Archive for 4月 7th, 2008

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「水仙(Narcissus)の毒性」

月曜日, 4月 7th, 2008
対象物 水仙 [日本水仙・黄水仙・房前水仙・喇叭水仙]
成分 リコリン(lycorine)、タゼチン(tazettine)、コンバラトキシン(convallatoxin,強心配糖体)、ガランタミン(galanthamine)、蓚酸カルシウム(calcium oxalate)
一般的性状 ヒガンバナ科スイセン属。学名:Narcissus tazetta。英名:Narcissus。毒性は全草に存在するが、特に根(鱗茎)に多い。卵状球形の球根(鱗茎)から葉と花序を出す。葉は根生し、長さ20-30cm、幅0.8-1.5cmの線形、葉の間から20-40cmの花茎が直立し先端に3-7個の花柄を出し白色の花を横向きに咲かせる。いわゆる房咲きである。花には芳香がある。
毒性

紀元一世紀のディオスコリデスの『薬物誌』には、球根を食べると嘔吐をもよおすの記載が見られる。また、庭のフサザキ水仙を生け花にした56歳の女性は、2日後に顔のかぶれが急激に再発、アレルギーテストの結果、花、葉、茎、球根の全てに陽性反応が見られた。別の66歳の主婦は、原因不明のままステロイドによるアレルギーの治療を継続していたが、他院の診察を受けた結果、フサザキ水仙による過敏症であった。水仙は接触皮膚炎の他に、敏感な者では温室の水仙の匂いを嗅いだだけでかぶれる事例が報告されている。

水仙の毒成分である lycorineとcalcium oxalateは、経口摂取すると吐き気を催すだけでなく、葉や花を切ったときに汁が付けば、蕁麻疹様の皮膚炎を惹起することがある。但し、皮膚炎を惹起するのはフサザキ水仙で、ラッパ水仙や黄水仙等他の種類では反応が出ない。

ヒガンバナ科植物にはヒガンバナの他に水仙、アマリリス、キツネノカミソリ、クンシラン、ハマユウ、スノードロップ等があるが、これらの植物には多種類の有毒なalkaloidが含まれている。ヒガンバナや水仙に含まれているlycorineは、鱗茎に多く含まれている。lycorineには催吐作用があり、経口摂取時の50%-致死量(LD50)はマウスで10.7g/kgとされている。galanthamineとしての毒性データ無し。

tazettine:C18H21NO5=331.26。水仙に含まれる。中毒症状は嘔吐や胃腸炎、下痢、頭痛などが見られる。水仙の葉をニラと、球根部をノビル、タマネギと間違えて誤食し中毒となる。

lycorine:C16H17NO4=287.31。ヒガンバナの鱗茎(石蒜)に含まれるフェナントリジン骨格を持つalkaloid。本品は哺乳動物において、少量摂取で流涎、多量摂取で、エメチン様の下痢、吐き気を惹起するが、その毒性は比較的弱いので、催吐、去痰薬として用いられる。また、かなり強い体温下降作用、抗アメーバ作用も示す。

症状

少量の摂取(2-3g、特に球根は毒性強い)では、短い潜伏期間(30分以内)の後に悪心、嘔吐、下痢、流涎、発汗を生じる。
大量では神経麻痺の可能性があるが、ヒトでは殆どの場合、初期に嘔吐するため、消化器症状程度に止まる。これまでに報告されたヒトでの症状の持続期間は、喇叭水仙では約3時間であった。黄水仙では症状は同じであるが24時間以上持続する可能性がある。
循環器系:頻脈、胸痛、重篤な場合は心停止。
神経系:眩暈、麻痺、脱力感、筋力低下、筋肉痛、振戦、神経炎。
消化器系:悪心、嘔吐、腹痛、下痢、流涎、粘液血性下痢、食道狭窄を起こすこともある。
その他:体液・電解質バランス異常(嘔吐や下痢が酷い場合)。結膜炎、皮膚炎。

処置

家庭で可能な処置
催吐:大量(球根1個以上)の場合。但し、乳幼児の場合は、吐物を気管内に吸い込むことがあるので要注意。
医療機関での処置
水仙葉・彼岸花の鱗茎を少量摂食した場合:対症療法
水仙葉・彼岸花の鱗茎を大量摂食した場合
基本的処置:催吐、吸着剤・下剤の投与
対症療法:嘔吐、下痢による脱水に対する処置(体液・電解質モニター)。特異的な治療や解毒剤・拮抗剤はない。

