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	<title>医薬品情報21</title>
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	<description>医薬品情報を提供します</description>
	<pubDate>Fri, 03 Feb 2012 15:21:51 +0900</pubDate>
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		<title>「しだれ桜」</title>
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		<pubDate>Fri, 03 Feb 2012 15:20:00 +0900</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[医論薬論]]></category>

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		<description><![CDATA[&#160;&#160;&#160;&#160;&#160; 鬼城竜生
東京でしだれ桜を撮ろうとすると些か苦労する。六義園のしだれ桜はよく知られており、時期になると夜間照明を当てて、暗闇に桜の姿を浮き出させる工夫がされている。逆に云えば、それだけ“しだれ桜”は珍しいということになるのだろう。更にその季節になると、無闇に人が集まり、六義園の入口に100人を超える人の行列が出来ていた。一度写真を撮りに行ったが、並んでいる人数にウンザリして、帰ってきてしまった。そこへ行くと京都の桜は、無闇にしだれ桜が多い。関西と関東という地域性の違いか、人間性の違いか解らないが、染井吉野は江戸彼岸系の桜が下敷きになって開発されたということであるから、関東に染井吉野が多いのは仕方がないことかもしれない。
しかし、無闇に人の多い六義園の桜を避けて、何とかしだれ桜の写真を撮ろうとしているが、その他の所のしだれ桜は、比較的若い木が多く、あまり納得する写真になっていない。仕方がないので桜の季節になると写真を撮りに出かけるが、行く時期が速かったり遅かったりで、染井吉野でさえ巧く撮れないと云うことが、ここ何年か続いている。
所で今年は東日本大震災の影響で、何処も夜間照明はしないと云うことだったが、千鳥ヶ淵に行くことにした。ここならばその前に皇居東御苑によることが出来るし、前に行った経験からも云っても間違いなく桜は咲いているということで、2011年4月2日（土曜日）にかみさんと二人で出かけることにした。
地下鉄の竹橋駅で降りて平川門から入り、梅林坂を抜けて天守台の横に抜ける。取り敢えず天守台に上り、何気なく辺りを見回していると、「あれ、今造っている塔じゃないの」とかみさんが云うので、「そんなこたぁないだろう」と云いながら指さす方を見ると、靄で霞んだような彼方に、墨田川河畔で造られている電波塔が微かに見えた。「こりゃ遠すぎてこの小さな写真機では写せないかな」とぼやきつつ、シャッターを切ったが、果たして巧く写ったかどうか。
江戸城の天守閣は、かの有名？な振り袖火事で類焼したという。不思議なのは、その後、天守閣を再建しようという話が出なかったという所である。最も今更威容を誇ることもなかったのかもしれないが、何よりも財政が逼迫し、それどころの話ではなかったというのが本当のところだったのかもしれない。しかしよく解らないのは、堀と石塀に妨げられている城の中の天守閣が燃えたということであるが、よほど乾燥がきつく、大きな火が飛び火してきたと言うことでもなければ、延焼するとは考えられない。まあ、消火の技術はたいしたものではなかった考えられるので、火が飛んできたらどうしようもなかったということなんだろう。次ぎに桜の島で桜をと思ったが、前回来た時のような華々しい桜は見られず、直ぐ後ろにある竹林に移動した。この竹林にある竹は、色々面白い竹が並んでいる。竹林の前に説明用の掲示板が建てられていたが、国内だけではなく、国外の珍しい竹も移植されているようである。今回は何枚か写真を撮り説明書の写真も写したが、晴れた日の早朝、明るい太陽光の下で、写せば、へぼな写真も見られるものになるかもしれない。     石室の前を過ぎて、野草の島、果樹古品種園、本丸休憩所等を渡り歩き、花の写真を撮り歩いた。尤もこの石室、見る人によって云っていることが違い、氷を入れていたとか、火事の時に隠れたとか云っているが、氷室とするには貧弱であり、これでは保存した氷は長持ちしないだろうと思えるほどの造りである。また、火事の時に逃げ込むというのも、石室の大きさを考えれば無理であり、下手をすれば蒸し焼きにされてしまう。如何せん江戸時代の人達といえど、火除けで造るならもっと火除けらしい石室にしたのではないか。本当は道具類を入れておく場所だったという説明がされている。
桃華楽堂の前で花の写真を撮り、北詰橋門から外に出てた。科学技術館のの前を通り、吉田茂の銅像を右手に、日本武道館の前に出た所で、武道館の2階に食堂があったので、そこで昼飯を食うことにしたが、あまり献立の種類は多くなかった。
田安門を抜け、九段坂から千鳥ヶ淵に出て、そこそこ桜の写真を撮り、靖国神社に向かった。その間、千代田のさくら写真撮影会の出店が出ていて桜の木でカバーしたUSBを一つ購入した。
靖国神社の境内に入り、啓照館の前を通り新池庭園に出たが、神社の案内によると『この庭園は明治の初めに作られたもので、平成十一年（1999）の復元工事により全国有数の名園であることがわかりました。回遊式のこの庭園は、深い山の中を思わせる滝石組みが一番の見所です。花崗岩の直橋は日本一の長さを誇ります。』となっている。この直橋を渡る時にやや覚悟が入ったが、それだけ年を取って、平衡感覚に衰えが出ていると云うことなのだろう。洗心亭、靖泉亭に囲まれた池は、花に囲まれて落ち着いた雰囲気があり、本日最高の写真が撮れた。
所で靖国神社は、明治二年（1869）六月二十九日、明治天皇によって建てられた東京招魂社が始まりで、明治十二年（1879）に「靖国神社」と改称されて今日に至っているとされる。靖国神社の本殿内は、写真撮影禁止で、遠くから社殿をを写すことは出来るが、それは前回来た時に写していたので、今回は新池庭園だけの写真ですますことにした。写真を撮り終えたので、帰るかということになったが、遊就館の玄関広間に売店もあるということだったので覗くことにした。色々面白い物を販売していたが、いい絵葉書がなかったので今回は何も買わずに帰ることにした。
本日の総歩行数は12,701歩ということで、辛うじて一万歩を超えることが出来た。
&#160;&#160;&#160;&#160;&#160;&#160;&#160;&#160; （2011.9.19.)
