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「バリウムの毒性」

金曜日, 11月 30th, 2007
対象

バリウム (Valium) [米・Hofmann-La Roche社]。Valiumの名称は米国、英国、仏蘭西、加奈陀、伊太利亜等における商品名である。
成分 ジアゼパム(diazepam)、 [英]diazepam、[仏]diazépam

本品は乾燥したものは定量するとき、ジアゼパム(C16H13ClN2O)98.0%以上を含む。分子量:284.74。性状:本品は白色-淡黄色の結晶性の粉末で、臭いはなく、味は僅かに苦い。本品はアセトンに溶け易く、無水酢酸又はエタノール(95)に溶け難く、水に殆ど溶けない。本品1gはクロロホルム10mL、無水酢酸20mL、エタノール30mL及びエーテル100mLにそれぞれ溶ける。融点:130-134℃。保存条件:遮光保存。容器:気密容器。本質:抗不安薬、抗てんかん薬(benzodiazepine系)。来歴:本品は1960年Hofmann-La Roche社において合成されたbenzodiazepine系抗不安薬である。動態・代謝:bioavailability(生物学的利用率)は100%に近い。成人14例に坐薬10mgを直腸内投与したとき、1.2時間後に320μg/mLの最高血清中濃度に達する。消失半減期は35時間であった。小児6例に0.5mg/kgを1回直腸内投与したとき、1.5時間後に379μg/mLの最高血清中濃度に達し、消失半減期は33時間であった。▼分布容積:1.1L/kg▼血中濃度半減期:43時間▼蛋白結合率:98.7%(但し、腎疾患・肝疾患患者、新生児では蛋白結合率は低下する。)▼胎盤関門:良好に通過し、速やかに母体と胎児間は平衡状態となる(母体/胎児比:0.84)。▼母乳移行性:母体血漿中濃度の約1/3-1/10が移行する。

排泄:投与後ヒトでは一部速やかに排泄されるが、残りは徐々に排泄され、且つ代謝物の70%は尿中に排泄される。代謝物の10%はN-脱メチル体(デスメチルジアゼパム)、10%は3-OH体(オキサゼパム)、また33%はオキサゼパムグルクロニドとして排泄される。

薬効・薬理:benzodiazepine系薬物に共通な薬効を示す。長時間型benzodiazepine系抗不安薬に分類される。benzodiazepine系薬物の中では、中程度の抗不安作用、鎮静・催眠作用、抗痙攣作用、筋弛緩作用を示す。臨床では主に抗不安、抗痙攣を目的として用いられる。

副作用:benzodiazepine系薬物に共通の副作用を発現する。大量連用:薬物依存、精神分裂病等に投与(刺激興奮、錯乱発現)、慢性気管支炎等呼吸器疾患(呼吸抑制発現)、眠気・ふらつき、眩暈、歩行失調、頭痛、失禁、言語障害、興奮。振戦、霧視、複視、多幸感等の精神神経症状。黄疸。顆粒球減少、白血球減少。頻脈、血圧低下、悪心・嘔吐、食欲不振、便秘、口渇、下痢、流涎。発疹等の過敏症状。

適用:神経症における不安・緊張・抑鬱、うつ病における不安・緊張。脳脊髄疾患に伴う筋痙攣や疼痛における筋緊張の軽減。各種疾患(慢性リウマチ疾患、高血圧症、動脈硬化症、自律神経失調症、肺結核、癌、甲状腺機能亢進症、不随意運動症、腰痛症、頸肩腕症候群、眼精疲労、更年期障害、月経困難症、月経前緊張症、頭部外傷後遺症、脳炎後遺症、アルコール中毒、幽門痙攣症、神経性嘔吐、周期性嘔吐、神経性頻尿、胃・十二指腸潰瘍)における不安・緊張・抑鬱及び筋緊張の軽減。麻酔前投薬。

