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苦汁(ニガリ)の毒性

金曜日, 11月 30th, 2007
対象物 にがり(bittern)
成分

ニガリ100g中
MgSO4(硫酸マグネシウム):5.2-8.8g
MgBr2(臭化マグネシウム):0.5-0.3g
MgCl2(塩化マグネシウム):10-23gKCl(塩化カリウム):2-3g
NaCl(塩化ナトリウム):0.1-10g
全塩類:27-34g。
微量成分としてCu、Zn、Pb、Al、Fe、Mn、Mo、Bなどが0.06-2.2mgL-1 の桁で存在する。

一般的性状

別名:苦汁、苦塩。
天然の苦汁は、海水を濃縮して食塩を晶出した後の苦味を持つ残液である。成分としてマグネシウム塩を多く含み、苦味を持つので苦汁の名前がある。製塩の副産物で、食塩1t当たり360-500Lのニガリが出来る。ニガリの組成は食塩を晶出させるときの温度(15-32℃)により著しく影響を受け、また晶出時の濃度、比重、貯蔵期間によっても異なるがマグネシウム塩、臭素、カリウム塩等の製造原料や豆腐製造の際の豆乳の凝固剤として用いられる。

硫酸マグネシウム(magnesium sulfate):局・食添収載。抗痙攣、寫下薬。無色-白色の結晶。水又はグリセリンに溶け易く、エタノールにはやや溶け難い。苦味、清涼味及び塩味。
内服で腸管から吸収され難く、腸管の水分吸収を阻害するため中毒、急性腸炎、駆虫薬内服後などに下剤として用いる。またテタニー、破傷風などの痙攣に皮下・静脈投与する。食品では、水硬化剤、醗酵助成剤などに用いる。少量のマグネシウムは普通胃腸管より吸収される。マグネシウムの腸管からの吸収率は20 -40%程度で、残りは糞便中に排泄される。吸収されたマグネシウムは速やかに血中に移行し、血清中では約80%がイオン形である。通常1回8g、1日 15g(緩下薬)。
臭化マグネシウム(magnesium bromide):潮解性で水に易溶。
塩化マグネシウム(magnesium chloride):食添収載。無色-白色結晶、塊、粒又は片。食品製造用剤として、豆腐の凝固剤、清酒製造時の無機塩の補給源、醗酵補助剤として用いられる。塩化マグネシウムを苦汁とする報告もある。
塩化カリウム(potassium chloride):局・食添収載。無色又は白色の結晶あるいは結晶性の粉末で、無臭、味は塩辛い。水に溶け易く、エタノールに殆ど溶けない。医薬品、工業原料、肥料に用いる。カリウム補給薬。カリウム欠乏に対しカリウムを補う目的で用いられる。リンゲル液の構成成分である。また利尿薬として用いられる。
食品では、調味料として各種食品その他家庭用塩味料、スポーツドリンクなどに使用される。
塩化ナトリウム(sodium chloride):食塩。局・食添収載。無色又は白色の結晶。味は塩辛く、水に溶ける。生体内に普遍的に存在する無機質で、主として細胞体外液にあって体液浸透圧維持の主体をなす。0.9%水溶液は温血動物体液と等張である。吸収:経口、直腸、皮下投与でも速やかに吸収。排泄:90-95%が尿中に排泄。