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		</item>
		<item>
		<title>「6年制が迎える崩壊の危機？」</title>
		<link>http://www.drugsinfo.jp/2012/02/03-210100</link>
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		<pubDate>Fri, 03 Feb 2012 12:01:00 +0900</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[医論薬論]]></category>

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		<description><![CDATA[&#160;&#160; 魍魎亭主人
&#160;
2011年12月13日に開催された文部科学省の『薬学系人材養成の在り方に関する検討会』（座長＝永井良三・東京大学大学院医学系研究科教授）で、薬科大･薬学部が質の高い入学者を確保するための対応策について、ワーキンググループから報告を受けた。薬科大学については6年制学科の5年次進級率が低く、今後、薬学生の質低下が大きな問題になるとして対応策を検討していた。この日は定員充足率や進級率などが特に低い大学に対し改善を求めていくことや、今後の対応についてヒアリングを実施していく方向性が示されたが、結論には至らず、引き続き検討していくことになった。
文科省の調査では、6年制1期生が入学した2006年度の6年制学科入学者数は国公私立大合計で11,119人、5年次進級者は8,684人で、進級率は78.1%で8割を下回った。更に5年次に進級した学生のうち、実務実習を終了したのは8,581人で、入学者のうち実務実習まで終了できた学生は77.2%に留まっている。
ワーキンググループの井上圭三座長（帝京大薬学部長）は「学生の質の確保が出来ないと進級率がどんどん悪くなる。極めて深刻な問題｣と指摘。各大学に自己点検・自己評価を求めて改善策のヒアリングを行うの提案を行っている。結論については1期生が受験する最初の国家試験の結果なども参考にすることで意見の一致を見たという[日刊薬業,2011.12.14.p.2]。
多分、国家試験の結果は、悲惨な状況になるのでは無いか。もし、それが避けられたとすれば、また手品が使われ、各大学が、国試の受験者を大幅に絞り込むという手を使った結果ということかもしれない。しかし、現実問題として、国家試験の後でも、各薬科大学は改善策を打ち出すことは出来ないのでは無いかと思われる。何故なら自ら大学の数が多すぎるから減らそう等という結論を導き出すことは出来ないと考えられるからである。
「進み続ける少子化」を鍵語としてこの問題を考えた場合、受験生の数の減少＝学生確保のための無理な募集＝経営安定化のための合格者決定という循環を繰り返す限り、学生の質を上げることは困難ではないのか。都内の薬科大学･薬学部でも共立薬科大学を呑み込んだ慶應義塾大学薬学部、医学部及び附属病院が併設されている昭和大学薬学部等、それなりの優位性のある大学は、一定の応募者を確保できているが、それ以外の多くの所では、応募者は減少傾向を見せており、特に地方の大学では、入学者の定数確保が難しかったという話も聞こえてくる。
少なくとも少子化という現実のなかで、更に6年制という長期間の学費負担に耐えられないと考えたとすれば、今後とも受験者数の増大は考えられない。更に6年制の学校を卒業し、卒業後の評価が見えてこない現状では、益々応募者は減少する。しかし今更4年制に戻ることは出来ない。
このような状況の中生き残りを図るとすれば、大学の統廃合しか道はないのではないかと思われるが、如何であろうか。
&#160;&#160;&#160;&#160;&#160;&#160;&#160; (2012.1.7.)
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		</item>
		<item>
		<title>「麻黄附子細辛湯について」</title>
		<link>http://www.drugsinfo.jp/2012/01/28-172800</link>
		<comments>http://www.drugsinfo.jp/2012/01/28-172800#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 28 Jan 2012 08:28:00 +0900</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[医薬品情報Q＆A]]></category>

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		<description><![CDATA[&#160;
KW:薬名検索･麻黄附子細辛湯・花粉症・慢性鼻炎・アレルギー性鼻炎・麻黄・Epherae Herba・細辛・Asiasari Radix・附子
Q:花粉症による慢性鼻炎に有効とする話を聞いたが、どのような薬剤か
A:麻黄附子細辛湯（三和生薬-クラシエ）について、次の報告がされている。    本薬１日量（4.5ｇ）中に
日局 麻黄 4.0g    日局 細辛 3.0g    日局 附子 1.0g 
上記の混合生薬より抽出した麻黄附子細辛湯水製エキス1,500mgを含有する。添加物として日局乳糖水和物、日局トウモロコシデンプン、日局結晶セルロース、日局軽質無水ケイ酸、部分アルファー化デンプンを含有する。 
効能又は効果/用法及び用量:悪感、微熱、全身倦怠、低血圧で頭痛、めまいあり、四肢に疼痛冷感あるものの次の諸症：感冒、気管支炎、咳嗽。
法及び用量：通常、成人1日4.5gを3回に分割し、食前又は食間に経口投与する。なお、年齢、症状により適宜増減する。
使用上の注意[慎重投与]
1. 体力充実る患者[副作用易発現可能性、症状増強恐れ。] 2. 暑がりで、のぼせが強く、赤ら顔の患者[心悸亢進、逆上せ、舌の痺れ、悪心等発現可能性。] 3. 著しく胃腸の虚弱な患者[口渇、食欲不振、胃部不快感、悪心、嘔吐等発現可能性。] 4. 食欲不振、悪心、嘔吐の患者[症状悪化の可能性。] 5. 発汗傾向著しい患者[発汗過多、全身脱力感等発現の可能性。] 6. 狭心症、心筋梗塞等の循環器系障害ある患者、又は既往歴患者[疾患及び症状悪化の可能性。] 7. 重症高血圧症患者[疾患及び症状悪化の可能性。] 8. 高度腎障害患者[疾患及び症状悪化の可能性。] 9. 排尿障害患者[疾患及び症状悪化の可能性。] 10.甲状腺機能亢進症患者[疾患及び症状悪化の可能性。] 
