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「胎児危険度分類」

日曜日, 3月 1st, 2015

 

魍魎亭主人

薬を使用する際、最も重要な情報源は添付文書である。但し、添付文書に記載されている情報の全てが、完全な情報というわけではなく、中には曖昧なままの情報が記載されている項目もある。病気の治療に使用される薬は、ヒトに投与されるものであり、治験段階でヒトに投与したときのdataが記載されていなければならない。しかし、実際には「胎児毒性」のdataは、ヒトでの臨床試験は出来ないので、動物実験の結果を受けて、曖昧模糊としてたdataが記載がされている。

 

tramadol hydrochlorideの妊婦、産婦への投与

 

1.妊婦又は妊娠している可能性のある婦人には、治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ投与すること。[妊娠中の投与に関する安全性は確立していない。トラマドールは胎盤関門を通過し、新生児に痙攣発作、身体的依存及び退薬症候、並びに胎児死亡及び死産が報告されている。また、動物実験で、トラマドールは器官形成、骨化及び出生児の生存に影響を及ぼすことが報告されている。]

2.妊娠後期の婦人へのアセトアミノフェンの投与により胎児に動脈管収縮を起こすことがある。

 

acetaminophenの妊婦、産婦への投与

 

1.妊婦又は妊娠している可能性のある婦人には、治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ投与すること[妊娠中の投与に関する安全性は確立していない。]

2.妊娠後期の婦人への投与により胎児に動脈管収縮を起こすことがある。

3.妊娠後期のラットに投与した実験で、弱い胎仔の動脈管収縮が報告されている。

上記のような添付文書情報から『妊娠期間』中の服用に関する質問を受けたとしても、投与の安全性について回答することは難しい。その様な場合、我々が頼りにしていた情報源が、『米食品医薬品局(FDA)のヒト用医薬品と生物学的製剤の胎児危険度分類(A,B,C,D,X)』のdataであった。そのdataが今回改訂されることになったと云うことは、我々は今後何に依拠して回答すればいいのかと云うことになる。 米食品医薬品局(FDA)は2014年12月3日ヒト用医薬品と生物学的製剤の胎児危険度分類(A,B,C,D,X)を廃止すると発表した。

2015年6月30日から新たな分類を含めた妊娠・授乳中の医薬品等の使用に関する表示のルールを適用する。 FDAによると新分類は現行の「妊娠中」「分娩・出産時」が「妊娠期間」に集約、「授乳婦」は「授乳期間」に変更される。また、処方前後あるいは服薬中の妊娠検査や避妊の必要性、薬剤による生殖機能への影響等に関する情報の表示として「生殖の可能性がある男女」のカテゴリーが加わる。 新分類は前記の三つのサブセクションを示した上で、当該医薬品又は生物学的製剤の妊娠中あるいは授乳中等の使用に伴うリスクについて詳細を示すことが義務付けられている。

現行のA、B、C、D、X分類の廃止理由について「妊娠あるいは授乳中の処方判断は個別化されており、母体、胎児あるいは乳幼児への複雑なリスク・ベネフィットを含んでいる」と指摘。「現行の分類はあまりにも簡素で、それぞれの項目がグレーディングシステム(等級制度)と勘違いされ、製品のリスクに対する見方の過度な単純化につながっていた」。 今回の改編により、医療関係者の当該患者への処方判断及び患者への処方せん薬に関する説明を支援する仕組みの強化が期待される。FDAによると米国では、毎年600万人以上が妊娠しており、妊娠中に平均3~5種類の医薬品が使用されている。喘息や高血圧等の慢性疾患では治療薬を妊娠・授乳中でも継続することが必要になったり、同時期に急な体調不良等で医薬品の使用が必要になる場合もある。 新たに承認される医薬品や生物学的製剤は、承認後速やかな適用が、既に承認されている製品に対しては、段階的な適用を求めていくと説明している[Medical Tribune,2014.12.18.]。

 

■ヒト形態異常のbaseline risk

ヒト胎児の形態異常の多くは、原因が明らかでなく、環境や遺伝など、多くの複合因子の合併により発生するとされている。ヒトの場合、特に原因が特定できなくても生じる胎児の形態異常は、軽微なものを含めると全体の約3%、形態異常以外のものを含めると約5%存在するとされる。これをbaseline riskと云っている。

 

■妊娠初期のall or none theory

殆どの薬物は、妊娠初期(多くは受精後18日未満)に使用した場合、薬物による影響があるとすれば、着床しないか流産などにより妊娠継続そのものが不能となる。これをall or none theory(全か無かの法則)という。

 

