医療事故の結末-最近の新聞から-その2

医薬品情報 21

古泉秀夫

*東京都立病院で、誤って消毒液を点滴された女性患者(当時58歳)が死亡した事件で、東京地裁は2000年12月27 日、業務上過失致死罪に問われた看護婦の一人に禁固1年、執行猶予3年、他の一人に同8カ月、執行猶予3年の判決を言い渡した。裁判長は『看護婦として不注意で初歩的な過誤』と指摘した。執行猶予にした理由として、事故直後にミスを正直に病院側に申告し、都の懲戒処分を受けていることなどを挙げた。

判決によると、1999年2月、看護婦が消毒液の入った注射器を血液凝固防止剤の入ったものと間違って用意し、次の看護婦も中身を確認せずに患者に点滴した。患者はその日のうちに死亡。この事件では、病院長だった被告と都衛生局副参事だった被告が、医療ミスを隠したとして、医師法違反などで公判中。当時の主治医も、ミス隠しで罰金刑を受けた。

都衛生局の話「判決を厳粛に受け止めている。全都立病院を挙げて医療事故防止に努め、信頼回復に全力を挙げていく」。

医師や看護婦などで組織する都区職員労働組合病院支部の話「事故の背景に、安全よりも収益を優先する病院経営があり、事故防止対策を国や自治体に求めていく」。[2看護婦に有罪判決;読売新聞,第4799号,2000.12.27.]。

裁判官の『不注意・初歩的なミス』の御指摘は最もであるが、それでもなお、不明な部分が残る。つまり『消毒剤を注射器に入れたのは誰か』ということである。“消毒液の入った注射器を、血液凝固防止剤の入ったものと間違って用意”としているが、消毒剤はアンプルにもバイアル瓶にも入っていない。にも係わらず、当の本人が“血液凝固防止剤”を吸引するつもりで、消毒剤の瓶から注射筒に消毒剤を吸引していたのであれば、それは単なるミスではなく、狂気である。

しかし、実際には、“ヘパリン生食”は前もって注射筒に吸引して用意してあり、冷所保存をして置いたものを出したということのようである。しかも、注射筒には“ヘパリン生食”と油性マジックで記載されていたという。

本来なら誤りが起こる話ではないが、ここで“ヘパリン生食”を用意した看護婦が、同一テーブルで消毒剤を注射筒に吸引し、メモに消毒剤の名称を記入、注射筒に貼付した。この時、注射筒の“ヘパリン生食”の記載を確認し、メモを貼付すれば何の問題も起こらなかったのに、確認せずにメモを貼付したため、消毒剤を吸引した注射筒には何の標記もなく、消毒剤と記載したメモは、“ヘパリン生食”と記載した注射筒に貼付されていたということである。

更に、もう一人の看護婦は、“中身を確認せずに患者に点滴” したということで禁固8カ月、執行猶予3年とされている。つまりこの段階で注射筒の“ヘパリン生食”を確認することをしていれば、何の記載もない注射筒を掴んでいることに気付いたはずであり、ルール上、注射筒に“ヘパリン生食”と記載することになっていたとすれば、何の記載もされていない注射筒の注射薬を使用することはない訳で、事故は防ぎ得たということのようである。

今回の事故発生の最大の問題点は、注射薬以外の物を秤取するために『注射筒』を使用したということである。どこの医療機関でも、院内感染対策マニュアルが作られており、各部位毎に使用する消毒剤の種類と濃度は決められているはずである。

その意味では、病棟で消毒剤を希釈する必要は全くなく、濃度別に調製された消毒剤を購入するか、使用濃度の消毒剤が市販されていなければ、薬剤部製剤室で調製することで対応可能なはずである。それが実施されていなかったという組織運営上の問題が、最重要課題であり、単に個人的な問題として処理したのでは、再度類似の事故が発生する。

薬を専門に取り扱う薬剤師は、その長年の経験から散剤・水剤等、混合してしまった場合に、後から確認することが困難な薬剤の調剤に際して『調剤を始めたら最終的に秤量・混合が終了するまでは持ち場を離れない』という鉄則を厳守する。