重要な基本的注意
1.本剤の使用にあたっては、患者の証（体質・症状）を考慮して投与すること。なお、経過を十分に観察し、症状・所見の改善が認められない場合には、継続投与を避けること。   2. 他の漢方製剤等を併用する場合は、含有生薬の重複に注意すること。ブシを含む製剤との併用には、特に注意すること。 
併用注意-薬剤名等 
(1)マオウ含有製剤    (2)エフェドリン類含有製剤    [...]]]></description>
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		<item>
		<title>「アクロレインについて」</title>
		<link>http://www.drugsinfo.jp/2012/01/28-164600</link>
		<comments>http://www.drugsinfo.jp/2012/01/28-164600#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 28 Jan 2012 07:46:00 +0900</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[医薬品情報Q＆A]]></category>

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		<description><![CDATA[&#160;
KW:薬名検索･アクロレイン･acrolein・アクリルアルデヒド・acrylic aldehyde・2-プロペナール・2-propenal・プロペンアルデヒド・propenaldehyde・脳梗塞･予知・
Q:脳梗塞の予知目的で血液中のアクロレインの測定がされると聞いたが、アクロレインとはどのような物か。
A:アクロレイン（acrolein)＝アクリルアルデヒド（acrylic aldehyde)。[別名]アクロレイン、2-プロペナール (2-propenal)、プロペンアルデヒド (propenaldehyde)。CH２=CHCHO:56.07。CAS:107-02-8。最も低級な不飽和アルデヒド。刺激臭を有する無色、可燃性の液体。融点－87℃、沸点52℃。多量の水に可溶、アルコール、エーテルに易溶。油脂の熱分解によって生成し、実験室的にはグリセリンを硫酸水素カリウム、硫酸マグネシウム等を用いて脱水して得られる。
医薬品、繊維処理剤、アクリロニトリル、グリセリン、樹脂中間体、架橋結合剤等の原料。   熱、炎により分解、毒性の高い煙を発生し、眼、鼻、呼吸器系を激しく刺激する。気中濃度0.1ppmで刺激を感じ、涙を流す。ヒトで153ppm、10分間で死亡したという報告がある。許容濃度0.1ppm(産衛学会）。
acroleinはラット経口毒性LD50:82mg/kg、ウサギ経皮毒性LD50:250mg/kgと、毒性が強いほか、可燃性も強く、取り扱いには十分注意する必要がある。日本では毒物及び劇物取締法で原体が劇物に、消防法により第1石油類に指定されている。また重合を起こしやすいため、市販の物には重合停止剤としてヒドロキノンが含まれていることが多い。純粋なものが必要なときには、蒸留などで精製する必要がある。食用油を使って揚げ物等の調理作業を長時間行ったために気分が悪くなる現象を「油酔い」と呼ぶ。「油酔い」は加熱分解された油脂から発生するacroleinが原因だとされている。
acrolein(ACR)は非常に反応性の高いアルデヒドで、体内の蛋白質が有するアミノ酸残基などの求核基と反応して、発癌性等の生体毒性を示すと考えられている。ACRの起源は、従来、プラスチックあるいは食用油の加熱、タバコの燃焼、シクロホスファミドの生体内代謝などによると考えられている。煙草の煙中に含まれるaldehydeの中でACRの刺激性が一番強い。シクロホスファミドの副作用として出血性膀胱炎があるが、これはシクロホスファミドの代謝産物の一つであるACRが原因であると考えられている。
最近、ACRはin vitro における脂質の過酸化反応において、その生成が証明され、更にヒトの動脈硬化巣における存在が確認された。 抗ACRモノクローナル抗体は、ACRと蛋白質のリジン残基との安定な反応物[Nε-(3-formyl-3,4-dehydropiperidino)-lysine 構造〕を認識する。動脈硬化症、発癌等の病態究明研究などに、広く利用可能だとしている。
自覚症状の無いいわゆる隠れ脳梗塞は、MRI等の検査を受けなければ発見できないが、現在、血液中のacrolein量を測定することで、予測が可能であるとされている。まだ、一般的な検査では無く、保険適用は無いが、MRI検査を受けるよりは遥かに安い経費で検査が可能であり、検査の結果により精密検査を受けるか受けないかの判断を得ることが可能だとされている。
1.志田正二・編集代表：化学辞典 普及版；森北出版株式会社,1985    2.最新医学大辞典 第3版；医歯薬出版株式会社,2005    3.内藤裕史：中毒百科 -事例・病態・治療-改訂第2版;南江堂,2001
&#160; 
&#160;&#160; [011.1.ACR:2011.12.29.古泉秀夫]
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		</item>
		<item>
		<title>『頻尿の治療薬-女性に特有の薬はあるのか？』</title>
		<link>http://www.drugsinfo.jp/2012/01/27-002800</link>
		<comments>http://www.drugsinfo.jp/2012/01/27-002800#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 26 Jan 2012 15:28:00 +0900</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[医薬品情報Q＆A]]></category>

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		<description><![CDATA[KW:薬物療法･排尿異常・頻尿･尿失禁・排尿困難・尿閉・平滑筋弛緩薬・神経因性膀胱治療薬・β２-刺激薬・α-刺激薬・抗コリン薬・三環系抗うつ薬・α１-選択的遮断薬・作動薬
