Archive for 11月 27th, 2013

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『開発中のマラリアワクチンについて』

水曜日, 11月 27th, 2013

 

KW:薬名検索・ワクチン・マラリアワクチン・vaccine・SE36・BK-SE36・RTS,S/AS01・RTS,S・PfSPZ

Q:マラリアワクチンについて

A:現在マラリアワクチンは市販されておらず、臨床治験段階あるいは初期開発段階である。

SE36(阪大微研):動物実験や疫学調査の結果から、SERA抗原のN-末端ドメインが極めて有望なvaccine候補抗原であることが示された。(財)阪大微生物病研究会は、SERA抗原のN-末端ドメインを若干改変した組換えSE36蛋白質を大腸菌で発現させたSE36マラリアワクチンの臨床治験製剤を生産した。本品を用いたリスザルによる試験において、抗体価が十分に上昇したリスザルでは、対照群のリスザルに比べて80%程度の原虫抑制効果が認められた。2006年国内において、ヒトに対する安全性を調べる第I相臨床試験が終了した。その結果は、安全性とともにワクチン接種者で100%の抗体陽転が認められた。本プロジェクトはWHO-TDR(世界保健機関熱帯病研究特別プロジェクト)とで進められている。

大阪大学微生物病研究所の堀井俊宏教授らの研究グループは、SE36がアフリカのウガンダ共和国で約72%の発症防御効果があったことを確認した。従来のワクチンの防御効果は30%程度だった。効果があるワクチンがないマラリアの発症対策で、死亡者の減少につながると期待される。

BK-SE36(阪大微研):堀井教授らは阪大微生物病研究会観音寺研究所(香川県観音寺市)で製造した「BK-SE36マラリアワクチン」の第I相臨床試験をウガンダで実施。6-20歳の若年層66人にワクチンを接種し、1年間、健康状態と血中原虫率を観察したところ、同数の接種しなかったヒトと比較して、72%の防御効果を確認できたという。ワクチンは遺伝子組み換えで作製し、SE36蛋白質と水酸化アルミニウムゲルを混合した。マラリア原虫が赤血球を食い破って侵入するのを防ぎ、抗体があれば増殖を抑える効果がある。

RTS,S/AS01又はRTS,S(英・GSK):開発中のマラリアワクチン。大規模臨床第III相試験から、本vaccineを接種した乳幼児で、接種後18ヵ月間にわたってマラリアの発症を予防し続けていることが示された。この結果に基づき、来年にも欧州医薬品庁に薬事申請する。18ヵ月以上の追跡期間中本品を接種した幼児(1回目の接種:生後5-17ヵ月)でマラリアの発症はほぼ半減。乳児(1回目の接種:生後6-12週)での発症が約1/4に減少した。

PfSPZ(米Maryland・Sanaria):米国立衛生研究所(NIH)などの研究チームは、蚊が媒介するマラリア予防vaccineの臨床試験で画期的な成果が出たと発表した。臨床試験では被験者数十人に、2011年10月から12年10月にかけてvaccineを数回にわたって静脈内投与した。その結果、vaccineを5回投与した6人は全員が、マラリアの原因となる寄生原虫の熱帯熱マラリア原虫にさらされても発症しなかったという。研究チームはこの結果について、マラリアワクチンの臨床試験として初めて100%の確率で感染を予防することに成功したとしている。一方、vaccine投与が4回だった9人の中では3人が発症した。vaccineを投与しなかった被験者は12人中11人が発症したという。

ワクチンは米製薬会社のサナリアが開発したもので、熱帯熱マラリア原虫に放射線を照射し、凍結させて製造した。臨床試験はNIHや米陸軍、海軍などの研究機関が実施。特許はサナリアが保有している。

この新vaccineは、製薬会社サナリア(Sanaria)が製造した実験用vaccine「PfSPZ」。蚊の唾液腺から採取した生きたマラリア原虫を使用している。

1)堀井俊宏(大阪大学微生物病研究所):IASR,28(1)10-12:January,2007
2)日刊工業新聞,2013.5.30.
3)日刊薬業,2013.10.24.
4)N.Engl. J. Med; 367 : 2284 - 95(2012)

