Archive for 7月 7th, 2009

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「グロリオサ(Gloriosa)の毒性」

火曜日, 7月 7th, 2009
対象物 グロリオサ(Gloriosa)
成分 コルヒチン(colchicine)、[独]Colchicin、[仏]colchicine、[ラ]colchicinum。
一般的性状 学名:Gloriosa superba Linnaeus。和名:ユリグルマ(百合車)、キツネユリ(狐百合)。英名:glory lily、flame lily(炎のゆり)。科名:イヌサフラン科(ユリ科)、属名:グロリオサ属(Gloriosa spp.)。原産地:アフリカ、熱帯アジア。性状:半蔓性多年草(非耐寒性球根)。Gloriosaはラテン語の「光栄」という意味だとされている。

▼gloriosaは、アフリカ、アジアの熱帯地域に分布するユリ科の球根植物である。近年、一般の家庭でも栽培されるようになり、露地では、初夏から晩秋に開花がみられる。茎は、つる性で細く、草長は数メートルに達する。茎は、ユリ状であるが、先端に巻ひげがあり、この巻ひげで他の植物などに巻きついて生育する。花は、赤、赤紫、黄色が多く、花弁は6枚で、開花すると反転する。地下部には、円筒状の根茎をつくり、地上部が枯れた後も土中で越冬し、繁殖する。

▼gloriosaは、全草にコルヒチンを含有し、特に球根に多く含む。また、種子や新葉にも、比較的多く含むという報告があるとされる。栽培や鑑賞をすることに問題はないが、誤食した場合、中毒の原因となり、死亡例も報告されている。

▼*colchicineは消化管より吸収された後、一部は肝臓で脱アセチル化を受ける。大部分の未変化体と代謝物は腸肝循環する。

▼Tmax=0.5-2時間、t1/2=α19.3分(静注)・β 1時間。蛋白結合率=低い。排泄=主に胆汁中へ、尿中10-20%。

毒性 colchicineは植物に含まれるalkaloidの一種で、イヌサフラン、ユリグルマ等に含まれる。帯黄類白色の粉末で水に溶ける。古くから痛風の特効薬として知られているが、ヒトや動物に多量に摂取されると、強い毒性を示す。ヒトの場合、摂取後、数時間以降に、口腔・咽頭灼熱感、発熱、嘔吐、下痢、背部疼痛などが発症し、臓器の機能不全等により、死亡することもある。致死量は0.8mg/kg(体重50kgの成人で40mgの摂取量)とされている。その他ヒト推定致死量として65mgとする報告が見られる。ラット(静注)LD50=1.7mg/kg。colchicineは[局方収載]。毒薬。極量:1回2mg。1日5mg。
症状 大量使用又は誤用による急性中毒症状として服用後数時間以内に次のような症状があらわれることがある。

▼徴候、症状:悪心・嘔吐,腹部痛,激烈な下痢,咽頭部・胃・皮膚の灼熱感,血管障害,ショック,血尿,乏尿,著明な筋脱力,中枢神経系の上行性麻痺,譫妄,痙攣,呼吸抑制による死亡。

処置 colchicine過量摂取時

処置:副作用発現までには3-6時間の潜伏期があるので、服用後間がないとき(6時間以内)には、胃洗浄、吸引を行う。活性炭の投与も有効である。水・電解質異常の補正には、中心静脈圧をモニターしながら輸液、カリウムの投与を行い、凝固因子の欠乏に対しては、ビタミンK、新鮮凍結血漿等の投与、急性呼吸不全には気道を確保し、酸素吸入を行う。その他出血、感染、疼痛等には対症療法を行う。

本剤は強制利尿や腹膜透析、血液透析では除去されない。

事例 球根食べ男性死亡 ユリ科のグロリオサ、ヤマイモと間違え(静岡)

▼[10月25日11時2分配信 毎日新聞-田口雅士]

▼県西部保健所は24日、県西部在住の男性(58)がユリ科の植物「グロリオサ」の球根を誤って食べて死亡したと発表した。球根に含まれる毒性の強い「コルヒチン」が原因とみられ、死因は多臓器不全という。

▼保健所によると、男性は21日昼、自宅で観賞用に栽培していたグロリオサの球根を、形が似ているヤマイモと誤って調理し食べたという。男性は同日夜、嘔吐(おうと)や下痢などの症状を起こし、翌日午前に個人病院で診察を受けて帰宅。23日午前に容体が悪化し、掛川市立総合病院に救急車で運ばれたが死亡した。