Q:高年齢女性の頻尿に対して特有の薬剤はあるか。
A:排尿異常の具体的な症状として頻尿、尿失禁、排尿困難、尿閉の四つが挙げられる。これらの四つの症状の原因として膀胱及び尿道の機械的、器質的障害やそれらを支配する神経障害、また糖尿病などによる尿量の増大や前立腺肥大症なども考えられる。    中で頻尿については、『排尿回数が多い』という愁訴であると説明されている。
①日中（起床時）:昼間頻尿。一般的には1日8回以上。原因として膀胱容量の減少、多尿などが挙げられる。膀胱容量の減少は、膀胱自体が萎縮したり、残尿が多いために有効に活用できる膀胱容量が減少し、排尿量が少なくなったりする場合。多尿は24時間尿量が40mL/kg体重以上と定義されている。
②夜間（就寝時）:夜間頻尿。夜間に排尿のため1回以上起きなければならないという訴えで、そのことによって困っている状態である。臨床上治療の対象になるのは2回以上の事が多い。原因として夜間多尿、膀胱容量の減少が挙げられる。夜間多尿は、夜間尿量の24時間尿量に対する比（夜間多尿指数:NPi）が高齢者では0.33以上（若年者では0.20以上）と定義されており、この夜間尿量には就寝前の最後の尿は含まれず、朝起床後の最初の尿は含まれる。
以上の報告に見られる通り、頻尿は器質的な障害による症状であり、特に男女の違いが見られる症例では無いと考えられるので、女性であることを特に薬物選択の条件として考えることはないと考える。むしろ高齢者の場合、腎機能･肝機能等が低下していることが考えられるので、代謝･排泄の速さを考慮して薬物を決定することが重要であると云える。
1)平滑筋弛緩薬（神経因性膀胱治療薬)
 プロピベリン塩酸塩[バップフォー錠（大鵬）]［適応］神経性膀胱、神経性頻尿、不安定膀胱、膀胱刺激状態（慢性膀胱炎、慢性前立腺炎）における頻尿、尿意切迫感、尿失禁。1日1回20mg 最大投与量:40mg     オキシブチニン塩酸塩[ポラキス錠（アベンティス）]［適応］神経因性膀胱、不安定膀胱（無抑制収縮を伴う過緊張性膀胱状態）における頻尿、尿意切迫感、尿失禁。1日3回6-9mg/分3。     フラボキサート塩酸塩[ブラダロン錠（日本新薬）]［適応］神経性頻尿、慢性前立腺炎、慢性膀胱炎における頻尿、残尿感。1日3回 600mg/分3。
 コハク酸ソリフェナシン[ベシケア錠（アステラス）]［適応］活動膀胱における尿意切迫感、頻尿及び切迫性尿失禁。1日1回5mg。最大投与量:10mg     イミダフェナシン[ウリトス錠（杏林）]［適応］活動膀胱における尿意切迫感、頻尿及び切迫性尿失禁。1日2回 0.2mg分2。最大投与量：0.4mg。     酒石酸トルテロジン[デトルシトールCap.（ファイザー）]［適応］活動膀胱における尿意切迫感、頻尿及び切迫性尿失禁。1日1回4mg。
§平滑筋弛緩薬であるpropiverineは直接的な膀胱平滑筋作用と抗コリン作用を有している。服用後速やかに吸収されるが、投与量に依存して半減期が遅延することが知られており、注意が必要である。本薬は肝での初回通過効果を強く受け、約70%が胆汁中に排泄されるが、その約40%が腸管循環するため、半減期は約25時間と長い。   propiverine、oxybutynin、flavoxateは膀胱平滑筋の直接弛緩作用を有しているが、propiverine、oxybutyninは抗コリン作用も有し、膀胱平滑筋を収縮し、切迫性尿失禁や反射性尿失禁の原因と考えられる平滑筋無抑制収縮にも効果が期待できる。但し、抗コリン作用に起因する副作用として口渇、便秘等があり注意が必要である。一方flavoxateは抗コリン作用を有していないため、膀胱平滑筋作用も弱く、切迫性尿失禁などには十分な効果が期待できないが、前立腺肥大症など、下部尿路閉塞が見られる頻尿の改善には使用しやすい。    tolterodine、solifenacin、imdafenacinは膀胱平滑筋（排尿筋）のmuscarine受容体に結合し、膀胱平滑筋の収縮抑制作用により作用発現する。また、いずれも抗コリン作用を有しているため、抗コリン作用に起因する副作用の発現に注意が必要である。
oxybutynin：t1/2:約1hr.、48時間後に投与量の8.2%及び22.2%が尿中に排泄。   flavoxate：t1/2:約2.73hr.、投与後7時間迄に48.5%が尿中排泄。    tolterodine：t1/2:11.3-8.53hr.、関与代謝酵素CYP2D6、CYP3A4。    solifenacin：t1/2:約30.0-40.28hr.高齢者では非高齢者との比較で半減期1.4-1.6倍。関与代謝酵素CYP3A4。    imdafenacin：t1/2:約2.9hr.、蛋白結合率:87.1-88.8。関与代謝酵素CYP3A4及びUGT1A4。
参考として頻尿以外の排尿異常の治療薬について、以下に紹介する。
2)β２-受容体刺激薬&#160;&#160;&#160;&#160;&#160;&#160;  クレンブテロール塩酸塩[スピロペント錠（帝人）]［適応］尿失禁(腹圧性尿失禁)1日2回40μg/分2。最大投与量:60μg。
§β２-受容体刺激薬の中でclenbuterolだけが膀胱平滑筋弛緩作用と尿道括約筋収縮作用を有しているため、腹圧性尿失禁の適応を有している。副作用として手指振戦、動悸などがある。
3)α-刺激薬  [...]]]></description>
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		<title>「金庫番の誤謬」</title>
		<link>http://www.drugsinfo.jp/2012/01/05-153400</link>
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		<pubDate>Thu, 05 Jan 2012 06:34:00 +0900</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[医論薬論]]></category>

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		<description><![CDATA[&#160;&#160;&#160;&#160;&#160; 魍魎亭主人
