Archive for 9月 24th, 2011

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「浜離宮恩賜庭園」

土曜日, 9月 24th, 2011

           鬼城竜生

好きな花は何ですかと聞かれれば、口には出さないまでも、『彼岸花』が頭に浮かぶ。どういう訳か、赤ん坊の天然パーマみたいな花が好きなのである。但し、おどろおどろしく群れて咲いている

 

浜離宮-01

 

 

 

 

 

 

 

 

のが良いというのではなく、そこそこの数が咲いているというのが良いということである。

 

浜離宮-02

 

ということで2010年9月25日(土曜日)彼岸花の写真を撮る為に浜離宮に出かけた。新橋駅で降りて、地下通路をゆりかもめの汐留駅を目指し、電通本社の横の階段を上ると、浜離

 

浜離宮-03浜離宮-04

 

宮が見える。前回は横手の中の御門から入ったが、今回は大手門から入ることにした。

 

浜離宮-05

 

浜離宮の彼岸花は、大手門を入って右側、公衆便所の隣、延遼館跡でまず見られる。但し、足の踏み場もないほどに咲いているわけではなく、幾つかの塊になって数える程度に咲いていると

いうことだが、今年はどういう訳か極端に数が少なく、しかも立ち入り禁止の芝生の奥の方に咲いていたので、小型のデジカメでは、引き寄せることができず、ろくな写真は撮れなかった。但し、

浜離宮-06

 

中の御門よりの何時も群れで咲いている当たりにそれでも何本かの花が咲いていた。しかし、どうやら蕾の方が多い状況で、九月に入っても暑さが続いていたのが影響したのかもしれない。

その他、芳梅亭の前当たりに数本の彼岸花があり、汐入の池の道沿いにも花が見られるはずであったが、これも本数が少なかった。

今回、旧稲生神社に向かう道の築地川添いを歩いていとき、幾つかの花群れを見つけた。彼岸花が咲いている時期に、ここまで入ったことはなかったので知らなかったが、ここにも花群はあった

浜離宮-07

 

ようである。ただ、浜離宮は彼岸花の数を増やす気はないようなので、何時も同じような数が咲いているということのようである。

お花畑に入るとやや時期は過ぎたと思われるキバナコスモスとコスモスが咲いていた。ここで何枚かの写真を撮ったが、花に止まっている蝶々を撮るという目論見は失敗した。重いのが嫌で小型の写真機を使っている。花の直ぐ傍に写真機を突き出す為、感付かれて逃げられてしまう。咲き残っている花の前で、写真機を構えて待機していても、気配を察すると見えて次々に逃げてしまう。まあ、蝶々はあきらめて、キバナコスモスを何枚か写して帰ることにした。

本日の総歩行数は11,410歩。思ったより歩いていた。

                          去年よりも花影少なき彼岸花
                          酒汲めば病の噂彼岸花
                          作為過誤世も末という狐花 

     

(2010.10.13.)

『調剤過誤』

土曜日, 9月 24th, 2011

         医薬品情報21
              古泉秀夫  

 

埼玉県警は19日(2011.8.)小嶋富雄氏(小嶋薬局社長(76歳・越谷市)と「小嶋薬局本店サンセーヌ薬局」の女性管理薬剤師(65歳)1人を、調剤過誤により女性(75歳)を死亡させたとして、それぞれ業務上過失傷害容疑、業務上過失致死容疑でさいたま地検に書類送検した。県警と県薬務課によると、送検容疑内容は、平成10年3月25日、春日部市在住の無職女性(当時75歳)に対し、小嶋社長が胃酸中和剤を調剤しなければならないところをコリンエステラーゼ阻害薬を自動錠剤分包機で調剤し、鑑査もせずに交付した。

本来なら制酸便秘剤「マグミット錠250mg」(一般名:酸化マグネシウム)を出すはずが、重症筋無力症の治療に使うコリンエステラーゼ阻害薬「ウブレチド錠5mg」(ジスチグミン臭化物)を誤って渡した。同剤は毒薬指定され、重大な副作用の懸念があるため、高齢者には「慎重投与」となっている。女性患者は、臭化ジスチグミン中毒に陥り、4月7日に入院先の病院で死亡した。社長は薬局開設者として誤調剤を防止する業務上の注意義務があるのにこれを怠り、誤調剤で女性患者に全治不詳の臭化ジスチグミン中毒という『傷害』を負わせた疑い。女性管理薬剤師は、4月1日に分包機の「補充ランプ」点灯で異変に気付いた部下の薬剤師から誤調剤の事実報告を受けたにも拘わらず、服薬中止の指示や薬剤の回収をせず放置したため、結果としてその女性を4月7日に死亡させたとの管理責任を問われた。女性管理薬剤師は、部下の薬剤師から誤投薬の指摘を受けたにも係わらず、経営者に叱責されるのを嫌い、報告も回収もしなかったという。