事例

『スイセンをニラと販売 2人食中毒』

▼青森県県保健衛生課に2007年5月9日までに入った連絡によると、ニラとして売られていたスイセンを食べた女性2人が7日、吐き気や嘔吐(おうと)、下痢の症状を訴えて上十三保健所管内の医療機関を受診した。同保健所は、スイセンの植物性自然毒による食中毒と断定。上北地域県民局は、販売者(十和田市)に対し、9日から3日間の販売行為停止の行政処分を行った。

▼スイセンは、販売者がニラだと思い込んで山から採り、道の駅(十和田市)内の直売所で一束だけニラとして販売した。女性2人は職場の同僚で、4月19日に購入、冷蔵庫で保管し5月7日朝、酢みそあえにして計7人で食べた。十和田保健所が残っていた食品や採取場所を調べたところ、自然毒のあるスイセンであることが判明した。

▼ニラとスイセンは似ており、県内では同様の食中毒が2005年にも発生している。県保健衛生課は「有毒植物を見分けるのは難しい。食用かどうか分からない植物は採ったり、食べたり、あげたりしないように」と呼び掛けている[東奥日報]。

備考

物語に出てくる殺人の道具として、水仙は毒性が弱すぎるため不向きである。ということで水仙を毒として使用する物語は、無いだろうと思っていたところ、実際の事件として誤食による中毒事例が、新聞等で報道されていた。今回の事例は、山に生えていたニラを摘んできて売ってしまったというもので、野菜の取り扱いになれている農家のいってみれば専門家が間違えたということであるが、それほど似ているのか。更に疑問なのはニラというのは野生種が山などに自然に生えているものなのかどうか。

今回の事例は日本水仙の葉をニラと間違えた事例であるが、水仙の球根(鱗茎)を小型の玉葱と間違えて、炒めて食べてしまった例が有名なシャンソン歌手の随筆に書かれているということで、この場合も嘔吐等の中毒症状が見られただけで、命に別状はなかったようである。

水仙の誤食の場合の特徴は、含有成分による催吐作用で、誤食したものを全て吐くことによって重篤化しない事例が多いと考えられていることである。

文献

1)植松 黎:毒草を食べてみた;文春新書,2000
2)海老原昭夫:知っておきたい身近な薬草と毒草;薬事日報社,2003
3)海老原昭夫・編著:知っておきたい毒の知識;薬事日報社,2001
4)Anthony T.Tu・編著:毒物・中毒用語辞典;化学同人,2005
5)西 勝英・監修:薬・毒物中毒救急マニュアル 改訂7版;医薬ジャーナル社,2005
6)鵜飼 卓・監修:第三版 急性中毒処置の手引-必須272種の化学製品と自然毒情報;薬業時報社,1999

調査者 古泉秀夫 分類 015.11.NAR 記入日 2007. 5.27.

「ニトログリセリン(nitroglycerin)の毒性」

月曜日, 4月 7th, 2008
対象物 ニトログリセリン(nitroglycerin)
成分 ニトログリセリン、[英]nitroglycerin、[独]nitroglycerin、
[仏]nitroglycrine、[ラ]nitroglycerium。
一般的性状 化学名:glyceryl trinitrate 又は1, 2, 3-propanetriol trinitrate。CAS No.55-63-0。分子式:C3H5N3O9。分子量:227.09。別名:三硝酸グリセリン。硝酸グリセロール;Glyc-erol nitrate;Glycerine trintirate。略称:NG。純品は常温では無色透明の油状液体であるが、工業製品は淡黄色、舌を刺す甘味がある。15℃で1.6の比重を示し、凍結すると体積が収縮し、10℃での比重は1,735になる。味は甘く灼熱感があり、熱、衝撃等により容易に爆発する。結晶には不安定型と安定型の2型がある。不安定型の融点2.8℃、安定型の融点13.5℃。acetone、benzene、ether、alcohol等多くの有機溶剤に可溶。水に難溶。50-60℃で分解し始め、218℃で爆発する。本品はNobelがその爆発力を利用してダイナマイトを製造した。 冠血管拡張薬、抗狭心症薬。医薬品としては一般に爆発を防ぐために乳糖を賦形剤として錠剤とする。

