものが蓄積し細胞を破壊する。本薬の場合、動物実験の結果とヒトでの結果が異なることが証明された。
→*1971年10月14日「腎炎等の特効薬クロロキン剤で中毒-救済を訴える直訴状を厚生大臣」にの新聞報道(朝日新聞)。
*6月:新医薬品の副作用報告義務期間を2年から3年間に延長。
『副作用情報配布』
*10月:中央薬事審議会下部機構として『医薬品再評価特別部会』発足。*12月:『医薬品再評価』実施につき通知。1967年9月以前承認薬剤の全て?第1次再評価。
昭和47年
(1972年)
1972年3月『スモンと診断された患者の大多数はキノホルム剤の服用によって神経障害を惹起したもの』とするスモン調査研究協議会結論。 *1月:医薬品の使用上の注意を厳重実施方注意。
*4月:WHO国際副作用モニター制に加盟。*4月:副作用モニター制強化(243施設)
*10月:GMP設定のための研究班編成。
*10月:日本学術会議-医薬品の臨床試験評価システムの充実を勧告。
昭和48年3月
(1973年)
*幼児集団奇病・山梨で23人が歩行困難-原因-カゼの注射?(1973年10月5日・朝日新聞夕刊)。*7月:厚生省「ライオデュラ」の輸入承認 *6月:厚生省-医薬品副作用の被害者救済制度研究会発足。
昭和49年
(1974年)
大腿四頭筋短縮症が社会問題化。
*経口血糖降下剤スルファニルウレア剤で低血糖になり約350名が死亡、100名が人格喪失。*米・UGDP心臓血管死多発(プラセボの2.6倍)を確認。FDA限定使用を勧告。UGDP(University Group Diabetes Program)
*1974年クロロキン製剤製造中止
*7月:医療情報システム開発センター設置。
*7月:大腿四頭筋拘縮症に関する研究班発足。
*7月:日薬連注射剤のpH、浸透圧を添付文書に自主的記載決定。
*9月:GMP(医薬品の製造及び品質に関する基準)を通達。
昭和50年
(1975年)
*クロラムフェニコールによる再生不良貧血訴訟 *1月:三種混合ワクチン一時接種中止。
*4月:『厚生省医薬品情報』伝達。
*8月:日本糖尿病学会員191名の連署による要望書や中国糖尿病談話会の提起等により厚生省は血糖降下剤を劇薬指定、使用上の注意を大幅に改訂。*10月第29回世界医師会東京大会においてヘルシンキ宣言修正。
*1975年日本小児科学会に筋拘縮症委員会(巷野悟郎委員長)設置。
*注射薬再検討
*『医薬品の生殖に及ぼす影響に関する動物実験法』改定。
昭和51年
(1976年)
*小児科学会で、鰍沢・増穂等富士川流域の大腿四頭筋短縮症児の検診の結果、患者総数は290人(うち大腿四頭筋短縮症は238人)
(1)少なくとも270人はA病院で筋肉注射を受けたため発症したと考えられる。
(2) 筋注時の診断のの半数以上が『かぜ症候群』であり、殆どが筋注を必要としない疾病であった。
(3)注射液の大部分は解熱剤のメチロンと抗生物質のクロマイゾルで、注射液の使用は本症が社会問題化した1974年から激減している。
*大腿四頭筋に限らず、肩三角筋、澱筋等にも障害の及んでいる症例があり、更に単に筋肉が伸縮性を失い短くなった状態を示す『筋短縮症』より、筋が短くなった結果、関節が稼働性を失い機能障害を生じた状態を示す『筋拘縮症』の病名が用いられるようになった。
*2月19日:日本小児科学会筋拘縮症委員会注射に関する提言発表。(1)注射は親の要求で行うものではないこと(注射は医師の医学的判断により実施)。
(2)経口投与で十分ならば注射すべきでないこと(注射が優れているという誤謬)
(3)いわゆる”かぜ症候群”に対して注射は極力避ける(かぜ症候群の多くはウイルス感染症であり本質的治療法はない)。
