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『添付文書』

火曜日, 4月 12th, 2011

            医薬品情報21
                                                                        古泉秀夫

2011年2月25日大阪地裁であった肺癌治療薬イレッサを巡る訴訟の判決で、国の法的責任はないとされたが、添付文書については問題があったと指摘された。そこで厚労省は厚生科学審議会において添付文書の記載方法の見直しなどを含む薬事法改正検討のため、新たに「医薬品等制度改正検討部会」を設置することを決めた。記載方法の見直しや、添付文書に対する行政の責任を法的に明確にすることなどが検討されるという。2011年度中に結論をまとめ、厚労省は12年の通常国会に改正法案の提出を目指すとしている。

一方、2011年3月23日(木曜日)「イレッサ訴訟」に関する東京地裁判決があった。大阪地裁の判決と異なり、製薬企業共々国の責任も認めた。gefitinibの重篤な副作用である間質性筋炎に対して注意喚起するよう十分な指導がされていたかどうかについて、アストラゼネカ社は国の指導を受けて添付文書の「重大な副作用」欄で、重度の下痢や肝機能障害などに続く4番目に間質性肺炎の可能性を記載したが、判決は「警告欄に記載するか、他の副作用よりも前に記載するよう指導すべきだった」と指摘。アストラゼネカ社については「安全性確保のための情報提供が不十分だった」と判断した。

2010年9月末現在、副作用での死亡患者が819人(厚生労働省調べ)というgefitinibの承認に関連し、国の賠償責任を認めた今回の判決は、国に対し、国民の安全を守る立場にあることの自覚を強く求めたものだとされている。今回の判決では、営利を追求する製薬会社に副作用などの情報を進んで開示することは期待できないと指摘。国が十分な指導を行わなければ、国民の健康が害される恐れがあるとして国の責任を認めた。

東京地裁判決では、製薬企業には製造物責任法の「指示・警告上の欠陥があった」。国には「承認時、安全確保のための指導が不十分だった」。更に「添付文書に当該医薬品の安全確保のために必要な記載が欠けているときには、そのような記載をするよう指導するなどの権限を行使する責務がある。その権限の不行使は、国家賠償法上違法になる」と、国の責任を明確にしたとされている。

正直に申し上げれば、このgefitinib裁判の判決で、薬物療法における添付文書の位置付けが明確になるのではないかと期待していた。しかし、mass mediaの報道からだけでは裁判所の言い分の詳細は解らないが、多分、今回も、薬物療法を実施するに際し、添文書の記載事項は遵守すべきものであるという所までの踏み込みはされていないようである。第一、添付文書というのは一体何かという、基本的なところは明確にならなかったようである。

確かに裁判官が仰る通り、2002年7月段階の添付文書に『警告』欄はない。更に『重大な副作用』の1.に書かれているのは、『重度の下痢(1%未満)、脱水を伴う下痢(1-10%未満):重度の下痢又は脱水を伴う下痢があらわれることがあるので、このような症状があらわれた場合には、速やかに適切な処置を行うこと。』であり、『間質性肺炎(頻度不明)』は、4番目に記載されている。

しかし、『重大な副作用』欄に記載されたということは、その記載順位に関わりなく、十分に配慮しなければならない副作用であることは認識しており、順位によって等閑視するなどということはあり得ない。兎に角、重篤な副作用の前駆症状に如何に気付くか、如何に対応するかの気配りは常にしているはずである。それだけに今度の判決で、裁判官が記載順位に意味を持たせようとする考え方に、つい違和感を感じるのである。

添付文書についていえば、むしろ問題なのは、医師が添付文書情報を絶対に守らなければならない文書とは思っていないという点である。つまり裁判官や一般の方々が考えるほどに、医師は添付文書情報を重視していない。場合によっては、添付文書は、診療の手足を縛るという考え方を持っている。例えば添付文書に記載されている適応症、いわゆる承認適応症は、その薬の薬理作用の全体によって決められる訳ではなく、製薬企業が最も繁用されると思う薬理作用の一部を取り出し、適応症として臨床治験に持つ込む。その結果を厚生労働大臣が承認し、健康保険で使用できるようになる。原則的に適応外使用は、自費になるが、一部分だけを自費にし、他を保健で見るという方式は、本来は厚生労働大臣が承認した治療法についてのみ認められている。従ってそれ以外は全て自費ということになってしまう。しかし、それでは患者に取っていい治療が出来ない。そこで人道的立場に立って適応外使用に足を踏み入れるということになる。

