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カネミ油症事件の原因物質と治療法

木曜日, 8月 9th, 2007

KW:中毒・公害・カネミ油症・米糠油・ライスオイル・PCB ・ポリ塩化ビフェニール・PCB・polychlorodiphenyl

Q:カネミ油症事件の原因物質と治療法

A:1968年(昭和43年)福岡県・長崎県等の西日本一帯で原因不明の皮膚障害が多発し、その共通点からカネミ倉庫株式会社製の米糠油(ライスオイル)が原因媒介物質であることが判明した。ライスオイル中毒患者の母親から死産した胎児の皮下脂肪と胎盤を検査した結果、PCBが検出され、原因物質として同定された。

ライスオイル製造工程の最終段階において、米糠の中にステンレスパイプを通し熱媒体としてPCB (KC400;[商]カネクロール400;塩素含量約48%)を循環させることにより脱臭を行っていたが、このパイプに穴が開きライスオイル中に混入したことが明らかになった。カネミ油症事件の裁判では、カネミ側の責任と鐘淵化学工業の責任が問われたが、和解により裁判は終結した。1993年(平成5年)現在、全国のカネミ油承認定患者は1867名とされている。

尚、現在PCBはその市販が中止されているが、過去数十年の使用によって、ある程度の環境の汚染が生じており、本邦における健常者の血中PCB濃度を見ると、0という健常者は少なく、1?9ppbの値を示す者が多い。この程度では健康に影響はないと考えられている。汚染ライスオイルからは、熱媒体として使用していたポリ塩化ビフェニール(PCB;polychlorodiphenyl)よりも250倍も高濃度の PCDFs(塩化ジベンゾフラン;polychloro-dibenzofuran)が含まれていた。これは熱媒体として加熱している間にPCBの一部が PCDFsに変化したためであると考えられている。その他、PCQ(ポリ塩化クオータフェニル;polychloro-quaterphenyl)も熱分解の結果発生していた。これらはダイオキシンの一種であり、カネミ油症事件の場合、これら熱分解物質が原因の主役を演じたと考えられている。

臨床上、顔面、臀部などのざ瘡様皮疹(塩素ニキビ)、色素沈着、眼脂過多などが特徴的所見で、この他全身倦怠感、四肢のパレステジア、腹痛などを呈する。また皮膚にメラニン沈着をきたした新生児や低出生体重児の誕生、小児の成長抑制、永久歯の萠出遅延などの影響も認められている。治療法としてはPCBやPCDFの排出促進を目的とした絶食療法や吸着剤の経口投与の他、対症療法として肝庇護剤(解毒剤)や脂質代謝改善剤などの投与が試みられているが、PCBの化学的特性のため、根治は困難である。

その他、本症の治療法について厚生省全国油症治療研究班(班長:吉村英敏・中村学園大学教授)の1996年6月19・20 日開催研究班会議において、植物繊維のリグニンを含む米糠ファイバーとコレステロール低下剤のコレスチラミンの併用が効果がある等の治療指針の見直しがされたとする報道がされている。これは両者の併用療法により体内に吸収された原因物質のPCBF(ポリ塩化ジベンゾフラン)とPCB(ポリ塩化ビフェニール)の体外排出を促す効果が確認されたためとされている。この班会議では福岡県保健環境研究所により食品添加物(着色料)の銅クロロフィリンナトリウム及びそれを含む藻類のクロレラとスピルリナが、体外排出促進剤として有望であることも報告された。これは動物実験(ラット)の結果、米糠ファイバーなどの 1.8倍の効果があったとするものである。

PCB混合物によるヒトにおける毒性(油症)

PCBがヒトに対して有毒であることは、PCB製造従事者や製品取扱者に強度の塩素ざ瘡や肝障害が認められることから、一種の職業病としてかなり以前から知られていた。それらは主として経皮的あるいは経肺的に摂取されたPCBによる中毒症であったが、経口的、しかも非職業病的に惹起したのは油症がはじめてである。

油症の特徴的所見は、顔面や背中などのざ瘡様皮疹が挙げられる。その他、歯肉、爪、結膜などへの色素沈着や眼瞼マイボーム腺の分泌過多などの皮膚粘膜症状が特に初期において顕著に認められた。全身症状としては月経異常や性欲減退などの内分泌症状、咳や喀痰の増加などの呼吸器症状をはじめ、全身倦怠感や頭痛、腹痛、四肢の感覚異常などの自覚症状も訴えられた。これら諸症状のうち皮膚粘膜症状については、過角質化による嚢腫形成やメラニン色素の沈着が、また呼吸器症状については肺細気管支の異常等いくつかは病理学的にも証明されているものがあるが、依然として不明のものも多い。

臨床検査によっては、血清中トリグリセリドの著明な増加が認められ、発症後3年を経過した時点でもなお健常人の平均2倍の値を示し、脂質代謝の異常を疑わせた。しかし血清中コレステロールやリン脂質への影響は殆ど認められなかったという。肝機能検査では、稀に軽度の機能低下を思わせる例はあったが、大部分の患者では異常は認められない。形態学的には肝生検例で小胞体の異常な増殖が観察され、これはPCBの酵素誘導作用と密接に関連する所見である。その他、血液所見としてはビリルビンの低下、ある種の免疫グロブリンの減少、それに貧血症状を疑わせる所見も報告されている。特に免疫グロブリンの減少は、免疫機能の低下を意味し、事実油症患者が感染性疾患に対して抵抗力が低下している可能性が示唆されている。

油症患者の妊婦からは”黒い赤ちゃん”とよばれた強度のメラニン色素の沈着を示す新生児が産まれ、母胎を通して胎児への影響も明らかになった。

この油症は、約1000ppmのPCBが含まれたライスオイルを2?6カ月にわたり不定期に摂食したために発症した亜急性のPCB中毒である。成人患者がその間摂取したPCBの総量は、KC-400として0.5?7g、平均2g程度ではないかと推定されている。このように多量のPCBを短期間に摂取した患者の体内PCB濃度は当然健常人のそれよりも高く、発症後5年を経過した時点での血中PCB濃度の分析結果(患者平均7ppb 、健常人3ppb)でも確認されている。

[1998.8.17.古泉秀夫]


  1. 山科 則之:PCBの分解・浄化に挑む;
    http://www.pluto.dti.ne.jp~keaton/pcb/PCB3.html ,1998.8.11.
  2. 旭 正一:質疑応答(20)-PCBが人体に与える障害;日本医事新報社,1993
  3. 南山堂医学大辞典,1992
  4. カネミ油症の新治療法;読売新聞夕刊,1996.7.1.
  5. 山根 靖弘・他編:環境汚染物質と毒性-有機物質編-化学の領域;南江堂,1980.p.57-68
  6. 国立国際医療センター薬剤部医薬品情報管理室・私信,1998.8.11.