投与量:抗不安(成人1回2-5mg、1日2-4回経口投与。外来患者は原則として1日量15mg以内。)。抗痙攣(成人1回2-10mg、1日3-4回経口投与。小児1日(3歳以下1-5mg、4-12歳2-10mg 分1-3に分割経口投与)。注射薬を用いる場合、初回10mgを筋肉内又は静脈内に緩徐に注射。以後必要に応じて3-4時間毎に注射。急性狭隅角緑内障、重症筋無力症は禁忌。

毒性 LD50(mg/kg)
マウス (経口)720mg・ (皮下注)>800・(腹腔内)220
ラット (経口)1,240
イ ヌ (経口)1,000
ヒト経口最小中毒量:143μg/kg。
自殺企図での大量服用例は多いが、安全域が広いので、死亡することは少ない。成人例で本剤2gを摂取した例では、軽度の呼吸抑制により2日間の入院で回復例がある。ヒトでの推定致死量は、0.05-0.5g/kgである。
米国における死刑の際に『致死注射』として本剤が使用されると記載されているが、本剤単独使用による刑死は困難であると考えられる。手術時に麻酔前投薬として使用されるのと同様に、死刑前投薬として使用され、更に塩化カリウム注あるいは筋弛緩剤の注射がされるものと考えられる。あるいは両剤が併用されることも考えられる。
症状 嘔気、嘔吐、傾眠、昏睡、反射消失、痙攣、錯乱、筋力低下、呼吸抑制、低血圧、頻脈、口渇、排尿困難、軽度白血球増多、好酸球増多、肝障害。
常用者では中毒症状がで難く、出ても軽度であるとされている。小児では治療量でも運動失調、傾眠、不明瞭言語などの症状。9歳児2.5mg摂取で運動失調が24時間継続し、幻覚が3時間継続した例報告。
*会社資料中に見られる『過量投与時の症状及び処置方法(USP DI 1997年版)』
症状:持続性の錯乱、重症の眠気、動揺、持続性の不明瞭な発音、よろめき、異常に遅い心拍・息切れ・呼吸障害、重症の脱力感。
処置 無症状でも6-8時間は観察。▼催吐、胃洗浄、吸着剤と下剤の投与。▼拮抗剤フルマゼニルの投与:初回0.2mgを緩徐に静注。投与後4分以内に望まれる覚醒状態が得られない場合は、更に0.1mgを追加投与。適宜増減(本剤の使用に際しては添付文書参照)。▼呼吸管理、循環管理。強制利尿、血液透析は無効。▼蛋白結合率が高く、分布容量も大きいので血液透析は無効。会社資料中に見られる『過量投与時の症状及び処置方法(USP DI 1997年版)』患者に意識があるときは機械的に、又は催吐剤を用いて嘔吐される。また、活性炭を経口投与してもよい。意識がない場合は胃洗浄を行う。▼呼吸、脈拍、血圧を計測すべきである。利尿を促進させると同時に気道確保を適切に行う。呼吸抑制があれば、酸素を投与すべきである。低血圧に対しては、必要があればドパミン、ノルエピネフリン、メタラミノール等の昇圧剤を投与する。フルマゼニルは今利用できるbenzodiazepine系の受容体拮抗薬である。▼例え興奮した場合でもバルビツール酸類は用いるべきではない。興奮状態を一層募らせると同時に、中枢神経抑制状態を延長させるか、それともどちらか一方の作用を示すことがある。a.催吐:中毒量以上の毒物を摂取して1時間以内の意識正常患者に実施する。家庭内で発生する低毒性物質の少量誤飲例に催吐の対応はない。b.胃洗浄:毒物を経口的に摂取して1時間以内で、大量服毒の疑いがあるか、毒性の高い物質を摂取した症例に実施する。▼処方例▼微温湯:1回200-300mL(小児では生理食塩水10mL/kg)を注入し、排液が透明になるまで繰り返す。c.活性炭・下剤投与:活性炭投与も薬毒物の摂取後1時間以内が有効である。ただし、次の特徴を有する薬毒物では、24-48時間にわたり、2-6時間毎に繰返し投与する方法が推奨されている。▼①分布容量(Vd)が小さい。▼②蛋白結合率の低い物質。▼③脂溶性。▼④血中でイオン化していない。▼⑤腸肝循環する(若しくは腸溶錠=徐放剤)▼処方例▼活性炭 50gを微温湯300-500mL(小児では1g/kgの活性炭を生理食塩水10-20mL)に溶解し、服用させる。その後半量を3時間毎に24時間まで繰り返して投与する。下剤としてD-ソルビトール液(75%) 2mL/kgを投与し、6時間後に排便がなければ、半量を繰返し使用。