毒性

苦汁(bittern):天然苦汁について、総体としての毒性は報告されていない。配合成分は100を超えるとされているが、その詳細は不明のため、代表的
成分とされる成分の毒性について調査した。なお、magnesiumの過量は中枢抑制、心筋及び骨格筋の興奮伝導の障害を来し、昏睡に陥るとする報告がある。
硫酸マグネシウム(magnesium sulfate):急性毒性LD50(イヌ)静注・脊椎腔0.5-1.0g/kg。内服又は直腸内適用によって稀ではあるが中毒を惹起し、死に至ることもある。腎障害者の経口致死量:30g。過用量は嘔吐と腹痛を起こし、水様下痢を伴うことがある。
臭化マグネシウム(magnesium bromide):具体的な報告例なし。
塩化マグネシウム(magnesium chloride):大量に服用すると下痢を起こす。苦汁中に20-30%の本品が含まれている。
塩化カリウム(potassium chloride):急性毒性LD50(ラット)経口3.02g/kg、亜急性毒性(イヌ、経口1日5-10mmol/kg)異常なし。慢性毒性(ラット、経口2.5%KCl液)15-30日間投与で副腎皮質における進行性肥大や機能亢進を生ずる。
塩化ナトリウム(sodium chloride):ヒト推定致死量:0.5-5g/kg(1-3g/kg)。致死的ナトリウム血中濃度:185mEq/L以上。中毒症状発現量:0.5 -1g/kg(成人:30g=茶匙1.5-2杯)。中枢神経症状発現ナトリウム血中濃度:150-160mEq/L。

症状

硫酸マグネシウム(magnesium sulfate):硫酸マグネシウム約200gを摂取後、意識不明。体温低下、蒼白、うとうと状態で入院。浣腸による吸収例で、口渇、昏睡と呼吸麻痺を起こすことがあり、ついで弛緩麻痺、低血圧と呼吸麻痺が起こる。新生女児が硫酸マグネシウム50g/100mL水溶液浣腸、90分後に呼吸停止、2日後に死亡した例で、脳浮腫と多くの脳領域の出血性壊死が死後解剖で見られた。magnesium主症状:低血圧、不整脈、脱力、呼吸抑制。
臭化マグネシウム(magnesium bromide):具体的報告例なし。
塩化マグネシウム(magnesium chloride):magnesium主症状:低血圧、不整脈、脱力、呼吸抑制。
塩化カリウム(potassium chloride):通常、悪心、嘔吐、下痢、代謝性アシドーシス、心拍不整を起こす。消化管粘膜に対する局所作用は潰瘍形成、狭窄、穿孔などがある。一過性の心停止が見られる■塩化ナトリウム(sodium chloride):症状は数時間以内に発現。嘔吐、下痢、口渇、頭痛、発熱。呼吸器系(過呼吸。体内水分の貯留によって肺水腫を来たし、呼吸停止に至る)、循環器系(頻脈、低血圧、後に脳浮腫、末梢の浮腫を来す)、神経系(興奮、眩暈、痙攣、昏睡)、その他(尿細管壊死による腎障害)。

処置

硫酸マグネシウム(magnesium sulfate):人工呼吸、10%-グルコン酸カルシウム(10mL)を緩徐に静注。又は1%-塩化カルシウムを注意深く、緩徐に静注する。フィゾスチグミン2mgの皮下注射、保温、多量の液体を経口摂取させる。magnesium治療:心電図モニターし、10%-グルコン酸カルシウム0.2-0.5mL/kgを投与、血液透析が有効。
臭化マグネシウム(magnesium bromide):臭化マグネシウムに対する処置方法については不明。

塩化マグネシウム(magnesium chloride):magnesium治療:心電図モニターし、10%-グルコン酸カルシウム0.2-0.5mL/kgを投与、血液透析が有効。
塩化カリウム(potassium chloride):1時間以内に胃洗浄。重炭酸ナトリウムで代謝性アシドーシスの是正。グルコン酸カルシウムの静注で心停止の予防。デキストロースの点滴、腎機能低下には利尿剤あるいは透析。
塩化ナトリウム(sodium chloride):①催吐(摂取後30分-2時間以内は有効)、②12時間以内であれば、5%-dextrose静注による排泄促進。③血中のナトリウム濃度の上昇を防ぎ、痙攣、低血圧、ショック対策。活性炭には吸着しないので無効。小児には腹膜透析が有効。

