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「フィゾスチグミン(エゼリン)について」

土曜日, 8月 29th, 2015

 

KW:薬理作用・エゼリン・フィゾスチグミン・physostigmini・eserine・カラバル豆・

Q:フィゾスチグミン(エゼリン)の性状及び毒性等について-特に後遺症について

A:フィゾスチグミン(physostigmini)について、次の報告がされている。
サリチル酸フィゾスチグミン(salicylate physostigmini):『毒薬』。[別名]サリチル酸エゼリン。乾燥した本品を定量するときサリチル酸フィゾスチグミン97.0-102.0%を含む。C15H21N3O2・C7H6O3=413.47。本品は白色-微黄色の結晶性又は結晶性の粉末で、臭いはない。本品はクロロホルムに溶け易く、エタノールにやや溶け易く、水にはやや溶け難く、エーテルに溶け難い。本品の水溶液(1→100)のpHは5.0-6.0である。本品は光又は空気によって徐々に赤色を呈する。融点:180-185°。極量:1回1mg、1日3mg。貯法:遮光した気密容器。水溶液中ではやや不安定で、長時間放置すると液は赤色を帯びる。特に熱、アルカリによって分解し易い。従って容器からアルカリが溶出するとき、液の着色は著しく速められる。
[本質]acetylcholinesterase阻害薬。
[来歴]フィゾスチグミンは1864年Jobst Hesseがアフリカ産Physostigma venenosum Balfourの種子のカラバル豆(Calabar bean)中に発見し、翌1865年Vee、Leveneは同原料から結晶を得、eserineと名付けた。両者は同一物で有り、現在においても二つの名称が用いられている。カラバル豆にはphysostigminiはは0.08-0.1%含有されているが、この他にgeneserine、eseramineの含有が報告されている。
[代謝]本品は胃腸管、粘膜及び皮下注射部位から速やかに吸収され、体内ではコリンエステラーゼにより加水分解される。皮下注射した場合、2時間後でその大部分が分解され、尿中に未変化体として殆ど排泄されない。
[薬効]コリンエステラーゼを可逆的に阻害してアセチルコリンの分解を阻止する。従って末梢では副交感神経興奮、自立神経節興奮、副腎髄質エピネフリン分泌増大、運動神経興奮時に現れる効果が重なって現れる。中枢神経系の興奮及び呼吸麻痺をも起こす。
[症状]唾液、胃液、気管支液などの分泌増大、縮瞳(長時間持続する)、眼内圧低下、調節痙攣(cyclospasm)、腸管運動亢進、少量では血圧上昇、大量では心機能の抑制と血圧低下等が見られる。骨格筋の線維性痙攣を起こす。クラーレの骨格筋弛緩作用には競合的に拮抗する。
[副作用]アレルギー性結膜炎、眼瞼縁炎などの過敏症、一過性の眼圧上昇が現れることが有り、吸収作用として、悪心、嘔吐、噯、胃腸障害、頭痛、発汗、発疹を起こすことがある。大量では心臓抑制、血圧降下、呼吸困難、痙攣を起こす。
[適用]本品の広範な薬理作用に基づき、治療用の用途も広い。筋肉内注射後局所から速やかに吸収され、消化管や膀胱の平滑筋を収縮させるので、術後の腸麻痺や排尿困難時に3mg
迄用いられる。重症筋無力症にも有効であるが、用量を増すと副作用も増大するため、眼科以外の適用はネオスチグミンに代わってきている。眼科においては0.2-1.0%溶液又は軟膏を緑内障の診断と治療、調節麻痺などに1日1-4回点眼薬として用い、虹彩炎には虹彩後癒着を防ぐためにアトロピンと交互に用いられる。

