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「マンドロガの毒性」

木曜日, 11月 29th, 2007
対象物 マンドロガ。マンドラゴラ(mandragora)・マンドラケ(mandrake)。
成分

この植物の根にはソラヌムアルカロイド(ナス科アルカロイド:solanumalkaloid)の1種、マンドラゴリンが含まれている。
ナス科植物であるマンドレーク(mandrake)には、トロパンアルカロイド(tropane alkaloid)として、主にヒヨスチアミン(hyoscyamin)とヒヨスチン(hyoscine=scopolamine)が含まれるが、現在では殆ど使用されていない。

一般的性状

マンドラゴラ(マンドレイク、マンダラケ)。

ナス科コイナス属。学名:Mandragora officinarun L.。[英]mandrake、Loveapple。mandragora、european mandrake。[独]Mandragora。[仏]mandragore。[ラ]Mandragora officinarum。

ナス科(Solanaceae)マンドラゴラ属の有毒植物である。ヨーロッパの地中海沿岸地方に分布し、昔は貴重薬として栽培された多年草。薬用部分:根。昔は分岐した太い根を調製し、人形に作った。

成 分:根にはalkaloidのatropine、apoatropine、scopolamine、hyoscyamin、ベラドニン(belladonine)、cuscohygrineなどと脂肪油を含む。種子には22.1%の蛋白質と、22.6%の脂肪分を含む。

薬効・薬理:mandragoraの作用は主としてalkaloidに由来するもので鎮痛、鎮静、瞳孔散大、瀉下などの作用がある。mandragoraは解熱、鎮痛、催吐、幻覚、寫下薬として使用されたが、毒性が激しいため現在では薬用に使用されることはほとんどない。その他:mandragoraは古くから催淫薬、催眠薬として知られており、旧約聖書の創世記にも“恋なすび”の名称で収載されている。ギリシャ、ローマでは手術時の麻酔薬として使用し、またリウマチや吐き気にも用いられた。中世の暗黒時代には幻覚を生ずる薬草として魔法の儀式に乱用された。中近東では長い間、不妊の女性が妊娠を望んで家の軒にmandragoraの根をつるしたとされる。

European mandrakeは催眠薬、万能薬、媚薬として複雑な歴史を持つ。mandrake採集には、mandrakeを地面から抜くと、聞こえてくるこの世のものとは思えない叫び声のため、採集者が発狂する。またその根を引き抜くには、まず肉を投げ、飢えた犬をおびき寄せ、この犬を根に結びつけて引き抜かせればよいというような民話や迷信が存在する。根塊が二股に分かれていることが多く、漠然と男、あるいは女に例えられている。ものの形状はその特性を表すとする中世の解説書では、催淫薬としての効果が取り上げられているが、薬学的には催淫薬としての効果より鎮痛薬としての効果の方が高いと考えられる。古典的には魔女の催淫剤などの伝説が語られている。

マンドラゴラ・オータムナリス

(Mandragora autumnalis Bertol )。mandragoraは英語ではマンドレーク(mandrake:強い男)ともいい、日本では「恋茄子(恋なすび)」ともよばれる。一般に薬用のmandragoraは、Mandragora officinalisであるが、非常によく似た別種のMandragora autumnalisもある。花の色がより濃い紫色であることから black mandrakeとも呼ばれている。また、M. officinalisは春に花を咲かせるのでspring mandrake、M. autumnalisは秋から冬に花を咲かせるのでautumn mandrakeと呼ばれることもある。さらに、園芸家の間では、mandragoraには男と女があるという伝説に因みM.autumnalisはウーマンドレーク(womandrake:強い女)と呼ばれている。M.autumnalisは、緑のロゼットの中心に紫色の釣鐘形をした美しい花を多数咲かせる。東部地中海地域原産の多年草で、M.officinalisと同様にatropine、scopolamine、hyoscyaminなどのtropane alkaloidを含み有毒植物である。

毒性

*atropine
経口推定致死
小児:10-20mg、成人:約100mg。ただし、小児では10mg以下の致死例もあり、成人では1g服用でも回復例がある。
吸収:皮膚、粘膜、腸管から速やかに吸収し、胃からは吸収しない。
分布:血中から速やかに消失し、体内に分布する。蛋白結合率:50%、分布容量:2.3L/kg。
排泄:8時間で80%、24時間で94%が尿中へ排泄される。30-50%が未変化体で、2%以下が肝臓で代謝される。
中毒学的薬理作用:アセチルコリンに対する競合的拮抗作用による副交感神経遮断作用と中枢神経系への初期の軽い抑制、引き続く刺激作用が見られる。
*scopolamine
経口中毒量:3-5mg