(4)抗生剤と他剤の混注は行わないこと(抗生剤の筋注、殊に他剤との混注は筋拘縮症発生の危険大)。
(5)大量皮下注は避けること(大量の皮下注射が輸液療法として安易に行われる)。
*4月:厚生省ヤコブ病を含む遅発性ウイルス感染の難病研究班設置。
*4月:GMP実施
*6月:医薬品の副作用による被害者の救済制度による研究会報告。*6月:予防接種法改正-種痘の強制接種廃止。
*7月1日:日本小児科学会筋拘縮症委員会『注射薬に関する提言II』発表。
*10月:新医薬品の製造(輸入)承認申請に際し動物試験に関する取扱について通知(海外資料の利用)。
*『医療用医薬品の使用上の注意記載要領について』[薬務局長通知]
*上記を受け『医療用医薬品添付文書の記載方式(自主設定)』[日本製薬団体連合会]
*クロロキンの日本薬局方収載削除
昭和52年9月(1977年) 非加熱血液製剤の販売開始(ミドリ十字)
*12月米国のガイジュセク博士が「ヤコブ病患者の組織などを移植してはならない」と発表。
米・FDAは12月に『フィブリノゲンの投与によって肝炎に感染する危険性がある』として製造承認取り消し。
*かぜ薬配伍基準改訂。
*2月:予防接種事故救済制度。*5月:ピリン系薬剤をかぜ薬・解熱鎮痛剤から「副作用の点から一般用(大衆薬)として好ましくない」として1年の経過措置の上、非ピリン系に変更するよう指導。
*10月:「発ガン性がある」として全ての内服薬からピリン系薬剤を除くことを決定。
昭和53年
(1978年)
*ヤコブ病の病原体が輸入承認条件のガンマ線照射で滅菌されないことが判明。 *5月:WHO必須医薬品選定。
昭和54年(1979年) 9月国立予防衛生研究所血液製剤部長はその著書で「FDAによる製造承認取り消しの事実を報告、フィブリノゲンの危険性指摘」 *薬事法改正:『再審査制度』導入。
*医薬関係者に対して医薬品の有効性・安全性等に関する情報提供に努めるべきことが企業に義務付けられた。
*9月:薬事法一部改正-医薬品副作用被害救済基金法成立。
*10月:WHO「天然痘根絶宣言」。
昭和55年
(1980年)
  *3月:抗生物質認可基準全面改訂。
*医薬品副作用被害救済基金法(1987年改正現在は『医薬品副作用被害救済・研究振興調査機構法』)制定・発足。
昭和56年(1981年)   *1981年6月米国立防疫センターが初のAIDS症例報告
昭和57年
(1982年)
*1982年7月米国で非加熱製剤による血友病患者へのAIDS(acguired immune deficiency syndrome)感染の可能性報告*1982年12月ミドリ十字米国子会社の元役員が米国のAIDS情報を報告 *1982年12月2日日本小児科学会筋拘縮症委員会
『筋拘縮症に関する報告書』提出。
昭和58年
(1983年)
*5月須山忠和被告(ミドリ十字副社長)が感染経路に血液製剤の可能性を示唆する報告書を作成。
*6月2日:トラベノール社は厚生省に対し「供血者の一人がエイズの兆候を示したので、製剤の回収をしたい」旨の報告。厚生省は何等対応せず。*7月日本の血友病患者ではじめてエイズによる死亡(認定は1985年5月)。
*7月ミドリ十字が業務連絡文書で、非加熱製剤による感染の可能性示唆
*7月5日安部英・前副学長が主治医を努めた帝京大の男性患者が死亡(帝京大症例)
*8月:カッター社は社内に「エイズシナリオ」のプロジェクトを作り、エイズの将来の発生予測。最悪の場合1988年までにエイズ患者が8万人発生、内約2,000人が血友病患者。
