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「彼岸花の毒性」

日曜日, 1月 4th, 2009
対象物 彼岸花(曼珠沙華・まんじゅしゃげ)。別名:シビトバナ(死人花)、ジゴクバナ(地獄花)。シタマガリ、ジャンボバナ、ハミズハナミズ、ユウレイバナ、ラントバナ。
成分

リコリン(lycorine):C16H17NO4=287.31。彼岸花の鱗茎(石蒜)に含まれるフェナントリジン骨格を持つalkaloid。lycorineは哺乳動物において少量投与で流涎、大量投与でエメチン様の下痢、吐き気を引き起こすが、その毒性は比較的弱いので、催吐、去痰薬として用いられる。またかなり強い体温降下作用、抗アメーバ作用も示す。
ガランタミン(galanthamine):C17H21NO3=287.35。彼岸花や水仙、キツネノカミソリ等のヒガンバナ科の植物に含まれるalkaloid。通常、球根に0.05-0.2%の含有量がある。コリンエステラーゼ阻害薬で、筋無力症や筋障害、中枢神経系の障害を伴う知覚及び運動機能不全に用いられた。痴呆症薬として最近注目される。よい澱粉質であるので、昔は十分な灰汁抜きをして食べた様である。
クリニン(crinin):data検索不能。

一般的性状

ひがんばな科。ヒガンバナ属。学名:Lycoris radiata Herb.。『radiata』は“放射状”のという意味。英名:Red Spider Lily。秋の彼岸頃に花が咲くことによる。日本各地及び中国に彼岸花-003分布。堤防や道端、墓地などの人気のある所にはえる多年草。秋の葉のない時、地下の鱗茎から高さ30cmの花茎1本を出し数花を輪状に開花。花被片は細長く外側に反る。雄しべと雌しべが長く出て同色、結実しない。花後に葉を束生し翌3月に枯れる。有毒。中国渡来説もある。大昔の飢餓の時に毒抜きした彼岸花の球根を食べて助った人達がいたことから救荒食として畑の畔道などに植えられた可能性がある。

毒性は煮たり炒めたりして熱を加えても変わらない。彼岸花の球根は小振りの玉葱のような外見をし、皮を剥いた中味はクワイのように白くしゃりしゃりとしている。スリコギのような棒で叩き潰し、ドロドロになったところを石臼で更に細かく挽く。その後は清水を取り替えながら繰返し洗い、水底に残った澱粉を天日に干す。長期の保存には、更に寒晒しを行う。この澱粉と同量の水を鍋に入れ、とろ火でネットリした糊の様になるまで煮詰め、熱いうちに皿にあけ、冷やして固める。味付けは刻みネギと醤醢(ヘソビ餅)。

鱗茎を催吐薬、去痰薬として用いる。

lycorineは、全草(茎、花、葉等)、特に鱗茎(球根)に多く含まれ、鱗茎のなかでも特にその外側の鱗片部に多い。

毒性

有毒alkaloid。重篤な中毒は稀で、成人が球根1個以下を摂食した場合、消化器系症状を生じる程度である。
lycorine:LD50(マウス)経口10,700mg/kg。彼岸花の鱗茎から単離され lycoremineと命名されたalkaloidと同一の物質であることが証明されたものがgalanthamineである。

症状

摂食当初は口の中がヒリヒリ熱くなって生唾がこみ上げ、嘔吐が始まる。吐いても吐いてもむかつきは治まらず、胃の中がかき回されるように痛んでくる。頭がくらくらとし、上体を起こしておられず、何かにしがみついていても自分がどうなっているのかさえ判らなくなる。

ヒガンバナ科植物の中毒は何れも吐き気、嘔吐、下痢が主症状である。粘膜刺激作用により粘液血性下痢を見ることがある。食道狭窄を起こすこともある。

少量の摂取(2-3g、特に球根は強毒性)では、短い潜伏期(30分以内)の後に、悪心、嘔吐、下痢、流涎、発汗を生じる。大量では神経麻痺の可能性があるが、ヒトでは殆どの場合、初期に嘔吐するため消化器系症状程度に止まる。