症状

経口:30分程度で口渇が現れ、体のふらつき、嘔気、倦怠感、眠気。

▼散瞳、遠近調節力や対光反射の消失(羞明感や眼のちらつき)

▼発汗が抑制され、皮膚が乾燥し、熱感を持つ。特に小児の場合には、顔面、首、上半身に皮膚の紅潮を見る。また体温が上昇する。やがて興奮が始まり、痙攣、錯乱、幻覚、活動亢進などが見られる。重篤な場合には昏睡から死に至る。

▼血圧上昇、頻脈が見られるが、末期には血圧低下、呼吸麻痺を来す。

処置

発熱には強力な低体温療法。水、電解質の補正。

腸蠕動麻痺にはネオスチグミン0.5-1.0mg皮下又は筋注。

血液交換や血液吸着は血中アトロピン除去に有効である。neostigmine methylsulfate 0.5mg/mL・2mg/4mL [ワゴスチグミン注(塩野義)]。その他「消化管の蠕動運動が抑制されるため、摂取後24時間以内であれば、催吐、胃洗浄、活性炭と下剤の投与」とする報告も見られる。*活性炭 50gを微温湯300-500mL(小児では1g/kgの活性炭を生理食塩水10-20mL)に溶解し、坐位で服用。その後半量を3時間毎に24時間まで繰り返し投与。下剤としてD-ソルビトール液(75%)2mL/kgを投与し、6時間後に排便がなければ半量を繰り返し使用(保険適用外)。

事例

重蔵は上の二つを閉じ、いちばん下の入れ子を示した。ざらめのような、大粒の粉薬がいっている。
「これはなんだ」
「頭痛、歯痛など、いろいろな痛みを抑える薬でございます」
「なんという薬か、存じておるか」
「いえ、名前は存じませぬ」
重蔵はじっともよを見つめてから、おもむろに言った。
「これはイスパニア渡来の、マンドロガという秘薬だ。いささか、不都合な薬効があるため、お上のご禁制品に指定されておる。つまり、市中に出回るはずのない薬、ということだ。それを、なぜその方が所持いたしておるのか、ありていに申してみよ」 [逢坂 剛:重蔵始末-猫首;講談社文庫,2004]。

備考

小説に出てくる『マンドロガ』は、ロシアの田舎町の名前として検索できるが、薬物としては検索できなかった。しかし、文中に書かれている『マンドロガ』の作用は、明らかに『マンドラゴラ』を意識したものであると推定した。『マンドラゴラ』は種々の物語に取り上げられているが、実像よりは誇張された虚像の方がよく知られている植物だといえる。最大の虚像は引き抜く時に叫び声を上げるというものであるが、ある意味では毒草としての『マンドラゴラ』を無闇に使用しないようにという、規制目的での誇張的話だったのかも知れない。『マンドラゴラ』の使用は、人類の歴史的には相当古くから使用されていたということのようであるが、本来の薬理作用とは異なった使用法であり、効果は得られなかったのではないかと思われる。なお、小説では毒殺目的で使用したわけではなく、主人公の蘊蓄を知らしめるために出してきたような気がするが、物語の展開上は重要な小道具であるといえる。

文献

1)薬科学大辞典 第2版;広川書店,1990
2)舟山信次:図解雑学 毒の科学;ナツメ社,2004
3)奥本裕昭・訳:イギリス植物民俗事典;八坂書房,2001
4)海老塚豊・監訳:医薬品天然物化学 原書第2版;南江堂,2004
5)http://www.nippon-shinyaku.co.jp/ns07/ns07_01/index.html ,2005.2.10.
6)三橋 博・監修:原色牧野和漢薬草大図鑑;北隆館,1988
7)鵜飼 卓・監修:第三版 急性中毒処置の手引き;薬業時報社,1999
8)山口 徹・総編集:今日の治療指針;医学書院,2005
9)高久史麿・他監修:治療薬マニュアル;医学書院,2004

調査者 古泉秀夫 記入日 2005. 2.11.