*8月:カッター社は広報誌エコー日本語版で「エイズが非加熱製剤によって感染されるということを示す証拠はどこにもない。出血者に対しては従来通り血液製剤を輸注」の記載
*5月:『医療用医薬品添付文書の記載要領の改訂について』[薬務局長通知]→昭和61年4月迄に改定:薬効薬理・体内動態・臨床適用・非臨床試験
*薬事法の一部改正-第54条(記載禁止事項)の改正
*厚生省『新薬の臨床試験の実施に関する専門家会議(熊谷洋座長)』設置。臨床試験の公的規制の検討開始。*1983年6月13日厚生省『エイズ研究班』発足(班長:安部英被告・帝京大学教授・副学長)初会合開催。
*7月18日第2回エイズ研究班会合。帝京大症例のエイズ認定見送り。血液製剤についても『格別の措置(輸入禁止等)を取る必要なし』の結論。
*7月21日厚生省生物製剤課が日本赤十字社との打合せで『血液製剤の原料として新鮮凍結血漿(FFP)を提供して欲しい』と提案。
*1983年10月ベニスにおける第35回世界医師会においてヘルシンキ宣言修正。
昭和59年
(1984年)
*9月国内の血友病患者の血液48検体中23体のエイズ感染感染が判明。 *3月エイズ研究班が『非加熱製剤の輸入継続』を決定。
*「長期投与医薬品に関する情報」追加。 添付文書の記載項目21項目となる(業界申し合わせ事項)
昭和60年
(1985年)
*3月ミドリ十字が『エイズ検討会』開催。*6月ミドリ十字が非加熱製剤は安全な国内原料のみとPRするよう、社員に虚偽宣伝を指示。
*ヒト由来の成長ホルモン剤でのヤコブ病感染が報告。
*『新薬の臨床試験の実施に関する専門家会議(熊谷洋座長)』報告提出。
*5月厚生省3人の血友病患者をエイズ認定。
*12月厚生省が加熱製剤(第IX因子)を承認
昭和61年
(1986年)
*1月ミドリ十字が加熱製剤の販売開始。非加熱製剤を継続出荷。
*4月関西の総合病院で、肝臓病の男性患者が非加熱製剤3本を投与される。
 
昭和62年
(1987年)
*2月:米国疾病対策予防センター(CDC)が硬膜移植後にヤコブ病発症の世界初の症例発表。*5月:カナダ政府は国内医療機関に対し特定ロット番号の硬膜製品の使用回避を警告。独逸ビー・ブラウン社に硬膜の危険性を調べるため資料提出要請。
青森県の産科医院でフィブリノゲンを投与された8人の患者の肝炎感染が発覚し、厚生省から実態調査の指示を受けたミドリ十字は自主回収に乗り出すまで製品の販売を継続。
*医薬品副作用被害者救済基金法→『医薬品副作用被害救済・研究振興調査機構法』に改正。
*4月:米国食品医薬品局(FDA)が同年製造された硬膜の廃棄を医療機関に勧告。
*6月:ライオデュラの輸入警告
昭和63年(1988年) *2月:厚生省研究班「ヤコブ病の感染ルートとしてヒト成長ホルモンや角膜移植と共に、脳保存硬膜の使用」を新たに付け加えて報告。 *1979年5月:薬事法一部改正に伴う再審査制度と連動。定期的(5年毎)審査委評価を実施+随時再評価(臨時再評価)。
*「医療用医薬品添付文書の記載要領」改正→医療用医薬品添加物の記載
平成元年
(1989年)
*5月大阪HIV(エイズウイルス)訴訟
第一次提訴。
*「医療用医薬品の承認番号等の記載」(薬務局長通知)→添付文書の記載項目22項目となる。
*1989年『医薬品の臨床試験の実施に関する基準(Good Clinical Practice;GCP)』制定
*1989年9月香港・九龍の第41回世界医師会においてヘルシンキ宣言修正。
平成 2年
(1990年)
*3月発行の『臨床医薬』で臨床治験段階でソリブジン服用中患者の死亡1例報告。
*「医療用医薬品添付文書の記載要領」改正→「向精神薬」の追加。