■妊娠時期による薬物毒性の違い

妊娠初期:催奇形性が問題となる。 例えば、妊娠期間中に使用可能な鎮痛剤として何があるかという質問に対して、『使用経験が長く、これまでを妊婦に投与しても胎児に何か影響があったという報告は無い』と云うことを根拠としてacetaminophenの投与が可能と判断したとしても、ヒトの妊娠期間中を対象とした臨床試験が行われたわけではなく、飽く迄、疫学調査の結果で有り、胎児毒性を完全に否定するものではないということが出来る。更に妊婦側の問題として、baseline risk(基準危険)が存在する。 そのため薬による毒性はないと判断して、服用可の指示をしたとして、出産後に何等かの障害が児に見られたとすれば、家族はbaseline riskとしての障害とみるのではなく、薬物の服用が原因であると判断する可能性は否定できない。 FDAの今回の判断も、「妊娠あるいは授乳中の処方判断は個別化されており、母体、胎児あるいは乳幼児への複雑なリスク・ベネフィットを含んでいる」とすることから、単純に記号化することは、妊娠期間中の薬の服用に関する説明としては簡単すぎる。例えば質問された薬について危険性はないと判断したとしても、妊婦の持つbaseline riskは無視することは出来ない。それらの事実を丁寧に説明するとすると、単純なA・B・Cで判断するわけにはいかないと云うことなのだろう。 臨床で多く使用されている酸性のNSAIDsは胎児の動脈管早期閉鎖などの危険性につながる可能性が有り、妊娠中、特に妊娠末期での使用は避けるべきであるとされている。しかし、チアラミド(tiaramide)のような塩基性のNSAIDsは比較的安全性が高いと云われているが、シクロオキシゲナーゼ(COX)阻害作用がないため、臨床効果が十分でない場合もある。aspirinは妊娠後期の妊婦が服用すると、出産時に異常出血したり胎児の血流に悪影響が出る恐れがあるので、出産予定日12週以内の妊婦では禁忌になっている。

妊娠高血圧症候群(pregnancy induced hypertension:PIH)は、妊娠20週以降に発症する高血圧症で、分娩後12週迄に改善するものを妊娠高血圧症候群に分類する。従来は蛋白尿と浮腫を含めた三主徴を基準として妊娠中毒症・子癇前症と呼ばれていた。現在でも腎機能との関連は重要であるとされている。 PIHの原因は不明であるが、胎盤機能不全との関連が深いとする報告もある。従って子宮内胎児発育遅延(FGR)や常位胎盤早期剥離の合併がよく見られる。リスク因子として、初産婦又は前回PIH既往、多胎妊娠、高齢、肥満妊婦、高血圧合併、高血圧の家族歴、自己免疫疾患、尿路感染症・歯周病などがあげられる。

症状:

▶母体血圧の上昇と血管透過性の亢進、浮腫、胸腹水。

▶腎機能障害と蛋白尿、尿酸値の上昇。

▶血小板減少、血液凝固能の異常。

▶眼華閃発・視野障害、脳血管障害・子癇発作。 病型分類

▶妊娠高血圧(gestational hypertension):妊娠20週以降に初めて高血圧が発症し、分娩後12週迄に正常に服する場合を云う。

▶妊娠高血圧腎症(preeclampsia):妊娠20週以降初めて高血圧が発症し、かつ蛋白尿を伴うもので分娩後12週迄に正常に服する場合を云う。

▶加重型妊娠高血圧腎症(superimposed preeclampsia):①高血圧症が妊娠前あるいは妊娠20週迄に存在し、妊娠20週以降蛋白尿を伴う場合。②高血圧と蛋白尿が妊娠前あるいは妊娠20週迄に存在し、妊娠20週以降にいずれか又は両症状が増悪する場合。③蛋白尿のみを呈する腎疾患が妊娠前あるいは妊娠20週迄に存在し、妊娠20週以降に高血圧が発症する場合。

▶子癇(eclampsia):①妊娠20週以降に初めて痙攣発作を起こしたもの。②てんかんや二次性痙攣が否定されるもの。

▶治療・管理:根治治療法は妊娠の終結のみ。①現在、PIHを治療できるevidenceのある方法は存在しない。主に高次医療機関への搬送と経母体胎児ステロイド投与の時間稼ぎ、また脳血管障害の発症を防ぐため、重症例では降圧療法が試みられる。②根本的な治療は、経腟分娩若しくは帝王切開による妊娠の終結(termination)である。

▶軽症妊娠高血圧症の治療:①安静を勧め、自宅で不可の場合入院させる。自宅でも血圧測定を励行させ、重症化の場合は直ぐ受診させる。②高圧薬使用の有用性はなく、妊娠の転帰に有意な効果はない。既に投薬歴のある高血圧合併妊婦では、血圧を見ながら投与量の調節を行う。③摂取カロリー制限、軽度塩分制限(7-8g/日)もこれまで推奨されてきたが、evidenceはない。但し、過度の間食については制限する。

▶重症妊娠高血圧症の治療:①満期であれば、降圧療法を行いながら妊娠の終結を計る。早産域の場合は、降圧療法を行い、母体の症状、児の発育とCTG(Cardio Toco Gram:胎児心拍陣痛図所見)を見ながら待期・妊娠終結を判断する。②急激な高圧は胎児胎盤循環と腎循環に悪影響を及ぼすため、目標を拡張期血圧90-100mmHg、収縮期血圧155-160mmHg程度とし、平均血圧で前値の15-20%以内の高圧にとどめる。必ずCTGで胎児のwell-being(健康状態)を把握する。

▶薬物療法:重症PIHに対する内服の第一選択薬はmethyldopa(アルドメット)又はlabetalol(トランデート)である。

処方例

methyldopa(250mg)2-6錠 分2-3で開始。最大2000mg/日。

labetalol(50mg) 3-9錠 分3で開始。最大450mg/日。

*methyldopa(血圧降下剤):妊婦又は妊娠している可能性のある婦人には、治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ投与すること。[妊娠中の投与に関する安全性は確立していない。また、妊娠中の投与により、新生児に浮腫による著しい鼻閉を生じたとの報告がある。][添付文書,2014.3.]