事例

神奈川県相模湖町の知的障害者更生施設「県立津久井やまゆり園」(新井昌明園長)で、入所者の女性(56)が職員から誤ってにがりの原液を飲まされた後、意識不明の重体になっていることが29日、わかった。県によると、同園では便秘症状の改善のため、女性ににがりの原液を2.5%に薄めて毎朝飲ませていた。 26日午前6時ごろ、女性職員がにがり液を飲ませたところ、ぐったりとしたため病院に搬送したが、自発呼吸が止まり、意識不明となった。
女性職員が、冷蔵庫に入っていたにがりの原液と、水で薄めたにがり水を取り違えたらしい [読売新聞,45984号,2004.3.30.]。2.5%稀釈液と思い込み、40倍濃度の原液200ccを飲ませた。
[毎日新聞,2004.3.29.]。海水から作るにがりを誤飲。脳幹部梗塞の診断 [共同通信,2004.3.29.] 。
神奈川県相模原市相模湖町の知的障害者施設「県立津久井やまゆり園」で2004年、入所女性に誤って高濃度の「にがり原液」を飲ませて死亡させたとして、津久井署は20日、当時の女性職員を業務上過失致死の疑いで横浜地検に書類送検した。調べによると、職員は2004年3月26日、同施設で便秘解消のため、女性に「にがり希釈液」200mLを飲ませる際、誤ってほぼ同量の原液を飲ませ、高マグネシウム血症が原因の低酸素脳症で約1カ月後に死亡させた疑い。職員は冷蔵庫にあった原液を間違えて飲ませたという[読売新聞,第47038号, 2007.2.20.]。

備考

いわゆる『健康食品』を、個人の意志で購入して摂取することについて、第三者が異論を差し挟む筋合いはない。しかし、苦汁の場合は、含有する成分は医薬品として使用されているものであり、素人判断で第三者が飲用を勧めていたとすれば問題である。更に飲用の目的が便秘改善ということであれば、それは医療行為であり、医師の診断を得て、医師の処方に基づいて対応すべきである。苦汁については、テレビの娯楽健康番組が、苦汁痩身法などとにぎにぎしく取り上げているが、だからといって安全性が保証されているわけではないので、飲用に際しては注意が必要である。

文献

1)志田正二・代表編:化学辞典,森北出版株式会社,1999
2)薬科学大辞典 第2版;広川書店,1990
3)古泉秀夫・編著:健康食品Q&A;じほう,2003
4)鵜飼 卓・監修:第三版 急性中毒処置の手引き;薬業時報社,1999
5)白川 充・他共訳:薬物中毒必携;医歯薬出版株式会社,1989
6)山口 徹・総編集:今日の治療指針;医学書院,20047)大阪府病院薬剤師会・編:全訂医薬品要覧;薬業時報社,1984

調査者 古泉秀夫 記入日 2004.4.8.・2007.2.21.改訂

「はしりどころ(走野老)の毒性」

金曜日, 11月 30th, 2007

対象物 はしりどころ(走野老)
成分

硫酸アトロピン、臭化水素スコポラミンの原料とする。
ロート根は、毒性の強いトロパンアルカロイド約0.2%を含み、その主成分はヒヨスチアミン(hyoscyamine)、アトロピン(atropine)で、その他ノルヒヨスチアミン、ノルアトロピン、スコポラミン(scopolamine)などが含まれている。

一般的性状

Scopolia japonica Maxim.ナス科(Solanaceae)はしりどころ属の多年草。葉は互生、長楕円形で全辺。早春、葉先に紫褐色鐘状の花を単生する。各地の林下・渓側の半陰地に生じ、全草有毒。根茎をロート根、葉をロート葉といい、鎮痛薬とする。本州、四国、九州に分布する。

薬用部分:根茎と根[莨宕根<ロウトウコン>、ロートコン(局)]。                 

薬効と薬理:ロート根は局方に収載されており、ロートエキス又は硫酸アはしりどころトロピンの原料になる。ロートエキスは消化液分泌抑制、鎮痙作用があり、胃酸過多、胃痛、胃・十二指腸潰瘍などに内服される。

別名:オキメグサ、ユキワリソウ、 莨宕(漢名)

ハシリドコロは全草、特に根茎に有毒成分が多く、誤って食べると興奮、狂躁状態を引き起こし、 遂に昏睡して死に至る。ただし、植物中のalkaloid含量は、生育条件や時期によって異なるので、摂取量と症状を関連付けることは難しい。

