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「ケマンソウの毒性」

日曜日, 5月 23rd, 2010

対象物

華鬘草(ケマンソウ)

調査者

古泉秀夫

分類

63.099. PRO

記入日

2009. 11.15.

成分

protopine(プロトピン)。C20H19NO5=353.36。プロトピン型アルカロイド 。protopine型alkaloidはフェニルアラニン及びチロシン由来のアルカロイドであると報告されている。protopineの他にコブチシンなどのalkaloidを含む。

一般的性状

ケシ科、コマクサ属。学名:Dicentra spectabilis DC。別名:タイツリソウ(鯛釣草)、ケマンボタン(華鬘牡丹)、ディケントラ(Dicentra) 。離弁花植物。花が多数並んで垂れ下がった様子を、仏殿の装飾の華鬘(ケマン)に見立てた。中国原産。又は中国、朝鮮半島等に自生する多年草。古くに渡来。庭や鉢に栽培する多年草。茎は高さ40-80cm、全体に白っぽい緑色。葉は羽状に裂け、最終裂片はくさび形、長さ4-7cm、粗い鋸歯(キョシ)か小裂片。花は4-5月頃。一方に傾いた総状花序。有毒部分:全草。protopineはムラサキケマンの全草に含まれる。

bicucullineはケシ類のケマンソウ科の植物の茎から得られるalkaloidである。

毒性

全草にprotopine、コブチシン等の毒成分を含み、誤食すると下記のような症状を発現。その他、有効成分は、alkaloidのprotopineとケレリトリンを含み鎮痛作用がある。

中枢神経中のGABA受容体(GABAA)があり、抑制性伝達物質GABAの他に、ムシモル、benzodiazepine、barbituric acidなどと結合し、抑制作用を現す。bicucullineはGABA受容体でGABAの作用を選択的に抑制し、痙攣を起こす。

症状

誤食すると大脳中枢が麻痺するので、酒に酔ったように眠くなり、吐き気や体温低下、呼吸麻痺、心臓麻痺などを起こす。その他、睡眠、嘔吐、縮瞳、徐脈、体温低下、呼吸麻痺、心臓麻痺等が報告されている。

処置

気道を確保し、誤嚥を防止したら痙攣対策を行う。痙攣を止めれば代謝性アシドーシスや横紋筋融解による腎不全も防げる。

痙攣:diazepam静注。20-30mgを静注し痙攣が止まらなければpentobarbitalを切り替える。これらの薬物は痙攣を止める作用がある(生理学的拮抗薬)だけでなく、picrotoxinの作用点(GABA受容体)に対する特異的拮抗薬(薬理学的拮抗薬)である。従って、picrotoxin又はpicrotoxin類似の痙攣毒に対しては、対症療法がそのまま特異的治療になる。重症中毒には、気管内挿管をして機械的人口呼吸をしなければならないことがある。

初期治療として催吐、胃洗浄が有効と考えられる。但し、これらの処置は痙攣を誘発しやすいので注意を要する。

活性炭、下剤の投与も有効と考えられる。激しい痙攣や意識障害がある場合は気管内挿管による気道確保、更に必要なら機械的人口呼吸を行う。

事例

京扇は、夢屋の一件で痛い目に遭わせられた虎二が班長として抜粋され、先頭きって踏み込み、二番番頭を容赦なく木刀で叩きのめし、他の者にはケマンソウを煎じたものを飲ませた。以前から従業員同士の仲が悪いとのことで、職人のひとりが番頭を木刀で殺し、皆を道連れにするとの筋書きで、朝を迎える頃には心の蔵や呼吸が止まり、全員が死んだ[浅野里沙子:闇の仕置人無頼控 六道捌きの龍;株式会社光文社,2009]。

備考

華鬘草の毒性については詳細な報告が見られなかったため、断言は出来ないが、相当量を摂取しなければ、致命的な結果を招くことは無いのではないかと思われる。従って、物取りを目的に侵入するために、前もって飲ませておいたとしても、期待通りの結果が得られるかどうかは不明である。犯罪者が不確定要素が多すぎる毒物を使うかということになれば、否定的である。犯罪の成功を期待して毒物を使用するのであるから、やはり期待するのは速効性、確実性ということではないか。その意味では、毒性の強さの解らない毒物は使い難い。