県警からの情報提供で、春日部保健所は4月13日に立入り検査を実施、社長から事情を聴取。業務改善を求めた。2月20日-4月1日までの35営業日で死亡した患者を含む23人に計2970錠を誤調剤していたことが発覚した。22人からは残った薬を回収し、健康被害の訴えも出ていない。同薬局は、分包機の薬品マスターに登録する際、マグミット錠とウブレチド錠を「同じ番号」に設定してしまったためミスが発生したと報告した。

再発防止策として?ウブレチド錠の取扱を止める、?薬品マスター変更・登録時は2人以上で確認し、結果を記録する。?従来の調剤鑑査に加え、新たに鑑査台を設けてチェックすることを提示した。

県薬務課では、調剤過誤が発覚した後、昨年4月23日付で、県下薬局に対して再発防止に向けた注意喚起を図ると共に、保健所による立入り検査を行う際には、?自動錠剤分包機、?毒薬等の適正管理?を県独自の重点項目として盛り込んだ。

業界関係各誌の論調は、薬剤師会会長の事件と云うことに興味を示した記事の書き方をしているが、今回の調剤過誤問題と会長職の問題は何の関係もない。純粋に調剤過誤の問題として検討を加え、過誤を起こした原因を探らなければ今後の参考にならない。

まず第一に「毒薬」である「ウブレチド錠」を錠剤分包機に充填することの是非を問題にすべきである。
平成13年4月23日付厚生労働省医薬局長通知 医薬発第418号『毒薬等の適正な保管管理等の徹底について』[各都道府県知事・保健所設置市長・特別区長宛]では、「2.保管管理について、(1)毒薬について:毒薬については、薬事法第48条の規定に基づき、適正に貯蔵、陳列、施錠の保管管理を行うとともに毒薬の数量の管理方法について検討し、これを実施すること。また、毒薬の受払い簿等を作成し、帳簿と在庫現品の間で齟齬がないよう定期的に点検する等、適正に保管管理すること。」としている。毒薬の場合、普通薬との混在保管は認められておらず、錠剤分包機に充填した場合、最低限調剤終了後、少なくとも「薬品カセット」毎施錠することが必要である。

更に「ウブレチド錠」の適応症は「手術後及び神経因性膀胱などの低緊張性膀胱による排尿困難、重症筋無力症」であり、錠剤分包機に入れるほどの使用量はないはずである。何故この薬を分包機に充填することを判断したのか、そこにも問題があるといわなければならない。

第二は「鑑査抜き」で、患者に薬剤を交付をしたことである。薬剤師が調剤することの基本は、正確な調剤をすることである。患者の安全確保のために情報管理も含めて最大限の努力をすることである。薬剤師の表芸は調剤であり、その表芸で間違いを犯したのでは意味がない。しかし、一方で人は過ちを犯す動物である。更に始末が悪いのは、仕事をすればするほど間違いも増えるという、相関関係にあるということである。つまり何か事を起こさなければ間違いは起こさない。

この仕事上の過誤を避けるためには一人より二人と云うことで、複数の眼によって鑑査することが必要である。もし、今回の事例で社長が調剤したから部下は鑑査をしなかったとすれば、この会社の問題点はそこにあるといわなければならない。社長は間違えないと誰が決めたのか、もし、当人だとすれば、篦棒な話である。更に経営者に叱責されるのが嫌だと云うことで、管理薬剤師が誤充填の報告に何ら対応しなかったと云うが、薬局内にそのような雰囲気が醸されていたとすれば、これもとんでもない話である。患者の安全確保に万全を期すためには、自由に物がいえる雰囲気は絶対に必要であり、そのような環境が醸成されていないとすれば、経営者として失敗だと云わなければならない。

逆に言えば、今回の過誤は、管理薬剤師が勇気ある対応をしていれば、あるいは防止できたかもしれないという事が考えられる。しかし、だからといって経営者の責任が逃れられる訳ではない。兎に角風通しの良い職場環境を作らなかったということは、経営者の責任だといえる。

充填段階における過誤、誤充填は、絶対に避けなければならない。何故なら誤充填による過誤の範囲は限りなく拡大するからである。充填時には必ず2名で確認しながら充填をすると言うことが原則である。もし1人勤務だというなら、電車の運転手がやるように“指呼確認”それも声を出して確認するということが基本原則である。

所でこの薬局は、調剤業務を行う上で、指針を作成していたのであろうか。業務の手順を細かに決めて、それを文書化しておくことで、過誤のない調剤が可能であり、過誤発生時の患者対応について細かな取り決めがされていれば、直ちに対応が可能だったはずである。

新しく手に入れた情報によれば、自動分包機に錠剤を入れる場合、タブレットケースに番号を割り当てる必要があるが、当初はマグミット錠、ウブレチド錠とも正しく番号が振られ、正確に分包機から出ていた。しかし、ある時パソコンでマグミット錠の設定画面を開いた際に、気がつかないうちに1文字消すキーを1回押したと見られるという。「253番」とされていたマグミット錠の番号は末尾の「3」消え、「25番」に変わってしまう。この「25番」がたまたまウブレチド錠が入っている25番のタブレットケースから薬が出てくる設定になってしまったという。