毒性

根茎にl-ヒヨスチアミンを主とするアルカロイド約0.3%、葉に約0.15-0.4%含有する(ヒヨスチアミンのラセミ体がアトロピンで、アトロピンの抗ムスカリン作用はl-ヒヨスチアミンの約50%である)。スコポラミン:経口中毒量 3-5mg、アトロピン:経口推定致死量 小児:10-20mg、成人:約100mg。マウス(経口)LD50:548mg/kgただし、小児では10mg以下の致死例もあり、成人では1gの服用でも回復例あり。

ハシリドコロの全草のアトロピン含有量は1.58mg、スコポラミンは0.33mgで推定摂取量9.6mg(5株)では口渇、まぶしがり、顔面紅潮、幻覚、意識障害、推定摂取量2.9mg(1.5株)では口渇、まぶしがり、顔面紅潮、推定摂取量1.9mg(葉1枚)では口渇。ネオスチグミンを投与したところ6時間後に、幻覚症状、意識レベルは改善した。

症状

経口:30分程度で口渇が発現し、体のふらつき、嘔気、倦怠感、眠気、散瞳、遠近調節力や対光反射の消失(羞明感や眼のちらつき)。発汗が抑制され、皮膚が乾燥し、熱感を持つ。特に小児の場合には、顔面、首、上半身の皮膚の紅潮を見る。また体温が上昇する。やがて興奮が始まり、痙攣、錯乱、幻覚、活動亢進などが見られる。重篤な場合には、昏睡から死に至る。血圧上昇、頻脈が見られるが、末期には血圧低下、呼吸麻痺を来す。

眼:ハシリドコロに触れた手で眼をこすると、瞳孔が開き、眩しくて眼が開けられなくなるときがある。

処置

分布容量が強く、肝による代謝と尿への排泄が速いため、血液透析や腹膜灌流は有効ではない。
基本的措置:消化管の蠕動が抑制されるため、摂取後24時間以内であれば、催吐、胃洗浄、活性炭と下剤の投与。
拮抗剤:フィゾスチグミン(国内未発売-院内製剤)2mgを緩徐に静注。必要であれば20分程度経過後に1-2mg追加。小児では0.5mgを使う。
対症療法:膀胱の弛緩性麻痺が起こるため、尿閉となり、しばしば導尿の必要がある。
硫酸アトロピン:皮膚、粘膜、腸管から速やかに吸収されるが、胃からは吸収されない。Tmax:1時間、T1/2:13-38時間、蛋白結合率:50%、排泄:尿中85-90%/24時間。

事例

「これは大久保様、よいところに………」
吉川夫婦から責められて困っていたといった。
「森山家の奥方が、はしりどころの毒に当たったと、手前が申したのを撤回せよと申されるのです。」
おいまが金切り声を上げた。
「わたしが持って参りましたのは、蕗の薹でございます。はしりどころなどではございません」
新八郎が、その場にそぐわない、のどかな調子で訊いた。
「はしりどころ、とは、なんです」[平岩弓枝:はやぶさ新八御用帳(六)春月の雛-冬の蛙;講談社文庫,1997]

備考 山菜と間違えて誤食し、中毒症状が出た場合、走り回るということではしりどころの名前が付いているようであるが、国語辞典で引いた所、はしりどころとする見出し語は見当たらなかったが [三省堂・新解明国語事典第五版、新潮現代国語辞典第二版]、引き方が悪いのか国語辞典に収載するほどの言葉ではないのか。はしりどころの漢名の莨宕(宕は草冠)については、『1826年(文政9年)に土生玄碩(ハブゲンセキ)が、将軍家から拝領した葵の紋服と引き替えにシーボルトから教えてもらった開腫薬がこれだったというのは有名な話し』とされているが、莨宕でも国語辞典では検索できなかった。世間一般に知られているが、辞典には拾い上げられていないという言葉は幾らでもあるのだろうが、毒草としてよく知られている植物だと思っていただけに以外。
文献

1)薬科学大辞典 第2版;広川書店,1990
2)大塚恭男:東西生薬考;創元社,1993
3)松本 黎:毒草の誘惑;講談社,1997
4)三橋 博・監修:原色牧野和漢薬草大図鑑;北隆館,1988
5)鵜飼 卓・監修:第三版 急性中毒処置の手引き;薬業時報社,1999
6)西 勝英・監修:薬・薬物中毒救急マニュアル改訂6版;医薬ジャーナル社,2001
7)内藤裕史:中毒百科 改訂第2版;南江堂,2001

調査者 古泉秀夫 記入日 2004.8.28.