文献

1)牧野富太郎:原色牧野日本植物図鑑 コンパクト版I;北隆館,2003

2)海老原昭夫:知っておきたい身近な薬草と毒草;薬事日報社,2003

3)船山信次:アルカロイド-毒と薬の宝庫-;共立出版株式会社,2006

4)Anthony T.Tu・編著:毒物・中毒用語辞典;化学同人,2005

5)学研の大図鑑 危険・有毒生物;株式会社学習研究社,2003

6)内藤裕史:中毒百科-事例・病態・治療-改訂第2版;南江堂,2001

7)(財)日本中毒センター・編:症例で学ぶ中毒事故とその対策;じほう,2000

『隠元豆中の毒性物質について』

日曜日, 5月 23rd, 2010

KW:毒性・白インゲン・隠元豆・インゲンマメ・インゲン豆・サンドマメ・三度豆・サイトウ・菜豆・Common bean・コモン-ビーン

Q:隠元豆中の毒性物質について

A:隠元豆(インゲンマメ)の学名はPhaseolus vulgaris L.である。別名としてサンドマメ(三度豆)、サイトウ(菜豆)、Common bean(コモン・ビーン)等が報告されている。また仏名としてharicot vert。

本品はマメ科インゲンマメ属の一年草。原産地:メキシコ南部、中央アメリカ。草丈:50(矮性)-300cm、花色:白・桃・黄、開花期:6-7月、鞘長:13-15cm、収穫期:6(鞘隠元)-8月(隠元豆)。

隠元豆は夏、マメ科特有の舌状をしたスイトピーに似た小花を咲かせる。夏に実る緑色の若鞘を茹でて食べたり、そのまま畑において成熟・乾燥させた豆(種子)を煮込み料理や、饅頭の餡、善哉、赤飯等に使用する。 豆類に含まれるレクチン(lectin)はダイエット効果があるとされているが、充分な加熱しないで摂食した場合、毒性を発現するの報告がある。

隠元豆中のlectinは、フィトヘマグルチニン(インゲンレクチン)[Phytohaemagglutinin (Kidney Bean Lectin)]とする報告がされている。

lectinの発見は1888年H.Stillmarkがヒマの実の抽出液から種々の動物血球を凝集することを見出したことに始まる。その後多数の植物種子中から血球凝集素が見出され、植物凝集素と呼ばれた。その後これらの凝集素はそれぞれ明確な結合特異性を持ち、一般に単糖やオリゴ糖で血球凝集活性が阻止され、それらのうちにはABO式血液型に特異的な凝集素も見出され、ボストン大学のW.Boydはラテン語の“legere(選び出す)”になぞらえてlectinと呼ぶように提唱した。

近年、植物種子ばかりでなく、細菌や動物の体液、組織中にも糖結合性蛋白質が多数見出されるようになり、lectinは次の様に定義することになった。

“動植物あるいは細菌で見出される免疫学的産物にあらざる糖結合性蛋白質で、結合価が2価以上で動植物細胞を凝集し、多糖類や複合糖質を沈降させ、その結合特異性は単糖やオリゴ糖を用いた阻止試験で規定することができるものでなくてはならない”。

lectinの中にはコンカナバリンAやインゲンマメレクチン(PHA:phytohemagglutinin)のように、末梢血リンパ球に働いて芽球化を誘起するものもあり、また糖結合特異性の明確なlectinを用いて細胞表面糖鎖の検索を行ったり、不溶化lectinを用いて複合糖質の特異的生成を行うなど、免疫学的、細胞生物学的応用が広がっている。

隠元豆中に含まれるlectin(糖蛋白質)は、100℃-10分間の加熱で毒性が失われるが、80℃の加熱では却って毒性が増加するとする報告が見られる。2006年5月6日放送のTBS系の「ぴーかんバディ!」で、白隠元豆を約3分間炒った後粉末化し、御飯にまぶして食べるダイエット法が紹介されたが、これを試した視聴者が下痢などを訴え、31日迄に被害は965件、うち入院は104件に昇った。