甚だしく残念とも、傍迷惑とも云いようのない事件が連続して報道された。薬剤師に取っては甚だ不名誉な話である。
長崎県病院企業団は、抗精神病薬を私的流用していたとして管理下病院に勤務する薬剤師を6ヵ月の懲戒･停職処分にしたという。薬剤師は10年7月頃から11年6月に掛けて催眠鎮静剤の「ドルミカム」と「セルシン」を院内や自宅で流用していたという。薬剤師は月に4-6回ある当直のたびに催眠鎮静剤を自己投与していた。当直の仮眠で眠れず、繰り返し使っていた。使用したのはドルミカム（10mg)を152アンプル、セルシン(10mg)を1アンプル。民間のクリニックで不眠不安から錠剤の睡眠剤の処方を受けていたが、処方された睡眠剤が効かなくなったという[リスファックス,第5905号,2011.8.24]。新潟市急患診療センターに勤務する薬剤師がセンターの医薬品を無断で大量に持ち出していたことが判明した。2010年以降、大量の医薬品がなくなっており、関係者は薬剤師が買い取り業者に転売し、利益を得ていたとみている。被害額は2000万円を超えるとみられている。同センターは、市の指定管理者として市医師会が運営。市薬剤師会が市医師会と業務契約を結び、薬剤師の派遣や調剤、医薬品の管理などを担っている[新潟日報,2011.12.21]。
薬剤師は薬に関するあらゆるもの（物+情報）を管理する金庫番である。その金庫番が自分の金庫に預かる薬に手を出したのでは意味が無い。第一当直中に眠れないからといって睡眠鎮静剤を打つなどと云うことは考えられない。当直は単に泊まりに来ている訳ではなく、仕事をするために夜間病院にいると云うことなのであって、眠ることは目的ではない。眠れなければ起きていればいいわけで、単に仮眠が許されているだけである。
第一急患が来た時に、処方箋が出されたにもかかわらず、薬剤師が熟睡していて起きなかったなどと云うことがあれば、大恥を搔く話である。当直の経験があるが、緊張していて熟睡することは無理だった。少しの物音でも目を覚ましてしまう。最もそれだからこそ当直の役に立つのであって、熟睡してしまっては役に立たない。
所で『ドルミカム』は中期作用型に分類される薬物で、作用発現時間は筋注で5分以内に鎮静化、静注で30秒以内に入眠。持続時間は約2時間と効果持続時間は甚だ短い。本当に眠るためであれば、この薬は不向きではないか。それとも入眠時だけ薬の力を借りれば、後は眠れると云うことなのか。それとも当直中に熟睡することは拙いので短時間作用方の薬を選んだと云うことなのか。その辺の思いは当人に聞いてみなければ解らない。
一方、市の委託を受けた急患診療センターの薬物を転売目的で持ち出したなぞという話は論外で在る。医師会が管理運営し、薬剤師が薬については責任を持つという関係の中で、信頼関係を裏切ったと云うことは、物損以上に大きな損害を薬剤師会に与えたということになる。
所でこれらの施設における薬品管理はどのように行われていたのか。倉庫から調剤室に薬物を動かす場合は、必ず伝票に基づいて払い出しを行い、次の日には伝票に基づいて払い出し簿に記帳する。調剤室からは必ず処方箋に基づいて薬物を払い出す。あらゆる場面で証拠となる書類を残すことが必要であり、最低でも半年に1回は棚卸しを行うという管理体制を作るべきである。管理の徹底が行われると云うことは、不正行為考えた場合にも十分な抑止力となり得るはずである。どうせ解らないだろうと考える状況を作ることは、不正行為を誘導する事と同じである。不正行為者を生み出すような環境を放置しておくことは許されない。
&#160;&#160;&#160;&#160;&#160;&#160;&#160;&#160;&#160; (2012.1.4.)
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		<title>「危険運転」最高裁判決</title>
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		<pubDate>Wed, 04 Jan 2012 11:23:00 +0900</pubDate>
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		<category><![CDATA[医論薬論]]></category>

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		<description><![CDATA[&#160;&#160;&#160;&#160; 魍魎亭主人
&#160;
福岡市で起きた3児死亡飲酒運転追突事故で、危険運転致死罪などに問われた福岡市の元職員が上告していた件で、最高裁第3小法廷は「アルコールの影響により前方不注意により危険を的確に把握して対処できない状態も危険運転に当たる」とする初判断を示し、同罪の成立を認めたとする報道がされていた[読売新聞,第48751号,2011.11.3.]。
しかし、この結論に至る過程で、弁護士出身の裁判官は「通り慣れた道でさえ状況に応じた運転が出来ない場合、初めて『正常な運転が出来ない』と認定すべきと反論。今回の判決に対して「適用範囲を広げるもので、事故の結果の重大性に引きずられた」と痛烈に批判したという。
それぞれの立場で、異なる意見があるのはそれはそれでいい。しかし、自動車の運転をするのに必要とされる免許証は、単に運転技術を保証するものではなく、規則を厳守するという前提で交付されるのではないのか。その規則を無視して、将に凶器とも云える車を運転するなどということは論外といえる。
その意味から云えば、飲酒運転をするなど言語道断であり、何ら同情に値しない。「通り慣れた道でさえ状況に応じた運転が出来ない場合」に初めて正常な運転が出来ないと見るべきだと云うが、酒を飲んだら運転するなと云う常識的な判断が出来なかった時点で、危険運転致死罪は認めるべきでは無いのか。飲酒運転の場合、呼気中のアルコール濃度を測定して、対応を判断しているようであるが、呼気中のアルコール濃度や血中のアルコール濃度は関係ない。ビールをコップ一杯でも飲めば飲んだと云うことであり、規則違反である。
最近ではあまり聞かなくなったということから云えば、“酒の上の間違い”と云うことで、大目に見るという風潮は消えつつあるのではないかと思われる。特に運転者の飲酒についてはどのように言い訳しようと同情の余地は無い。厳罰主義で当たるべきである。法律の専門家と称する人達は、量刑の公平性を云う。それならば人の命の公平性はどうするのか。