buprenorphine hydrochlorideの製剤であるレペタン注0.2(大塚製薬)の承認適応症は、
1. 下記疾患並びに状態における鎮痛:術後、各種癌、心筋梗塞症
2. 麻酔補助
である。しかし、『第3版 急性膵炎診療ガイドライン2010』によると、『急性膵炎における疼痛は、激しく持続的である。このような疼痛は患者を不安に陥れ臨床経過に悪影響が及ぼす可能性があるため、発症早期より十分な除痛が必要である。
軽症から中等症の急性膵炎における除痛ではbuprenorphine(初回投与0.3mg静注、続いて2.4mg/日の持続静脈内投与)は除痛効果に優れており、以前より非麻薬性鎮痛薬に指摘されてきたOddi氏括約筋の収縮作用による病態の悪化も認められず、Oddi氏括約筋弛緩作用を持つ硫酸アトロピンの併用も必要なかったと報告されており、急性膵炎の疼痛コントロールに有用と考えられる』とされている。

つまり添付文書の記載を遵守すれば、必要とされる治療は出来ないということになる。勿論、他にも鎮痛薬はあるが、『Oddi氏括約筋の収縮作用による病態の悪化も認められず、Oddi氏括約筋弛緩作用を持つ硫酸アトロピンの併用も必要なかった。急性膵炎の疼痛コントロールに有用と考えられる』ということであれば、医師がこれを使用したいと望むのは当然のことである。明らかに適応外使用であったとしても、医師はそれを無視して投与することになり、添付文書の記載内容については、“参考意見”程度に矮小化してしまう。これを避けるためには、適応拡大決定の基準見直しが必要で、何もかも臨床治験をやらなければ駄目だというのではなく、学会等で正当な適応症として認めたものについては認める等の柔軟性が必要なのではないか。

更に添付文書には、あまり臨床的に役に立つとは思えない情報も掲載されている。例えば「妊婦、産婦、授乳婦等への投与」について「1.妊婦又は妊娠している可能性のある婦人には、治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ投与すること。やむを得ず投与する場合は、本剤投与によるリスクについて患者に十分説明すること。[妊婦及び授乳婦における使用経験はない。動物実験で胎児重量の減少(ウサギ)、生存出生児数の減少(ラット)及び出生児の早期死亡(ラット)が認められている。]。2.授乳中の婦人に投与することは避け、やむを得ず投与する場合には授乳を中止させること。[動物実験(ラット)で乳汁中へ移行することが認められている。]。3.本剤投与中の婦人には妊娠を避けるよう指導すること。(イレッサ錠添付文書,2010年11月改訂)」とする記載がされている。

動物実験の結果が直ちにヒトに外挿できないのは、殆ど常識的な見解である。つまり「治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ投与すること」とされているが、動物実験の結果から「危険性を上回る」という判断がどうやったら出来るのか。この文書は一見すると情報を提供しているようにみえるが、本質的には使用者には何も伝えておらず、使用者に判断の丸投げをしているに過ぎない。

つまり添付文書に記載されている情報は、情報としては中途半端なものも混ざっており、その結果、全体として添付文書情報を単なる“参考意見”に矮小化するという傾向が見えて来るのである。その意味で、今回の裁判で、裁判所が問題にすべきは、薬物療法における添付文書の位置付けであるということが出来る。添付文書の法的な位置付けを明確にし、遵守すべきものであるという判断を示して欲しかったということである。

それにしても製薬企業は何故売り急ぎをするのか。膨大な開発費を要するため、急いで取り戻したいという思いは解らないではないが、抗癌剤のような効果より副作用の発現率が高いなどという薬の売り急ぎは避けるべきである。結局はその薬の寿命を縮める。まず限定した専門医に使用を依頼し、状況を見ながら広げていくという方法を取るべきではないのか。医師であれば誰もが抗癌剤の使用に精通している訳ではない。更に安全で有効な抗癌剤などは存在しない。効果が高ければ高いほど、副作用もついて回る。

1)読売新聞,第48504号,2011.3.1.
2)読売新聞,第48527号,2011.3.24.(朝刊・夕刊)
3)赤旗,第21658号,2011.3.24.
4)イレッサ錠250:Drug Information,2002.7.
5)レペタン注添付文書,2009年6月改訂
6)急性膵炎診療ガイドライン2010改訂出版委員会・編:第3版 急性膵炎診療ガイドライン2010;金原出版株式会社,2009

          (2011.4.7.)