ヒガンバナ科植物摂取時の症状

▼循環器系:頻脈、胸痛、重篤な場合は心停止。

▼神経系:眩暈、麻痺、脱力感、筋力低下、筋肉痛、振戦。神経炎。

▼消化器系:悪心、嘔吐、腹痛、下痢、流涎。粘液血性下痢、食道狭窄を起こすこともある。

▼その他:体液・電解質バランス異常(嘔吐や下痢が酷い場合)。結膜炎、皮膚炎(lily rash)。

処置 彼岸花中毒で中枢作用や流涎、下痢が激しいときはアトロピンの静注が効果的である。

彼岸花の鱗茎を少量摂取した場合:対症療法。
大量の場合(特異的な治療や解毒剤・拮抗剤はない)。
基本的処置:催吐、吸着剤・下剤の投与。
対症療法:嘔吐、下痢による脱水に対する処置(体液や電解質のモニター)。

事例 「わからないのは灰汁で彼岸花が煮られていたことです。実習では

この方法は教えていません」と疑問を投げかけた。

新たに加わった助左右衛門が、ゆみえの手控え帳に目を走らせながら「彼岸花の根の一部が塊で残っていた、とありますね。おそらく根が丸ごと茹でられて、煮えたところで切り分けられ、大根か人参のように食べられたのだと思います。もっとも危険な食べ方ですよ。これでは毒がほとんど抜けていない。彼岸花の根は必ずつぶしてどろどろにしてから、毒抜きしなければならないのです。長い時間煮れば毒抜きできるというものではありません」と言いきった。

弥十郎は、「だから子どもたちも知らずと、多量の毒を食べてしまったのだな」と口惜しそうに手を握り締め、ゆみえは、「子どもを巻き添えにするなんて、ひどすぎます」吐き出すようにいった[和田はつ子:藩医宮坂涼庵;小学館文庫,2008]。

備考 かって彼岸花は、冷害や天候不順による飢饉が起こった時の救荒食物として利用されてきたという。ただし、彼岸花の球根をそのまま食べたのでは、彼岸花に含まれる毒によって中毒が起こる。彼岸花の灰汁抜きに気が付くまで、救荒食物として大量に摂取した事例では、多くの犠牲者が出たのではないかと思われる。

ところで“藩医宮坂涼庵”の活躍する舞台は、陸奥の小藩である。陸奥といわれる国の範囲は、本州の北東端にあたる今日の福島県、宮城県、岩手県、青森県と、秋田県北東の鹿角市と小坂町にあたるとされる。ある意味でいえば冷害多発地帯で、彼岸花が重要な救荒植物として栽培されていたのかもしれない。

主人公は医師であるが、後一人重要な役割を果たしているのが、二十以上も年の違う庄屋に嫁ぎ、その後亭主に先立たれた後家さんである。この女性は医師の手伝いが出来る程度の漢方に対する知識を持っており、絵も巧いという設定になっており、救荒植物図鑑を作成している。これは救荒植物を摂取する時に、事故が起きないようにしたいという配慮によるものである。

文献

1)牧野富太郎:原色牧野日本植物図鑑 コンパクト版1;北隆館,2003
2)植松 黎:毒草を食べてみた;文春新書, 2004
3)海老原昭夫:知っておきたい身近な薬草と毒草;薬事日報社,2003
4)船山信次:図解雑学-毒の科学;ナツメ社,2004
5)Anthony T.Tu・編著:毒物・中毒用語辞典;化学同人,2005
6)海老?豊・監訳:医薬品天然物化学 原書第2版;南江堂,2004
7)内藤裕史:中毒百科-事例・病態・治療-改訂第2版;南江堂,2001
8)鵜飼 卓・監修:第三版 急性中毒処置の手引き;薬業時報社,1999

調査者 古泉秀夫 分類 63.099.LYC 記入日 2008.5.5.