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「感染症の反撃」

水曜日, 8月 4th, 2010

医薬品情報21

古泉秀夫

乳幼児期に受ける百日せきワクチンの効果が、小学校高学年になると、約半数で失われることが、厚生労働省研究班の調査で明らかになった。社会全体の感染者が減ったため、菌にさらされて免疫を維持する機会が乏しくなったのが原因と見られる。3年前から国内で患者が急増しており、研究班は「11?12歳で接種する2種混合ワクチン(破傷風・ジフテリア)に百日せきを加えるなど、追加接種の必要がある」と指摘。国の定期接種計画の見直しを、近く厚労省に提言する[読売新聞,第48203号,2010.5.3.]。

定期接種計画では、百日咳、破傷風、ジフテリアの3種混合ワクチンを、生後3ヵ月から7歳6ヵ月に計4回接種することになっている。これによって百日咳の免疫は一生維持すると考えられていた。しかし、2007年大学生を中心とした流行が発生した。これを受けて11歳から12歳の266人を対象に百日咳の抗体を調べたところ、46%は発症を妨げる水準を下回っていたとされる。抗体量減少者に、通常の2種混合ワクチンに百日咳を加えたワクチンを接種したところ、89%の者で発症を妨げるまでの抗体の上昇が認められたという。

従来の常識は、一度予防接種を受ければ、終生免疫が維持されるというものであった。しかし、実際には、予防接種を受けた後、世間に一定の感染者がおり、その感染者に接触する機会を得ることにより抗体の維持が図られていたということになるようである。予防接種の接種者が増加し、感染者数が減少したとき、感染者と接触する機会が極端に減り、免疫力が低下するとすれば、追加接種が必要になる細菌やvirusはどの程度存在するのか。もしそのような細菌やvirusが多ければ、予防接種の制度的な面を全面的に見直し、予防接種の時期や回数について、再検討することが必要になるのではないか。

その他、我国の感染症対策の中で、対応が急がれているのが「麻疹(はしか)」である。WHOは2005年までに全世界で麻疹による死亡率を低下させるために、ユニセフ(国連児童基金)、CDC(米国疾病管理センター)とともに、対策戦略計画を策定し、予防接種推進の活動を進めている。先進国のほとんどが根絶に近い状況にあるが、残念ながら我国は流行地域として区分されている。近年アメリカなどで、「麻疹」の原因が日本人の子供もだったという例があり、「麻疹輸出国」とする批判を受けている。

2006年(平成18年)4月1日から、麻疹・風疹の予防接種は、麻疹・風疹混合ワクチン(MRワクチン)による2回接種が実施される。第1期は、生後12月から生後24月に至るまでの間にある者(すなわち1歳児)。第2期は、5歳以上7歳未満の者であって、小学校就学の始期に達する日の1年前の日から当該始期に達する日の前日までの間にある者(すなわち小学校入学前年度の1年間)ということである。また、2008年(平成20年)4月1日からは、中学1年生・高校3年生に相当する年齢の者を対象として麻疹の予防接種が始められ、5年間実施され。

これは麻疹・風疹の流行が減少したことにより、ワクチン既接種者が麻疹・風疹患者に接触する機会が減少し、ワクチン接種後、長年月経過することによって、抗体価の低下が起こっている。ワクチン既接種者では、その後に対象ウイルスに接触することにより更に抗体価が上昇する(ブースター効果)とされている。しかし麻疹・風疹の流行が減少したため、booster効果が得られず、成人する頃には、感染防御に必要な十分な抗体価を有さない者が増加していると考えられるとする報告がみられる。

何れにしろ我国のワクチン行政は停滞している。制度の変革に速度感がない。ワクチンに関する行政の対応が遅いのは、一つには国内の報道関係者の責任もあると思っている。医薬品による重篤な副作用が報告される度に、無批判に大騒ぎをしている。特にワクチンの副反応については、その対象が幼小児ということから、無批判な非難合戦を繰り広げる。彼等は何かといえば、国民を代表して取材をする。国民が知りたがっているから取材をする。だから「責任者出てこい」的な対応を示すが、誰があんたを国民の代表に選んだのか、少なくとも筆者は選んだ覚えはない。

不幸にして重大な副反応に遭遇する子供がいるかもしれない。しかし一方で、大多数の子供の命が助けられるのなら、単に非難中傷をするのではなく、その副反応の原因を冷静に追求し、回避する手法を見つけ出すことが先決だろう。何か知らんが煽るだけ煽って、その後は全く知らん顔という報道関係者の手前勝手な対応は、医療に関する限り止めてもらいたいものである。結局は国民を不幸にする。

(2010.5.18.)