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「γ-BHCについて」

木曜日, 7月 22nd, 2010

KW:薬名検索・γ-BHC・BHC・benzene hexachloride・ベンゼンヘキサクロリド・hexachloro cyclohexane・ヘキサクロロシクロヘキサン・HCH・使用禁止・lindane・リンデン

Q:院外処方せんにγ-BHC軟膏の記載がされているが、γ-BHC の入手は可能か

A:平成21年10月30日付官報において「化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律(化審法)」の改正による第一種特定化学物質品目追加」の通知が告示されて以後、γ-BHCの入手は困難である。

尚、BHCの詳細については次の通り。

benzene hexachloride(ベンゼンヘキサクロリド)→C6H6Cl6 →hexachlorocyclohexane(ヘキサクロロシクロヘキサン)。国際的にはHCHと略称する。

α・β・γ・δ・ε・η・θ の7種の立体異性体(理論的には8種)が知られている。広汎な害虫に優れた殺虫性を示すのはγ 体で、融点:114?115℃、ベンゼン、二硫化炭素、クロロホルムに易溶等の報告がされている。

γ-BHCの急性毒性は、LD50:125mg/kg(ラット経口)である。γ-BHCは殺虫剤として広く使用されていたが、混在する β-BHCが分解しにくいため残留性が長く、食物連鎖によって人体に摂取される可能性から我が国では1971年に使用が禁止された。

その他、BHCについて、次の報告がされている。

BHCは幾つかの異性体の混合物であるが、γ-BHCのみに速効性の接触毒作用があり精製品(99%以上)はlindane(リンデン;商:Gammexane)と称される。1966年に高知県で行われた食品調査及び1967年の人体脂肪分析の結果、高濃度のβ-BHCが蓄積されていることが明らかになった。その後厚生省が実施した牛乳などの汚染調査でもBHCの各異性体の残留値は大きく、厚生省は農林省にBHCの使用中止を要請した。1969年12月BHC工業界は、国内向けBHCとDDT原体の製造中止を発表、1970年1月には農林省が「BHC、DDTの使用制限について」の通達を出し、両剤を牛の飼料となる牧草や青刈作物、稲藁に使用したり、畜舎内のダニ駆除に用いないこと等の指導が実施された。農薬取締法によりBHC、DDTが販売禁止になったのは、1971年12月30日からである。

*毒性:毒劇区分-劇物。魚毒性-C類。γ-BHCはヒトのリンパ球に低頻度の染色体異常を起こし、β-BHCはラットの骨髄細胞に染色体異常を起こす。α-BHC、β-BHC、γ-BHCのマウスへの経口投与で、肝腫瘍の発現がみられる。β-BHCを妊娠マウスに皮下注射したり、交配1カ月前から妊娠期間を通じて経口投与した場合、未熟仔や死亡仔の出現率が増加したとの報告がある。γ-BHCを妊娠イヌに経口投与した実験では、死産率が高まった。真鴨の受精卵をγ-BHCで処理すると、雛の成長阻害や形態異常が見られる。

日本農村医学研究所は癌患者の体脂肪中のBHC濃度の平均値が、非癌患者のものよりも高い傾向にあると指摘した。

和歌山県での調査で、BHCとディルドリンの母乳中濃度が高いほど、新生児の体重が低い傾向を示すことが明らかになっている。

人体中毒症状としては、頭痛、眩暈、嘔気・嘔吐、震え、協同運動失調、痙攣、呼吸困難、神経過敏、肝障害、腎障害、造血障害、性機能障害、皮膚炎等が上げられている。

*残留性:残留基準は48作物について決められており、α-BHC、β-BHC、γ-BHC、δ-BHCを合わせて0.2ppmである。牛乳についてはγ-BHCのADI(Acceptable Daily Intake;1日摂取許容量)は0.01mg/kg体重/日である。

水稲にBHCを施用すると、藁の部分に最も多く残留するが、玄米中にも浸透移行し、数ppbから1ppm近く残留する。玄米内の分布比率は、γ-BHCの場合、糠に40%、白米部に60%の報告がある。BHCが残留した稲藁を飼料とした乳牛の牛乳中に数ppbから1ppmの残留が認められた結果、BHCの使用禁止が決定された。

環境・人体汚染:BHCの土壌中の残留性は大で、95%消失するのに3?10年必要とする実験報告もある。環境中では種々の要因に左右され、更に年月がかかる場合もある。BHC異性体のうちではβ-BHCの残留比率が高い。

*γ-BHC(lindane)

性状:無色・無臭の結晶性粉末、水和剤や乳剤を造りやすい。融点:112-113℃。水に不溶(20℃-10ppm)、エタノール(20℃-6.4%)、アセトン(20℃-43.3%)等に易溶。