*医薬品としての取扱い上の注意
*本剤は、強い揮散性の製剤である。

(1)本容器のまま投与し、他の容器に移しかえない。

(2)本容器のまま保存し、他の容器に移しかえることは絶対に避けること。錠剤を取り出したら、直ちにふたを堅く締めること。また容器の中に他の綿や紙を入れないこと(nitroglycerinが綿や紙に吸収され効果が低下する。)

(3)ふたをあけてから3ヶ月以上経過すると、効果が低下するおそれがあるので、使用開始日を容器に記入しておくこと。本剤はなるべく涼しい所に保存し、持ち歩くときは財布の中、あるいはコートのポケット等に入れ、身体に密着させないこと。

(4)本剤は舌下で溶解させ、口腔粘膜より吸収されて速やかに効果を発現するもので、内服では効果がない。本剤を初めて使用する患者は、最初の数回は必ず1錠を投与すること。このとき一過性の頭痛が起こることがあるが、この症状は投与を続ける間に起こらなくなる。

血漿中濃度:健康成人男子 (N=10) にニトログリセリン錠 (nitroglycerin 0.3mg含有) を1錠ずつ舌下投与後の血漿中濃度を測定した結果、投与後4分で最高値に到達し、以後二相性で消失した。

作用発現時間:1分、Tmax:5分、T1/2:2分、蛋白結合率:60%、排泄:80%が代謝を受けて尿中へ(24時間)。

毒性

許容濃度:0.05ppm、0.46mg/m3(それぞれ最大許容濃度)、ACGIH 0.05ppm(TWA)。 毒薬。極量:1日2mg(舌下)。急性経口毒性(LD50):マウス:500mg/kg・ラット105mg/kg。
中毒量:成人5mg・小児0.1mg/kg。内服では無効、口腔粘膜より吸収。
経口投与では、殆ど腸管粘膜や肝臓で分解される。大量経口摂取では持続時間が長く、最大効果発現時間1時間-1.5時間。
経皮吸収がある。ゴム手袋だけでは吸収を防御できない。皮膚に付着すると皮膚炎を起こす。血管を拡張し、頭痛、吐き気、顔面紅潮、ついで循環虚脱を生ずることがある。大量曝露は、意識を喪失する。
nitroglycerinはヘモグロビンのFe2+を還元し、治療量でもメトヘモグロビン血症を起こすことがある。10μg/kg・minの点滴静注で、メトヘモグロビン値12.7%になった症例、90μg/minで15分間点滴静注して16.5%になった症例、47μg/kg・hrで25時間点滴静注して28.2%になった症例等が報告されている。
*火薬頭痛:19世紀末にnitroglycerinを扱う火薬工場で、作業開始時に、血圧低下、眩暈、激しい拍動性頭痛、動悸が発現する症状。頭痛は頭部・顔面の熱感に始まり、拍動感が前頭部から後頭部、項部に及ぶ。

症状

亜硝酸又は硝酸基を持つ化合物は一般に平滑筋に直接作用してこれを弛緩し、特に末梢血管を拡張する。
末梢血管拡張による低血圧、徐脈。
循環器症状:動悸、血圧低下、チアノーゼ、ショック。
中枢・末梢神経症状:頭痛、眩暈、昏睡、呼吸麻痺。
消化器症状:悪心・嘔吐、食欲不振。
皮膚症状:紅潮、皮膚冷感。
その他:発汗、尿失禁、便失禁、失神等。

処置

皮膚に付いた場合:水及び石鹸を用いて流水で十分に洗浄する。
眼に入った場合:流水を用いて15分以上洗浄する。

一般的処置、対症療法(過度の血圧低下が起こった場合には、下肢の挙上あるいは昇圧剤の投与等、適切な処置を行う)。
大量摂取時methemoglobin血症の処置(1%-メチレンブルー溶液10mL静注・ビタミンC 500mg静注)。

?methemoglobin濃度が20%以上で組織低酸素による全身症状が存在する場合、又は無症状でもmethemoglob-in濃度が30%以上であればmethylene blueを投与する。

