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狐の手袋の毒性

月曜日, 12月 10th, 2007
対 象物 キツネノテブクロ(狐の手袋)・ジギタリス。[英] Foxglove、Farycaps。
成 分 Digitalis purpurea Linneの葉は強心配糖体、サポニン、酵素などを含むが、有効成分の強心配糖体はdigitoxin、gitoxin、 gitaloxinで、これらは生薬調整中にpurpurea glucoside A、B、glucogitaloxinから生成したものである。gigoxinは含まれない。その他プレグナン配糖体(diginin、 purpuronin等)、ステロイドサポニン(F-gitonin、desgalactotigonin等)及びフラボノイド(luteolinとその配糖体)を含む。その他リピド、ステロイド、脂肪酸などを含む。
一般的性状 キ ツネノテブクロ属(ジギタリス属)、ごまのはぐさ科 (胡麻葉

草科)。 [学名]Digitalis purpurea Linne(Scrophulariaceae)。属名のままの名で手袋の指の意。西欧及び南欧原産。薬用として栽培する2年草又は多年性草本。有毒部:葉。 本品はジギタリスの葉を60℃以下で乾燥し、葉柄及び主脈を除いて細切したものである。本品は定量するとき、1gにつき8-15ジギタリス単位を含む。本 品は主としてジギタリス末製造原料とされる。本品は弱い臭いがあり、味は極めて苦い。
古くからヨーロッパの民間薬として知られていたが、1775年英国の医師William Witheringによって臨床実験が行われ、その重要性が認められ、以後『強心利尿薬』として各国薬局方に収載されるようになった。

毒性 本品の最も主要な作用は心筋に直接働いてその収縮力を増強させることである。これはジギタリス配糖体の筋線維膜Na+、K+-

ATPase 阻害作用に基づくNa+ポンプ抑制効果、細胞内Na+濃度が上昇し、Ca2+の流入を促進することによると考えられている。ジギトキシンは消化管から容易に吸収され、血中の大部分はアルブミンと結合し、腎臓の尿細管における再吸収も大きいので、排泄されにくく、蓄積作用を起こしやすい。
ジギタリス投薬中しばしば悪心・嘔吐が見られるが、これは吸収後における嘔吐中枢の刺激によるものであるとともに、胃粘膜に対する局所刺激からの反射作用によるものである。ジギタリスによる最も大きな副作用は不整脈で、期外収縮がよく見られることである。量が多すぎると頻脈が起こるが、この場合には心室振戦を起こすおそれがあるので、投与を中止する。
78歳の女性がコンフリーと間違えてジギタリスの葉3枚を油で炒めて食べた。4時間後から腹痛、嘔吐、下痢が発現し、翌日には著しい徐脈、低血圧となり、次の日心室細動で死亡した。

44歳の男性はジギタリスをコンフリーと間違え、葉を10枚程度採取、1978年10月4日にホウレン草と一緒にジュースにして約180mLを飲んだ。2時間後から吐き気が見られ入院、徐脈、複視、房室ブロックが認められた。脈拍は40/分となり、不整脈が著しく、10月8日に死亡した。
1986年5月11日、64歳の男性は、滋養強壮目的でコンフリーと間違えてジギタリス葉5枚をミキサーにかけジュースとして飲用した。2時間後嘔気、嘔吐、不整脈が発現、次第に周囲のものが黄色く二重に見える等の症状が見られた。幻覚、不穏、錯乱状態となり、心電図上房室ブロック、著しい洞性徐脈、頻発する心室性期外収縮が見られた。不整脈は12日間、不穏、錯乱は13日間、心電図異常は15日間、黄視症は18日間持続し、退院するまでに1ヵ月以上かかった。

69歳の女性がコンフリー葉と間違え、ジギタリス葉約10枚を胡麻和えにして食べたところ、2時間半後位に嘔吐、腹痛が起き、2日目意識混濁状態になり、3日目不整脈が著しく、急性心不全で死亡した。

症 状 嘔吐が80%に見られる。摂食後数時間で発現するが、中毒の重症度とは関係ないとされる。25%の症例で不安を伴う興奮が見られ、錯乱性の迷走、幻覚が現れ、てんかん様発作を見ることもある。頭痛、筋肉痛、脱力感も見られる。

心筋の種々の部位で障害が起こり、その部位が刺激伝導路上で、下方に位置するほど危険である。刺激伝導障害と自動能の障害が同時発生する場合が殆どである。死亡は65%が心室細動、25%が長時間の無収縮、10%が急性循環不全によるものである。高カリウム血症は重症度を示す重要な因子である。

過量投与時-徴候・症状:精神状態の変化,悪心・ 嘔吐,徐脈,視力障害,心ブロック,不整脈,低カリウム血症(慢性の過量投与時),高カリウム血症(急性の過量投与時)等があらわれる。