*『医薬品の臨床試験の実施に関する基準(Good Clinical Practice;GCP)』実施。
平成3年
(1991年)
*英国・ノルウェーでライオデュラの認可取り消し。  
平成4年
(1992年)
  *血友病に用いる製剤については、原則国内献血血液を原料として製剤することが決定。*『高齢者への投与に関する医療用医薬品の使用上の注意について』*[厚生省薬務局審査課長・新医薬品課長・安全課長]( 平成4年4月1日)
平成5年
(1993年)
*9月28日:ソリブジンによる死亡1例、厚生省から「使用上の注意」の改訂指示。しかし、日本商事が実際に文書を配布したのは10月12日から。当初添付文書の相互作用の記載は「併用投与を避けること」の記載。
*10月12日:日本商事「抗ウイルス剤ユースビル(ソリブジン)とフルオロウラシル系薬剤との併用による重篤な血液障害について」と題する『緊急安全性情報』配布。併用により『白血球減少、血小板減少等の重篤な血液障害等を発現した症例が7例報告されており、うち3例は死亡に至っている』。
(1)併用は絶対にしないこと。(2)患者への問診を厳重に行うこと。(4)併用薬の確認のできない患者には投与をしないこと。添付文書の使用上の注意に『警告』追記。*11月24日:厚生省中央薬事審議会副作用調査会「21人が副作用被害を受け、うち14人が死亡」を報告。
*12月4日:因果関係不明の死亡例がソリブジンによる死亡と確認、計16名の死亡。
*ユースビルの出荷停止と回収。
*動物実験で抗がん剤との相互作用確認、治験担当医に連絡せず。治験段階で3名死亡。
薬害エイズ訴訟原告弁護団が、東京地裁に提出した準備書面で、1977年にFDAは『C型肝炎ウイルスに感染した薬害肝炎問題で、血液製剤「フィブリノゲン」の製造承認を取り消していたことを国側に伝達』
*4月:新医薬品等の再審査の申請のための市販後調査の実施に関する基準(GPMSP)の実施。
*11月24日:『医療用医薬品の使用上の注意記載要領の改正等について』[薬務局長通知]*『相互作用』→『副作用』の項の直前に記載。
*相互作用→致死的・極めて重篤な非可逆的副作用が発現→『相互作用』に記載すると同時に『警告』・『一般的注意』・『禁忌』の項に記載。
*医療用医薬品パンフレットの表紙に明記 。*薬事法の一部改正→第54条(記載禁止事項)の改正
平成6年
(1994年)
*9月1日:厚生省は薬事法違反で日本商事を105日の製造業務停止処分。共同開発・販売したエーザイ・ヤマサ醤油に「厳重注意」処分。 *『医薬品の副作用症例報告期限の改正について』
[薬務局安全課長](平成6年1月12日発出-平成6年4月1日実施)。
*15日以内に厚生大臣に報告[副作用であると疑われる死亡例-既存の情報から予測できない場合]*30日以内に厚生大臣に報告[副作用であると疑われる死亡以外-担当医師が重篤と認めたものの場合]
*11月『医療用医薬品の使用上の注意記載要領の運用自主基準』( 業界申し合わせ事項)[日本製薬団体連合会・日本製薬工業協会](平成6年11月21日)→
より見やすく、分かりやすく、且つ、より具体的に記載。使用上の注意の一斉改訂
*PL(Product Liability;製造物責任)法成立。
平成7年
(1995年)
*12月:男性患者がエイズで死亡。
*5月:厚生省エイズ研究班の班会議においてC型肝炎ウイルスの感染の危険性指摘。非加熱血液製剤は血友病以外の新生児出血症や重症肝障害で使用されており、エイズのみならず血液由来のB型肝炎・C型肝炎ウイルスの感染は当然予測される。[読売新聞,第44742号,2000.10.31.]