      [011.1MAL.2013.10.28.古泉秀夫]

「シャーガス病(Chagas’ disease)について」

水曜日, 11月 27th, 2013

 

KW:感染防御・感染症・シャーガス病・Chagas’ disease・Trypanosoma cruzi・アメリカトリパノソーマ症・American trypanosomiasis・原虫性人獣共通感染症・クルーズトリパノソーマ・サシガメ

Q:シャーガス病について

A:シャーガス病(Chagas’ disease)とは、中南米に広く分布するクルーズトリパノソーマ(Trypanosoma cruzi)の感染によって惹起される疾患で、アメリカトリパノソーマ症(American trypanosomiasis) とも呼ばれる。但し、アフリカトリパノソーマ症とは病原体も病像も媒介昆虫も全く異なると報告されている。原虫性人獣共通感染症。

1985年の報告ではラテンアメリカで毎年80万人の新患者が発生し、2,000万人以上が既に感染しているという。日系南米移住者も昔から悩まされた疾患であるとする報告が見られる。ブラジル、アルゼンチン北部を中心に南米の大部分と、中米及び北米のテキサスまで患者が存在する。原虫保有のサシガメや保虫宿主は更に北米中央部まで広範囲に分布している。
T.cruziは血流中では長さ20µmほどのC字型をした紡錘形でアフリカ型のトリパノソーマと同様の形態をしているが、この錐鞭毛型(トリポマスチゴート)で増殖することはない。虫体は網内系細胞や各種組織細胞内に侵入すると鞭毛や波動膜は消失し、直径1.5-4µmの球形あるいは卵形の無鞭毛型(アマスチゴート)となり、宿主細胞が破壊されるまでこの型で二分裂によって増殖する。宿主細胞の破壊によって遊出した虫体は細長くなり、鞭毛を持った前鞭毛型(プロマスチゴート)、波動膜を持った後鞭毛型(エピマスチゴート)を経て錐鞭毛型となり、再び各種細胞に侵入して増殖を繰り返す。末梢血中に見られるのは錐鞭毛型だけである。これが媒介昆虫であるサシガメに吸血されると、その消化管内で増殖して糞の中に感染型の錐鞭毛型が出てくる。

サシガメ診断は血液、組織から原虫を証明するか、血清反応による。末梢血中に錐鞭毛型の虫体が出現するのは急性期の発熱時か慢性期の再燃による発熱時に限られるし、出現虫体数も少ないことに留意しなければならない。

棲息部位:半翅目に属する大型の吸血昆虫のサシガメ(Triatoma dimidiata)に由来する。サシガメは南京虫と近縁の昆虫で、体長は2-3cmにも達する。サシガメは雌雄、あるいは発育期の齢を問わず全てが吸血し病気を媒介する。ヒト以外にイヌ、ネコ、ブタ、モルモット及びネズミ類等が上げられる。他にヤギ、ウシ、ウマ等の他オポッサム、アルマジロ、アリクイ等が保虫宿主となる。

病原性:症状は発熱、片側性の眼瞼浮腫、リンパ腺炎等で始まる。患者の年齢、原虫株による地理的・生物学的性状の違い、侵襲される組織、器官の違いなどによって様々であり、急性型、慢性型、心臓型、神経型などに分けられる。
潜伏期:1-2週間。
小児では急性発症することが多い。感染初期に心筋炎で死亡することもある。成人では急性期に自覚症状があることは稀であり、多くは慢性期に移行して心筋障害、巨大結腸症、巨大食道症等の重篤な経過をたどる。虫体は最初は侵入局所で増殖するため、組織球、好中球などが浸潤し局所炎症反応を起こし、浮腫を生ずる。これはChagoma(シャーゴマ:シャーガス症瘤腫)と呼ばれ、感染の証拠となる。やがて虫体は血流、リンパ流によって全身に運ばれ、高熱を発し、全身に浮腫を生じる。顔面、特に片側だけの眼瞼周囲に見られる浮腫は、初期症状として最も普通に認められるもので、Romaña’s sign(ロマーニア徴候)と称されている。耳下腺、顎下腺、リンパ節、脾臓、肝臓等の腫脹や角膜炎もしばしば見られる。中枢神経が侵されると精神鈍麻や昏睡に、心筋を侵されると心不全に陥る。急性期は20-30日間で終わるが、この間に心不全や貧血で死亡することがある。