処置 対症療法:血清カリウム値が5.5mEq/L以上の高カリウム血症の場合、炭酸水素ナトリウム(1mEq/kg) の静注、又はグルコース

(0.5g/kg)+インスリン(0.1unit/kg)療法を用いて細胞内へのカリウム取り込みを促進するか、ポリスチレンスルホン酸ナトリウム(0.5g/kg)を経口投与して排泄を促進する。これらの手段で改善しない場合は、血液透析法を施行する。洞性徐脈や高度房室ブロック及び洞進出ブロックの際は、硫酸アトロピン(0.5-2.0mg)の静注が第一選択なる。心室頻拍、期外収縮、又は二段脈の際は、フェニトイン(5分毎に100mg又は1gを50mg/分以下の速度)や塩酸リドカイン(1.0mg/kgを静注後1-4mg/分静注)を投与する。また硫酸マグネシウム(2gを20分以上かけて静注後1-2g/時を静注)は血中のマグネシウム濃度が正常であってもジギタリス中毒の際の不整脈には有効である。急性ジギタリス中毒の際に致死性不整脈が生じ、抗不整脈薬に反応せず循環動態が保てない場合や心停止の際には経皮的心肺補助法(PCPS)を導入する。
吸収の阻害:摂食後1時間以内であれば胃洗浄を考 慮する。活性炭を投与する。
排泄の促進:分布容積が小さいが蛋白結合率が高い digitoxinでは血液透析法は無効であるが、血液潅流法は有効である。分布容積が小さく腸肝循環を受けるdigitoxinでは活性炭の繰返し投与 が非常に有効である。
ジギトキシン錠の添付文書では、次の通り記載されている
1.過量投与の管理では、併用薬剤による過量投与、相互作用の可能性、薬物動態等を考慮する。

2.連続心電図モニターを行う。digitoxinによる調律異常が疑われた場合には投与を中止する。
3.気道を確保し,換気と灌流を維持する。バイタルサイン、血液ガス、カリウムとdigitoxin濃度をモニターする。
4. 活性炭の投与で薬物の吸収を減らすことができる。
5. 徐脈や心ブロックにはアトロピンやペースメーカーを用いる。
6.過量投与時の強制利尿、腹膜透析、活性炭による血液吸着の有効性は確立されていない。

事 例 「ま さか、毒薬ではなかったんだろうな」戻ってきた時の長助の表情から推量して、東吾はいったのだったが、
「いや、毒にもなります。それもかなり強い毒です」
「薬にもなるんだろう」
「わたしの口癖を盗みましたね」
しかし、宗太郎の表情は笑っていなかった。
「あの薬の出所についてすぐ調べてください。死んだ年寄りの他に、あの薬を服用している者はいないか」
「なんなのだ、あれは……」
「持ち込んだのは、まず異人でしょうが、清国経由で入って来ることも考えられなくはありません」

自分は長崎でイギリス人の医者から聞いたことで、その折、実物も見ているのだが、と前おきして宗太郎は紙包みを開いた。黒茶色の粉末が子供の手のひとにぎ りほど入っている。
「むこうでは狐の手袋と呼ばれている植物で丈は三尺程度にも伸び花は紅紫色、葉は上面が濃い緑で、裏が白っぽい灰色、柔らかい毛のようなものが生えている そうです」
宗太郎の説明を、源三郎までが気味悪そうに聞いている。
「もともとは花がきれいなので、むこうの人は庭などに植えていたようですが、その葉に薬効があるのを、イギリスの医者が紹介した。今から六、七十年ほど前 のことだといいます」

「なんに効くのだ」と東吾。

「利尿剤ですね。腎臓が悪くなって尿の出がよろしくないような場合に用いるのですが、或る種の心臓の病にも効果がある。但し、連用は危険で、葉柄や葉の主 脈のような部分は用いてはならないといわれています」
「要するに使い方によっては死人が出るってことだな」
源三郎が立ち上がった。
「八文屋のおきみに訊いてみましょう」[平岩弓枝:御宿かわせみ31-江戸の精霊流し-亥の子まつり;文春文庫,2006.4.10.]

備考 今回は『狐の手袋』と呼称される『ジギタリス葉』を取り上げた。作者は日本の作家の中では、毒使いの上手い作家で、その作品毎に多種多様の毒物を見せてくれるが、各毒物の記述は正確である。なお、現在、国内ではジギタリス葉の主成分であるdigitoxinについては、合成されたdigitoxinの製剤が市販されており、それが専ら使用されているため、医療機関で係わるとすれば、市販製剤の過量投与あるいは誤用による事故ということになるが、巷ではコンフリー葉の誤用としてジギタリス葉が摂取されるという事例が報告されている。しかし、現在ではコンフリー葉の摂食は禁止されており、その意味では今後、誤用は減るのかも知れない。
文献 1)原色牧野日本植物図鑑 I;北隆館,2003
2)海老原昭夫:知っておきたい身近な薬草と毒草;薬事日報社,2003

3)第十四改正日本薬局方解説書;廣川書店,2001
4)内藤裕史:中毒百科-事例・病態・治療-;南江堂,2001
5)ジギトキシン錠(digitoxin)「シオノギ」0.025mg・0.1mg添付文書,2005.4.
6)相馬一核・監修:イラスト&チャートで見る急性中毒診療ハンドブック;医学書院,2005

調査者 古泉秀夫 記 入日 2006.8.6.