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『時不待』

日曜日, 1月 27th, 2008

 

                                                                      魍魎亭主人

 

平成18年(2006年)12月17日オヤジが死んだ。明治43年3月12日生まれということであるから享年97歳。年齢的には死を悼む年ではないが、入院していた当人は、死について全く考えていなかった節がある。

おふくろが死んだ後、ほぼ16年、一人暮らしをしていたオヤジが、いよいよ心細くなって、末の弟の家に同居することになった。そこから機嫌良くディケアサービスを受けるために通所していたようであるが、その行き帰りに使いもしない杖を持っ歩いていたようである。更に室内では全く使用する必要のない杖を、玄関に置いたままにしたことが気になったのか、下の三和土に下りずに、上がり框から手を差し伸べて取ろうとして、三和土に転げ落ちて、大腿骨を骨折してしまったということであった。

入院した病院では、高齢でペースメーカを装着している事、更には腎機能が低下しているために手術には耐えられないと判断したようである。積極的な治療を希望するのであれば、手術して骨折部の処置をしますが、もし積極的な治療の必要はないということであれば、骨折部が自然接合するのを待って、車椅子に乗れるようになれば退院ということにしたいと思いますがという話があったようである。

高齢者が転んで骨折し、入院するということは、もし骨折が治癒したとしても、そのまま寝たきりになる比率は高いということを意味している。年齢的に見てどの程度の回復が望めるか分からないとしても、自然治癒を待つという選択をせざるを得ないということである。ただ最悪な場合、容体が急変することがあっても、人工呼吸器を使用する選択はしないということは最初に決めた。人工呼吸器を挿管されて、ただ機械的に呼吸をしていたとしても、それは回復期を迎えることを意味してはいない。

入院当初、意識も清明とはいえない状態から、人の顔が認識できるまでに回復し、比較的早く退院できるかもしれないと思われたが、食事が出来るようになった結果、食べ物を誤嚥して感染症を併発し、結局は不帰の人となってしまった。

会社を定年退職してから既に三十数年が過ぎており、更に親子二代にわたって住んでいた町内も引き払い、住んでいた家も壊して更地してしまった。その意味では旧町内も含めて、知り合いに案内を出しても、貰った方も迷惑をするといけないということで、葬儀は密葬でやることにした。それこそ兄弟とその身内だけということでやったが、田舎のしきたりとはやや違った事もあり、中には口伝てにお聞きになり葬儀に見えられた方もいた。その意味では、幾ばくかの方々には不義理をしたかもしれないが、将に『時不待』である。オヤジも会社を退職した後、市の幾つかの任務を担っていた時期もあったようであるが、それさえも遠い昔ということである。

『時は待たず』ただ過ぎ去るのみ。最早人々の記憶からは欠落していると思われる一人の男の人生は、粛々と終わりにさせていただいた。

一周忌は、本来は死んだ日か、あるいは前に持ってくるのが常識だということであるが、家族の都合とお寺の都合も付かず、平成19年12月22日に、これも兄弟と参加できる孫達とで実施した。

しかし、人生って何だろうね。六十代で死ねば、葬儀に集まる人は多いかもしれないが、九十を過ぎた年齢では、友人、知人の殆どは亡くなってしまっていないということである。
葬儀に人が来ないのは寂しいかもしれないが、それは死んだ人間に分かるのだろうか?。

                                                            (2008年1月10日)