▼コルヒチンは、古くから痛風の特効薬として知られるが、毒性が強く、多量に摂取すると臓器の機能不全などを起こす危険がある。致死量は体重50キロの成人の場合40ミリグラム。同保健所は「野生や観賞用の植物で食用を目的としないものについては自己判断で食べるのは控えてほしい」と呼びかけている。

ユリ科のグロリオサ球根を誤食 男性死亡

▼観賞用に栽培していたユリ科の植物「グロリオサ」の球根を誤って食べた静岡県の男性が23日、食中毒で死亡した。

▼男性が間違えて食べたのはグロリオサの球根で、「コルヒチン」という毒性のある物質が含まれている。静岡県西部保健所によると、今月21日昼ごろ、県西部に住む58歳の男性が自宅で観賞用のグロリオサの球根をヤマイモと間違えて食べて食中毒を起こし、23日に多臓器不全により死亡した。グロリオサは家族が栽培していたもので、男性はすり下ろして食べたという。静岡県西部保健所管内でのグロリオサの誤飲による死亡例は、統計調査を始めた66年以降初めてで、保健所は、食用でないものは食べないよう注意を呼びかけている。

備考 『人将に餓鬼道にあり』と言わんばかりに何でも口に入れる生物だと感心する。しかし一番の問題は、庭に山芋が植えてあると思っている認識が問題ではないのか。自然の山芋-自然生が家庭菜園程度の庭になるとはとても思えない。また、家族の誰かが植えなければ、山芋が自然に生える訳もなく、自家菜園に何が植えてあるかぐらい確認しておくべきではないか。確かにgloriosaの根を見るとそれらしく見えるが、決して瑞々しい山芋には見えず、筋張って美味くなさそうな根っこにしか見えない。君子危うきに近寄らず、疑わしきは口に入れないが基本原則である。それにしても妙ちくりんな花の根にcolchicineが含まれているというのが厄介であるが、gloriosaが自分の身を守るためにお造りになっているのであろうから文句は言えない。
文献 1)広川薬科学大辞典[第2版];株式会社廣川書店,1990

2)コルヒチン錠「シオノギ」添付文書,2005年4月改訂(第5版,薬事法改正に基づく改訂)

3)第十五改正日本薬局方解説書;廣川書店,2006

4)西 勝英・監修:薬・毒物中毒救急マニュアル 改訂7版;医薬ジャーナル社,2005

「ニトロベンゼンの毒性」

火曜日, 7月 7th, 2009

対象物

ニトロベンゼン(nitrobenzene)

調査者

古泉秀夫

分類

63.099.NIT

記入日

2008.5.3.

成分

ニトロベンゼン(nitrobenzene)、人工苦扁桃油、ミルバン油

一般的性状

強力還元剤。染料、香料の中間物、酸化剤、塵埃防止剤。CAS番号:98-95-3 。ベンゼンを混酸でニトロ化すれば得られる淡黄色油で、比重:1.19806、融点:5.7℃、沸点:210.9℃。C6H5NO2=123.1。苦扁桃油のような香気と味があるが、蒸気及び液体は人体に有毒でチアノーゼを起こす。大部分の有機溶媒と混ざるが、水に僅かに溶ける。酸性及び中性還元すればアニリンが、アルカリ性還元すればアゾキシベンゼン、アゾベンゼンを経てヒドラゾベンゼンが得られる。染料工業においてアニリンの原料として重要性を持つ。また極性溶媒として、ときにはおだやかな酸化剤として用いられることもある。本品による中毒者では靴墨臭がする。

[用途]染料・香料中間物(アニリン、ベンジジン、キノリン、アゾベンゼン)、毒ガス(アダムサイトの原料)、酸化剤、溶剤(硝酸繊維素)、塵埃防止剤。

毒性

刺激性、痙攣性、低グリセリン血症性。血液毒性が強く、メトヘモグロビンを形成する。メトヘモグロビンは血液中のヘモグロビンを酸化し20%以下なら自覚症状がなく、それ以上50%位までは呼吸困難や頭痛、眩暈を引き起こし、60-70%では、意識喪失、昏睡から死に至る。