隠元豆による中毒は、英国では1976年から1989年にかけて、集団食中毒として25件、約100人に発生した事例が報告されている。浸しておいて柔らかくした豆をそのままサラダに入れて食べたという事例が多く、四、五粒以上食べて、嘔吐、下痢等の症状が出ている。蒸し器で加熱したというものもあるが、加熱が不十分だったと思われるとしている。

隠元豆による急性疾患は、赤インゲン豆(Phaseolus vulgaris)中毒、金時豆中毒などと呼ばれている。生又は調理が不十分な隠元豆を食べてから症状が出るまでの時間は1-3時間である。発症は激しい吐き気と嘔吐で、重症の場合もある。しばらく(1-数時間)して下痢、人により腹痛がみられる。人によっては入院するが回復も早く(3-4時間)、自然に回復する。

原因とされるphytohemagglutininは、多くの豆に含まれるが、赤隠元に最も高濃度含まれている。毒素はphytohemagglutinin単位(hau)で表されるが、生の赤隠元は20,000-70,000 hau、十分に調理した豆は200-400 hauを含む。白隠元の毒素含量は赤隠元の1/3、空豆場合は赤隠元の5-10%を含む。

 疾患は通常、生や水戻しした隠元を単独もしくはサラダや鍋料理等で食べた時に生じる。わずか4-5個の生の豆で発症しうる。内部の温度が十分に高くならなかった「スロークッカー」、電気鍋、キャセロール料理などに関連した発生の報告がある。80℃で加熱すると毒性が5倍になり、生より危険であることが示されている。スロークッカーで調理した場合、内部の温度は75℃より高くならない。経過は急性である。全ての症状は発症から数時間で消失する。嘔吐は大量で、症状の重症度は摂取した毒素の量(食べた生の豆の数)に直接関連する。入院や点滴が必要な場合もある。期間は短いが、症状としては激しく衰弱する。

隠元豆中毒は家畜でも起こる。カナダの牧場で、新しい飼料を食べた21頭の馬が中毒症状を発現し、飼料会社に確認したところ、別の数カ所の牧場で、同じ資料により合計240頭の牛が中毒症状を呈していることが解った。飼料の中に生の白隠元が含まれていた。

トウゴマに含まれるlectin(リシン)は強力な毒作用を持つ。

1)白鳥早奈英・他監修:もっとからだにおいしい野菜の便利帳;高橋書店,

2)今堀和友・他監修:生化学辞典 第3版;東京化学同人,1998

3)内藤裕史:健康食品中毒百科;丸善株式会社,2007

4)『健康食品』素材情報データベース,2009

[63.099.PHA:2009.10.古泉秀夫]

『イルカンジについて』

日曜日, 5月 23rd, 2010

KW:毒物・中毒・イルカンジ症候群・イルカンジ・クラゲ・水母・ハブクラゲ・クラゲ刺傷・クラゲ刺症・jellyfish venom・Irukandji・Carukia barnesi・立方クラゲ綱・箱虫綱・ヒドロ虫綱・鉢虫綱・ハチムシ綱

Q:イルカンジについて

A:イルカンジ(Irukandji)とは、オーストラリア東岸に棲息するとされる強度の毒を持つクラゲのことである。イルカンジ症候群は、イルカンジクラゲ(Carukia barnesi)に刺されることによって起こる症状の総称である。1952年にHugo Fleckerによって、アボリジニのイルカンジ部族にちなんで命名されたとする報告が見られる。

イルカンジクラゲに刺されると背中・胸の激痛、最高血圧が300近くにもなる急激な血圧上昇、強い精神不安などの症状が起こり、死亡することもあるとされている。このときの痛みは激痛で、モルヒネも効果が無いとされる。更に男性では持続的な勃起を惹起することもある等の報告が見られるが、詳細は不明である。

危険な刺胞動物の代表例[但し、水母のみ,塩見ら1997一部改変]

鉢虫綱

(ハチムシ綱)

エフィラクラゲ科

イラモ

オキクラゲ科

アマクサクラゲ

ヤナギクラゲ

Chrysaora quinquecirrha

アカクラゲ

ユウレイクラゲ科

ユウレイクラゲ

ビゼンクラゲ科

Rhizostoma quinquecirrha

Rhopilema nomadica

ヒドロ虫綱

ハネガヤ科

ドングリガヤ

シロガヤ

クロガヤ

ハナガサクラゲ科

カギノテクラゲ

キタカギノテクラゲ

アナサンゴモドキ科

ショウジョウアナサンゴモドキ

イタアナサンゴモドキ

ホソエダアナサンゴモドキ

カツオノエボシ科

カツオノエボシ

立方クラゲ綱

(箱虫綱)