d.強制利尿:全ての急性中毒症例で、その程度は様々であるが、何等かの強制利尿が実施されている。しかし、適切な体液・循環管理がされている限り、強制利尿の適応となる物質は限られている。また最近では腎障害の増強が問題視され、酸性利尿は原則として推奨されていない。

事例 「アメリカの法律を説明しましょう」ホールデンがいった。「もし実際に誰かを雇って誰かを殺させたのなら、引き金を引いたものと同じ罪になる。依頼殺人は第一級殺人罪で、刑は致死注射による死刑です。ここではバリウムを使います。大量のバリウムを投与し、心臓を止める。殺人の共同謀議もA級の重罪です。もしあなたが、そのどちらか、もしくは、両方をやったのなら………」「やってません」「私はただ、あなたは大変悪い立場にいるといおうとしただけです。もしそういうことをやったのならですが。しかしあなたはやっていないとおっしゃる」「そのとおりです」「ところで、イギリス人であってもそのことは言い訳になりませんぞ。免責特権は与えられません」 [山本博・訳(エド・マクベイン):87分署シリーズ-ラスト・ダンス;早川書房,2000]
備考 “バリウム”といわれると、直ぐに思いつくのが胃の透しをするときに呑まされる硫酸バリウムであるが、硫酸バリウムを注射して血管の目詰まりを起こさせるというのは如何に死刑でも乱暴すぎる。また、同じ小説の前半部分に“ロヒプノール”の説明が出てくるが、『30分で気を失ってしまっただろう。バリウムより10倍も強いらしい。味も臭いもない。本当に聞いたことはないのか?』を見ると、硫酸バリウムではなく他のもののようである。そこで思いついたのが、ロヒプノールが商品名であるならバリウムも商品名ではないかということである。商品名ということであれば、以前調査したときにジアゼパムの海外での商品名として“バリウム”が引っかかった記憶があったため、Internetで検索したところ、東奥日報2005年10月1日(土)として共同通信社の配信記事が見られた。『レオ・スターンバック(L.Sternbach)氏(精神安定剤ジアゼパム開発者)米紙ワシントン・ポストによると9月28日、ノースカロライナ州の自宅で死去、97歳。1908年、オーストリア・ハンガリー二重帝国(当時)生まれ。スイスの製薬企業ロシュ社の研究者だった41年、同社のユダヤ人研究者全員が欧州を離れた際、米国へと逃れた。 59年にジアゼパムを開発、同社が「バリウム」の商品名で販売した。既存の薬より少ない用量で多くの症状に効果がみられたことから、米国では70年代に爆発的に売れ、有名人も多数服用するなど、社会現象の一つになった(ワシントン共同)』。いずれにしろEd McBAINが死んだことで、永年愛読してきた87分署シリーズの未翻訳の作品は残り僅かということだろうか。87分署シリーズの第一作『警官嫌い』を読みたくて探し歩いたことが今では懐かしい。
文献 1)第十四改正日本薬局方解説書;廣川書店,2001
2)山口徹・他総編:今日の治療指針;医学書院,2005
3)セルシン錠IF,1997.7.改訂
4)鵜飼 卓・監修:第三版 急性中毒処置の手引き;薬業時報社,1999
調査者 古泉秀夫 記入日 2005.11.3.