硫酸フィゾスチグミン(sulfate physostigmini):『毒薬』。[別名]硫酸エゼリン。乾燥した本品を定量するとき97.0%以上を含む。(C15H21N3O2)2・H2SO4=648.77。本品は白色-微黄色の結晶性の粉末で、臭いはない。本品はサリチル酸フィゾスチグミンに比し、著しく吸湿性である。十分に乾燥し、速やかに操作することが必要である。本品は又はethanolに極めて溶け易く、クロロホルムにやや溶け易く、エーテルに殆ど溶けない。本品の水溶液(1→100)のpHは4.0-5.5である。本品は吸湿性で光又は空気により徐々に赤色になる。融点143-146°。
[本質]副交感神経作用縮瞳薬。
[代謝]本品は胃腸管、粘膜、皮下注射部位から容易に吸収される。体内でコリンエステラーゼによりエステル結合が加水分解される。皮下注射すると2時間で大部分が分解し、尿中に排泄される未変化体は僅かである。
[配合変化]本品の水溶液は放置すると赤色を帯びる。桃色程度であれば、全く無効ではない。しかし、それ以上色が濃くなるに従って急速に効果を失う。溶出するアルカリにより遊離塩基が析出する。
physostigminiは副交感神経の興奮作用と骨格筋の収縮を起こす。これはコリンエステラーゼ(ChE)阻害作用によって、アセチルコリン(ACh)の分解を阻害するので、作用は可逆的である。このためコリン作動性効果を来たし、強い縮瞳作用及び眼圧の低下を来すため、緑内障の治療及びアトロピン散瞳の拮抗薬に用いる。一方、骨格筋においても主として運動神経末端において、AChの分解を阻止するため、骨格筋の収縮を起こし、d-tubocurarineによる筋弛緩に拮抗する。中毒症状は、意識に影響しないが、嘔吐、胃腸障害、縮瞳を起こし、更に大量の摂取は心臓抑制、血圧低下、呼吸困難、痙攣を来たし、呼吸麻痺によって死亡する。解毒薬としてはatropinが用いられる。
[吸収・排泄]胃腸管や粘膜、注射部位等より容易に吸収される。血漿コリンエステラーゼにより、エステル連鎖で加水分解される。尿中排泄は限られている。2時間以内に完全に代謝される。
[毒作用]振戦、蠕動亢進、括約筋の調節消失、極めて縮小した瞳孔、嘔吐、失神、四肢の冷え、筋肉攣縮、徐脈と呼吸困難、仮死又は心臓停止による死亡、致死量は経口投与で約6mg
症例1.成人男性が実験室から持ち出したサリチル酸フィゾスチグミン 1gを服んで自殺を図った。10分後に悪心と激しい腹痛を来たし、続いて縮瞳、幻覚を来した。顔色は灰色で、半昏睡状態と発汗と酷い流涎が有り、瞳孔が散大して光にゆっくり反応し、また全身の痙攣があった。最初に少量のatropin 1.05mgを与えて、脈拍は毎分200に上昇し、心電図は心室の異所性拍動を示した。そのためアトロピン投与は中止された。過マンガン酸カリウムを8L中1g を入れて胃洗浄し、胃内のアルカロイドを完全に酸化し、またアルカリによる強制的利尿が始められた。その治療を開始して半時間経過後痙攣発作が有り、10%グルコン酸カルシウム10mLの静脈注射によって痙攣が停止した。チアノーゼは機械的喚起と気管支呼吸で促した。筋肉の攣縮は更に酷くなり、更に痙攣はグルコン酸カルシウムに反応しなくなった。tubocurarineでクラーレ麻酔をするのに更にジアゼパムの静注を追加しなければならなかった。更にアトロピンの投与の試みは、頻脈と心臓異所性拍動を促進することに也、再度中止された。メチルスルホニルプラリドキシ 500mgを5分間隔で2回静脈注射され、筋緊張は改善し、攣縮は消失した。改善は遅かったがその後回復した[G.Cumming,L.K.Hanrding and K.Prowse,Lancet,1968.2.147.]

報告中の症例は、救急治療により救命した事例で有り、その後この患者の状態がどうであったのか、あるいは初期治療終了後の後遺症について報告した資料の入手は出来なかった。いずれにしろ現在本剤は治療用の薬物としては販売されて居らず、eserineによる事故があるとすれば実験用等における使用によるものと考えられるが、ドラフトチャンバーを用いてゴーグル・活性炭入りマスク・手袋等の完全防御で作業をすることで、頻発する事故とはならないと考えられるので、治療例の報告は少ないものと考えられる。

1)第10改正日本薬局解説書;廣川書店,1981
2)舟山信次:アルカロイド-毒と薬の宝庫-;共立出版株式会社,1998
3)白川 充・他共訳:薬物中毒必携 第2版原著第4版;医歯薬出版株式会社,1989

                    [63.099.ESE:2015.7.18.古泉秀夫]