*labetalol(αβ遮断性降圧剤):妊婦又は妊娠している可能性のある婦人に投与する場合には、投与上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ投与すること。投与に際しては、母体及び胎児の状態を十分に観察し、過度の血圧低下とならないよう注意すること。胎児及び新生児に血圧低下、徐脈等の異常が認められた場合には、適切な処置を行うこと[妊婦への投与例において、胎児に徐脈等、新生児に血圧低下、徐脈等の症状が認められたとの報告がある。][添付文書,2013.9.]。

処方例

hydralazine(10mg) 3-4錠 分3-4で開始。最大200mg/日。

nifedipine(10mg) 1-4CR錠 分1-2で開始。最大80mg/日。

他の内服薬の選択肢としてhydralazine(アプレゾリン)又はnifedipine(アダラート)も存在し、併用も可能であるが、これによって高次医療機関への紹介が遅れるべきではない。

*hydralazine(血圧降下剤):妊婦又は妊娠している可能性のある婦人には治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ投与すること。[動物実験(マウス)で催奇形作用が報告されている。またヒト胎児においても経胎盤的に移行し、新生児に血小板減少等を起こすおそれがある。][添付文書,2012.6.]

*nifedipine(持続性Ca拮抗剤:高血圧・狭心症治療剤):①妊婦(妊娠20週未満)又は妊娠している可能性のある婦人には投与しないこと[動物実験において、催奇形性及び胎児毒性が報告されている。]②妊娠20週以降の妊婦に投与する場合には,治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ投与すること[妊娠中の投与に関する安全性は確立していない]。投与に際しては、最新の関連ガイドライン等を参照しつつ、急激かつ過度の血圧低下とならないよう、長時間作用型製剤の使用を基本とし、剤形毎の特徴を十分理解した上で投与すること。また、母体や胎児及び新生児の状態を十分に観察し、過度の血圧低下や胎児胎盤循環の低下等の異常が認められた場合には適切な処置を行うこと[妊婦への投与例において、過度の血圧低下等が報告されている。]③硫酸マグネシウム水和物の注射剤を併用する場合には、血圧等を注意深くモニタリングすること。[併用により、過度の血圧低下や神経筋伝達遮断の増強があらわれることがある。][添付文書,2013.6.]

処方例

nicardipine(1mg/mL)(注射用Ca拮抗剤)注射液の原液で0.5mL/時から開始。

降圧効果を見ながら0.5-1mL/時ずつ増減。 降圧不良の場合、頭痛や消化器症状など母体症状の重症化があって降圧を急ぐ場合、分娩周辺期の発症の場合、nicardipine(ペルジピン静注液)を用いる。

*nicardipine(注射用Ca拮抗剤):妊婦又は妊娠している可能性がある婦人には治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ投与すること[動物実験で、妊娠末期に投与すると、高用量では胎児死亡の増加、分娩障害、出生時の体重減少及びその後の体重増加の抑制が報告されている。] [添付文書,2014.4.]

処方例

magnesium sulfate(2g/20mL)原液で5mL/時から開始。

*magnesium sulfate(マグネゾール静注用)(子癇の発症抑制・治療剤):重症PIHの分娩開始から産後24時間迄、子癇発作予防のため、本剤を用いる。降圧効果は無い。Mg中毒(呼吸抑制・腱反射消失)があれば直ちに中止。

注意事項:妊婦にはACE阻害薬とアンギオテンシンII受容体阻害薬(ARB)及びそれらの合剤は胎児腎障害・羊水過少を招くので禁忌である。妊娠前から内服している場合には、妊娠が判明した時点で切りかえる(初期の催奇形性は指摘されておらず、内服中の妊娠判明で中絶を勧める理由はない)。 従来、妊婦への投与を判断する場合、催奇形性を主体に考えてきたが、今後はそれだけでなく、胎児が体内にある期間を通して考えることが必要だといえる。その他、妊娠期間中の投与が安全とされる薬の服用について考える場合も、常にbaseline risk(基準危険)のあることを説明する事も必要であり、更に安全ではないかとされている薬について、飽く迄『疫学調査の結果』であり、精度を高めるためには、更に広汎な情報収集が必要であることを伝えることも必要ではないかと思われる。

 

1)北川道弘・他:妊婦・授乳婦のための服薬指導Q&A;医薬ジャーナル社,2010

2)小林 浩・監:産婦人科研修ハンドブック第2版;海馬書房,2014

3)林 昌洋・他:今これだけは知っておきたい 第2版 妊娠・授乳とくすりQ&A-安全・適正な薬物治療のために;JHO,2013

(2015.2.25.)