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添付文書情報-投与禁忌

水曜日, 8月 15th, 2007

『シトルリン血症の患者の会』で、シトルリン血症と診断された患者に“グリセオール注”が投与され、投与された我が子が死亡したという話がされたようである。現在市販されている“濃グリセリン・果糖”注には投与禁忌として「成人発症IIシトルリン血症」の患者の記載がされている。

患者の家族の声として、大病院の医師が投与禁忌を知らなかったということは問題ではないのかということと、それを受けて、会員の声として「薬剤師も協力して投与禁忌の薬が患者に投与されないようにすべきではないか」とするものがあったという話が聞こえてきた。

「成人発症IIシトルリン血症」という疾患は、希少疾病に属する疾患で、医療関係者の多くが聞いたこともない疾患かもしれない。その希少疾病に投与禁忌の薬剤として“濃グリセリン・果糖”注があるということを医療関係者のどの程度が承知しているのか、甚だ疑問だといわなければならない。確かに厚生労働省は注意を喚起するための文書を流し、添付文書の改訂を指示している。

しかし、多くの場合、添付文書の改訂情報が、医療現場に定着するまでに時間が掛かる。それこそくどいほどに繰り返して情報を流し続けなければ定着しない。まして今回の事例は希少疾病が対象であり、専門医以外はそのような患者を診察する機会があるなどということを考えてもいないのではないか。

薬剤師も同じことである。言い訳をする気はないが、投与禁忌情報や併用禁忌情報はあまりにも多すぎて、記憶で対応する範囲はとうに通り過ぎている。何れにしろブログへの登録情報として、下記の内容のものを公開しておいた。

情報の99%は正確に伝わらないとされている。重篤な副作用や投与禁忌は、対象となる患者にとって最重要な情報であっても、医療関係者にはなかなか伝わらない。特に医師に伝わるまでには一定の時間が必要なようである。

一つには情報が氾濫していること、日常的に使用する薬と希に使用する薬とでは、関心の度合いが異なること、更に問題なのは、医師は新しく使用する薬以外、添付文書情報に眼を向けようとしないということである。何れにしろ病院に勤務する医師は忙しすぎる。診療に携わるだけでなく、院内の各種会議への参加が求められるが、これが最近増えているのである。

その合間に薬の情報に眼を向けるとすれば、極く僅かな時間しかないわけで、情報の徹底は難しい。従って、薬の情報は繰返し、繰返し流さないと定着しないということである。

『濃グリセリン・果糖』を組成とする製剤の商品として

グリセオール注(中外)・グリセノン注(小林製薬)・グリセパックF注(川澄化学)・グリセリンF注(光製薬)・グリセレブ(テルモ)・グリポーゼ注(扶桑薬品)・グリマッケン注(模範薬品)・グレノール注(清水製薬)・ヒシセオール注(ニプロファーマ)

の9品目がある。

残念ながら薬剤師といえども自分の病院で採用している薬以外、商品名をいわれてもそれが『濃グリセリン・果糖』であると認識することは難しい。薬を直接扱わない医師の場合、なおさら使用経験のない商品名をいわれても分からない。

更に問題なのは処方箋(経口薬等)・注射薬処方箋の何処にも患者の病名の記載はされておらず、薬剤師が『服薬指導』で患者と対応しない限り患者の病名は薬剤師には分からないということである。

更に希少疾病に属する成人発症II型シトルリン血症について、専門医以外は殆ど気に掛けてはいないということで、当然、投与禁忌の薬についての知識もないということになる。

この問題を解決するためには、院内のカルテ・処方の管理を全て電子化することが必要である。患者の病名を入力した段階で、“投与禁忌”薬の一覧が画面上に出るようにし、更に医師が処方を記載する際に、“投与禁忌”の薬剤を入力した場合、画面上に警告が出ると同時に、薬剤の変更をしない限り次の操作ができなくなるようにすることである。これは“併用禁忌”についても同様であるが、CPで徹底的な情報管理をしない限り、膨大な薬の情報に対応することは困難である。

