『drug-lag』

                                                                      魍魎亭主人 

最初に『drug-lag』なる言葉を眼にしたのは、業界紙だったと記憶している。薬という文字である『drug』に、<人・事が>遅れる;立ち遅れる。………より遅れる、………を遅らせる等を意味する『lag』を付けて、何を表現しようとしているのか良く解らなかった。

そのうち業界紙の一部に、『drug-lag』(『世界的には標準的に使用されているが、我が国では承認されていない状況にある医薬品』)の記載が見られ、まあこんなに長い言葉を僅かに横文字2語に納める知恵はたいしたものだと感心したが、一方でこの言葉の意味が定着するまでの間は、喋る側と聞く側で、ある種意味不明の会話が続く事になりはしないかという危惧を持った次第である。

更にこの言葉を眺めているうちに、この問題の主体性は何処にあるのかという疑問を感じた。世界標準使用薬ではあるが、国内未承認薬ということであり、当然患者側、ひいては国民には責任がない話である。責任のある当事者、規制当局が、評論家的な解釈を示しているとすれば、甚だ無責任な話で、規制当局としての努力不足を棚に上げたいいようだといわなければならないのではないか。

端的に言わせていただけるなら『導入遅延薬』の責任は、その改善を図らなかった厚生労働省にある。あるいは国内での臨床治験を実施しようとしなかった、製薬企業側にもあるのではないか。

『導入遅延薬』の問題は、2004年の政府規制改革会議で、混合診療問題が論議されたときに、この問題も論議されたとされる。

国内未承認薬は、当然のこととして薬価基準未収載薬であり、保険医療機関では使用できない。更に厚生労働省が認めない限り、未承認薬のみを自費で、他は健康保険という混合診療は実施出来ない。政府規制改革会議は、健康保険で使用できない『導入遅延薬』を速やかに導入して、患者の自己負担で使えるようにすることで、混合診療の枠の拡大を図ってはどうかということだったようである。

しかし、単なる混合診療では意味がない。将来試用期間の資料に基づいて、厚生労働大臣の承認が得られるよう、最低でも有料の臨床試験という形態を取るべきである。さもなければ何時までも『導入遅延薬』のままで置かれることになる。更に患者の数が少ない希少疾病の場合、例えその薬が患者にとって重要な薬であったとしても、製薬企業は開発に手を出さない。その意味では有償の臨床治験を実施し、その後、承認することによって、健康保険で使用できるという仕組みにすることによって、患者の納得も得られるのではないか。

優れた健康保険制度を持つ我が国において、患者自己負担率の大幅なアップは、我が国の医療の基本である皆保険制度を根底から突き崩すことになりかねない。

しかし、大衆的に理解し難い横文字で表現し、行政の怠慢を糊塗するようなやり方は、好きになれない話である。

                                                                  (2007.10.27.)