致死量BHC

経口-人     LDL0 300mg/kg・21日

経口-ラット LD50 68mg/kg

腹腔-ラット LD50 70mg/kg

腫瘍形成有り

致死量γ-BHC

経口-人 LDL0 840mg/kg

経口-ラット LD50 76mg/kg

腹腔-マウス LDL0 75mg/kg

皮膚-ラット LD50 500mg/kg

*代謝:BHCは脂溶性で、吸収されると特に脂肪組織や肝臓、腎臓等によく分布、蓄積される。α-BHC、γ-BHC、δ-BHCは比較的速く分解されるが、β-BHCは非常に緩徐に分解されるが、これは各異性体の毒性発揮に関与するとみられている。ラットでの摂食実験によると100?500ppmのγ-BHCは2週間、α-BHCは約4週間で排泄されるが、β-BHCの排泄には3?6カ月を要するという。γ-BHCは尿、屎及び乳汁に排泄され、一部が肝で代謝される。γ-BHC、δ-BHCは種々の水溶性化合物に代謝され、人から排泄される。尿中への主な代謝産物は2,4,6-trichlorphenol、2,3,4,5-tetrachlorphenol、2,3,4,6-tetrachlorphenol及び2,3,4,5,6-pentachlor-2-cyclohexen-1-olであり、2,3,5-trichlorphenol、2,4,5-trichlorphenol、3,4-dichlorphenolの排泄は少ない。フェノール化合物は硫酸エステル、グルクロン酸抱合体、更に2,4-dichlorphenilmercapturic acidとして排泄される。

*症状:中毒症状はDDTに類似している。毒性の強さは、BHC製剤中の各異性体の含有量によって異なる。α-BHCはDDTの1/2、β-BHCは1/24、γ-BHCは2倍、δ-BHCは1/4位の急性毒性作用を示す。慢性中毒作用はβ-BHCが強く、γ-BHCは弱い

服用による急性中毒は、1?3時間で発症し、死亡は12時間以内に起こることが多い。症状として頭痛、眩暈、嘔気・嘔吐等の他、中枢神経系の刺激症状として振戦、協同運動失調、間代性及び強直性痙攣を来し、重症では呼吸中枢麻痺により呼吸困難、チアノーゼを生じ死亡することもある。肝臓や腎臓障害も認められる。

皮膚吸収作用があり、これは粉剤よりも乳剤の方が大きい。また、局所刺激作用を示し、皮膚、眼及び上気道粘膜などに障害を生じる。

亜急性・慢性中毒は頭痛、眩暈、神経過敏、協調運動失調、嘔気、体重減少、全身倦怠感等の症状の他、再生不良性貧血等の造血障害、実験的には肝腫瘍形成や性機能障害等が認められる。皮膚症状として、一次刺激性の他にアレルギー性接触皮膚炎や吸入による蕁麻疹様発疹の発生等の報告がある。パッチテストには1%-ワセリン基剤を用いる。

従来、国内でlindaneを入手する場合、残留農薬試験用として市販されている試薬γ-BHC Standardを使用していたが、化審法の改正により国内での入手は困難であり、製剤化することはできない。

また、保険薬局及び保険薬剤師療養担当規則第9条において使用医薬品について『保険薬剤師は厚生大臣の定める医薬品以外の医薬品を使用して調剤してはならない』と規定されており、また、保険医療機関及び保険医療養担当規則第19条において『保険医は、厚生大臣の定める医薬品以外の医薬品を患者に施用し、又は処方してはならない』と規定されている。

従って、製剤化目的で試薬等を処方せんに記載することは療養担当規則に違反しており、不適であると判断する。

1)岩波理化学辞典;岩波書店,1998

2)植村振作・他編:農薬毒性の事典;三省堂,1988

3)国立国際医療センター薬剤部医薬品情報管理室・編:医薬品情報Q&A[6];株式会社ミクス,1990

4)後藤 稠・他編:産業中毒便覧 増補版;医歯薬出版株式会社,1992

5)藤原元始・他監修:グッドマン・ギルマン薬理書 第8版;廣川書店,1992

6)http://www.sizen.co.jp/medical/drug/jactingel.html,2001.3.29.

7)薬科学大辞典 第2版;廣川書店,1993

8)Wako Chemicals 31st Ed.,2000

9)PDR 55Ed.,2001

10)佐藤孝道・他編:実践妊娠と薬;薬業時報社,1992

11)厚生省保険局医療課・監修:保険医療における医薬品使用の指針;社会保険出版社,1990

12)読売新聞,第44763号,2000.11.21.

[011.1.BHC:2001.3.30.古泉秀夫・2010.7.22.改訂]