例えそれが緊急の電話であっても、折り返しかけ直すということで、調剤の途中で持ち場を離れてはならないという教育を受けている。しかし、病棟での最優先事項は、何よりも患者の側に走ることであるため、注射薬を調整中であれ何であれ、現に実施中の作業を中断してナースコールに対応する。

つまり注射薬の調整途中であってもそのまま持ち場を離れてしまうために、他の看護婦への作業の引き継ぎは不可能ということである(他の看護婦に、その都度業務の引き継ぎができるほどの人手が有れば、注射薬調整中の看護婦が持ち場を離れる必要はない訳である)。それにも係わらず、作業の継続性があるような対応を取るため、特に注射薬については、事故が起こる確率が高いということである。

各病棟において、任務として薬品を担当する看護婦を指名しているようであるが、薬品だけに責任を持つのではなく、他の仕事の片手間に対応するという状況があるため、責任のある対応ができないということであり、病棟における看護婦配置人員の少なさが、諸悪の根元であるということもできる。

  1. 病棟で薬を扱う看護婦-特に注射薬を扱う看護婦は業務を固定し、注射薬取扱中は、他の仕事をさせない。
  2. 注射薬取扱中は二重鑑査を実施する。
  3. 単品の薬剤を吸引した注射筒・注射薬を配合した補液瓶には、患者の名前あるいは薬の名前を記載したラベルを貼付する。
  4. 注射時には必ずラベルの記載内容を確認する。
  5. ラベルの貼付されていない注射薬は使用しない。

以上のことが徹底できれば、注射薬に関連する事故は限りなく0にできるはずである。しかし、これらの作業は、現有の看護婦配置人員では、はっきり申し上げて実施不可能である。

ところで注射薬の事故に関連し、特に補液への注射薬の配合(混注)は本来調剤である(国会答弁で厚生省は混注は調剤ではないという回答をしたことがあるが)ということから、薬剤師が処方せんに基づいて行うべきであるとする論議がされている。しかし、現状のまま薬剤師に業務を移管したとしても、結果的に『注射薬の事故を分散する』に過ぎない。

まず薬剤師の勤務体制は、日勤のみであり、現状の業務を行うのにギリギリ最低限の配置人員でしかない。従って新しい仕事を持ち込むためには、増員を行うことが絶対の必要要件である。更に注射薬の中には溶解し、他剤と配合した場合、短期間に力価が低下する製品が存在する。このような注射薬では、使用直前に混合することが必要であり、日勤のみの勤務体制では、夜間の混合は、従来通り病棟の業務として残ることになってしまう。

夜間の混注も、薬剤師が実施するとすれば、薬剤師の勤務態勢を2交代制にするのか、3交代制にするのかの判断が必要である。しかも、混注の事故防止ということで有れば、調剤者と鑑査者の配置は最低限必要であり、薬剤師の健康管理を考えれば、1カ月間の夜勤回数は当然制限せざるを得ない。

2名で8日以内の夜勤回数で有れば、管理職以外に18名の薬剤師数が最低限必要であり、3名で有れば24名の配置が必要である。夜勤回数を6日以内にするので有れば、更に多くの薬剤師の配置が必要ということである。

現状では、これだけの数の薬剤師を配置することは困難であり、全てを肩代わりすることは不可能である。更に単品で使用する薬剤や臨時投薬については、病棟で配合せざるを得ず、薬剤師を各病棟に配置するので有れば、看護婦の配置を3人夜勤・4人夜勤可能人員とすることの方がより効率的であるということである。

病棟における注射薬の事故が多発する。だからどさくさ紛れに薬剤師の仕事として、薬剤師に振るのではなく、注射処方箋の確立、定められた時間内の記載・提出、頻繁な変更の中止(治療方針の明確化)等、まず処方せんを記載する医師が、他の職種の業務が煩雑にならないよう注意することからはじめて、全ての業務の見直しを徹底的に行い、その後にそれぞれの専門職能に見合った業務として確立することが必要である。

『病院における業務の全ては、医師が行動することによって派生する。事故を起こす原因の一つは、医師の自己中心的な行動』にあることを銘記すべきである。

[2001.1.13.]