「バリウムの毒性」

金曜日, 11月 30th, 2007
対象

バリウム (Valium) [米・Hofmann-La Roche社]。Valiumの名称は米国、英国、仏蘭西、加奈陀、伊太利亜等における商品名である。
成分 ジアゼパム(diazepam)、 [英]diazepam、[仏]diazépam

本品は乾燥したものは定量するとき、ジアゼパム(C16H13ClN2O)98.0%以上を含む。分子量:284.74。性状:本品は白色-淡黄色の結晶性の粉末で、臭いはなく、味は僅かに苦い。本品はアセトンに溶け易く、無水酢酸又はエタノール(95)に溶け難く、水に殆ど溶けない。本品1gはクロロホルム10mL、無水酢酸20mL、エタノール30mL及びエーテル100mLにそれぞれ溶ける。融点:130-134℃。保存条件:遮光保存。容器:気密容器。本質:抗不安薬、抗てんかん薬(benzodiazepine系)。来歴:本品は1960年Hofmann-La Roche社において合成されたbenzodiazepine系抗不安薬である。動態・代謝:bioavailability(生物学的利用率)は100%に近い。成人14例に坐薬10mgを直腸内投与したとき、1.2時間後に320μg/mLの最高血清中濃度に達する。消失半減期は35時間であった。小児6例に0.5mg/kgを1回直腸内投与したとき、1.5時間後に379μg/mLの最高血清中濃度に達し、消失半減期は33時間であった。▼分布容積:1.1L/kg▼血中濃度半減期:43時間▼蛋白結合率:98.7%(但し、腎疾患・肝疾患患者、新生児では蛋白結合率は低下する。)▼胎盤関門:良好に通過し、速やかに母体と胎児間は平衡状態となる(母体/胎児比:0.84)。▼母乳移行性:母体血漿中濃度の約1/3-1/10が移行する。

排泄:投与後ヒトでは一部速やかに排泄されるが、残りは徐々に排泄され、且つ代謝物の70%は尿中に排泄される。代謝物の10%はN-脱メチル体(デスメチルジアゼパム)、10%は3-OH体(オキサゼパム)、また33%はオキサゼパムグルクロニドとして排泄される。

薬効・薬理:benzodiazepine系薬物に共通な薬効を示す。長時間型benzodiazepine系抗不安薬に分類される。benzodiazepine系薬物の中では、中程度の抗不安作用、鎮静・催眠作用、抗痙攣作用、筋弛緩作用を示す。臨床では主に抗不安、抗痙攣を目的として用いられる。

副作用:benzodiazepine系薬物に共通の副作用を発現する。大量連用:薬物依存、精神分裂病等に投与(刺激興奮、錯乱発現)、慢性気管支炎等呼吸器疾患(呼吸抑制発現)、眠気・ふらつき、眩暈、歩行失調、頭痛、失禁、言語障害、興奮。振戦、霧視、複視、多幸感等の精神神経症状。黄疸。顆粒球減少、白血球減少。頻脈、血圧低下、悪心・嘔吐、食欲不振、便秘、口渇、下痢、流涎。発疹等の過敏症状。

適用:神経症における不安・緊張・抑鬱、うつ病における不安・緊張。脳脊髄疾患に伴う筋痙攣や疼痛における筋緊張の軽減。各種疾患(慢性リウマチ疾患、高血圧症、動脈硬化症、自律神経失調症、肺結核、癌、甲状腺機能亢進症、不随意運動症、腰痛症、頸肩腕症候群、眼精疲労、更年期障害、月経困難症、月経前緊張症、頭部外傷後遺症、脳炎後遺症、アルコール中毒、幽門痙攣症、神経性嘔吐、周期性嘔吐、神経性頻尿、胃・十二指腸潰瘍)における不安・緊張・抑鬱及び筋緊張の軽減。麻酔前投薬。