キーボードを押すのに慣れてくると、無防備にキー操作をする人がいる。そのような場合にキーの誤作動を避けるために、間違えたキー操作をすれば何等かの警告音が出すか、削除キーが誤作動しないようにキーロックする等の安全策が講じられていなければおかしいのではないか。そのような安全装置のない機械だとすれば、安全装置を独自に講じて置く必要があったと考えられる。

いずれにしろ誤調剤の結果、患者が死亡したという事実は、医療に携わる医療人としてはあってはならないことであり、その防止のために最善の努力をすべきである。

1)小嶋埼玉県薬会長が書類送検-容疑は調剤化合による死亡;薬事日報,第11021号,2011.8.22.
2)埼玉県薬・小嶋会長が書類送検-調剤ミス「放置」で患者死亡、薬剤師会トップの不祥事;RIS Fax.第5903号,23.8.22.
3)埼玉県警 調剤過誤で県薬会長らを書類送検;日刊薬業,2011.8.22.
4)ウブレチド錠添付文書,2010年10月改訂
5)一つの設定ミスが起こした事故 埼玉県で調剤過誤;日刊薬業,2011.9.5.

      (2011.9.11.)

『平将門』

土曜日, 9月 24th, 2011

     鬼城竜生

 

平将門がどのような人物か知らない。武将というよりは、どちらかといえば妖しい奴という認識の方が強い。どちらかといえば安倍晴明の世界の住人として、世に徒なす輩という認識である。取り

敢えず平将門を祀ったという『筑土神社』に御参りすることにした。

 

筑土神社-01

 

築土神社は天慶三年六月(940年)、関東平定後、藤原秀郷らの手で討たれて京都でさらし首にされていた平将門公の首を首桶に納め、密かに持ち去り、武蔵国豊島郡上平河村津

 

筑土神社-02

 

久戸の観音堂に祀って津久戸明神と称したのが始まりだとされる。江戸城築城後の文明拾年六月(1478年)、太田道灌が江戸城の乾(北西)に社殿を造営。太田家の守護神、そ

 

筑土神社-03

 

して江戸城の鎮守神として厚く崇敬したという。筑土神社の主神は天津彦火邇々杵尊(あまつひこほのににぎのみこと)。相殿神(あいどのの神)は平将門公、菅原道真公とされている。

 

筑土神社-04

 

しかし、築土神社が将門を祀る神社であることを明らかにしたのは鎮座1050年を記念、御由緒を発行した平成二年のことであるとしている。やはり平将門が天皇に対する逆賊という話に遠

 

筑土神社-06

 

慮したためのことのようであるが、神様の世界も生臭いようである。

 

筑土神社-07

 

神社で御絵馬を頂戴した。絵馬の袋に『平将門公龍馬紋の由来』が書かれていた。

 

筑土神社-11

 

承治二年将門公が志を立て、兵馬を起こしたとき、突然空の一角が稻光ったと見ると、九曜星が、矢のような早さで落ちてきて忽然として黒馬に変わり地を蹴って駆け出そうとした。将門公

はそれを見るより早く、部下に命じて黒馬を繋ぎ止めさせた。この神事により兵は大いに奮い立ち起ったと伝えられています。

筑土神社-08

筑土神社-09

 

古来中国では、最上級の馬を「龍」と呼んでおります。将門公の漆黒の駿馬はまさしく「龍」そのものであり、公は龍馬を縦横無尽に駆使し、多くの勝利を手中にしました。

 

筑土神社-10

 

本日の予定としては、筑土神社の次は、平将門の首塚に行くことにしていたので、大手町に出て、三井物産の隣を目指した。高いビル郡の狭間に異空間のごとく静かに首塚はあった。神田明神が管理しているということで、 植木の剪定などもキチッとしていたが、驚いたのは胡蝶蘭の鉢植えが二鉢、供えられていたことである。

平 将門は、平安時代中期の関東の豪族とされている。平氏の姓を授けられた高望王の三男・鎮守府将軍平良将の子。桓武天皇五世。下総国、常陸国に広がった平氏一族の抗争から、やがては関東諸国を巻き込む争いへと進み、その際に国衙を襲撃して京都の朝廷に対抗して独自に天皇に即位して「新皇」を自称した。その結果、朝敵となる。しかし即位後わずか二ヵ月たらずで藤原秀郷、平貞盛らにより討伐された(承平天慶の乱)。死後は御首神社、築土神社、神田明神、国王神社などに祀られる。武士の発生を示すとの評価もある。死没 天慶三年二月十四日(940年3月25日)。別名: 相馬小次郎、滝口小次郎、新皇。

2010年9月10日(金曜日)の総歩行数は9,647歩。

             (2010.10.6.)