紅葉巡礼(2)

鬼城竜生

前回の散策では、納得する紅葉の写真が撮れなかったため、2007年12月6日、再度紅葉の写真を撮るべく出かけた。

品川駅から山手線で代々木駅に、代々木駅で中央線に乗り換え千駄ヶ谷駅で下車した。改札口を出て、右に行くか左に行くか迷ったが、見事に黄葉していた銀杏の木に惹かれて右側に行くことにした。銀杏並木が続き、何処を見ても黄葉、黄葉という風景に驚いたが、同時に、この黄葉が散った後の掃除は大変だろうな等とつまらないことを考えながら歩いたが、行き着いた先は“明治神宮”だった。
明治神宮-01 別に“明治神宮”を目指していたわけではなく、どちらかといえば“聖徳記念絵画館”方面を目指していたので些か当てが外れたが、昼飯前で戻る気力はなく、そのまま明治神宮内を散策することにした。
紅葉を見るという目的からすると、“明治神宮”の参道には紅葉する木はあまり見られなかった。ただ、広い参道に落葉が風に舞い、小さな子が頻りに椎のみを拾っていたが、付き添いの明治神宮-03父親は些かうんざりした顔で付き合っていた。
それはそうだろう。

女の子は無闇に落ちている椎のみに興奮して拾いまくっていたが、父親の手には既にB5版のビニール袋に半分程度の椎のみがあり、これを持ち帰ってどうするんだという思いが先に立ったということなんだろうが、大人と子供では価値観が違うということの典型みたいな雰囲気が見られた。

枯れ葉舞う/椎拾う子の/小さき背に

椎拾う/子に参道の/枯れ葉舞う

枯れ葉舞う/神宮道の/巨木かな

狙った写真は撮れないということで、今回は銀杏の黄葉だけかと思いながら大鳥居をくぐり、原宿方面に抜けようとした時、竹垣に囲まれた庭があるのが見えた。どうやら明治神宮御苑の東門の前に立ったようであるが、この門からは入れないので、北門に回れと書かれていた。

入り口を見た時はさほどの庭とは見えなかったが、この”御苑“、江戸の初期には『加藤家、その後は井伊家の下屋敷の庭園であったものが、明治時代には宮内省所管となり、代々木御苑と呼ばれて明治天皇、昭憲皇太后が度々訪れた庭園であるとされている。

総面積は約83,000平方メートル、曲折した小径がクマザザの間を縫い、武蔵野特有の雑木林の面影をとどめていると紹介されている。隔雲亭(写真)は昭憲皇太后が別荘として使用していたといわれているようで、この縁側からは庭を通して南池が見えるようになっているようであるが、内部の見学は認められていないので、確認はしていない。

明治神宮-04
隔雲亭の前を通って緩やかな坂を下ると、池に張り出した形で御釣台が見られる。これは説明書によると昭憲皇太后が魚釣りを楽しまれたところだというが、その当時何が釣れたのか、今見ると釣れる魚の種類は限定されていたのではないかと思われた。せいぜい鯉か鮒程度だったのではないだろうか。池沿いの道を奥に入ると菖蒲田があり、時期になると見栄えのする菖蒲田になるの ではないかと思われた。

菖蒲田から清正井の方を見ると見事な紅葉が見られたが、期待していなかっただけに思わぬ眼の保養をさせていただいた。何しろ人の数が少ないのが佳かった。静かに落ち着いて鑑賞することが出来たということである。

帰りは原宿口休憩所にある食堂で日本酒を1本と蕎麦を注文したところ、蕎麦はどういう訳か鰊蕎麦が出てきた。鰊蕎麦は専ら京都のものと思っていただけに驚いたが、別に何処で出しても良い訳で、驚く方がおかしいのかもしれない。

(2008年1月10日)