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『禁忌の解釈』

金曜日, 9月 5th, 2014

                  魍魎亭主人

白川 静先生によると、『禁』は林と示とを組み合わせた形。林は木の生い茂る所で、神の住むところとされた。示は神を祀るときに使う机である祭卓の形。祭卓を置き、神を祀る神聖な地域を禁という。そこは神のいる神域で、俗人が立ち入ることを禁止したので、禁は「とどめる、とめる、禁止(してはいけないこと)」の意味となる。『禁忌:習慣上避けるべき事。タブー』。

『忌』は「誡むるなり」とあって敬いつつしんで神に仕える意味である。また忌は跪と音が近く、跪はひざまずくの意味である。己は折れ曲がる形であるから、ひざまずいて体を折り曲げる姿勢をいい、忌はその様な姿勢で、慎んで神に仕える真情、思いを云う字であろうとしている。禁忌(汚れがあるとして禁止すること。タブー)。

所で『1%ディプリバン注(プロポフォール) 』(アストラゼネカ株式会社)の添付文書では、『禁忌(次の患者には投与しないこと)』として、次の3項目が記載されている。
『1. 本剤又は本剤の成分に対し過敏症の既往歴のある患者
2. 妊産婦(「妊婦、産婦、授乳婦等への投与」の項参照)
3. 小児(集中治療における人工呼吸中の鎮静)(「小児等への投与」の項参照)』

また、小児への投与について、次の記載がされている。
『1.低出生体重児、新生児、乳児、幼児又は小児に対する安全性は確立していない(使用 経験がない)。
2.集中治療における人工呼吸中の鎮静においては、小児等には投与しないこと。[因果 関係は不明であるが、外国において集中治療中の鎮静に使用し、小児等で死亡例が報 告されている。]』

所で日本集中治療医学会では、学会の専門医研修認定施設である東京女子医大病院で平成26年2月に小児の人工呼吸中にその児が死亡するという不幸な事例があり、死亡原因にプロポフォールによる鎮静が関与したと報道された。報道では、添付文書に『投与禁忌』と記載されているにもかかわらず、投与したことが問題だとする論調が眼に付いた。

それに対し学会は理事長名で『理事会声明』を出し、『患者によっては重篤な循環抑制や持続投与によりプロポフォール注入症候群(PRIS)を来す危険性があり、我が国や多くの国では小児に対する人工呼吸中の鎮静としては使用しない、いわゆる「禁忌」となっています。本調査結果でも80%近い認定施設では小児に対してこの目的で本薬剤を使用しておりません。
この「禁忌」という用語は「禁止」とは異なり、専門家としての医師の裁量を法的に束縛するものではないとされています。しかし、使用に関しては当該薬に関する十分な知識を有し、患者の安全管理が厳格になされなければならないことは言うまでもありません。本調査結果では、我が国では「禁忌」となっている小児(集中治療における人工呼吸中の鎮静)にプロポフォールを使用している施設である一方、多くの施設では使用していないことも事実です。また、先進諸外国も「禁忌」又は実質的「禁忌」となっている国が多いのですが、いくつかの使用報告の論文が出ており、使用されている実態の存在が推察されます。』としている。

ここで気になるのは『禁忌』に対する理解が些か現実離れしていると言うことである。添付文書の記載内容について、最高裁は『医薬品の添付文書の記載事項は、当該医薬品の危険性(副作用)につき最も高度な情報を有している製造業者又は輸入販売業者が、投与を受ける患者の安全性を確保するために、これを使用する医師等に対して必要な情報を提供する目的で記載するものである。医師が医薬品を使用するに当たって添付文書に記載された使用上の注意事項に従わず、それによって医療事故が発生した場合には、これに従わなかったことについて特段の合理的理由がない限り、当該医師の過失が推定される。』としている。

添付文書の記載事項は、その医薬品を使用する上で「患者の安全を守る」為に必要な事項が記載されているものであり、その記載事項は、医師の裁量権で乗り越えられるものではない。つまり裁量権を行使するなら、「特段の合理的理由」を示さなければならないと言うことである。『禁忌』とは、添付文書上は『禁止』と同意語であると言わなければならない。

1)白川 静:常用字解;平凡社,2003
2)1%ディプリバン注添付文書,2012

  (2014.8.26.)