*7月:PL(Product Liability;製造物責任)法施行(客観的な事実である「欠陥」を責任要件としており、従来の価値的な「過失」の有無を問わない]
平成8年
(1996年)
*3月男性患者の遺族が松下廉蔵被告(ミドリ十字社長)を殺人容疑で告訴。大阪、東京HIV訴訟がそれぞれ和解。
*8月大阪地検がミドリ十字を業務上過失致死容疑で強制捜査。東京地検が安部被告を業務上過失致死容疑で逮捕。
*9月大阪地検が松下被告ら歴代3社長を業務上過失容疑で逮捕。*10月東京地検が松村明仁被告(厚生省生物製剤課長)を業務上過失容疑で逮捕。
5月:ライオデュラのドナー特定困難を理由としてビー・ブラウン社自主回収開始。
6月:ビー・ブラウン社ライオデュラの製造中止。
*11月硬膜移植によるヤコブ病発症を理由として谷夫妻が大津地裁に全国初の提訴。
*1月厚生省『薬害エイズ調査班』設置。
*4月:調剤報酬点数改正-薬剤情報提供加算点数化[患者に対し医薬品名・薬効・用法・用量・等]
*5月:厚生省ヤコブ病の緊急全国調査研究班設置。
*6月:ヤコブ病緊急全国調査研究班が硬膜移植後にヤコブ病が多発していると中間報告。
*6月18日:薬事法改正案の提出・成立。新薬審査に医薬品機構の活用。*1996年10月南アフリカ共和国・サマーセツトウエストの第48回世界医師会総会でヘルシンキ宣言修正。
平成9年
(1997年)
*3月:大阪地裁で、松下被告らの初公判。起訴事実を認める。
*3月:WHOがヒト乾燥硬膜の使用禁止を勧告。
*3月27日:厚生省令第28号『医薬品の臨床試験の実施の基準に関する省令』制定。『医薬品の市販後調査の基準に関する省令』改正。
*3月:厚生省がライオデュラ回収の緊急命令。ヤコブ病緊急全国調査研究班が硬膜移植後の発症43例確認の最終報告。*4月:薬局開設者等が医薬品購入者等に医薬品情報(主に大衆薬)を提供するよう努めること[薬事法第77条3]。
*4月『医療用医薬品添付文書の記載要領について』[薬務局長通知](平成9年4月25日)→『医療用医薬品の使用上の注意記載要領について』[薬務局長通知]。『医療用医薬品添付文書の記載要領について』[薬務局安全課長通知]
*関係者が理解し易く・使い易いように・医師が処方する際の思考順序に基づき配列。
*ソリブジン事件・エイズ事件等の薬害及び21世紀の医療問題懇談会答申。
*全面改定。医師の処方計画の流れに沿った、見落としてはならない臨床上の重要事項から順に配列。
*5月:医薬品モニター制度の拡大について→『医薬品等安全性情報報告制度』に改編(平成9年5月15日)。
* 医薬品(大衆薬含む)・医療用具→副作用・感染症・不具合情報[化粧品・医薬部外品追加](1)医薬品副作用モニター制度

(2)医療用具副作用モニター制度
(3)薬局モニター制度
3制度統一化

グレード1(副作用の重篤度分類基準):に該当すると考えられる副作用症例であって使用上の注意として記載のない副作用であると疑われるものは報告

平成10年
(1998年)
*4月ミドリ十字が吉富製薬と合併。
*血友病や肝機能障害の止血治療に使われる非加熱製剤がHIVに汚染され、投与された患者が感染。厚生省の報告によると1998年5月末時点で、投与を受けた1432人が感染し、うち642人が発症、502人が死亡した[読売新聞,第44800号,2000.12.28.]
