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薬害エイズ 一つの終焉

水曜日, 8月 15th, 2007

鬼城竜生

 薬害エイズ事件で業務上過失致死罪に問われ、一審東京地裁で無罪判決を受 けた安部英(あべ・たけし)元帝京大副学長が死去したとする新聞報道がされていた。88歳だったという [読売新聞,第46377号,2005.4.28.]。

安部氏は血友病治療の権威として知られ、非加熱製剤の投与で患者がエイズ ウイルス(HIV)に感染することが予見できたのに投与を続けて死亡させたとして、1996年9月に起訴された。2001年3月、東京地裁で無罪判決を受け、検察側が控訴。その後、持病の心臓疾患で入退院を繰返し、東京高裁は2004年2月、認知症による心神喪失を理由に公判を停止した。安部元副学長の死去を受け、東京高裁は控訴棄却を決定する見通しで、同事件のうち、血友病患者が被害者となった事件は、刑事責任が認定されずに終わることになったとされている。

氏は当初から“魔女狩り”だとして、御当人の責任を認めてはこなかった。 正直にいえば、非加熱製剤の使用に固執したのは、何故なのか………。その当たりのことは、御当人にしか解らないが、何か書き残した文書でも出てこない限り、闇の中ということであろう。

その道の第一人者と周りから持ち上げられ、当人もその気になってしまった 時点で、身に纏う鎧の飾りが気になり始める。製薬企業は“第一人者”の名前を利用し、開発する薬の権威付けを図ろうとし、更には承認手続きの際に、規制当局に対して、便宜を図らせようとする。規制当局は、各種委員会における代弁者として“権威”を利用する。“権威者”は、自らの“権威”を利用されることで、“権威”の限りない増殖を図ろうとする。

“権威者”は、人の意見に耳を貸さない。“権威者”は、反省することしな い。“権威者”は、人の意見を否定する。“権威者”は、あらゆる場面で自らの判断を唯一のものとして強制する。

人は“権威者”に迎合する。そのことが世間を丸く回らせるための大人の知 恵だと考えている。無用な波風を立てず、風が直接当たらないように身を避けていさえすれば、特に生活に影響はしないと考えるからである。

しかし、臨床医が斯界の権威などといわれるようになれば、本当はおしまい なのである。“権威者”には、患者の心を理解する治療などできない。他人の意見に耳を貸さない、そのこと自体が、患者の立場に立った医療からは遠く離れたものであることに気付かなければならない。

斯界の権威などといわれるようになったら、人として危険な状況にあることに気付くべきなのである。

氏も若い頃は、あまりやり手のない血友病の専門医として、懸命な努力をし てきたと思われる。その疾病を選択したのは、やり手が少ないから速く目立つと考えたのか、純粋に患者のことを考えた結果なのか、その辺のことは解らないが、少なくとも臨床医として患者に寄り添った治療・研究をしてきたはずである。

それだけにHIV感染で訴えられた時は、自らの真面目な対応に対する裏切り行為だとして、TVの取材等に対して、攻撃的な物言いをしていたのであろうが、権威といわれるようになってから後、本当に患者に寄り添っていたと言い切れるのか。常に患者の立場に立って判断してきたといえたのであろうか。

それだけが、是非とも聞きたかったことである。

(2005.4.30.)