?G6PD(グルコース-6-リン酸脱水素酵素)やmethemog-lobin還元酵素欠損症がありmethemoglobinが無効な症例では高圧酸素療法や交換輸血を施行する。

体重50kgの実践投与量:1%-methemoglobin溶液5-10mL(50-100mg)を5分以上掛けて静注する

事例

「いや、大ちがいだ。ベラドンナではない。そんなことを考えるにしては、ぼくは毒物学をちょっとばかり心得すぎている。きみはわざわざニトログリセリンをのんだのだ。」リュウエリンの首は、はっとしたように、少し、後ろにはねあがった。

「どうして、それがわかった?」リュウリエンは、ほとんど唇をうごかさないできいた。

「ただ、推理によってだよ」とヴァンスは告げた。「ケーン医師は、きみが心臓が悪いので、ニトログリセリン錠を処方してやったと話した。きみは、たぶん、いつか、一錠くらいよけいに服用したのだろう。すると、頭が少しふらふらしてきた。それで、きみはニトログリセリンの作用を調べ、のみすぎると昏倒するかもしれないが、べつに永続的な害はないことを知った。そこで、きみは、うちに舞台をしかけておいて、ニトログリセリン錠を適当にのみ、見物人がわんさと見ている前で、一時的に、場面から姿を消した。もちろん、なんの中毒か確かめる方法はない。単なる虚脱病状だ。ぼくはケーンが、ニトログリセリン錠の話をしたとき、きみがやったのは、てっきりそれだと想像した」

「では、アメリアは?」

「同じことだ。アメリアの場合は、予期せぬできごとだっただけだ。きみは、妹さんに毒をのませるつもりはなかったのだ。きみの計画では、おかあさんが、ニトログリセリンを溶かしこんだ、水差しの水を飲むはずになっていた。それを、妹さんが、きみの計画をぶちこわしにしてしまったのだ」[井上 勇・訳(S.S.Van Dine):ヴァン・ダイン全集-カシノ殺人事件;創元推理文庫,2004]

備考

nitroglycerinは甚だしく安定の悪い化合物であり、水に難溶性の物質である。従って、水差しの水に溶かし込んでおいて等ということでは、薬効は全く発揮されないということで、Van Dineの期待するような現象は全く起こらなかったということになる。多分、Van Dineはnitroglycerinの物理・化学的性状について知らなかったか、あるいは知っていて無視したのか、その辺のことは解らないが、小説として読んでいる分には、別に違和感無しに読むことが出来たので、目くじらを立てる話ではないのかもしれない。

ところでnitroglycerinの過量摂取時に発現するmethemo-globin血症の治療薬である1%-methylene blue溶液は、医薬品として市販されていないため、使用する際には院内特殊製剤としての調製が必要である。但し、使用したとしても厚生労働大臣の承認が得られていない薬物であり、保険請求は出来ない。

*院内特殊製剤-1%-methylene blue注射液処方

methylene blue 1.0g

注射用蒸留水 全量100mL

調製法:methylene blue 1.0gを秤取し、注射用蒸留水に攪拌しながら溶解して全量100mLとする。メンブランフィルター(0.45μm)を用いて加圧ろ過し、10mLの褐色滅菌瓶に分注して、121℃-20分の高圧蒸気滅菌を行う。1瓶(10mL)単位で交付。

貯法:室温保存。有効期限:3カ月。

文献

1)ニトログリセリン舌下錠0.3mg「NK」添付文書, 2007年11月改訂

2)広川薬科学大辞典[第2版];株式会社廣川書店,1990

3)志田正二・代表編:化学辞典;森北出版株式会社,1999

4)西 勝英・監修:薬・毒物中毒救急マニュアル 改訂7版;医薬ジャーナル社,2005

5)山口徹・他総編集:今日の治療指針 50th;医学書院,2008

6)内藤裕史:中毒百科-事例・病態・治療-改訂第2版;南江堂,2001

7)相馬一亥・監修:イラスト&チャートで見る 急性中毒診療ハンドブック;医学書院,2005

8)日本病院薬剤師会・編:病院薬局製剤-特殊処方とその調製法;薬事日報社,1982

9)14303の化学商品;化学工業日報社,2003

調査者 古泉秀夫 分類 63.099. NIT 記入日 2008.2.17.