投与量:抗不安(成人1回2-5mg、1日2-4回経口投与。外来患者は原則として1日量15mg以内。)。抗痙攣(成人1回2-10mg、1日3-4回経口投与。小児1日(3歳以下1-5mg、4-12歳2-10mg 分1-3に分割経口投与)。注射薬を用いる場合、初回10mgを筋肉内又は静脈内に緩徐に注射。以後必要に応じて3-4時間毎に注射。急性狭隅角緑内障、重症筋無力症は禁忌。

毒性 LD50(mg/kg)
マウス (経口)720mg・ (皮下注)>800・(腹腔内)220
ラット (経口)1,240
イ ヌ (経口)1,000
ヒト経口最小中毒量:143μg/kg。
自殺企図での大量服用例は多いが、安全域が広いので、死亡することは少ない。成人例で本剤2gを摂取した例では、軽度の呼吸抑制により2日間の入院で回復例がある。ヒトでの推定致死量は、0.05-0.5g/kgである。
米国における死刑の際に『致死注射』として本剤が使用されると記載されているが、本剤単独使用による刑死は困難であると考えられる。手術時に麻酔前投薬として使用されるのと同様に、死刑前投薬として使用され、更に塩化カリウム注あるいは筋弛緩剤の注射がされるものと考えられる。あるいは両剤が併用されることも考えられる。
症状 嘔気、嘔吐、傾眠、昏睡、反射消失、痙攣、錯乱、筋力低下、呼吸抑制、低血圧、頻脈、口渇、排尿困難、軽度白血球増多、好酸球増多、肝障害。
常用者では中毒症状がで難く、出ても軽度であるとされている。小児では治療量でも運動失調、傾眠、不明瞭言語などの症状。9歳児2.5mg摂取で運動失調が24時間継続し、幻覚が3時間継続した例報告。
*会社資料中に見られる『過量投与時の症状及び処置方法(USP DI 1997年版)』
症状:持続性の錯乱、重症の眠気、動揺、持続性の不明瞭な発音、よろめき、異常に遅い心拍・息切れ・呼吸障害、重症の脱力感。
処置 無症状でも6-8時間は観察。▼催吐、胃洗浄、吸着剤と下剤の投与。▼拮抗剤フルマゼニルの投与:初回0.2mgを緩徐に静注。投与後4分以内に望まれる覚醒状態が得られない場合は、更に0.1mgを追加投与。適宜増減(本剤の使用に際しては添付文書参照)。▼呼吸管理、循環管理。強制利尿、血液透析は無効。▼蛋白結合率が高く、分布容量も大きいので血液透析は無効。会社資料中に見られる『過量投与時の症状及び処置方法(USP DI 1997年版)』患者に意識があるときは機械的に、又は催吐剤を用いて嘔吐される。また、活性炭を経口投与してもよい。意識がない場合は胃洗浄を行う。▼呼吸、脈拍、血圧を計測すべきである。利尿を促進させると同時に気道確保を適切に行う。呼吸抑制があれば、酸素を投与すべきである。低血圧に対しては、必要があればドパミン、ノルエピネフリン、メタラミノール等の昇圧剤を投与する。フルマゼニルは今利用できるbenzodiazepine系の受容体拮抗薬である。▼例え興奮した場合でもバルビツール酸類は用いるべきではない。興奮状態を一層募らせると同時に、中枢神経抑制状態を延長させるか、それともどちらか一方の作用を示すことがある。a.催吐:中毒量以上の毒物を摂取して1時間以内の意識正常患者に実施する。家庭内で発生する低毒性物質の少量誤飲例に催吐の対応はない。b.胃洗浄:毒物を経口的に摂取して1時間以内で、大量服毒の疑いがあるか、毒性の高い物質を摂取した症例に実施する。▼処方例▼微温湯:1回200-300mL(小児では生理食塩水10mL/kg)を注入し、排液が透明になるまで繰り返す。c.活性炭・下剤投与:活性炭投与も薬毒物の摂取後1時間以内が有効である。ただし、次の特徴を有する薬毒物では、24-48時間にわたり、2-6時間毎に繰返し投与する方法が推奨されている。▼①分布容量(Vd)が小さい。▼②蛋白結合率の低い物質。▼③脂溶性。▼④血中でイオン化していない。▼⑤腸肝循環する(若しくは腸溶錠=徐放剤)▼処方例▼活性炭 50gを微温湯300-500mL(小児では1g/kgの活性炭を生理食塩水10-20mL)に溶解し、服用させる。その後半量を3時間毎に24時間まで繰り返して投与する。下剤としてD-ソルビトール液(75%) 2mL/kgを投与し、6時間後に排便がなければ、半量を繰返し使用。

