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「天雄の毒性」

月曜日, 11月 23rd, 2009

対象物

天雄。異名:白幕(ハクバク)。同意語:川烏頭(センウズ)、異名:川烏(センウ)。同意語:草烏頭(ソウウズ)。鳥兜。英名:モンクスフッド(monkshood又はmonk’s-hood)。

調査者

古泉秀夫

分類

63.099.MON

記入日

2006.9.1.

成分

アルカロイドとして、アコニチン(aconitine)、アコニン(aconine)、メサコニチン(mesaconitine)、ヒパコニチン(hypaconitine)、ジェサコニチン(jesaconitine)、アチシン(atisine)、ソンゴリン(songorine)、コブシン(kobusine)、イグナビン(ignavine)、ナペリン(napelline)等。その他タラチサミン(talatisamine)、アミノフェノールス(aminophenols)、ヒゲナミン(higenamine)等を含んでいる。aconitineは加水分解によりaconine、酢酸、安息香酸を生成する。

一般的性状

天雄

▼[基原]附子(ブシ)又は草烏頭(ソウウズ)の長くて細いもの。原植物の詳細は川烏頭及び草烏頭を参照。▼『本草綱目』では天雄は2種類ある。一つは蜀の人が附子を植え育ったもの、あるいは附子を植え、完全に変化して育ったもので、形状は種芋のようで一様ではない。もう一つは他所の草烏頭の類で、自生するものである。その他、『名医別録』では、烏喙(ウカイ)の註に、長さ3寸以上のものが天雄であるとする記載も見られる。

川烏頭

▼[基原]キンポウゲ科のトリカブト属の塊根。烏頭の塊根。▼[原植物]烏頭、Aconitum carmichaeli Debx.。多年生草本、高さ60-120cm、塊根は普通2個連なって生じ、紡錘形か倒卵形で、外皮は黒褐色である。栽培品の側根(子根)非常に肥大し、直径が5cmにもなる。本植物の栽培品の子根(附子、側子、漏藍子)、野生種の塊根(草烏頭)も薬用にされる。

草烏頭 異名:菫(キン)、烏頭、烏喙(ウカイ)、鶏毒(ケイドク)、莨(コン)、千秋、毒公、果負、耿子(コウシ)独白草、土附子、草烏、竹節烏頭、断腸草。▼[基原]キンポウゲ科の植物、烏頭の野生種、北烏頭(ホクウズ[和名]エゾトリカプト)あるいはその他多種の同属植物の塊根。▼[原植物]1.烏頭(Aconitum carmichaeli Debx.)、詳細は川烏頭参照。2.蝦夷鳥兜(Aconitum kusnezoffii Rchb.)、五毒根、小葉廬(ショウヨウロ)、藍烏拉花(ランウラツカ)、藍花草、百歩草(ヒャッポソウ)等。多年生草本。

漢方薬として使用される鳥兜には、烏頭、附子、天雄の三種類が有る。附子は、秋に母根の横に付いた子根である。その子根が冬の間に成長し、春に芽を出した若根が天雄。晩夏に花を付け、子根(附子)を付けた母根が烏頭である。その他、天雄について、子根(附子)を出さずに大きくなったトリカブトの母根(烏頭)のこととする報告も見られる。

毒性

烏頭の毒性は極めて強く、品種、採集時期、炮製、煎煮時間等の違いによる毒性の差は極めて大きい。炮製の過程でアルカロイド含量は、81.3%が失われる。蝦夷鳥兜や奥鳥兜、山鳥兜等は毒性が強いといわれている。同じ山鳥兜でも、東京の高尾山には毒成分がほとんど無いものがある。西日本に広く分布している山陽附子等も毒性が弱いといわれている。根部だけでなく、花にも毒成分がある。長野県下など秋季の蜂蜜には、鳥兜の群落で採蜜したものがあり、蜂蜜で中毒した例も報告されている。▼鳥兜葉:1gの摂取で重篤な中毒例がある。▼鳥兜根:マウス経口(LD50):0.5-1.8g/kg。▼根>葉>茎の順に毒性が強い。花粉の混入した蜂蜜により中毒症状が出現した例もある。▼aconitine含量は、新鮮な根で0.3-2%、葉で0.2-1.2%とされる。

aconitine:ヒト経口最小致死量 28mg/kg。マウス経口(LD50) 1.8mg/kg。ヒト致死量:2.5mg。ヒト致死量:0.308mg/kg。成人致死量:3-5mg。LD50(マウス・静注):0.12mg/kg・(マウス・腹腔内):0.38mg/kg。

mesaconitine:マウス経口(LD50) 1.9mg/kg。▼□hypaconitine:マウス経口(LD50) 5.8mg/kg。

aconitineは神経細胞のNa+-channelに結合し、Na+-channelを解放して大量のNa-イオンを細胞内に流入させる。結果的に神経細胞の脱分極化は妨げられ、acetylcholineの遊離が抑制され、神経の伝達は阻害される。