アンドンクラゲ科

アンドンクラゲ(Carybdea rastoni)

Carybdea marsupiadis

ネッタイアンドンクラゲ科

ハブクラゲ(Chiropsalmus quadrigatus)

Chironex fleckeri

クラゲ刺症(jellyfish venom)とはクラゲに刺されて生じる中毒のことである。腔腸動物(Coelenterates)又は刺胞動物(Cnidaria)ともいわれ、一度に多数の刺胞で刺されるため、危険である。カツオノエボシの粗毒は、活性ペプチド、各種酵素、その他の因子からなる多成分系の総合作用で、皮膚壊死性、心臓毒性がある。アンドンクラゲの粗抽出毒は、溶血、血小板凝集、肥満細胞脱顆粒、血管平滑筋収縮、皮膚壊死、心臓毒、及び致死因子を含む。

クラゲの触手に接触すると、皮膚の刺傷パターンは1点だけでなく、長い帯状の刺傷が数本から数十本になる場合がある。刺胞が開くと棘が皮膚を刺し、毒嚢から毒が分泌されて皮膚に注入される。1個の刺胞からの毒の量は少ないが、多くの刺胞から一度に毒が注入されると危険である。

クラゲによる刺傷は最も頻繁に起こる刺傷であるが、純粋な毒素は未だ分離されていない。

大体高分子の毒で、溶血性、細胞溶解性、筋肉壊死作用を持つことはよく知られている。熱処理に対しては弱い。これは高分子蛋白であるためである。その他、平滑筋の攣縮、麻痺、呼吸筋麻痺、心筋麻痺を起こす。

クラゲに刺傷されたらまず触手を取り除く。食酢か消毒用alcoholが手元にある場合、触手を除去する前に、刺された部位に塗るかあるいはよく洗う。更に触手を除去した後、直ちに食酢あるいはアルコールを塗る。毒は酵素が主で、pH4で失活するとされている。食酢は酢酸4-6%で、5%-酢酸のpHは2.24とされていることから解毒には最も効果的と考えられる。但しクラゲ刺咬症に対する食酢の効果については、臨床的に定まってはいない。また、ウンバチイソギンチャクでは食酢の使用は禁忌とする報告も見られる。しかし、理論的には食酢の使用が一番よいと報告されている。

ハブクラゲの応急処置:食酢の効果は確かめられている。食酢は同じ立方クラゲ種のアンドンクラゲにも有効であろう。食酢には鎮痛効果はない。

クラゲ刺症の基本的処置

?刺されたら直ちに陸に上がり、慌てずに安静を保つ。

?局所に触手が付いていたら、海水で洗い流す(触手の擦り落としは不可)。真水の使用は刺胞を破裂させるため使用不可。

?触手は丁寧に除去する。

?触手除去後、痛みに対しては氷で冷やす。

?刺傷が広範囲、痛みが持続、全身症状があるときは病院を受診させる。

クラゲ刺傷の治療

*クラゲによる刺傷を受けた場合、ゴム手袋を付け、刺傷部を海水で洗いvery strong steroid塗布。破傷風トキソイドの筋注。

*疼痛に対して局所冷却、時に経口鎮痛薬投与、まれに経静脈鎮痛薬投与。局麻軟膏を塗布する。

*後療法として掻痒には抗アレルギー薬・冷却。

*呼吸・循環管理、アナフィラキシーショックの治療を行う。

1)Anthony T.Tu・編著:毒物・中毒用語辞典;化学同人,2005

2)Anthony T.Tu:中毒概論-毒の科学-;薬業時報社,1999

3)内藤裕史:中毒百科-事例・病態、治療 改訂第2版;南江堂,2001

4)塩見一雄・他:新訂版 海洋動物の毒-フグからイソギンチャクまで-;成山堂書店,1997

5)日本中毒学会・編:急性中毒標準診療ガイド;じほう,2008

[63.099.IRU:2009.8.18.古泉秀夫]