 
平成12年
(2000年)
*2月24日ミドリ十字歴代三社長大阪地裁実刑判決が出された(禁固2年-1年4カ月)。薬害エイズは『産・官・医』の過失が複合した結果、多数の被害者を生んだ。
今回の判決は、非加熱製剤がエイズウイルスに汚染されているとの危険を認識することは、加熱製剤が販売された1986年1月時点で可能だったとしている。歴代三社長は「厚生省はエイズについて先行して知見を入手し評価し得た。厚生省の指示なく製剤の回収や販売中止は困難」と主張した。これに対し判決は「厚生省の情報を待つまでもなく、ミドリ十字側が危険性を認識できた。安全性確保の最終的責任は製薬会社にある」と厳しく指摘、実刑を選択した。更に厚生省の係官に過失があったとすれば、それはミドリ十字の過失と『競合する』と判決の中で説明している。一方の責任が重いからといって、もう一方の責任が軽減されるわけではない。過失を犯したそれぞれが責任を負うべきだ[読売新聞,第44492号,2000.2.24.]
*8月脳外科手術などの際「ヒト乾燥硬膜」の移植を受けた患者に難病のクロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)の発症が多発した問題で、厚生省は2000年8月11日、同省の対応に問題がなかったかどうかを調べる「予備的調査」に応える報告書を衆院に提出した。報告書では同省研究班が1988年2月の段階で、硬膜からの感染の可能性を指摘した資料が省内から発見されたとして、その内容等を公表した。しかし、同省は「当時は、硬膜の使用禁止措置などを行う状況になかった。」とする見解も表明。硬膜移植後のCJD発症患者は72人が確認されている。日本では患者の多さが目立つため同省の対応を検証する予備的調査を野党議員が要請。同省が2000年4月から内部調査を進めていた。1988年2月の報告書にはCJDの感染経路の一つとして「保存脳硬膜の使用、脳外科手術後などに発病した症例が報告されている」との記述があった。ヒト乾燥硬膜を移植された患者がCJDに感染したケースは米国で1987年2月に報告されており、翌年に日本でも硬膜の危険性が指摘されていたことになる。しかし、厚生省は「当時の情報収集体制は十分でなかった。当時は硬膜が大量に使用されているのを知らなかった」等と対応のまずさを認めたものの「感染メカニズムが不明で、1例だけの症例報告では使用禁止等の措置を講ずる状況ではなかった。各国もそう言う対応はとらなかった」と当時の対応を弁護した。しかし、米国ではCJDの1例目が解った段階
で廃棄勧告。[読売新聞,2000.8.12.]
*1980年代前半に新生児治療で投与された輸入非加熱製剤により、静岡県内の総合病院で8人がC型肝炎ウイルスに感染していたことが2000年10月29日明らかになった。当時の輸入非加熱製剤の殆どに肝炎ウイルスが混入していたと見られ、病院側は同時期に製剤を投与した患者約40人に肝炎検査を呼びかける文書を送付した。本来、血友病の治療薬である血液製剤は、新生児治療や交通事故の治療などで止血剤としても幅広く使われ、厚生省の調べでは少なくとも2,600人余りの血友病以外の患者に投与されたことが判明。専門医は「早急に全国調査を実施すべき」と国の対応を強く求めている。8人の感染が確認されたのは、この病院で新生児の時に腹部手術を受け、非加熱製剤を投与された男子大学生(20)が今春、C型肝炎ウイルスに感染していることが判明したことがきっかけだった。非加熱製剤が原因と判断した同病院は、80年代前半に血友病以外の治療で非加熱製剤を投与した患者のカルテなどを調べ、約50人をリストアップ。このうち7人が既に肝炎の治療を受けていることが分かった。いずれも新生児の時に同じ製剤が使われていた。
当時の輸入非加熱製剤は、1000人以上の血液をプールして作っていたため、ウイルス混入の危険が高く、血友病患者の4割がエイズウイルスに、9割がC型肝炎ウイルスに感染した。
非加熱製剤が血友病以外の治療に使われ、エイズウイルスに感染したケースは「第4ルート」問題として注目され、96年に厚生省が全国の病院を通じて投与患者約2,600人を割り出し、連絡の取れた約400人にエイズ検査を実施した。しかし、より感染の危険性の高かった肝炎については、厚生省は追跡調査をしていない[読売新聞,第44741号,2000.10.30.]
