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『トリクルダウン』

金曜日, 1月 2nd, 2015

                     魍魎亭主人

この街に引っ越ししてきた時には、既にケーキ屋兼喫茶店として店を開いており、飲ませる珈琲は旨くはなかったが、他にケーキの専門店はなかったので、それなりに売れていた。ところが今月に入って突然本社の営業不振によって閉店するという掲示が店頭に張り出された。

近所の口さがない人々は、手を広げ過ぎたんだという話をしていたが、会社組織で何店かの店を出している会社が、新しい支店を出す場合に、先行きを読み間違える等という単純な失敗を犯すとは考えられない。

丁度選挙が終わり、大勝した自民党は、アベノミクスが承認されたと喜び勇んでいるが果たしてそうか。アベノミクスは国内のデフレ傾向をインフレ傾向にすることによってドル高円安を誘導し、国内の物価を上げる方向に持っていこうとしている。更に都合の悪いことに円安という状況の中で、海外から輸入しなければならない物は軒並み値上がりしている。

小麦粉・バター・チョコレート・アーモンド・砂糖等の原材料が軒並み高騰し、ケーキの値段を上げざるを得ない状況にあるとされる。更に消費税の増税が重なり、商品価格に被せるようなことになれば、客の方はケーキ等の購入を控えるということになるのだろう。環境が急激に悪化したことによって余儀なく閉鎖に追い込まれたと云うことだろう。

総理大臣・安倍晋三政権の経済政策『アベノミクス』は、トリクルダウン理論[trickle-down effect]の実践だとされている。トリクルダウン理論とは『富める者が富めば、貧しい者にも自然に富が滴り落ちる』という理論だと云われている。つまり「大企業や富裕層が更に豊かになれば、経済活動が活発化し、その恩恵が庶民にまで広く行き渡る」とする経済理論又は経済思想であるという。しかし、この理論の実証性については、富裕層を更に富ませれば、貧困層の経済状況が改善するということを裏付ける有力な研究は存在しないと云われており、日本の現在の状況を見れば、頷ける話である。

第一トリクルダウン理論と聞けば、最もらしい理論であるという気がするが、実際はシャンパンタワーを引き合いに出す程度の話のようである。シャンパングラスをピラミッドのように積み上げ、パーティーを彩る飾りとして、結婚式やテレビで見たことがある人も居るはずである。頂点にあるグラスにシャンパンを注ぐことにより、溢れ出した滴が下のグラスに流れ落ち、そのグラスが一杯になれば更にその下のグラスに滴が流れ落ちる。この繰り返しによって、やがて底辺を支えている多数のグラスに酒が満たされると云うことである。

シャンパンタワーのグラスの数は何個にするのか。グラスの段数は何段重ねにするのか。そのグラスに全てに、酒が満ちるほどの酒の量を確保できるのかどうか。上の方に並べるグラスの大きさは、全て下の方に並んでいるグラスと同じ大きさなのかどうか。上の方に特段に大きなグラスがあれば、そのグラスが溢れるまでには時間がかかる事になり、溢れて下に流れるまでに時間が掛かりすぎる。

円安は海外に物を持ち出して売る企業には、強い追い風になると考えられるが、原材料を輸入した物に頼る企業では、強い逆風が吹く環境に成ってしまっている。この状況を改善するためには、極端な円安を改善する努力をすべきであるが、大企業優先の安倍政権は、大企業の収益確保のために、円安を誘導してきたわけで、更に企業減税をすると云っている。企業が収益を上げれば、労働者の賃金アップが可能になり、設備投資をすることで、中小企業にも利益が有り、中小企業の労働者にも恩恵が及ぶと云っている。

現在、企業はその利益を内部留保し、全く出そうとしていない。安倍総理は政労使の会議を持ち、賃金アップについての努力をするようにとの調整を取ったようであるが、賃金は労使の交渉によって決定すべきものであり、労使交渉のテーブルを用意すべきである。

ところで、このトリクルダウン理論は、新自由主義の代表的な主張の一つで有り、この学説を忠実に実践したのが米国の大統領ロナルド・レーガンの経済政策で、レーガノミックス[Reaganomics]と云われたそうである。アベノミクスは明らかにこれの二番煎じで有り、この理論を実践した米国は、最終的に成功したのかどうか。

いずれにしろ、今日本の財界に国の将来を考えている人が居るとは思えない。稼いだ金は内部留保と称して貯めることに躍起になっている。稼いだ金は貯め込むのではなく、労働者に配分する。その原則が無い限り国内の金は動かない。株価が値上がりして、景気がよくなったという。しかし株価の値上がりも、会社の業績が上がったことによる変動ではなく、世界中で余っている金が日本の株買いに走ったために、株価が上がっただけで、金を持っている連中が更にあぶく銭を掻き集めたに過ぎないのではないか。

トリクルダウンの上の器が溢れることがないとすれば、途中から新たな酒を注がなければならない。その意味では春闘における賃金闘争が重要になってくる。春闘で賃金アップをすることで、一番上から落ちてこない流れの分け前を自分たちで獲りに行くより仕方がない。間抜け面をして待っていたとしても、自分の業績しか考えない、今の財界人では、腹を決めることは出来ないのではないか。最もアベノミクスを失敗に終わらせるためには、春闘で賃上げはしないことだ。

              (2014.12.28.)