今回のこの事件は、何もしていない子供達の命を奪ったという冷厳な事実かある。しかも当人は市の職員であり、公僕である。当然、人としての責任と同時に住民に奉仕するという立場がある。つまり二重の意味で法令順守（compliance）を求められる立場にあるということが出来る。つまり事故を起こした当人が、逆立ちをしたところで、亡くなった3人の子供は戻ってこない。取り戻すことの出来ない子供の命の法律的な公平性はどうやって保つというのか。
飲酒運転によって人命を失わせた人に対する配慮は要らない。正常な運転が出来たか出来ないかでは無く、順法精神が欠如していたために侵した殺人である。殺人者として処罰するのが当然であり、失われた人命に対する公平性の補償ではないのか。
&#160;&#160; 
&#160; （2011.12.24.）
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		<title>「隅田川七福神」</title>
		<link>http://www.drugsinfo.jp/2012/01/02-232500</link>
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		<pubDate>Mon, 02 Jan 2012 14:25:00 +0900</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[医論薬論]]></category>

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		<description><![CDATA[&#160;&#160;&#160; 鬼城竜生
&#160;
ここの所、正月には七福神詣でをすることにしている。一つには色々歴史のある神社やお寺を拝観できるという楽しみと、足を鍛えるために一万歩は歩きたいという野心を満足させるためである。
さて今回は何処に行くかということになり、谷中七福神と隅田川七福神を候補にしたが、地図を見るとどうやら谷中七福神の方が、歩く距離が長そうな気がしたので、情けない話、若干というか、相当というか、歩く距離が短そうな『隅田川七福神』を行くことにした。2011年1月7日（金曜日）に出かけることにした。まずどちらから回るかと云うことで、些か悩んだが、東武線の浅草駅から電車に乗り、堀切駅で下車して『多門寺』を出発点として逆走して浅草に戻る道程を歩くことにした。駅に降りて歩道橋を渡って墨田水門の掘り割りを渡り東部伊勢崎線の路線に沿って後戻りし、少し右側に入ると多門寺があった。
『多門寺』は真言宗智山派に属する寺院で、隅田山吉祥院多聞寺と称している。最も元の名前は、大鏡山明王院隅田寺（ぐうでんじ）といい、天徳年間（957-60）に隅田千軒宿に草創されたとの伝承があるという。天平時代の中期で、開山に関与した僧侶や開山の年月日については、明確ではないが、御本尊として不動明王が安置されたという。天正年間（1573-91）に多聞寺は現在地に移転してきたというが、徳川家康が関東八ヵ国の領主として江戸に入部したのが天正八年（1590)のこととされているが、文書は残っておらず詳細は不明だとされる。但し、天正十八年に隅田川が大反乱を起こし、家康がただちに堤防修復を命じたことを記した古文書があり、この時代に移転したのではないかと考えられている。
多門寺の本尊である毘沙門天像は、弘法大師の作と伝えられており、鎌倉時代の特徴を示す、総高約50cmの木製の立像であるという。多聞天とも呼ばれ、ヒンドゥー教の財宝神クベーラの別名で、持国天・増長天・広目天と共に四天王の一体に数えられる。四天王は古代インドの護世神であるが、仏教に取り入れられ、仏法と仏法に帰依する人達を守護する護法神であると紹介されている。四天王は仏教の世界観の中心とされる須弥山の中腹の四方に配されているという。ことに北方を守る毘沙門天は独尊で信仰されている。福徳の名声が遠く聞こえ、善行を行う者には財宝を授ける善神として七福神の中に加えられている。武装忿怒の外形は、中国で一般化されたものであり、多門寺の本尊も右手に仏の智慧を象徴する宝棒、左手に仏の教えを現す宝塔を捧げ、邪鬼を踏み、鎧を身に纏っている。頭部の兜が特徴的であるとされる。   多門寺の境内に安置されている地蔵菩薩像は、度重なる災禍を背景として造立されたものであるという。地蔵菩薩信仰は、お釈迦様が入滅し、弥勒菩薩が成仏するまでの期間、六道（地獄、餓鬼、畜生、修羅、人、天という人間の迷い）に苦しむ衆生を救う菩薩として、末法思想と結びついて、平安時代末期から信仰が盛んになったとされる。閻魔様は、地蔵菩薩が地獄に降りて、人に躰と言葉と心の行いの重さを自覚させ、悟りへ導いている姿であると云われている。多門寺の境内には18世紀前半に造立された六地蔵が安置されているが、座像は都内でも4例に過ぎない貴重な姿であると紹介されている。
どうやら多門寺で忘れて貰っては困るのは、『狸塚』ようである。多門寺で戴いた半截によると『むかし江戸幕府が開かれる前の頃、多門寺の辺りは、隅田川の河原の中で、草木が生い茂るとても寂しいところで、そこには大きな池があり、一度見るだけで気を失い、何ヵ月も寝込んでしまうという毒蛇がひそんでいた。また、牛松と呼ばれる松の大木もあり、この松の根元に大きな穴があり、妖怪狸が住み着き人々をたぶらかしていた。そこで鑁海（ばんかい）和尚と村人達はお堂を建てて妖怪狸たちを追い払うことにしました。まず大きな松の木を切り倒し、穴を塞ぎそれから池を埋めてしまいました。すると大地が轟き、空から土が降ってきたりと、いたずらは酷くなるばかりです。ある夜のこと和尚さんの前に大入道が現れ「ここはわしのものじゃ。さっさと出ていけ！」とおどかすのです。和尚さんは吃驚して一心に御本尊を拝んでいると、毘沙門天に仕える童子が現れ妖怪狸に話しました。「お前の悪さは、何時かお前を滅ぼすことになるぞ」。次の朝、2匹の狸が御堂の前で死んでいました。これを見つけた和尚さんと村人達は狸が可哀想になり供養のために塚を築いた』とするのが“多聞寺の狸塚の由来”だとされる。
徳川幕府崩壊後、明治新政府が樹立されると、神仏分離令を初めとする諸令により全国各寺院は荒廃への道を辿ります。多聞寺も例外ではなく、最大の危機に直面しますが歴代住僧を中心とし、檀信徒家の外護により、その後の日本帝国主義の兵事、関東大震災、また、東京大空襲などを様々な暗雲を乗り越え、1,000年余りにわたり法灯をともし続けているとの紹介がされている。
荒川と隅田川に挟まれた位置にある多門寺から、墨堤通りを隅田川沿いに歩くと、“白髭神社”に辿り着く。