感染経路:サシガメの糞と共に排出されたトリパノソーマが皮膚から浸入して感染する。夜間睡眠中に顔面などを刺しに来て、吸血に際してしばしば脱糞するが、この半液体状の糞の中のトリパノソーマは健康な皮膚からも侵入することが出来るし、刺し傷やまなじり、鼻孔、口唇等の粘膜からは容易に侵入する。
輸血による感染、経胎盤感染、臓器移植による感染、あるいは感染サシガメの排泄物中の原虫や感染オポッサムの肛門腺分泌液中の原虫等による汚染食物の摂取による経口感染も報告されている。その他、母子感染、輸血、臓器移植、サシガメの糞に汚染されたサトウキビ・アサイ等のジュースによる経口感染とする報告も見られる。

治 療:有効な治療薬はなく、特に慢性期の症状に対しては、対症療法を行う以外、現在方法がない。急性期や子供の感染に対してはベンズニダゾール(benznidazole、[商品名]Radanil)が比較的広く使用されているが、慢性期の患者では効果は疑問視されている。副作用として治療の早期に皮疹が、後期には末梢神経炎の出現が報告されている。またニフルチモックス(nifurtimox、[商品名]Lampit)がエクアドル等の流行地では比較的よく用いられている[『ニフルチモックス』はヒューマンサイエンス振興財団・政策創薬総合研究事業「熱帯病治療薬研究班」による保管薬剤]。

感染防御:本症撲滅の基本はvectorであるサシガメ駆除である。サシガメは土壁の割れ目、草葺きの屋根、草むらに棲息し、夜間這い出して吸血する。住環境の整備されていない農村部や貧困地域に多い。病原虫のT.cruziは、トリパノソーマ科のトリパノソーマ属に属しているが、T.cruziはトリパノソーマ科原虫に見られる全ての形態が生活史上に出現する。vectorのサシガメでは、中腸で後鞭毛型(エピマスチゴート)が見られ、後腸ではメタサイクリック型の錐鞭毛型(トリポマスチゴート)が見られる。この錐鞭毛型が人体や保虫宿主体内に入ると、その血流中では錐鞭毛型が見られる他、前鞭毛型(プロマスチゴート)等種々の中間型が見られ、細胞内では無鞭毛型(アマスチゴート)が見られる。
流行地では屋内に殺虫剤の残留噴射を行い、サシガメの駆除に努める。

感染経路:感染は輸血、臓器移植を介して、又は経胎盤性に伝播しうるとされている。
原虫の消毒について、次の報告がされている。
通常の接触では二次感染はないと考えられるため、器材の消毒は用途に応じた処置を行う。クリティカル*1な領域への使用器材は滅菌を行い、セミクリティカル*2領域への器材は高水準消毒薬を使用する。熱水消毒が推奨される。
*1.無菌の組織や血管系に挿入するもの。
*2. 粘膜・創のある皮膚と接触するもの。

1)竹田美文・他編:輸入感染症;近代出版,1987
2)木村 哲・他編:改訂版人獣共通感染症;医薬ジャーナル社,2011
3)平成24年度第1回血液事業部会安全技術調査会:医薬食品局血液対策課,平成24年7月6日[資料2.献血時のシャーガス病対策について(日本赤十字社)]
4)福島雅典・総監修:メルクマニュアル第18版日本語版;日経BP社,2006
5)吉田幸雄:図説人体寄生虫学 第6版;南山堂,2002
6)小林寬伊・編:改訂消毒と滅菌のガイドライン;ヘルス出版,2004
7)高久史麿・他監修:治療薬マニュアル;医学書院,2013

             [015.11.CHA:2013.8.18.古泉秀夫]