現在、『濃グリセリン・果糖』の添付文書に記載されている“効能・効果”は、次のものである。

*頭蓋内圧亢進、頭蓋内浮腫の治療

*頭蓋内圧亢進、頭蓋内浮腫の改善による下記疾患に伴う意識障害、神経障害、自覚症状の改善

脳梗塞(脳血栓、脳梗塞)、脳内出血、くも膜下出血、頭部外傷、脳腫瘍、脳髄膜炎

*脳外科手術後の後療法

*脳外科手術時の脳容積縮小

*眼内圧下降を必要とする場合

*眼科手術時の眼容積縮小

また禁忌(次の患者には投与しないこと)として、次の記載がされている。

  • 『1.先天性のグリセリン、果糖代謝異常の患者[重篤な低血糖症が発現することがある](重要な基本的注意の項参照)』
  • 『2.成人発症II型シトルリン血症の患者(重要な基本的注意の項参照)』

重要な基本的注意(2):成人発症IIシトルリン血症の患者に対して、脳浮腫治療のために本剤を投与して病態が悪化し、死亡したとの報告がある。成人発症IIシトルリン血症(血中シトルリンが増加する疾患で、繰り返す高アンモニア血症による異常行動、意識障害等を特徴とする)が疑われた場合には、本剤を投与しないこと。

『2』が追記された項目であるが、改訂の理由について、厚生労働省医薬食品局安全対策課長通知(平成16年7月21日付)は

『成人発症II型シトルリン血症(以下CTLN2)は、尿素回路の律速酵素であるアルギニノコハク酸合成酵素(以下ASS)の肝細胞における低下(ASS蛋白の量的低下)により高シトルリン血症、高アンモニア血症を来たし、その後、脳症に進展することがある常染色体劣性遺伝性疾患です。

CTLN2患者の脳浮腫治療に本剤を投与し、投与後に脳浮腫の改善を認めずに死亡した、本剤との因果関係が否定できない症例が、国内において 2例報告されました。本剤の投与によりCTLN2の病態を更に悪化させる可能性があることから、[禁忌]及び「重要な基本的注意」の項にCTLN2に関する記載を追記して注意喚起を図ることといたしました』。

“禁忌”記載の根拠となった症例報告は、次記の通りである。

  • [目的]CTLN2患者の脳浮腫治療におけるグリセロール投与の危険性とマンニトール単独投与の有効性について、本症患者3名の治療経験から考察する。
  • [方法]本症患者3名(患者[1]:40歳女性、患者[2]:31歳男性、患者[3]:40歳男性)の脳性浮腫に対する治療経験を検討した。患者[1]、[2]は、脳浮腫発症後グリセロール投与開始後マンニトール投与を追加。患者[3]は脳浮腫発症後マンニトール単独で治療を行った。
  • [結果]患者[1]、[2]ではグリセロール投与後、マンニトール投与を追加しても脳浮腫は改善せず、両患者とも死亡した。患者[3]ではマンニトール投与後、脳浮腫は明らかな改善が認められ救命し得た。
  • [考察]本症における脳浮腫治療には、グリセロールよりマンニトールが有効である可能性がある。シトリンはミトコンドリア膜上において、細胞質内NADH をミトコンドリア内へ移送する機能を有しているが、グリセロール自体の代謝により細胞質内NADHの蓄積を促進させ、本症の病態を更に悪化させる可能性がある。

*NADH:還元型nicotinamide adenine dinucleotide(NAD)

(2007.1.7.)


  1. グリセオール注添付文書,2006.8月改訂
  2. 厚生労働省医薬食品局:医薬品・医療用具等安全性情報,No.204,2004.8
  3. 矢崎正英・他:成人型シトルリン血症(CTLN2)患者の脳浮腫におけるグリセロール投与の危険性;第45回日本精神学会総会プログラム・抄録集,229(2004)
  4. 使用上の注意改訂のお知らせ(グリセノン注);小林製薬工業株式会社,2004.7.