白髭神社の半截によると、寺島村総鎮守白髭神社は、今から千年余の昔（天暦五年・西暦951年）、近江国志賀郡境打颪（現・滋賀県高島市）琵琶湖湖畔に鎮座する白鬚神社の御分霊をお祀りしたことが、向島鎮座・白鬚神社の始まりです。 墨田区の旧寺島町にあたる「東向島・墨田・堤通・京島・八広・押上」地区の氏神様として、地元の人々に支えられてきました。主祭神である猿田彦大神様は、古事記や日本書紀などによれば、正しい方位を示される国土開拓の神として記されています。人を正しく導くことが叶うとのことから、旅立安全・交通安全・商売繁昌・方災除の神として広く信仰を集めていますと説明されている。
隅田川七福神の中で、中々見つからなかった寿老人を、白い髭の長寿の神様として白髭大明神を当てたことから「神」としているの解説がされている。
七福神について、インドのヒンドゥー教（大黒・毘沙門・弁才）、中国の仏教（布袋）、道教（福禄寿・寿老人）、日本の土着信仰（恵比寿・大国主）が入りまじって形成された、神仏習合からなる、日本的な信仰対象であると説明されている。また、室町時代末期頃から信仰されているといわれており、歴史的には比較的新しい信仰だということが出来る。
白髭神社を出て、直ぐの信号を左に入ると“向島百花園”に到着する。どういう訳かここに“福禄寿尊堂”がある。
向島百花園は、約200年前の文化・文政時代、仙台出身の佐原鞠塢（きくう）によって開設された。開設当時、太田南畝をはじめとした文人墨客が数多く常連客として訪れ、作庭にも江戸庶民の趣向をこらしていた。その後も、十一代将軍家斉公などとともに、江戸庶民の行楽の場として「春夏秋冬花不断 東西南北客争来」の盛況を得、明治時代になっても御幼少時代の昭和天皇、伊藤博文や乃木将軍など、多くの人々に愛されてきた。
この間、明治に移り、数多くの工場が周辺にできるなどの環境の変化、また度重なる隅田川の洪水により疲弊していったが、大正時代初期に小倉常吉氏の支援により息を吹き返し、昭和8年、国指定の「名勝・史跡」となった。その後、小倉氏の遺志により百花園は東京市に寄付をされ、昭和14年に東京市の公園として再開園された。
百花園園主鞠塢は、福禄寿の陶像を愛蔵していたが、ある初春の一日、百花園で風流にひたっていた文人たちが誰ともなく、その福禄寿にちなむ正月の楽しみごとはないものかという話になった。隅田村多聞寺の本尊は毘沙門天、須崎村の長命寺に弁財天がまつられていることがわかると、何とか七福神をそろえたいものと頭をひねり、詮索を重ねていくうちに、小梅村の三囲稲荷には恵比寿・大國の小祠があり、また、須崎村の弘福寺には黄檗禅に関係の深い布袋和尚の木像を蔵することが判明しました。残るは寿老人である。だが、それがなかなか見つからない。結局思案のあげく、百花園のある寺島村の鎮守白鬚明神 は、白鬚と申し上げる以上、白い鬚のご老体のお姿であろうから、寿老人（神）には打ってつけだと、いかにも江戸人らしい機知をはたらかせ、ここにめでたく七福神が揃ったと云うが、旦那衆のお遊び以外の何物でもない。
元に道に戻り、墨堤通りを桜橋方向に向かうと、“長命寺”に辿り着く。長命寺は桜餅で知られているようであるが、まだ喰ったことは無い。しかし、最初に桜餅を作った方は、桜の葉は塩漬けにしないとあの独特の香りが出ないと云うことに何処で気付いたのか。まあ、それはそれとして長命寺に祀られているのは“弁財天”である。隅田川七福会の半截によれば、「三代将軍家光が、鷹狩り途中の腹痛を、寺内の井戸水で薬を服用し快癒したことから、長命水の名を戴き、寺号も長命寺とした。弁財天は河（水）の神と云うことから蛇がお使いとして選ばれ、巳の日に参拝する風習が生まれた」と説明されている。
長命寺の宗派は天台宗で、山号は宝寿山、院号は遍照院。御本尊は阿弥陀如来である。長命寺の創建年代等については不詳であるが、平安時代円仁の開山により創建されたとも、慶長年間（1596-1615年）に創建されたともいう。もとは宝樹山常泉寺と号していたが、腹痛を起こした家光に僧孝海が加持のうえ境内の般若水で薬をすすめると、効験あって治癒したところから長命寺と改名したとされている。
長命寺の先に“弘福寺”があり、布袋尊が祀られている。弘福寺は黄檗宗の寺院。山号は牛頭山。本尊は釈迦如来で、1673年（延宝元年）黄檗宗の僧鉄牛道機の開山、稲葉正則の開基により香積山弘福寺を現在地に移して建てられた寺院であるといわれている。江戸時代には鳥取藩池田氏の菩提寺であった。関東大震災で罹災したが、1933年（昭和8年）に再建された。境内右手の小祠には咳の爺婆尊（じじばばそん）の石像が祀られており、この像は寛永年問（1624-44）に、風外（ふうがい）和尚が真鶴山中で修業中に、父母に孝養を尽せぬことをいたんで刻んだものと伝えられている。風外の両親の像だから風邪にも強かろうと、爺像は喉頭の病に、婆像は咳止めにご利益あるとして、今でも風邪除けの信仰を集めており、咳止めの飴が売られている。
弘福寺は中国風の特色を持つ禅宗建築である。また布袋尊は、中国の禅僧で、弥勒の化身とも云われており、七福神の中では唯一実在する人物であるといわれている。
全く話は別だが、遅昼を喰う店として、弘福寺の前にある天ぷら屋に入ったが、美味い天丼を喰わせてくれた。
最後は“三囲神社”で大黒神と恵比寿神が祀られている。三囲神社の祭神は宇迦御魂之命（うがのみたまのみこと）とされている。元は田中稲荷と称した。創立年代は不詳。伝によれば、近江国三井寺の僧源慶が当地に遍歴して来た時、小さな祠のいわれを聞き、社壇の改築をしようと掘ったところ、壺が出土した。その中に、右手に宝珠を、左手にイネを持ち、白狐に跨った老爺の神像があった。このとき、白狐がどこからともなく現れ、その神像の回りを三度回って死んだ。三囲の名称はここに由来するという。
元禄六年（1693）、旱魃の時、俳人其角が偶然、当地に来て、地元の者の哀願によって、この神に雨乞いする者に代わって、「遊（ゆ）ふた地や田を見めくりの神ならは」の一句を神前に納めたところ、翌日、降雨を見た。このことからこの神社の名は広まり、京都の豪商三井氏が江戸に進出すると、その守護神として崇め、三越の本支店に分霊を奉祀した。   三囲神社には石造りの三柱鳥居があるが、この三柱鳥居は「三井邸より移す。原型は京都太秦・木嶋神社にある」と境内に表示されている。
三囲神社には今日で三度目だが、神社の名前がいい。全ての場所で御朱印を戴いたが、三囲神社に前に来た時は、三囲神社で書いて戴いたが、今回は大黒神、恵比寿神で書いて戴いた。
さて本日の総歩行数は15,665歩と云うことで、1万歩は超えた。今回は立て込んでるのが嫌で桜餅も言問団子も食わなかったが、今度は喰うために隅田川七福神に再度挑戦してみようかと考えている。
&#160;&#160;&#160; 
（2011.9.17.)