症状

中毒症状は呼吸中枢麻痺、心伝導障害、循環器系の麻痺や知覚及び運動神経の麻痺などである。重篤な場合は、発症後6時間以内に死に至る。死因の65%は心室細動、25%は長時間の無収縮である。経口摂取後の中毒症状発現は早く、時に10-20分以内。中毒症状は時間の経過により以下の通り発現する。

初期:口腔・咽頭の灼熱感・しびれ、四肢末端のしびれ、酩酊状態、心悸亢進、眩暈。

中期:嘔吐、流涎、嚥下困難、脱力感、起立不能。

末期:血圧低下、呼吸麻痺、痙攣。

処置

鳥兜の特異的な治療法、解毒剤・拮抗剤はない。

基本的処置:催吐、胃洗浄の後、吸着剤と塩類下剤の投与。

対症療法:呼吸・循環管理。

     特に心室性期外収縮、心室細動に対する治療が重要。

  副交感神経亢進状態に硫酸アトロピン投与(1mg皮下)。

*吸収の阻害:服用後1時間以内であれば胃洗浄を考慮。薬用炭(活性炭)投与。

*排泄の促進:分布容積が大きく無効である。

*嘔吐や下痢に伴う体液や電解質の喪失をチェックして適切に補う。

*呼吸困難又は呼吸停止に対して人工呼吸器管理を行う。

*不整脈に対しては抗不整脈薬やペースメーカーなどで治療する。

事例

「毒が?」

「お前がお内儀に話したという、加藤清正公毒殺の話。それで考えついたのかも知れねえなあ。壺の内側には、釉薬のように薄く塗られていたらしいよ。烏頭とか天雄と呼ばれている毒が」

烏頭とはトリカブトの根のことである。延髄や脊髄を刺激して体中を麻痺させ、しまいには呼吸ができなくなって死に至るという。

角兵衛は上総に帰る前日、季節外れの山菜や茸を焼いて食べていたというから、毒茸が混じっていたかも知れないと疑われた。しかし、その疑いは、茶壺の内面に塗られていた毒によって一蹴された。茶の葉に染み込んだ毒がゆるやかに溜まって、死んだのではないかというのだ。

「それは、ほんまの事ですのか」

「当たり前だッ」

「前々から、塗られてたということはありまへんか」

「それはない。奉行所の調べでは、半月から十日程前に塗られたものだとか。壺を持っていた者は、以前にも何人か亡くなっているようだが、つまりだ………」

「つまり………?」

綸太郎は嫌な予感がしたが、自分が思っていたこととは違う言葉が、内海の口から飛び出した。

「おまえン所の番頭の峰吉がやったことじゃねえかな」[井川香四郎:百鬼の涙-太閤の壺-;祥伝社,2006.4.20.]。

備考

鳥兜には猛烈な苦みがあり、死体に残った僅かな血液からでも毒成分のaconitineが検出されるということから、毒殺には不向きという記述が見られる。▼科学技術の発達した現在、分析技術の進歩により微量成分の確認が可能になったということで、毒殺には不向きという意見が見られるということになるのだろう。だが、極く最近も鳥兜殺人事件は起こっており、毒を使う人間は、自分が使用する毒がすぐ確認されるなどという認識はないのかも知れない。▼ましてこの物語の場合は、化学的に物質の同定など出来ない江戸時代の話であり、野生の鳥兜を簡単に手に入れることが出来るとすれば、使いたくなったとしても仕方がない。しかもこの物語では『天雄』等という最近ではあまり眼にしない名称が使用されている。▼それについて調べたところ、『附子』、『烏頭』、『天雄』は同じ鳥兜で、その塊根の部分的な差異による名称区分のようにも思われるが、一方で生育時期による名称区分と考えられる記述もみられ、どうもハッキリしない。何せ天雄については、文字による説明だけで、現物を見せて戴いたわけではないので、何とも判断がおぼつかないのである。▼最も鳥兜については、一株貰ったものを植木鉢に入れて育てているが、これが気むずかしい。花が最後まで咲いていたのは最初の年だけで、その後はひ弱なモヤシみたいなものが出てくるだけで、花が咲くまでに至っていない。勿論、塊根を採りだして観察するほどに育っておらず、天雄の確認は困難だということである。

文献

1)上海科学出版社・編:中薬大辞典 第三巻;小学館,1998

2)植松 黎:毒草を食べてみた;文藝春秋,2000

3)曽野維喜:続東西医学 臨床漢方処方学;南山堂,1996

4)船山信次:図解雑学-毒の科学;ナツメ社,2004

5)海老原昭夫・編著:知っておきたい毒の知識;薬事日報社,2001

6)Anthony T.Tu・編著:毒物・中毒用語辞典;化学同人,2005

7)鵜飼 卓・監修:第三版 急性中毒処置の手引き;薬業時報社,1999

8)相馬一亥・監修:イラスト&チャートでみる-急性中毒診療ハンドブック;医学書院,2005