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乳幼児の蜂蜜摂食の是非について

日曜日, 8月 12th, 2007

KW:中毒・毒性・蜂蜜・ハチミツ・ボツリヌス菌・乳幼児・厚生省通知・厚生労働省通知

Q:ボツリヌス菌に汚染された蜂蜜により中毒症状が発現したとの報告を以前見たが、乳幼児に蜂蜜を投与することの是非について

A:ボツリヌス症(botulism)は、ラテン語のソーセージ(botulus )に由来する名称で、ヨーロッパでは食中毒の一つとして、既に18世紀には知られていた。

本邦では1951年の最初の報告以来、1983年までに91事例-438症例が報告されている。1984年の熊本県産のカラシ蓮根によるボツリヌス症は、各県に散在する死者を出し、ボツリヌス中毒の名称を広く知らせることとなった。

食品中に含まれるボツリヌス菌芽胞(Clostridium botulinum;嫌気性グラム陽性桿菌)そのものを摂取しても、腸管内での増殖、毒素産生はないものとされていたが、1976年米国において乳児ボツリヌス症が発生し、詳細な検討の結果、ボツリヌス毒素の摂取は否定され、ボツリヌス菌の芽胞が、経口的に摂取され、腸管内において発芽、増殖、毒素を産生し、吸収された結果、発症したことが明らかにされた。

本邦では1986年6 月に始めて報告- 蜂蜜に含まれたボツリヌス菌芽胞が感染源と考えられる症例- 厚生省食品衛生局が直ちに調査研究班を組織。1987年7 月、京都市で同様に蜂蜜を飲用していた生後40日の幼児が発病し、回復するまでに約3 カ月の呼吸管理を要した例が報告された。

1987年10月20日、厚生省は乳児ボツリヌス症の発病には、市販の蜂蜜が原因である可能性が強いとして、各都道府県に対し1 歳未満の乳児に対する蜂蜜の摂取を避けさせるよう指導することなどを通知した。

蜂蜜は今迄、食品の中で唯一の感染源とされている。1979年カルフォルニア州において調査した結果では、75症例中28例(34.7% )は蜂蜜を摂取していたことが明らかである。本邦の3 症例も全例が発症する前に蜂蜜を与えられていた。米国の調査では発病患児に与えられた蜂蜜の約30% からボツリヌス菌が検出された。また、発病患児とは無関係な市販蜂蜜241 検体のうち18検体にボツリヌス菌を検出したとする報告もされている。

厚生省の昭和61年(1986年)度における検討結果では、巣箱から直接採集した蜂蜜、市販(国産、輸入)・原材料(国産、輸入)蜂蜜512 検体のうち27検体(5.3%)からボツリヌス菌が検出されている。発病患児が摂取していた蜂蜜からの分離菌毒素型は、患児の糞便中の毒素型と常に一致する。蜂蜜がボツリヌス菌芽胞の媒介物である事に異論はないものと思われる。

米国では1978年から公的機関(Centers forDiseaseControl、FDA、カリフォルニア州)、小児科学会及び蜂蜜製造業者は「1 歳以下の乳児には蜂蜜を与えないよう勧告」している。

本邦でも厚生省食品衛生局が乳児ボツリヌス症対策委員会を作り、中間報告として1987年10月に同様の勧告をしている。

約94% の症例は生後2 週間から6 カ月の乳児で、平均は12.7週(89日)。報告された症例の中で最高年齢は11カ月、最低年例は11日である。症例の大部分は母乳栄養(混合栄養を含めて)であるが、ボツリヌス菌感染によるSIDSの全症例は、人工栄養である。

母乳中の免疫機構が腸内ボツリヌス菌の増殖を抑制し、劇症型の発症を防止するのではないかと推測されている。性別の発生頻度に特に差異はなく、人種的には圧倒的に白人が多いが、その理由は現在迄、明確にされていない。

ヒトは常にボツリヌス菌の芽胞を食事(特に野菜、果物)経由で摂食しているが、限られた年齢層の生後数週から数ヵ月の乳児にしか発症しない。その原因はまたはっきりしないが、腸内常在菌叢を含め、胃酸、胆汁酸、脂肪酸等の腸内環境がボツリヌス菌芽胞の増殖を抑制しているのではないかと推測されている。

 

厚生省通知(1987.10.20. )

乳児ボツリヌス症の予防対策について

1.保健関係者及び医療関係者に対し、本症に関する知識の普及に努めること。

2.乳児の保育に当たる保護者、乳児を対象とする児童福祉施設等に対し、1 歳未満の乳児に蜂蜜を与えないよう指導すること。

この場合、本症が乳児特有の疾病であり、1 歳以上の者に蜂蜜を与えても本症の発生はないことを十分認識させることとし、いたずらに混乱を招くことのないよう保健関係者及び医療関係者を通じ、適切な指導を行うこと。

3.医療機関から乳児ボツリヌス症が疑われる患者の血清、便等のボツリヌス菌及び毒素の検査依頼あった場合は、出来る限り協力を行うこと。

以上の報告及び通達等から見て、

「1 歳未満の乳児に対しては、蜂蜜の摂食は回避すべき」

であるといえる。

[FD19.615.1HNY][1991.12.4. ・一部修正.古泉秀夫]


  1. 野田弘昌:乳児ボツリヌス症について;メディヤサークル,33(4):125-132(1988)
  2. 国立病院・療養所四国DIセンター・編:ボツリヌストキソイドの入手法;四国DIセンター実例集,1991
  3. 鍋屋孝司・他:愛媛県で確認された乳児ボツリヌス症;感染症,19(1):296-292(1989)
  4. 静岡県薬剤師会・編:蜂蜜と乳児ボツリヌス症が関係あるということだが?;DI実例集,1989,p.62-63
  5. 国立国際医療センター薬剤部医薬品情報管理室・編:FAX.DI-News,No.229,1991.12.26.より転載