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		<title>「最高裁判断『混合診療禁止「適法」』」</title>
		<link>http://www.drugsinfo.jp/2011/12/25-222000</link>
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		<pubDate>Sun, 25 Dec 2011 13:20:00 +0900</pubDate>
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		<category><![CDATA[医論薬論]]></category>

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		<description><![CDATA[&#160;&#160;&#160;&#160;&#160;&#160;&#160; 魍魎亭主人 
保険診療と保険外診療、いわゆる自由診療を併用する『混合診療』を原則禁止している国の政策が適法かどうかが争われた訴訟で、最高裁第三小法廷は（大谷剛彦裁判長）は25日「医療の質の確保や財源面の制約などを考えると政策は適法」の初の判断を示した。その上で、混合診療への保険適用を求めた原告側の請求を棄却した二審判決を支持し、原告側の上告を棄却した。原告側の敗訴が確定した。
同小法廷は、混合診療を原則禁止した健康保険法の規定について「医療の安全性を脅かすような医療行為を抑止する意味を持ち、財源などの健康保険制度全体のあり方も考慮している」と評価。「保険外併用療養費制度の対象とならない医療行為との併用については、保険診療分も含めて保険を適用できないと解釈するのが妥当だ」と結論付けた。生存権などを定めた憲法にも反しないとした［読売新聞,第48743号,2011.10.26.］。
厚生労働省は、「保険外併用療養費制度｣ によって、一定の保険外診療について、併用療養を認めている。役所のやることである。石橋を叩いて、尚渡らないという優柔不断な性格をしており、決定までに時間は掛かるが、それなりに前進はしている。ただ、患者の立場からすれば、自らの期待する治療が受けられないという苛立ちはあるだろうが、一定のルールの中で生活している以上、そのルールに従わざるを得ない。
保険診療は、国の定めた一定のルールの中で運用されている訳で、保険に加盟すると云うことは、そのルールの中で治療を受けることを認めると云うことである。それが嫌だというのであれば、全ての治療を自由診療で受ければいいわけで、個人の都合で何でも好きなようになるということにはならない。それぞれの個人が自分の都合に合わせてルールの変更を求めるとすれば、ルールを決めること自体が意味を持たなくなってしまう。
ところで保険診療は何時まで継続できるのか。新しい抗癌剤が次々に開発されるのはいいが、いずれも価格は高い。その分を全て現状の保険の中で見ていけるのかどうか。更に将来、移植医療がより頻繁に行われるようになれば、高額な医療費が請求される。もしそうなれば現行の保険診療で全てを賄うことは不可能で制度そのものが空中分解してしまう。そうなれば最終的に全ての診療行為に『混合診療』を否応なしに導入せざるを得ないのかもしれないが、今はまだそういう時期ではないということではないか。
いずれにしろ膨大な税金を投入しなければ、維持できない状況は到来する。高額な費用を要する医療が次々と開発され、受診する側はその治療の実施を要求する。そうなれば受診を抑制することは困難であり、経費の負担をどうするのかは、重要な課題にならざるを得ない。
&#160;&#160;&#160;&#160;&#160;&#160;&#160; （2011.11.30）
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		<title>「北陵クリニック事件｣</title>
		<link>http://www.drugsinfo.jp/2011/12/25-220200</link>
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		<pubDate>Sun, 25 Dec 2011 13:02:00 +0900</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[医論薬論]]></category>

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		<description><![CDATA[&#160;&#160;&#160;&#160; 魍魎亭主人
「北陵クリニック事件（守 大助氏）」の判決文を読む機会があった。事件の主題となっている薬は、“マスキュラックス静注用（ベクロニウム臭化物）”である。“マスキュラックス静注用”は『毒薬』に分類される薬で、毒薬については、薬事法においてその取扱が規定されている。
第四十四条 毒性が強いものとして厚生労働大臣が薬事･食品衛生審議会の意見を聴いて指定する医薬品（以下「毒薬」という。）は、その直接の容器又は直接の被包に、黒地に白枠、白字をもつて、その品名及び「毒」の文字が記載されていなければならない。   2 略    3前二項の規定に触れる毒薬又は劇薬は、販売し、授与し、又は販売若しくは授与の目的で貯蔵し、若しくは陳列してはならない。
第四十七条 毒薬又は劇薬は、十四歳未満の者その他安全な取扱をすることについて不安があると認められる者には、交付してはならない。
第四十八条 業務上毒薬又は劇薬を取り扱う者は、これを他の物と区別して、貯蔵し、又は陳列しなければならない。    2 前項の場合において、毒薬を貯蔵し、又は陳列する場所には、かぎを施さなければならない。
つまり毒薬については、他の医薬品と区分して『鍵』の掛かる所に保存しなければならないとされており、厚生労働省は、毒薬の保管に関して、次の通達を出している。
『毒薬については、薬事法第48条の規定に基づき、適正に貯蔵、陳列、施錠の保管管理を行うとともに毒薬の数量の管理方法について検討し、これを実施すること。また、毒薬の受払い簿等を作成し、帳簿と在庫現品の間で齟齬がないよう定期的に点検する等、適正に保管管理すること。』
北陵クリニックでは、毒薬である“マスキュラックス静注用”の管理について、法律に基づく取扱は何もされておらず、杜撰を絵に描いたような状況に置かれていたと云える。このような状況下では、毒薬である本剤を誰が持ち出したかも解らず、持ち出した個人を断定することは出来ないのではないか。クリニックの場合、薬剤師に管理の委任がされていない場合、毒薬の管理責任は院長にあり、まず院長の管理責任が問われなければならない。管理の徹底がされていれば、このような騒ぎにならなかったはずである。
また“マスキュラックス静注用”の使用済みの空アンプルの写真が証拠として提出されているようであるが、ロット番号が同一の空アンプルを持参していたという割には、ロット番号が写されていないという、奇妙な写真が証拠として提示されている。単に使用済みの空アンプルを写して証拠写真としているのだとすれば、それは何を証明しようとしているのか、甚だ疑問だと云わなければならない。
&#160;&#160;&#160; （2011.12.24.)
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