『今後どうする気なんでしょうか?』

                                                                  医薬品情報21
                                                                        古泉秀夫

病院にとって『院内感染防御』は、重大な命題である。しかし、その割りに滅菌・消毒に関する各設備は整っていないというのが現実ではないか。特に内視鏡の消毒などというのは、建築の古い病院では、内視鏡検査室等は後から無理をして改築したなどという施設が多く、そういうところでは内視鏡の消毒を行う専用の消毒室などは持っていない。当然排気設備の無い室で、無理をして消毒作業を行うということになるが、消毒を担当する人間、多くの場合は看護師になるがは、多かれ少なかれ発生するガスの被害を受けることになる。

大阪掖済会病院(大阪市西区)に勤務していた元看護師が、消毒液が原因で化学物質過敏症になったとして、病院を経営する社団法人日本海員掖済会(東京)を相手に約2,500万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が25日大阪地裁であった。裁判長は消毒液と発症の因果関係を認めた上で、病院側が安全配慮を怠ったと判断、約1,060万円の賠償を命じた。原告側代理人によると、医療現場で同過敏症の発症責任が認められたのは初めてという。

判決によると、看護師は1998年5月から約2年間、同病院のレントゲン透視室で検査器具を消毒液で洗浄する作業を担当。その後、消毒液の臭いだけで口内炎を発症する状態となった。消毒液には化学物質「グルタルアルデヒド」が含まれ、説明書にも換気に注意するよう記されていたが、透視室では原則、扉を開放しないまま作業していた。

判決で裁判長は「防護マスクなどの着用を指示していれば症状は相当軽減できた」と指摘した[読売新聞,第46983号,2006.12.26.]。

ところでグルタルアルデヒド製剤の製品である『ステリハイド2W/V%液(丸石製薬)』の添付文書には、次の記載が見られる。

*グルタラール製剤 化学的滅菌・殺菌消毒剤(医療用器具・機器・装置専用)

ステリハイドは、グルタラール2w/v%-濃度液に、添付の緩衝化剤(粉末)を溶かして使用する用時調製の組合わせ医薬品である。
ステリハイド2w/v%液:グルタラール(グルタルアルデヒド)2w/v%及び添加物としてpH調整剤含有

緩衝化剤(粉末):pH調整剤、黄色5号、その他2成分 含有

本品は用時調製の製剤で、使用目的に応じて製する。

重要な基本的注意

1.人体に使用しないこと。
2.本剤の成分またはアルデヒドに対し過敏症の既往歴のある者は、本剤を取り扱わないこと。
3.グルタラール水溶液との接触により、皮膚が着色することがあるので、液を取り扱う場合には必ずゴーグル、防水エプロン、マスク、ゴム手袋等の保護具を装着すること。また、皮膚に付着したときは直ちに水で洗い流すこと。
4.眼に入らぬようゴーグル等の保護具をつけるなど、十分注意して取り扱うこと。誤って眼に入った場合には、直ちに多量の水で洗ったのち、専門医の処置を受けること。
5.グルタラールの蒸気は眼、呼吸器等の粘膜を刺激するので、必ずゴーグル、マスク等の保護具をつけ、吸入または接触しないよう注意すること。換気が不十分な部屋では適正な換気状態の部屋に比べて、空気中のグルタラール濃度が高いとの報告があるので、窓がないところや換気扇のないところでは使用せず、換気状態の良いところでグルタラールを取り扱うこと。
6.本剤にて内視鏡消毒を行った後十分なすすぎが行われなかったために薬液が内視鏡に残存し、大腸炎等の消化管の炎症が認められた報告があるので、消毒終了後は多量の水で本剤を十分に洗い流すこと。
7.手術室等における汚染された部分の清拭や、環境殺菌の目的での手術室等への噴霧などは行わないこと。

その他の副作用(頻度不明)

過敏症:発疹、発赤等の過敏症状
皮 膚:接触皮膚炎

注)このような症状があらわれた場合には、換気、防護が十分でない可能性があるので、グルタラールの蒸気を吸入またはグルタラールと接触しないよう十分に換気、防護を行うこと。また、このような症状が継続して発生している場合、症状が全身に広がるなど増悪することがあるので、直ちに本剤の取り扱いを中止すること。

適用上の注意(使用時)

(1)誤飲を避けるため、保管及び取り扱いに十分注意すること。
(2)本剤を用時調製する時、ピペット等で直接吸引して調製しないこと。
(3)グルタラールには一般に、たん白凝固性がみられるので、器具に付着している体液等を除去するため予備洗浄を十分に行ってから薬液に浸漬すること。
(4)浸漬の際にはグルタラール蒸気の漏出防止のために、ふた付容器を用い、浸漬中はふたをすること。また、局所排気装置を使用することが望ましい。
(5)炭素鋼製器具は24時間以上浸漬しないこと。

その他の注意

グルタラールを取り扱う医療従事者を対象としたアンケート調査では、眼、鼻の刺激、頭痛、皮膚炎等の症状が報告されている。また、グルタラール取扱い者は非取扱い者に比べて、眼、鼻、喉の刺激症状、頭痛、皮膚症状等の発現頻度が高いとの報告がある。

glutaralの取扱については、添付文書を十分に読み解いていただき、記載内容を確実に実施しておけば、大阪掖済会病院の訴訟は無かったといえる。

勿論、添付文書を読んだとしても、病院に設備がなければ改善は出来ない。グルタラール等のガス化する消毒剤は、本来排気設備の整った独立した消毒室において使用すべきもので、その設備のないところで看護師に作業をやらせるなどということは本来あってはならないことである。しかし、元来日本の病院建築では、このような専門の作業部屋は、勿体ながって作らないというのが普通である。最新鋭の機械は購入し、その器械を持つことを宣伝したがるが、医師の仕事に直接役立つものでない限り、他職種の安全のための設備など、殆ど無視されてしまう。

しかし、時代が変わったというべきか、従来ならこのような勤務には耐えられないとして、退職してしまうのが普通で、裁判で争う等ということは考えられなかったが、今回は訴えられた上、病院が敗訴している。

これからの病院は、結局、職員の安全にも気配りをした設備を持たなければならないということである。訴訟に時間をとられ挙げ句の果てに損害賠償をとられたのでは、病院運営は出来ないということになる。

1)ステリハイド2W/V%液/ステリハイド20W/V%液,2005年4月改訂(第4版)

                                                                      (2008.3.6.)