*4月:衆院調査局がヒト乾燥硬膜移植後のヤコブ病発症に関連して厚生省の予備的調査決定。
*8月:予備的調査を受け、厚生省報告書を提出。
*2000年12月27日厚生省令第151号『医薬品の市販後調査の基準に関する省令の一部を改正する省令』を公布。新医薬品の特性に応じ、注意深い使用を促し、重篤な副作用、感染症が発生した場合の情報収集体制を強化するために医薬品のGPMSPを改正し『市販直後調査』を新設した。2001年10月1日施行。
(1)新医薬品を対象とし
(2)販売開始直後の6カ月間において
(3)製造業者等のMRが医師等を定期的に訪問するなどにより、注意深い使用を促すと共に、新薬に関する重篤な副作用、感染症情報を迅速かつ可能な限り網羅的に把握、必要な安全対策を講じる。
今回の改正に伴い再審査も見直す。治験等では十分な情報を収集することが困難な患者群(小児、高齢者、妊産婦、腎機能障害者又は肝機能障害を有する患者等)に関する適正使用情報の充実を図るため、特別調査及び市販後臨床試験に重点をおいた仕組みへと変更し、これまで3,000例について調査することを原則として運用してきた使用成績調査にについては、一律に症例数を限定せず、医薬品の特性に応じて実施。また、特に情報収集の困難な小児集団について使用成績の情報の集積を図るため、承認申請中又は承認後引き続き、小児の用量設定等のための臨床試験(治験又は市販後臨床試験)を計画する場合にあっては、再審査期間中に行う調査等を勘案し、再審査期間を10年を超えない範囲で一定期間延長されることになった。
併せて『医療用医薬品の市販直後調査等の実施方法に関するガイドラインについて』(医薬安第166号・医薬審査1810号)を通知。ガイドラインは現段階での市販直後調査、使用成績調査、特別調査及び市販後臨床試験の標準的な方法を定めている。平成9年3月27日薬安第34号厚生省薬務局安全課長通知の別添『医療用医薬品の使用成績調査等の実施方法に関するガイドライン』は廃止される[薬事新報,No.2146:23(2001)]。
*11月30日:非加熱血液製剤によるC型肝炎問題を受けて設置された厚生省の有識者会議(座長・杉村隆国立がんセンター名誉総長)の初会合[読売新聞,第44773号,2000.12.1.]
平成13年
(2001)
*厚生労働省は2001年2月8日、血友病以外の治療でC型肝炎ウイルスに感染するおそれがある非加熱血液製剤を投与したことのある病院名を3月までに公表し、投与の可能性のある人へ検査を促すことを決めた。対象は1980年代前半に輸入非加熱血液製剤と国内非加熱血液製剤を使った約700病院になる見込み。病院から製剤を使った可能性のある人に肝炎検査を呼びかけてもらう方針で、検査料は同省が研究費として負担し、無料にする予定。
本来、血友病患者の治療用だった血液製剤は、止血効果が高いことから、新生児の出血症では普通に使われたほか、婦人科、交通事故、胃癌の手術などに幅広く使われ、同省の調査によると、輸入血液製剤だけでも、少なくとも約3000人に投与されたことが分かっている。2100人余りが既に死亡しており、調査対象者は国内血液製剤を含めて約1000人になると見られている。しかし、製薬会社などから入手した病院リストは不完全で、同省は調査とは別に、血液製剤を使われた可能性のある人達への自主的な肝炎検査を勧める[読売新聞,第44839号,2001.2.6.]