ヒト(経口)致死量:1mL。ヒト(経口)最小中毒量:200mg/kg。RTECS=急性経口毒性(LD50)349mg/kg(ラット)

症状

吸入蒸気は粘膜刺激性、吸収は脊髄痙攣や溶血、時に過度体温上昇と糖分酸化増加が起こる。中程度の中毒も、肝壊死により数日以内に死に至ることがある。経口摂取は疲労、めまい感と、眩暈、食欲喪失、胃炎と下痢などを起こす。中毒性肝炎と、貧血が多量摂取後に起こる。ヒドラジン塩類は、刺激的であり、腐食的である。本剤に触れると、皮膚や粘膜の灼熱感を生じる。

*吸入したとき:頭痛、紫色(チアノーゼ)の唇や爪、紫色(チアノーゼ)の皮膚、眩暈、吐き気、脱力感、錯乱、痙攣、意識喪失。

*皮膚に付着したとき:吸収される可能性あり。頭痛、紫色(チアノーゼ)の唇や爪、紫色(チアノーゼ)の皮膚、眩暈、吐き気、脱力感、錯乱、痙攣、意識喪失。

*誤飲したとき:頭痛、紫色(チアノーゼ)の唇や爪、紫色(チアノーゼ)の皮膚、眩暈、吐き気、脱力感、錯乱、痙攣、意識喪失。

処置

*吸入したとき

予  防:換気、局所排気、または呼吸用保護具。

応急処置:新鮮な空気、安静。人工呼吸が必要なことがある。医療機関に連絡する。

*皮膚に付着したとき

予  防:保護手袋、保護衣。

応急処置:汚染された衣服を脱がせる。流水で洗い流してから水と石鹸で皮膚を洗浄する。医療機関に連絡する。

*眼に入ったとき

予  防:安全ゴーグル。

応急処置:流水で15分間洗い流し(できればコンタクトレンズをはずして)、医師に連れて行く。

*誤飲したとき

予  防:作業中は飲食、喫煙をしない。

応急処置:口をすすぐ。水に活性炭を懸濁した液を飲ませる。安静。医療機関に連絡する。

*大量誤飲時:胃洗浄、下剤投与、輸液、対症療法。

事例

いまや、関心はチョコレートに集中された。チョコレートはその夜のうちに、スコットランド・ヤードに押収され、ただちに、鑑識課へ回された。

「そして、医者の診断はあまり見当ちがいではありませんでした」と、モレスビーはいった。

「チョコレートにはいっていた毒物は、もちろん苦扁桃(ビター・アーモンド)の油ではなく、ニトロベンゼンでした。しかし、それはそう大した相違ではないと思っています。みなさんの中に、化学の知識を持っているかたがあるならば、その薬品については、わたしよりよくご存じでしょうが、たしかそれは、ビター・アーモンドの油の代用品として、アーモンドの香りを付けるために(昔ほどではないですが)安い菓子には時おり使われているはずです。これは、申し上げるまでもなく、やはり強力な毒物です。しかし、商業的に、ニトロベンゼンが最も多く使用されるのは、アニリン染色の製造です。[高橋泰邦・訳(Anthony Berkeley):毒入りチョコレート事件;創元推理文庫,2001]。

備考

何人かの人間が集まって、一つの事件について、自ら調査したこと、それに基づく推理及び犯人について語り合う会を持つという趣向で話が進められる。結果としてあっちにウロウロ、こっちにウロウロということで、この手の話の進め方が好きな人には応えられない物語なのかもしれないが、直裁的な話の進行が好きな人間にとっては、まだるっこしい話ということになる。

但し、話が輻輳する点を我慢すれば、推理小説としては、よくできた話の部類に入るのではないか。

文献

1)志田正二・代表編:化学辞典;森北出版株式会社,1999

2)白川 充・他共訳:薬物中毒必携 第2版;医歯薬出版株式会社,1989

3)Anthony T.Tu・編著:毒物・中毒用語辞典;化学同人,2005

4)相馬一亥・監修:イラスト&チャートで見る 急性中毒診療ハンドブック;医学書院,2005

5)西 勝英・監修:薬・毒物中毒救急マニュアル 改訂7版;医薬ジャーナル社,2005

6)鵜飼 卓・監修:第三版 急性中毒処置の手引き;薬業時報社,1999

7)143034の化学商品;化学工業日報社,2003