d.強制利尿:全ての急性中毒症例で、その程度は様々であるが、何等かの強制利尿が実施されている。しかし、適切な体液・循環管理がされている限り、強制利尿の適応となる物質は限られている。また最近では腎障害の増強が問題視され、酸性利尿は原則として推奨されていない。

事例 「アメリカの法律を説明しましょう」ホールデンがいった。「もし実際に誰かを雇って誰かを殺させたのなら、引き金を引いたものと同じ罪になる。依頼殺人は第一級殺人罪で、刑は致死注射による死刑です。ここではバリウムを使います。大量のバリウムを投与し、心臓を止める。殺人の共同謀議もA級の重罪です。もしあなたが、そのどちらか、もしくは、両方をやったのなら………」「やってません」「私はただ、あなたは大変悪い立場にいるといおうとしただけです。もしそういうことをやったのならですが。しかしあなたはやっていないとおっしゃる」「そのとおりです」「ところで、イギリス人であってもそのことは言い訳になりませんぞ。免責特権は与えられません」 [山本博・訳(エド・マクベイン):87分署シリーズ-ラスト・ダンス;早川書房,2000]
備考 “バリウム”といわれると、直ぐに思いつくのが胃の透しをするときに呑まされる硫酸バリウムであるが、硫酸バリウムを注射して血管の目詰まりを起こさせるというのは如何に死刑でも乱暴すぎる。また、同じ小説の前半部分に“ロヒプノール”の説明が出てくるが、『30分で気を失ってしまっただろう。バリウムより10倍も強いらしい。味も臭いもない。本当に聞いたことはないのか?』を見ると、硫酸バリウムではなく他のもののようである。そこで思いついたのが、ロヒプノールが商品名であるならバリウムも商品名ではないかということである。商品名ということであれば、以前調査したときにジアゼパムの海外での商品名として“バリウム”が引っかかった記憶があったため、Internetで検索したところ、東奥日報2005年10月1日(土)として共同通信社の配信記事が見られた。『レオ・スターンバック(L.Sternbach)氏(精神安定剤ジアゼパム開発者)米紙ワシントン・ポストによると9月28日、ノースカロライナ州の自宅で死去、97歳。1908年、オーストリア・ハンガリー二重帝国(当時)生まれ。スイスの製薬企業ロシュ社の研究者だった41年、同社のユダヤ人研究者全員が欧州を離れた際、米国へと逃れた。 59年にジアゼパムを開発、同社が「バリウム」の商品名で販売した。既存の薬より少ない用量で多くの症状に効果がみられたことから、米国では70年代に爆発的に売れ、有名人も多数服用するなど、社会現象の一つになった(ワシントン共同)』。いずれにしろEd McBAINが死んだことで、永年愛読してきた87分署シリーズの未翻訳の作品は残り僅かということだろうか。87分署シリーズの第一作『警官嫌い』を読みたくて探し歩いたことが今では懐かしい。
文献 1)第十四改正日本薬局方解説書;廣川書店,2001
2)山口徹・他総編:今日の治療指針;医学書院,2005
3)セルシン錠IF,1997.7.改訂
4)鵜飼 卓・監修:第三版 急性中毒処置の手引き;薬業時報社,1999
調査者 古泉秀夫 記入日 2005.11.3.