*血友病以外の治療で使われた非加熱血液製剤でC型肝炎ウイルス感染者が相次いで確認されている問題で厚生労働省は2001年2月8日、専門医をメンバーとした研究班を発足させることを決めた。非加熱血液製剤は輸入が圧倒的に多く、輸入の場合、1000人以上の血液を集めて作ることから、高率で肝炎ウイルスが混入。この血液製剤を使った血友病患者は9割以上がC型肝炎ウイルスに感染しているという[読売新聞,第44842号,2001.2.9.]
*2001年2月6日:肝炎対策有識者会議(座長・杉村隆国立がんセンター名誉総長)の提言を受け厚生労働省「非加熱血液製剤に関する病院名公表」を決定。
*2001年2月8日:「非加熱製剤による感染実態調査のための研究班(仮称)」を緊急に発足させることを厚生労働省が決定。検査対象はC型肝炎・B型肝炎とし費用は国が負担[読売新聞,第44842号,2001.2.9.]
平成14年(2002年) *ヤコブ病訴訟和解確認書要旨
[誓約]1.厚生労働大臣及び被告企業らは、ヒト乾燥硬膜ライオデュラの移植によるヤコブ病感染という悲惨な被害が発生したことについて指摘された重大な責任を深く自覚、反省し、被害者が物心両面にわたり甚大な被害を被り、極めて深刻な状況に至ったことにつき、深く衷心よりおわびする。
2.厚生労働大臣は、サリドマイド、キノホルムの医薬品副作用被害の訴訟の和解で、薬害の再発を防止するため最善の努力をすることを確約したにもかかわらず、本件のような悲惨な被害が発生するに至ったことを深く反省し、医薬品等の副作用から国民の生命を守るべき重大な責務があることを改めて自覚し、情報公開の推進と収集した情報の積極的な活用に努める。悲惨な被害を再び繰り返すことがないよう最善の努力を重ねることを固く確約する
3.厚生労働大臣は、生物由来の医薬品等によるHIVやヤコブ病の感染被害が多発したことにかんがみ、安全性を確保するため必要な規制を強化し、被害の救済制度を早期に創設できるよう努める。
[その他の対策](1)厚生労働大臣は患者家族に対する精神的ケアを含む相談活動などの援助を行う支援機構が設立された場合は、その活動への支援を検討する。
(2)脳外科手術を受けた者について、当事者の求めに応じ、ヒト乾燥硬膜の移植を受けたか否かの確認が可能となる措置を検討する。
*2002年3月25日薬害ヤコブ病訴訟で、原告の患者・遺族らと被告の国、企業は25日正午過ぎ、東京・霞ヶ関の厚生労働省で、国と企業の「おわび」を盛り込んだ和解確認書に調印した[読売新聞,第45
250号,2002.3.25.]。

[1998.4.14.作成・2000.8.16.改訂・2000.10.15.改訂・2001.2.11.改訂・2002.3.21.改訂・2003.10.11.日改訂]


  1. 古泉秀夫:医薬品情報管理学[3];東京都病院薬剤師会会誌,45(1):15-23(1996)
  2. 曽田長宗・編:薬害;講談社サイエンティフィク,1981.p.467
  3. 木田盈四朗:サリドマイド投薬と被害の現状;日本医事新報,No.3789,1997.12.7.
  4. 田村善蔵:スモン研究備忘録;薬事新報、No.2141:1377(2000)
  5. 田村善蔵:スモン研究余話;薬事新報、No.2142:77(2001)
  6. 読売新聞,第44798号,2000.12.26.]
  7. 高野哲夫:戦後薬害問題の研究;文理閣,1984
  8. 片平洌彦:ノーモア薬害;桐書房,1997
  9. 米で禁止後も10年販売-旧ミドリ十字の血液製剤;読売新聞,第45246号,2002.3.21.
  10. 旧ミドリ十字の血液製剤-薬害エイズ原告団93年に国側へ指摘;読売新聞,第45247号,2002.3.22